Monthly Archives: 2月 2013

村上春樹の新作は「新作」ではない。

2月28日に村上春樹の「新作」が発売される。
タイトルは、「パン屋を襲う」

…あれ?ちょっと待って。
そのタイトル、聞いたことがあるぞ。

なんてことはない、かつて発表された小説のタイトルに「パン屋再襲撃」というものがあるのだ。

で、Amazonを見てみると、内容紹介にこんなことが書かれていた。

「殺っちまおう」と相棒は言い、「もう一度襲うのよ」と妻は言った――。空腹に耐えかねた「僕」と相棒が、包丁を忍ばせ商店街へと向かう「パン屋襲撃」。異常な飢餓感に突き動かされた「僕」と妻が、午前二時半の東京を彷徨う「パン屋再襲撃」。村上春樹の初期作品として名高い二篇が、時を経て甦る! 改稿にともないタイトルを一新、ドイツ気鋭画家のイラストレーションと構成するアート・ブック。(下線はこちらで追加)

つまり、今回の作品はまるっきり新作ではないということだ。
先日、「村上春樹、3年ぶりに新作発表!」という報道に心躍らされたが、どうやら本当の意味の新作ではなく、「改稿」作品のようだ。

※追記。村上春樹氏の「ホントの新作」は今回の作品ではなく、4月に文藝春秋から発刊されることになっています。お間違いのないように。

ちなみに僕はまんまとやられた口で、今改めて「パン屋再襲撃」を読み返しています(笑)。しかしそれでも売れてしまうんだろうか。村上春樹だけに。いや、わからない、と僕は思った(村上春樹風に)。




春は近くて遠い。

暦の上では今週末には3月突入。卒業式だ何だと、春めいた季節になるはずなのに。

今世紀最強とも言われた大寒波の襲来。昨日のうちに家の周りの雪片付けを終え、いつでも来い!と強がっていたけれど、ものの1時間もしないうちに、あっかなくその準備は猛吹雪とともにすっ飛んでしまった。

朝8時30分頃には家の前が吹きだまり状態となり、玄関が完全に埋まった。その雪を押しのけながら自宅から出てみると、息もできないぐらいの猛吹雪。上からも下からも雪が舞っていて、久しぶりに「ヤバい」と思った。平成13年の台風19号の時にも似た感情。東日本大震災の時とはまた違う、間近に迫った危機。このまま外に居たら、ホントに死んでしまうかも知れない、と思った。

結局午後には少しずつ風も収まったが、雪は断続的に降り続いた。

交通機関は軒並み麻痺状態に陥り、東北新幹線を除くJRの在来線は軒並み運休(結果的に県内のJR線は八戸線を除き、全て運転を見合わせたらしい)、高速道も青森県内は全線に渡り通行止めとなっていたようだ。

午後6時時点での弘前市の積雪量は148センチ。明日の朝には、積雪量の最多記録を更新するかも知れない。

もうすぐ3月。この時期にこれだけ雪片付けに追われた記憶が、ない。
例年であれば合間合間に暖気が入り込み、少しずつ積雪量が下がっていくはずなのに。

一方で、今年の桜は例年より開花が早いという予報が先般発表された。

これほど雪が降っても、これだけ猛吹雪になっても、それでもあと2か月もすると、桜の便りがこの地域から全国に向けて発信されるのだ。

改めて、自然というものに対して畏怖の念を抱かざるを得ない。自然の前では、人間は無力。そのことをまざまざと思い知らされた2月。

浅虫温泉へ「大人の遠足」

僕が今の仕事に就いてからイロハを教えて下さった東青地域県民局のJさんから「ちょっと息抜きしてみない?」との誘いがあり、「まち歩き」というフレーズにも惹かれ、妻と二人で行ってみることにしました。

