【CD試聴記】『原画Ⅰ』『原画Ⅱ』 #森山直太朗

世界中が新型コロナウイルス感染症の影響で情緒不安定だった2022年11月、弘前市民会館にやってきた森山直太朗のツアーを鑑賞した。全般を通してなんだか心が洗われるような、そんな晴れやかな気持ちになった。

後刻、翌年1月に『原画Ⅰ・Ⅱ』という、2枚の弾き語りベスト盤をCD発売することを発表。ただし、11月以降も続いていた全国ツアーの各会場のみでの販売で、ストリーミングなどの配信はないという。

11月に公演を観たキミたちには悪いけれど、引き続き行われているツアー会場に足を運んで購入してくれ、ということらしい。収録されたナンバーを見て、そしてオンラインでの試聴音源を聴いて、喉から手が出るほど欲しかったが、それを入手する手段は残念ながら持ち合わせていなかった。ああ、いっそオークションサイトで販売されている法外な値段の商品に手を出すべきなのか…。しかしあとちょっとのところで思いとどまり、その領域に手を突っ込むのはやめた。
やがて、1年以上続いたツアーの《番外篇》として両国国技館での公演が24年3月に開催されることを知る。

例えばその公演が終わる頃に、通常販売が始まらないだろうか。といった淡い期待を寄せつつも、年度末を迎え、自分自身が業務に追われることとなり、すっかりそのことを忘れていた。
弘前公園のさくらが満開となり、そして散り始めた頃、森山直太朗の「さくら(独唱)」を思い出した。ふと公式サイトを覗いてみると…。
なんと、喉から手が欲しいと思っていた『原画』が、両国国技館での公演に合わせ、公式オンラインショップで販売開始されたことを知る。

『原画』特設サイト

こんなに心躍らせながらCDの購入ボタンを押したのは久し振りかも知れない。
こんなに商品配送を待ち望んだのも、久し振りかも知れない。
きっと、渇望とはこういうことを言うのだろう。

ただその一方で、今回の『原画』を手にする前に、一抹の不安が頭をよぎったのも事実。
23年3月に U2が発表したアルバム『Songs Of Surrender』。 歴代のベストソングをメンバー4人がそれぞれチョイスして新録音したというもの。アンプラグド風な楽曲がずらりと並ぶ中、原曲から遠くかけ離れた新解釈による楽曲も多く収録されており、聴くにつれて違和感や戸惑いのようなものを覚えたのだ。

(以下、オフィシャルサイトの内容を抜粋、転記。)

森山の20年の活動の中で多くの人の心に寄り添ってきた『さくら』『生きてることが辛いなら』をはじめ、(中略)今、森山が弾き語りで歌いたいと思う26曲を収録。
本作品は書籍型CDパッケージとなり、収録曲の全歌詞を含め、ブックレット内は全て森山本人の手書きやイラストで構成。プライベートノートを覗き見ているようなCDパッケージとなっています。

『原画Ⅰ』
1. 人間の森
2. さもありなん
3. 金色の空
4. 花
5. レスター
6. 声
7. ラクダのラッパ
8. 君は五番目の季節
9. 今
10. いつかさらばさ
11. 生きてることが辛いなら
12. さくら
13. 土曜日の嘘

『原画Ⅱ』
1. 日々
2. 泣いてもいいよ
3. アルデバラン
4. ⻘い瞳の恋人さん
5. 愛し君へ
6. 素晴らしい世界
7. Papa
8. あなたがそうまで言うのなら
9. カク云ウボクモ
10. 生きとし生ける物へ
11. どこもかしこも駐車場
12. 夏の終わり
13. 群⻘

結論から先に言うと、前述の不安は単なる杞憂だった。

見た目は本当に書籍のよう。

5月31日、待ちに待った作品が到着。心くすぐる収録曲もさることながら、まずはその装丁に驚いた。「書籍型CDパッケージ」とのことだったが、ブックレットの紙質、そしてカバーの手触り。3000円のCDとは思えない、まさに1冊の文芸書のようなのだ。
ここまで丁寧に作り込まれている作品であれば、確かにCDショップで他のCDと並んで一緒に販売されるのは、ちょっと抵抗を覚えるかも知れない。そして、丁寧なマテリアルにこだわるからこそ、楽曲がストリーミング配信されない理由もわかるような気がした。このブックレットがあってこその作品なのだ。そして、2枚組ではなく、敢えて「Ⅰ」「Ⅱ」という二部作にしたところにも、こだわりを感ぜずにはいられない。

「Ⅰ」の曲目。本人の手書きだそうです。

「弾き語り」と謳っているとおり、ほぼすべての楽曲は、ギターあるいはピアノのみで演奏されている。かといって、決してデモテープのような雑なものではなく、むしろ実に繊細で、そしてもう一度言うが、とことん丁寧なのだ。
『原画』というタイトルが物語っているとおり、ある意味これは森山直太朗の「原点」といっても過言ではないだろう。冒頭で述べたとおり、世界や日本が新型コロナウイルス感染症の影響でさまざまな制約を課され、時と場合によっては大切な人さえも失い、殺伐そして混沌とした不安定な社会生活を余儀なくされる中、作り手が自らと対峙しながらも、聴き手すべてに優しく語りかけるような、そんな美しい作品だった。

手書きの歌詞。横書きのものもあります。

彼の楽曲には時々「なんじゃこりゃ?」みたいなのが紛れ込んでいるけれど、そういう「遊び心」も含め、音楽が心底大好きで、本当に真摯に向き合っているのだろうな、という気がする。侘び寂びを表現した日本語の歌詞がとても丁寧で、優しい歌い口が人々の心に染み入るのだ。

一つ一つの歌詞、それに添えられたギターやピアノの一つ一つの音、更には息づかいや足音、バックホーンとなるものでさえも丁寧に積み上げ、形作られた作品が、この『原画』だといってもいいだろう。ブックレットに収蔵された手書きの歌詞カードやイラストなどもその一部だ。

本人が描いた挿絵。落書きみたいなのもあり。

…と、ここまでなんだかやたらとベタ褒めしているようが気もするが、それぐらい個人的にこの作品への期待が大きく、その期待を全く裏切らない、むしろ期待以上の作品だったからこそ。
これはですね…1年以上待ち続けた甲斐があった。そして、慌ててメ○カリに手を出さなくてよかったです、ハイ…。

本棚に並んでいても遜色ない、そんな感じ。