月別アーカイブ: 2016年8月

乗りきれなかった心と身体 -北海道マラソン2016


ランナーあるある。失敗レースについては多くを語りたがらない。
…が、ここでちゃんと反省しないと、次に繋げることができないので、今日は反省を込めた昨日の北海道マラソンの振り返りです。
いつものごとくの長文駄文、失礼。

北海道マラソン2016は、想像していた以上に苦悶のレース展開となった。
大会前までの月間走行距離は225キロ。これ、実は今までで一番長い。でも、走った距離がウソをつかないんじゃなくて、内容がウソをつかないと思っていたので、色々アレンジしながら走っていたものの、体重が全然減っていないことに気が付いたのは大会前日の朝だった。だから食事の調整は、軽いカーボローディングだけで十分だった。にもかかわらず、大会当日の朝、胃の膨満感を無視して、ルーティンだからと餅を7個平らげた。それ以外にも、あれやこれやと口に運んだ。
結果、身体が重くなりすぎた。が、それに気づくのも遅すぎた。身体の疲労は抜けていたハズだったが、実は内臓の疲労が抜けていなかったのだ。完全なる調整の失敗。ボクシングなら、失格のレベル。
スタート時刻の9時直前の気温は18度。前回、前々回は20度を超えていたので、それを考えると遥かに楽なはずなのに、どうも気分が乗らなかった。そしてその不安は、スタート直後から足が進まないという状況として現れ、果たしてこんな様相で最後まで走りきることができるのかという疑問がずっと頭をよぎっていた。
この時点で既に結果はわかりきっていたようなものだった。
今回もCブロックからのスタート、ラインを踏むまでのロスタイムは1分程度。1万7千人ものランナーが駆け抜けるフルマラソンにあって、わずかこれだけのロスタイムでスタートできるのは実にありがたいこと。

DSC_0872-01(道マラに挑戦するために集結したラン仲間と)

最初の5キロはウォームアップと割り切っていたものの、入りの2キロですら、やたらと長く感じられた。実はスタート直後で一瞬嘔吐しそうになった。…これってどこかで吐くの?という不安。(結局大丈夫だったけれど。)

3キロ付近からやたらと「しんちゃん!しんちゃん!」という子どもの声援が飛ぶ。僕の前方を走る同じクラブのHくんも「しんちゃん」なので、彼に対する声援かと思ったらそんなはずがあるわけもなく、僕のすぐ背後に「クレヨンしんちゃん」の被り物をした人がいたらしい。背後でウロウロされるのがやたらと気になるので、少しペースを上げて離した。そして今度は7キロ付近で、鬼の被り物をした人を発見。この人、メチャクチャ速いことを知っている。前を走る人と鬼との会話が聞こえる。鬼曰く「今回病み上がりなので、タイム上がらないんですよ。キロ5分で抑えながら行こうと思っているんですよ。ハハハ…」

ふと、時計を見る。ペースは4分45秒。速いじゃねえか、このウソつき鬼が!閻魔大王に舌を抜かれるぞ!(笑)
…と、心の中で笑っていられる余裕があったのはこの辺りまで、創成トンネル(今回は思ったほど暑くなかった)内で若干ペースが上がったような気がしたが、時計は極力見ないと決めた。

創成トンネルを抜けた後にある10キロの通過は、電光掲示板で48分45秒。まあまあといったところだろうか。今回はこのペースで押し切れれば一番いいのだろうけれど、とにかくこの日は身体全体が怠くて重い感じ。マラソンはこの日走ることだけが重要なのではなく、その前の準備こそが大事なのだと改めて思い知らされることとなった。そして創成トンネルに入る辺りから、僕の前を走る女装ランナーにやたらと声援が飛んでいることに気づく。そしてそのランナーは、観客に愛想を振りまきながら走っているのだが、ペースがホントに速いのだ。

