日別アーカイブ: 2009-06-08

僕が走る理由


昨日は父の月命日ということで、父の眠る墓へお参りに行った。早いもので9ヶ月という月日が流れたが、父を想う気持ちは揺るぎなく、そして一生悲しみは癒えないことだろう。

誰か先に来た人がいたようで、お墓にはまだ新しい花が添えられていた。恐らく、父と最後の時間を過ごすことになったあの方が来て下さったのだろう。すぐそばにある、N家のお墓にも花が添えられていた。

そこから僕は、走って帰宅することにしていた。
土曜日は雨が降っていたこともあり走れなかったため、日曜日は多少「遠征」しようと考えていた。
僕の走るルートは、固定されていない。大体が思いつきだ。ただ最近は、事前に距離を確認するために、ネットを利用して事前にルートを検索することも多くなった。それだけ、走ることにハマりつつある、ということだろうか。それと、一応前の週よりは少しずつ距離を伸ばそうという思惑だけはあり、家の周りを除いては、極力交通量が少なく(つまり危険でない)、あまり人目につかない(つまり誰かに話しかけられる心配がない)道を選ぶようにしている。

「ホントに走るの?」と訝る妻と母に別れを告げ、ゆっくりと走り出す。そのためにわざわざジョギングシューズに履き替え、ウィンドブレーカーを身にまとってきたのだ。
すぐ目の前にある長勝寺山門の前を抜け、裏通りを走りながら、弘前市りんご公園の方向に向かう。薄曇りの中、程なく両側にはリンゴ畑が広がる。左手にはりんご公園の小高い山が見える。日曜日の午前、走っている人も歩いている人もなく、車通りもほとんどない市道を、ただ黙々と走り続ける。しばらく変わらない景色ではあるが、緑が目に優しい。

走っている間、自問自答が繰り返される。

何故僕は今、ここを走っているのだろう?
僕は一体何をしたいのだろう?
こうやって走ることに、何の意味があるのだろう?
父は僕らのことを見ているだろうか?
父は今頃…?

答えを見いだせぬまま、息づかいが荒くなる。もう、いいじゃないか。でも、ここで足を止めるわけにはいかない。足を止めぬまま僕は、金属団地の横を走り続けていた。弘前南高校の横をすり抜け、緩やかな上りにさしかかる。ここを超えれば、あとは家まで下りが続く。
昔よく遊んだパチンコ屋は、跡形もなく消えていた。
広々としたむき出しのアスファルトは、今は一台の車も駐車することなく、毎日太陽や雨にさらされている。

このあたりから、徐々に交通量が増える。中高生の自転車の数も増えてくる。それでも僕は、黙々と走り続ける。

僕が世話になっている理髪店では、客が一人散髪していた。
右手にあるTSUTAYAには、待ち合わせなのだろうか、自転車に乗ったまま中学生が誰かを待っているらしい。

あと1キロ。余力を残しながら、黙々と走る。
ところで、ここまででどれぐらい走ったのだろう。時間も距離も、皆目見当がつなかい。

長い下り坂をスピード調整しながら走る。そして信号を右折、最後の直線に入る。ここで僕は、徐々にスピードを上げる。惰性ではなく、意図的に。信号は奇跡的にすべて青。一度も立ち止まることなく、無事に家までたどり着いた。走ろうと思えば多分まだ走れるだろうし、それほど辛くはないのだが、汗が滝のように流れている。

30歳の時に、生まれて初めて、そして恐らく生涯最後になると思われた10キロマラソンの大会に出たことがあるが、あの時の練習でさえ、毎週こんなに走ることはなかった。しかし一体、何が僕をここまで走ることに駆り立てるのか。

走ることに慣れてきた今となっては、父にレベルアップした姿を見せたいとか、そういうことではなくなっているような気がする。でも、その答えを見いだせぬまま、また今週末も汗を流すことだろう。

何となく、今秋の市民マラソンにはうっかりエントリーしてしまいそうな勢いだ。といっても所詮は俄かランナー、せいぜい10キロが精一杯だろうけど。