浅虫温泉 阿字観(座禅)体験とまち歩きの旅

平成23年度から「東青地域温泉地賑わい創出推進事業」として取り組んでいる「青森温泉美人プロジェクト」の一つとして、「浅虫温泉を盛り上げたい」と考える地元の有志の方々と青い森鉄道がタイアップし、商品化されたもの。
ご存じの方には今更紹介するまでもないのですが、浅虫温泉は青森市の東側に位置しています。かつては温泉宿場町として栄えていた浅虫も、時代の移り変わりとともに様変わりし、かつては20軒以上あったホテルや旅館も、今では15軒を切るまでになり、正直言って徐々に衰退が始まっている、といっても過言ではない状況になりつつあるようです。地区の少子高齢化も進んでいて、それを裏付けるかのように、今年3月にはこの地区にある小学校の閉校が決まっています。
裏を返せば、温泉経営者も高齢化が進んでいる、ということ。こうなると、なかなか新しいことを始める、という機運に乏しく、来るもの拒まず去る者追わず、結果的には…。という状況になることが容易に推察されます。
更に追い打ちを掛けるかのように、東北新幹線の全線開業により、この地区を走るJR東北本線が「青い森鉄道」として第三セクター化されました。しかし、その結果としてそれまで八戸~函館間で運行されていた特急がなくなりました。しかも東北新幹線の新青森駅は青森市の西側、そして浅虫温泉は青森市の東端に位置しており、なかなか遠方からの観光客を呼び込むのが難しくなってしまったようです。

さて、前置きはこれぐらいにして、今回どのようなコースを辿ったかを簡単にご紹介。
結論から言いますと、想像していたより遙かに楽しかったです。まだまだ知らないところがいっぱいあるな、と。
ちなみに僕が浅虫温泉に宿泊するのは今回が何と2度目!かつては忘年会だ何だと色々利用する機会もあったようですが、僕ですらこの状況ですので、今まで宿泊したことのない青森県民の方もたくさんいるのではないかと思います。

まず、宿泊先となる辰巳館に皆さんが集合し、オリエンテーションが行われました。参加者は15名ほどでしたが、圧倒的に60歳を超えた方々が多く、40代は僕とともにJさんに誘われたOさんと、僕たち夫婦のみでした。まずこの時点で、ターゲットが高年齢層に向けられていることを何となく感じたのですが、少し見方を変えると、僕らみたいな年代でも全く支障なく参加できるのではないかと思いました。

さて、オリエンテーションを終えた後はバスで移動、地区の外れにある「陸奥護国寺」に向かいました。
高野山真言宗のお寺なのですが、ここで座禅(正式には「阿字観」と言うのだそうです)を体験する、というものです。

ちなみにこの日の青森県内は大雪と暴風雪に見舞われ、交通機関は軒並み乱れていました。バスを降りた我々を待ち構えていたのは、吹雪。
25021601.jpg
ここから階段を上り、本堂へと向かいます。
25021602.jpg
本堂に全員が座り、住職から説明があった後、阿字観開始。
静寂の中で無心に…なるはずでしたが、ここで僕がつくづく感じたことは、僕は本当にあぐらが苦手だということでした。開始からどれぐらい経ったのかはわかりませんが、股関節と腰にじんわりと痛みを覚えるようになり、そこから集中力が完全になくなりました。要するに身体が硬いんですね。

ただしこの阿字観では、いわゆる精神注入はないので、叩かれることはありません。そういう意味では若干気楽ではありましたが、最後はただただ早く終わることを祈るばかりでした。
ただ、終わった後にふと思ったことは、苦痛だとばかり思っていながら、実は何か気分がスッと晴れやかになっていたこと。またいろんな雑念が入ってくるのでしょうけれど、時々無の状態になるのもいいな、と実感しました。そういえば僕の高校の時の同級生が弘前市の禅林街にある盛雲院という曹洞宗のお寺の住職を務めていて、ここで座禅体験をやっているのですが、一度も体験したことがなかったな(笑)。

さて、約20分にわたる阿字観を終え、お寺の広間に招かれた我々は、そこで浅虫名物の「久慈良餅」の味比べをしました。
出された久慈良餅は4種類。同じ久慈良餅でも微妙に味や食感が異なっていて、とても美味しく頂きました。
25021603.jpg