やっぱり気になって仕方がないので、この女装ランナーとも距離を置いた。こういうのを気にしている時点で、かなり集中力も欠いていたのだろう。更に11キロ付近で右折してから、いよいよ尿意が本格的になってきた。トイレに立ち寄るべきか否か。そう考えながら走っていると、極端にペースが乱れ始める。しかしながら、まずもって立ち寄れるトイレがないのだ。そして14キロ過ぎで、過去2度にわたりゴール付近で差しつ差されつのレースを展開したWさんに背後から声をかけられる。
「Wさん、オレ今日ちょっと無理かも知れない。」思わず弱気な言葉が口をつく。
そう告げてWさんの背中を見送ったものの、いかんせん尿意の波が激しく押し寄せ始めたため、必然的にペースが上がり始め、今度はWさんを抜きかけた15キロ地点でコンビニ発見。迷うことなくルートから脇に逸れる。
「すいません、トイレ貸してください!」「奥の左側です。」
スタート前に水分を摂り過ぎたのか、スタートしてから水分を摂り過ぎたのはわからない。便器に向かってチン思黙考、原因を探る間もなくホッと一息を付いて、再び戦列へ。尿意という敵からは解放されたワケだから、少しでも遅れを取り戻そうと急にペースを上げたが、ちょっと待てい。これから新川通が待っているんだから余力を残さないと、と冷静に自分に言い聞かせる。大丈夫、脳はまだ働いているようだ。がしかし、この辺りから既に辛いと感じている時点で、ちょっとヤバい感じ。
「無理して走らなくてもいいんだよ。」「辛いんだったらここでやめても、いいんだよ。」
頭の中の悪魔が耳の中で囁きかける。でも待て、まだ折り返してもいないのに、ここでやめたら一体オレは何をしに札幌までやって来たんだ、ってことになる。悪魔の声には極力耳を傾けず、もう少し、もう少しと言い聞かせながら、いよいよ19キロ手前を右折、新川通へと入った。直後に、先頭のランナーが反対側の車線を駆け抜けていった。

17キロ前後から、シーサーのかぶり物をしたランナーが走っていることに気づく。
しかし、声援を送る観客はそれがシーサーだと気づかない(知らない)人も多いようで、「獅子舞だ!」「妖怪ウォッチだ!」「アレなんだ?」と声援がバラバラ。それが何だかおかしくもあり、しばらくその人についていってみることにした。というか今日、何かやたらと仮装ランナーの近くばかり走っていないか?

20キロ付近でようやく身体が少し軽くなった。中間地点通過は1時間43分。思ったほど遅れていたわけではなかった。記録は狙わないと決めていたのに、ここでちょっと色気が出た。しかし、北海道マラソン3度目にして新川通がこれほど辛いと感じるとは思ってもみなかったことだった。
反対側を走る誰かが、僕に声をかけてくれた(あとでTくんと判明)のだが、まずもってそれに反応する力がない。口を半開きにし、粗い呼吸で歯を食いしばっている自分の姿に気がつく。(Tくん曰く「結構辛そうだった」と。)
続いて、白いTシャツに黒抜きの文字を飾ったNくんを発見。この時ばかりは思わずこちらから「N!」と声が出る。向こうもそれに気づき、手を振り返してくれた。

…しかし一体自分は、何のためにここを走っているのだろう。誰かに褒めて欲しいから?誰かに自慢したいから?単なる勢い?それとも…。そんな愚問を繰り返しながら、気がついたら25キロ過ぎの折り返しまで来ていた。折り返した後も反対側から続々とやってくる仲間が僕に声をかけてくれるが、手を上げて応えるのが精一杯だった。正直言ってそれぐらいきつかった。相変わらず口に締まりはなく、呼吸も荒い。ふぅーっと息を吐き出す。ふと見ると、反対車線に置かれた給水ポイント付近に広がる道路上の紙コップの散乱は、更に酷くなっていた。結局のところ、いくら呼びかけたところで捨てる人は捨ててしまうのだよ。招待選手のスペシャルドリンクのボトルが路上に転がっていた時点で、それに追随してしまうのはランナーの性なのでは。(実は私、スペシャルドリンクの針金の付いたボトルを踏みそうになり、かなり憤慨しておりました。せめてあれぐらいはどこかに寄せて欲しいものです。)

そして30キロの給水で、一瞬だけ足を止めてしっかり給水を摂った。いよいよここからが正念場だと気合いを入れる。

僕にとっての「鬼門」は2か所。まずは35キロ過ぎに現れる一つ目の「鬼門」は難なくクリア。お…これって今日大丈夫そうじゃね?と、再び欲が出始める。次の「鬼門」は38キロ手前の交差点。前回は、ここを左折した後に足が止まった。
金曜日からのアルコール抜き。内臓に負担をかけたくなかったし、元来汗かきの体質なので、水分を余計に排出したくなかった。がしかし、既に尿意をもよおし、しかも相変わらず身体は重いままなのに、汗を相当かいていた。でも、ここまで来れば何とかなるんじゃないか?そう思いながら左折し、ペースを上げようとした途端、右脚に明らかな違和感を覚えた。そして38キロの給水ポイントで、それは突然現れた。またしても前回と同じ場所だった。世の中そんなにうまく行くはずがないのだ。

