僕の妹、37歳。大学を卒業した後すぐに地元弘前を離れ、ずっと東京で仕事をしていた。だから、結婚するとなればきっと向こうの人と一緒になるんだと思っていた。
僕はといえば、上京の機会がある時は、友人知人に会う前に、まず例外なく妹と会うことを選択した。それは、僕だけではなく父もそうだった。何かの機会で上京した時は、とにかく妹とちょっとでもいいから会う時間を設けていたし、妹もその時間を割くことに傾注した。
僕が言うのも変な話かも知れないが、妹と僕は本当に仲が良く、喧嘩をしたという記憶がほとんどない(これは自他共に認めるところだ)。強いて言うならば、幼い頃に「お前の母さんデベソ!」と言い合ったぐらいだろうか。まぁ、言うまでもなく「お前の母さん」はうちの母だったわけだけど。
そして、僕が上京して妹と会った時は、大体が近況報告。こちらからは実家の状況、妹からも近況報告。いわばお互いの生存確認、安否確認みたいなものだった。僕にとって妹は、全幅の信頼を寄せられる人間であり、尊敬できる人物であり、そして、ある意味羨望の的でもあった。
でも…。
そんなことを毎年繰り返しているうちに、気がつくと妹は三十路に突入、嫁に行くどころか浮いた話を一つも聞くことなく、やれ元の職場の上司と立ち飲みをしてきただ、マネージャーを務めているラグビーチームの面々と飲んできただ、挙げ句の果てには最終の電車で寝過ごし、とんでもないところまで行ってしまった話など、どんどんオヤジ化していった。
その間、初めて妹がお盆の帰省をしなかった年、直後に父の突然の他界という、例えようのない悲しい出来事を経て、いよいよオッサン化とオバチャン化の混同が始まった妹の花嫁姿を見ることなんてないんだろうな、と思っていた。
…ところが、運命というのはどこに転がっているかわからないもので、昨年の年末年始に帰郷した際、母の友人から紹介された人と縁があったようで、直後から交際が始まった。そして、3月に発生した東日本大震災、更には、くすぶり続けていた望郷の念と相まって、9ヶ月の遠距離恋愛期間を経て、妹は15年ぶりに帰郷。そして今年の1月、出会いからちょうど1年という期間を経て、9歳上の彼と入籍までこぎ着けてしまった(ちなみに、妹と彼を最初に会わせた母の友人は、二人の雰囲気を見て「あ、この二人は縁がないな」と思ったらしい。)。
入籍後もしばらく実家で居候(笑)を続けていた妹も、やがて実家から15分ほどのところにあるご主人の家に転居。
母にとっても僕にとっても申し分のない結果だった。妹が良き伴侶を得た。それも、手の届くところに嫁に行った…。恐らくそれは、誰よりも亡父が一番喜んだ結果でもあることだろう。
何か狐にでもつままれたような気分に苛まれつつも、7月14日に結婚式、そして披露宴を行うことが決まった。それは、母のたっての希望でもあった。
結婚式までの間、妹とご主人の間では幾度となく衝突もあったらしい。彼のお父さんとお母さんは既に他界しており、「親」はうちの母一人だけ。こぢんまりと行うはずが、いろいろ重なった結果、相応の披露宴を行うこととなった。
僕の時もそうだったが、結婚式というのは(まぁ、たいていの人は)一生に一度のこと。色々ぶつかって嫌な思いもすればいい。でも、披露宴を終えた後の充実感というか達成感というか、「ああ、やってよかった…」というのは、絶対にいい思い出として残るんだからさ…。
さて、僕は相変わらず妹が結婚披露宴を行うなんていう実感もなく、誰を呼ぶか、席順をどうするかなど、まるで他人事のようにその推移を見守っていたのだが、妹からの打診に心が揺らいだ。
「お兄ちゃん、披露宴で何の曲を使えばいい?何かいい曲ないかな?」
…ボッ(発火の音)。
自分の結婚披露宴の時には選曲なんて発想すらなかった僕の心に、火がついた。
嫁として妹を送り出すのにふさわしい曲…。寝る間も惜しんで、ずっと妻とふたりで「あれがいいんじゃない?これがいいんじゃない?」と悩んだ挙げ句、僕らと新郎新婦が選曲したのがこちら。ちなみに、ウェディングドレスの入場は、妹の大親友がピアノでドリカムの「未来予想図II」を生演奏…。
和装入場:愚零闘武多協奏曲
新婦和装退場:Love Rain -恋の雨-(Instrumental)/久保田利伸
チャイルドブーケ:ABC/Jackson5
ウェディングケーキ入刀:オメデトウ/mihimaru GT
ウェディング退場:September/Earth Wind & Fire
カクテルドレス入場:Everything/MISIA
キャンドルサービス:家族になろうよ(Wedding Ver.)/福山雅治、愛をこめて花束を/Superfly、Family/AI
二人の生い立ちスライド:365日/Mr.Children、GIFT/Mr.Children
退場:栄光の架け橋/ゆず
エンドロール:IF YOU WANT/氷室京介
まぁ、どの曲を誰が選曲したかはともかく、最初から大号泣…ということはさすがになかったけれど、いろんな思いが交錯して、いろんな場面で泣いた。
「あれ、お兄さん目が赤いですよ?」
そりゃそうだ。泣いてるんだから。
でも、一番泣かされたのは、乾杯を快諾して下さったTさんの奥さんと娘さんがわざわざ用意して下さった写真だった。実は、結婚式の時に父の遺影をそっと胸に忍ばせる…はずが、自宅を出る時のドタバタで、写真を持参するのをうっかり失念してしまったのだ。
まるでそのことを事前に把握していたかのように差し出された写真。
そこには、弘前ねぷたの運行の途中で、喜色満面の亡父に抱きかかえられた妹と、同じ格好で対峙するTさん父娘が写った、30年以上も前の幼い時の姿…。
僕だけではなく、母も、妻も、Tさんの奥さんも娘さんも、その写真を囲んで、みんなで泣いた。何だろうこの気持ち…何て言えばいいのかよくわからないけど、やっぱり一人足りないんだよな、この式場に…。
そしてラストのエンドロール。
「お兄ちゃん、ありがとう。」の文字が徐々に霞んでいく。
更に、大学生の頃の妹と亡父の姿、そして母と妹が笑顔で映し出された写真がスクリーンに現れる。
僕は人目も憚らず、嗚咽をこらえるのが必死なぐらい、その場で泣いた。41歳のオッサンの、男泣きだった。
妹と旦那さんは、披露宴を直前にして進行やいろんなことを巡って幾度となく喧嘩を繰り返したらしい。
「達観したな」とある方から言われたけど、結