25021604.jpg

この後地元のケーブルテレビのインタビューを受け、丁寧に受け答え(笑)。
お寺を出ると、まだ雪は降り続いていました。陸奥湾に浮かぶ裸島もぼんやりと浮かんでいます。
25021605.jpg
青森温泉美人プロジェクトの幟を手にするJさん。
25021606.jpg
さて、ここからバスに乗って温泉街へ…と思ったら、何とこの吹雪の中歩いて向かうって…。あれー?ツアーの中に地吹雪体験は含まれていなかったはずなんだけど…。
25021607.jpg

高さ制限が2mしかない青い森鉄道の下をくぐり、てくてくと…。
25021608.jpg
到着したのは「椿旅館」。
25021609.jpg
僕たちの宿泊する旅館ではありません。
実はここには、津軽のゴッホこと棟方志功画伯の作品がたくさん収蔵・展示されているんですね。ガイドさんが簡単に説明をしてくれます(これ以外にもホントにたくさんあるんですよ)。
25021610.jpg
旅館に戻る途中で、足湯・飲泉所・温泉卵場に立ち寄り。実際飲泉を試してみましたが、個人的には「…。」でした(笑)。
25021611.jpg
で、午後4時過ぎに旅館に到着し、夕方6時30分から宴会。
料理はこんな感じで、結構豪勢です。ちなみにしゃぶしゃぶの肉は、青森県の倉石牛だそうです。
25021612.jpg
宴の途中には浅虫温泉最後の芸奴、小梅さんも登場。小梅太夫じゃないですよ!しかもこの小梅さん、何と御年89歳!!!
25021613.jpg
食事の後は、何故か「温泉ピンポン」なるイベントに強制参加させられ、夫婦で出場しましたが、日頃の仲の悪さ(?)が災いし、あっけなく初戦敗退…(苦笑)
25021614.jpg
約30分に渡って繰り広げられた各熱戦の末、優勝チームには久慈良餅6本、準優勝チームには久慈良餅4本という、今回の企画らしい賞品が与えられ、大会は終了。
画像は初戦で我々夫婦を容赦なく打ちのめし、結果的に準優勝したJさんOさんチーム。
25021615.jpg
これで初日の日程を終えました(まぁ、JさんとOさんと僕と3名で、この後また第二部が続いたわけですが)。

二日目は浅虫森林公園を散策するトレッキングコースと浅虫水族館を訪ねる二つのコースが設けられていました。この日別な用事でコースに参加できなかったJさんとOさんと旅館で別れ、我々夫婦は水族館コースへ。
浅虫水族館を二人で訪れるのは確か結婚する前で、約20年ぶり!?
初心に戻り久しぶりに水族館を堪能。しかも、館長さんの案内付きで、一般客が立ち入ることのできない水族館の心臓部や、水族館にまつわるいろんな裏話を聞かせて頂きました。もちろん、イルカショーも観ましたよ!
25021616.jpg
水族館の心臓部を説明して下さる神館長さん(右)。ありがとうございました。
25021617.jpg

これで全ての日程を終了。天候には恵まれませんでしたが(だって、嵐を呼ぶ夫婦ですから)、期待以上に楽しいツアーでした。
前述の通り、ターゲットがよくわからない中での参加ではありましたが、趣向を変えると若年層でも十分楽しめる内容ではないかと思います(例えば、「お父さんの知らない浅虫温泉」とか。これだと安易か。笑)。外国人の方々でもいいんじゃないかな。

生意気ではありますが、一つ言わせて頂くならば、浅虫温泉の方々が同じ思い、浅虫温泉を何とかしなければならないという思いをしっかり持てば、恐らくいかようにもなる(色んなオプションが出来上がる)ような気がしました。確かに集客のためにいろいろ企画し、そのために仕掛けることも大事ですが、まずは当事者の