突如やって来た右脚大腿部の痙攣。そういえば塩分補給をしっかり行っていなかった!が、時既に遅し。完全に足が止まり、後ろにのけぞったり前のめりになったりを繰り返しながら「うぉぉぉ…」と小さなうめき声を上げていると、ボランティアのおばさんが紙コップの水をたくさん持ってきてくれた。
「大丈夫?水を足にかけて冷やして!」
ところが足に水をかけると、更に痙攣が酷くなるといった有様。「救護、呼ぶ?」「い、いや…いいです。な、何とかなりますから…。」
少しずつ気持ちを落ち着かせながら水を飲み干す。この間、おばさんは僕の足をマッサージしてくれている。ポケットに入れていたはずの塩熱サプリは、水を被りすぎたせいでほとんど溶けてなくなっていた。嗚呼、何たる大失態!

ひとまず歩ける状態まで快復したので、礼を述べて再び歩き始める。ジョグ程度までペースを上げると程なく、北大の入口が見えてきた。騙し騙しの状態で北大の構内へと進んだ時、今度は39キロ付近で左脚大腿部が攣った。給水がなければ、観客もほとんどいない場所で苦悶の表情を浮かべ、独りで狼狽える。後続のランナーから「頑張れ!」と声を掛けられる。そしてその中には、先行を許したはずのWさんの姿もあった。

まさか右脚の次に、左脚まで攣るとは…。激しく動揺する気持ちを落ち着かせながら、再び走り始めるが、最後は40キロの手前で両足が攣った。こうなると、もはや失笑のレベル。悶絶する僕を見かねたオジさんが、「命の水だよ。あと2キロ頑張れ。」と、紙コップに注いだファ〇タグレープを持ってきてくれた。嗚呼、ファ〇タがこんなに美味しいなんて…。一気に飲み干しながら、色んな思いが頭の中を交錯する。

…これって、別に前日に飲酒しようが関係ないってこと?いやいや、多分飲酒してたらもっと手前で足が攣っていたでしょ。(何よりも今回、塩分補給をしっかりしなかったことが最大の要因だとわかっている…つもり。)
ただ、脚の痙攣がなければ、最後まで走りきることができたはず。実際足が攣った38キロで余力は十分あったし、少しペースを上げ始めたのも事実。(これが足が攣った最大の原因ではないかという気がしないわけでもない。)
と分析すれば、実は余裕で3時間30分は切れたんじゃないか…。くっそー。なにやってんだ自分。憤りと悔しさと情けなさが交錯するも、自分に呆れて涙一つ出てこない。

いや、まずはとにかくゴールだ。ゴールしないと何も始まらない。再び歩き始め、徐々にペースを上げながら、赤レンガ庁舎前を通過。もはやタイムなんてどうでも良くなっていた。いや、最初からタイムは気にしていないはずだったのに。最後の角を右折、遥か向こうに見えるゴールを目指す。余力はあるのに、足が攣るのが怖くて前に出ないという辛さ。

結局3時間35分09秒という、なんとも微妙というか平凡というか、うまく説明の付かないタイムでゴールした。昨年の記録より1分30秒遅れてのゴールだった。

38キロ付近までは、身体や足が重かったものの、当初想定していたとおり概ね一定のペースで走れていた(4分46秒~47秒ぐらい)。
残り4キロで大丈夫そうであればペースを上げようと思っていたが、ペースを上げたその時に脚の痙攣が起きた。まあ、遅かれ早かれ脚の痙攣はやって来たのだろうと思う。塩分の補給を怠ったツケだったワケだから。

hokkaido_result

ふと時計を見たら、42.195キロを走ってきたのに、距離表示が42.7キロになっていた。つまり、コンビニへの立ち寄りやコース上を右へ左へ蛇行した結果として、約500メートルも長く走っていたことになる。
ちょっと驕りというか慢心が過ぎたかも知れない。

…とはいえ終わってしまったこと、「たられば」の話をしても仕方がないのであとはやめておきます。

9か月ぶりのフルマラソンだったけれど、北海道マラソンはほぼ平坦なくせにホントにレースを組み立てるのが難しいし、それに立ち向かうには、事前の準備を心身とも怠ってはならないということ。こうなったら、北海道の借りは北海道で返すしかないでしょ。

今、腹部から脚にかけてあちらこちらに痛みが残っている。一方で、上半身に疲れや痛みがないということは、肩の力を抜いて走れていた、という解釈でいいのかな。

大会を終えて、今回何が欠けていたのかが朧気にわかったので、次の大会に向けて心も身体も立て直して行きたいと思います。一つの大会でいつまでも一喜一憂しているヒマはない。次に気持ちを切り替えよう。


北海道マラソンと紙コップ


logo30hokkaido

このブログに辿り着くにあたり、どういった検索キーワードを用いているのか管理者兼投稿者としてチェックすることができるのですが、北海道マラソンが来週に迫っているということもあって、「北海道マラソン 攻略」「北海道マラソン 難所」「新川通 過酷」といった、暗に北海道マラソンの鬼門ともいわれる「新川通」のことを匂わせるキーワードでこのブログを閲覧されている方が多いようです。ありがとうございます。ようこそいらっしゃいました。

以前の投稿でも触れているのですが、皆さんが気にしている「新川通」、25キロ過ぎの折り返しを含む往復約13キロのコースについては、私自身2度走ってみてそんなに辛いと感じることはありませんでした。確かに周囲から建物がなくなり、景色は単調、コースも直線。日光を遮るものも何もないとなると、かなりきつそうなイメージを抱くのは致し方ないことなのかも知れません。しかし、よく見ると沿道には応援している方々がそれなりにいますし、何よりも周囲には一緒にゴールを目指すたくさんのランナーがいます。私がイメージする新川通は、自走式のベルトコンベア、動かない歩道みたいなものなのだということ。それに乗せられた他のランナーの皆さんと、自分の脚で一緒に先を目指す、そんな感じです。
ですから、新川通は辛いと感じる思い込み、そして新川通は過酷だという先入観を排除することが、北海道マラソン最大の攻略法なのではないかと思います。

一昨年は準備不足だったことや予想以上の好天で気温がどんどん上昇したこと、靴下とシューズとの相性が悪かったことなどから、新川通を過ぎてからかなり歩くハメになりました。
昨年はそれなりに準備はしたものの、新川通で折り返してからの向かい風にやられ、結局最後の最後でまたしても歩くハメになりました。
今年はどうしたら途中で歩かないで済むか、今はそのことばかりを考えています。

コースが過酷かどうかについては、その人の走力によって感じ方が全然違うと思うので、どうすればコースを攻略できるかについても、最後は自分自身の気持ち次第ということになるんでしょうかね。
楽なマラソンなんて、あるわけがないんです。42.195キロを走るって、冷静に考えてみると並大抵のことじゃあない。
しかも北海道とはいえまだ暑さの残るこの時期に走るわけですから、最初から最後まで過酷ですよ。
でも、その過酷な中に自分の身を置いてどう楽しむか、これに尽きるんじゃないですかね。

さて、もう一つ厄介というか北海道マラソンにとって最大の懸念、問題といってもいいのが、紙コップとスポンジ。これは例年問題になっているみたいですが、給水所付近では紙コップやスポンジが道路に無数に散乱、踏みつぶされてグジャグジャになった紙コップで道路上が白くなり、その後の片づけの遅れが交通規制解除の遅れに繋がる事態になっているようです。これまで県外の大会にも幾つか出場しましたが、これほどまでに紙コップやスポンジが溢れかえっている道路は、確かに見たことがありません。
実際、走り終えた後に足下を見ると、細かく踏み砕かれた紙コップの残骸がシューズやソックスに無数に張り付いていてビックリしました。その様相たるや、例えて言うならばあれですよ。若かりし頃に見た「あれ」がびっしりへばりついた感じ。あれっていうのは、ローリー寺西が率いるバンドの語源。何のことかはググレカス…おっと危ない。