学研カメラで撮影した画像を追加

もうかれこれ半年以上も前に撮影した写真を、今更ながら現像してみた。学研の大人の科学で作成した二眼カメラ(Gakken Flex)で撮り貯めたフィルムの数は3本。全て27枚撮りのフィルムなので、単純計算すると81枚もの写真が仕上がることになるが、実際に現像してみたら仕上がってきたのは半分の42枚。更に光の差し込み(蓋を誤って開けたことを思い出した)があったりで、結果的にお見せできるのは37枚にとどまった。
既にFlickrにもアップしたので、お気づきの方もひょっとしたらいたかも知れないが、今一度ここで紹介したいと思う。
とはいえ全てを紹介するのはさすがにちょっと憚れるので、掻い摘んで紹介。
今回仕上がった中でのベストショットは、こちら。
At UTOH Shinto Shrine
青森市安方の善知鳥神社で昨年6月頃に撮影した、一輪の蓮の花。
もう一枚は、別角度から。ちょっとピントが合っていないみたいだけど、漆黒の池が効いていてこれもまたなかなかの仕上がり。
At UTOH Shinto Shrine
奥の方(画像の縁)がぼやけているのはこのカメラが為す技で、僕の撮影テクニック云々ではない、念のため。
続いて橋上から見た青森駅周辺。
A-Factoryが箱庭みたいになってる。
At Aomori Bay Area
箱庭と言えば、こっちの方が雰囲気が近いかな。
At OKINAWA
これは、昨年7月に沖縄を訪れた際に撮影したもの。周縁部分に当たるバックの市街地がぼやけ、手前のプールがいい感じになってる。
最近はスマートフォンで撮影した画像を編集できるアプリがたくさん出ていて、こういった風に画像を仕上げることなんて指一本でできるのかも知れない。
ただ、このカメラの面白みは、撮影したその場で撮影画像を確認できるのではなく、実際にフィルムを現像してみないとわからないというワクワク感にあると思う。
冬季に入ってからは、このカメラを用いた撮影は全くしていないのだけど、また機会を見つけてカメラ片手に散歩してみるかな。
なお、これまで撮影した分も含めた画像のセットは以下のサイトに保存しているので、もしよろしければ御覧下さい。
Gakken Flex(Flickr)

運転免許の更新

明日、急遽休みをいただいて運転免許の更新に出向くことにした。
一応これでも優良講習、というか職業柄、それ以外の講習は許されないんだけど。ということで、今回の免許更新で再び5年間の有効期間が与えられる。
今の免許証は5年前に更新したものだが、当時の顔写真とあまり相違ないと思っているのは、僕だけかも知れない。

普通自動車免許を取得したのが、平成元年7月。それ以来、(一応)無事故無違反を25年間。そして、何度目か忘れたが再び免許更新の時期を迎えた。

今回は、妻が卒業した小学校のあった場所に新しくできた弘前地区運転免許センターでの免許更新となる。

ちなみにさきほど(一応)と記したが、運転免許証の裏に何か書かれたことは、ない。れっきとした無違反である。
一方、無事故とは言うが、対人対物がないだけの話、自損事故は数回やらかしている。
そういえば昔は(今も?)「ハンドルを握ると性格が変わるよね。」とよく言われていた。結構粗暴、無謀な運転をしていたらしい。

自宅の前の県道を、我が物顔で何重にも広がってチンタラチンタラ走る中学生の自転車の車列を見て、カッと頭に血が上り、その連中に気を取られながら後退したら、自宅横にあった電信柱に激突したり、電柱から伸びる支線に気づかず、助手席側の側面を思い切りこすったり、T字路の交差点を右折する際に、左からやってきた自転車に気を取られて、運転席側のサイドミラーを電信柱にぶつけて折ったり…。

こうやってみると、電信柱がどんだけ好きなんだ?って感じなんだけど、車は痛い思いをしたものの、(一応)身体は無傷だった。

…で、またまた(一応)と記したが、一つとんでもない自損事故をやらかしたことがある。もう10年以上前の話。ちなみにこちらは、電信柱は関係なし。

その頃僕は、日本海に面した鰺ヶ沢町にある職場に勤務していて、毎日弘前の自宅から岩木山麓に沿うように車を走らせていた。
冬場は雪が多く、運転には慎重にならざるを得なかったのだが、その日は天気もよく、ちょっと油断していたらしい。