そもそもこれは、先行するランナーが飲み終えた紙コップをそのまま道路に捨ててしまうということが事の発端のように思えてならないのですが(後続のランナーも追随して捨てるから)、今回の北海道マラソンでは、この対策として今回「クリーン宣言」なるものを掲げ、ゴミ箱の設置箇所を相当増やすと意気込んでいるようです。

実際大会を走ってみると、給水所に置かれた紙コップの間隔が近すぎて道路上に散乱してしまったり、ゴミ箱そのものが小さかったり、そもそもゴミ箱の場所があり得ないぐらい給水所の近くだったり、逆に道路から極端に離れていたり、更にゴミ箱の数が圧倒的に少なかったり、中央車線寄りにはゴミ箱が全く設けられていなかったりと、これじゃあ道路に捨てざるを得ない状況だという理由がいくらでも出てくるわけです。かといって捨てても良いかといえばこれはまた話は別。後続のランナーがこの「白い絨毯」に足を取られ、どれだけ大変な思いをしていることか…。(かくいう私も昨年この「絨毯」を踏んで滑って転びそうになりました。)
実際の画像は、「北海道マラソン 紙コップ」で検索してみてください。結構凄いですから。(NAHAマラソンもこれに近い状況らしいですが、私が走っていた時点ではあまり気になりませんでした。)

さて、今回の「クリーン宣言」がどう効を奏するのか、これも一つの見どころではないかと思っています。あ、もちろん出場する一ランナーとして、ゴミ箱へのゴミ捨てには協力させていただきます。
裸足ランやワラーチで出場を目論んでいる皆さん、折り曲げられた紙コップの角って意外に痛いですからね、実は要注意です。

私自身、調子は徐々に上向きです。試験勉強をバッチリやって試験に臨むくせに「全然勉強してなくて…」なんて嘯くようなことはしません。
ただ、調子が上向きだからこそ調子に乗る可能性があります。調子に乗ると、落とし穴が待っています。だから今は、その気持ちを抑えつつ、どれだけ冷静に大会に臨むかが大事になってくるんだということを言い聞かせています。

どうやらこのままだと、日曜日は雨交じりの天気になりそうです。日光がガンガン照りつけるよりはマシかも。ただ、もしかしたら蒸し暑さを助長する可能性も否定できません。いずれにせよこの天気を味方につけるか敵に回すかは、結局のところ自分の走り次第ってことですかね。ここまで来ると、あのコースをどう攻めてやろうかとメラメラ火が付きそうな感じです。でも、今から火が付いて始まる頃に火が消えていては困るので、点火はもう少し後にしようと思います。

あくまでも今回は、タイムを狙わない。一定のペースで最後まで走りきること。これこそが、今回の大会に課した自分自身への宿題です。どうか変な欲が出ませんように。


今年の法界折 -ご先祖様への供えもの-


平成28年のお盆休みが終わりました。
今年は8月11日に祝日「山の日」が制定され、13日が土曜日だったことから、12日に休暇を取る人が多かったようです。かくいう私もその一人です。
我が家は弘前市内にある2つの寺院街のうちの1つの中にあるため、お盆や彼岸の時期になると、外出するのも一苦労です。
特にお盆の8月13日になると、毎年目も当てられないぐらいの大渋滞が発生するほか、よりによってうちの菩提寺が、同じ町内ではなくもう1か所の寺院街にあるため、墓参りも一苦労。ですので、前もってスケジュールを組んで行動しています。

11日から13日までの道路の混雑状況をざっと見たところでは、今年のお盆は11日から13日までの間で分散して墓参りに訪れた方が多かったようです。また、日中の暑い時間帯(ちなみにほぼ連日真夏日でした)は朝夕と比較しても明らかに墓参りに訪れる車の台数が明らかに減っていた感じです。そして、何となく13日午後より12日午後の方が混雑していたような、そんな風にも見て取れました。一番のピークは13日午前でしたが。

さて、お盆といえば、津軽地方の風習として古くから伝わる「法界折」。そのまま「ほうかいおり」と読みますが、田舎に行くと訛って「ほげおり」と呼ぶお年寄りを見かけることもあります。簡単に言えばお墓や仏前に供える、いわばご先祖様向けの「弁当」というか「折詰」というか、そんな感じのものです。ただ、何の目的でいつ頃からこういった風習が始まったのかは、ちょっとわかりません。お盆の時期ともなればこれを持参して墓参りするというのは当たり前のように見慣れた光景でしたので、ほとんど意識したこともありませんでした。

以前もこのブログで紹介したとおり、うちではこの「法界折」を毎年作っています。今年は母の実家(ちなみに母の実家は北秋田市ですが、こういった風習はないと聞いています。)や妻の実家(同じ弘前市内にお寺があります。)、妹の嫁ぎ先(我が家のすぐ近所にお寺があります。)など、全部で14個の「法界折」を作ることになり、前日12日から仕込みを開始。とはいっても年末にこしらえる盛皿ほど手間はかからないものでして、下ごしらえは、いわゆる「煮染め」の材料を切っておくだけ。

ちなみに今回作った「法界折」、ベーシックな内容物はこんな感じです。

煮染め(大根、糸こんにゃく、人参、凍豆腐、麩、インゲン、油揚げ、タケノコ)、かぼちゃの煮物、プチトマト、茄子の揚げ物、岩木山で収穫された嶽きみ(めっちゃうまいトウモロコシ)、ミョウガの酢の物、ミズ(山菜)、そうめん、干瓢と紅ショウガのおこわ、みかん、ぶどう

ベーシック、と表現しましたが、実は大きめの法界折も用意することになり、微妙に中身が変わっています。鏡天(色のついた丸形の心太。仏様を映す鏡と言われています。)の代わりにお菓子(一口サイズのゼリーやおかきなど)が入っていたり、スイカが入っていたりいなかったり。その他容器が大きかったために隙間を埋める(!)ためのアイテムを母親が急遽こしらえたのですが、「ちょっとそれは法界折に入れるものとは違うだろ」ということで、先ほど挙げた法界折の内容からは外しています。ちなみに、法界折に肉や魚が入っているものを見たことはほとんどありません。

今回は、容器の大きさ、形もちょっと違っていたために、結果的には3パターンの法界折が出来上がりました。
法界折は毎年この地方のスーパーなどで600~800円前後で販売されていますし、仕出し屋さんなどでも「法界折承ります」といった貼り紙を見たことがありますが、何か必ず入っていなければならないものがあるとか、「こうでなければならない」といったルールは特にないみたいで、内容物についてはバラバラのようです。ただ、スーパーのそれを見ると、正直言って「値段の割にはかなり質素だな」という印象を受けます。「質素」の意味は、お察しいただければ。
DSC_0822

DSC_0814
ちなみに私、13日は早朝4時に起床。土曜日ということで本来であればランニングクラブの朝練に向かうところ、さすがにこの日はご先祖様にちゃんと敬意を払わないと、と朝練を回避、法界折の製作に早朝から精を出していました。
13日朝6時30分には一つだけこしらえた法界折を持参、父をはじめ先祖様が眠る墓へ出向いて手を合わせ、帰宅後残り13個の法界折を完成させ、午後12時30分には妻の祖母の墓、そして午後3時30分には妻の父の墓へとそれぞれ法界折を持参して出向き、手を合わせてきました。

弘前市内の寺院街では、墓前の供物を「持ち帰る」のが原則。だって、「拝んだら供物みんな置いてとっとと帰れ」と言わんばかりに、カラスが狙っているんだもん。要するに、お盆やお彼岸が終わった後の墓地の清掃が大変なんでしょうね。実際この日も、寺院街では結構な数のカラスがカーカーと樹上で啼いておりまして、袋入りのお菓子(和菓子と見た)をくちばしに咥えて飛んでいくカラスを数羽見かけましたよ、ええ。

なので、ご先祖様がゆっくり食事する間もなく、法界折に関しても例外なく「持ち帰り」となるのですが、その後どうなるかと言いますと、誰かが食べようとも文句は言われません。というか、最終的には誰かが「食べる」ことを前提にして作るお宅もあるようですし、さもなければ、廃棄処分ということになってしまいます。うちの「法界折」も前者を想定していますので、それなりの「味付け」を施しています。中には食材の匂いや味が移ってしまったり(特に「果物→煮物」は致命的)、時間の経過で残念ながら違う匂いがし始めるというケースもあるようですが、そういうこともあって13日の早朝に完成させ、13日のうちに供えるということをしているわけです。

DSC_0823
ちなみに、田舎のお寺に行くと、カラスにはお構いなしで供物を墓前に置いたまま帰るところも多いようです。まあ、せっかくならばご先祖様にゆっくり食べて頂きたいものですよね。