いつもの広域農道は除雪車が入った形跡がなく、轍の上に新雪がうっすらと積もっていた。道は比較的広く、急カーブなどもないので、走りやすいと言えば走りやすい。ただ、アップダウンが非常に多く、対向車には常に気を遣わなければならなかった。

朝の通勤時間帯は大体走っている車が同じだ。僕のように弘前市内から同じ方面に向かう人たち。同じ職場の人だったり、学校の先生だったり。

その日も普通に車を走らせていたのだが、ちょっと油断したらハンドルを取られた。

うわっ!と思いハンドルを切ろうとしたら、車はツツーッとハンドルを切った方向とは逆方向に滑っている。まずい!と思ったその時、車は轍を外れ、車道の横の小高い丘へ進み始めた!運悪く下り坂。路面が凍結していて、ブレーキも効かない。

まずい!と思ったその時、僕がハンドルを握るその車は、哀れそのままぐんぐん小高い丘へと向かって進み、何と横転…。

その瞬間、色んなことが走馬燈のように駆け巡り、スローモーションのごとく車がゆっくりと横倒しになっていく。助手席側のミラーがポキィィィンン…とエコー音を響かせながら(と勝手に思っていただけ)折れていくのが見えた。

そして何を思ったのか僕は、横転の瞬間、助手席に置いていた弁当の入った袋を、咄嗟に握っていた(笑)。

轍のできた雪道を時速50キロぐらいで走行していた時の、過信が招いた自損事故。

ルパン三世よろしく横転した運転席側のドアを開け、よっこらしょと車から降りる。
前後を走っていた車の人たちが、驚いたように駆け寄ってくる。

「だ、大丈夫か?怪我は?」
「ハイ、全然大丈夫です。」

車を降りた僕の手にはなぜか弁当の入った袋。僕自身はホントに無傷なのだ。
とはいえ実はかなり動揺していたが、それを悟られないように冷静を装っている自分がいるのがわかった。

「あの…すいません。一緒に車を起こしてもらっても、いいですか?」
「…はい?」

きょとんとする他のドライバー。

何を思ったのか僕は、横転した軽自動車を元に戻して欲しいと言い出したのだ。

「えっ?あっ、ああ…いいよ。」

僕を含め、男性4人ぐらいもいただろうか。
横転していた車をヨイショッと起こす。軽自動車だったのが不幸中の幸い、バウンドしながら、車は元の「四つ足」の体制を立て直した。ただし、向いている方向が職場とは反対方向ではあったが。

「ありがとうございました!もう大丈夫ですから。」

「ホントに大丈夫か?」
「ほら…。」

といってエンジンを掛ける僕。何事もなかったかのようにブルンと小さなエンジン音を上げる車。よかった…。

「あ、ホントだ。じゃ、気を付けてな。」

ドライバーの方々がそれぞれの車に戻り、再び通勤へと戻る。それに対して、深々と頭を下げる僕。

転がっていたサイドミラーを手に、何を思ったのか僕も、そのまま何食わぬ顔で通勤の途に就いた。

…が、さすがに職場に着いてから動揺を抑えきれず、結局午後から休みをいただき、まっすぐお世話になっている取扱店へ。

事故の起きた状況を説明すると、「よく無事だったね!」と驚かれた。僕自身は大したことがないと思っていたけど、どうやらそうではなかったようだ。

後で聞いたところによると、あの時保険が適用になったのでよかったものの、修理費用として30万円以上かかったらしい。

今でこそ笑い話にはなっているが、もしも保険が適用にならなかったら…と思うと、ホントに恐ろしい。
調子に乗ると足下を掬われるという、典型的な自損事故だった。

あの後も数回、ちょこちょことやらかしてはいるが、今のところ大事に至っていないのは、たまたま運がよかっただけのことなのかも知れない。