月別アーカイブ: 2015年5月

Instagramとflickr


最近、画像投稿にはまっています。はまっているというか、日常の何気ない風景を切り取るという構図を考えるのが、好きなのかも知れません。
Instagramといえば、写真版TwitterともいわれるSNS。僕もこちらにIDを登録しておりまして、ちょこちょこと投稿をしております。
御存知の方も多いとは思いますが、スマートフォンで撮影した画像を、指先一つでプロフェッショナルな画像に加工できるというアプリでして、多くの僕の友人もこのアプリを使って投稿しています。

僕としては、Instagramに投稿するのは極力人物を除いた景色や動植物のみにとどめたいと思っているので、一部を除いてほとんどが日常の風景ばかり。
その中で最近増えている投稿が、夕方から夜にかけての景色なんです。
夕焼けに対するイメージをどう捉えるかによっても違うと思うのですが、その日の出来事を振り返りながら、明日に繋げて行く、夕方にはそういったイメージを僕は抱いています。

最近は日の入りの時間が遅くなったということもあり、職場から青森駅に向かう途中、19時前後に青森港周辺でスマートフォンを構える機会が増えつつあります。
建物や構造物に照らされた夕日はとても美しく、と同時にその構造物などが放つ影が、画像に味を出してくれます。陰と陽、といえば大げさかも知れませんけれど、撮り方によっては凄く寂しげな風景になることもあり得るところを、極力そういう風にならないように、オレンジ色に染まる空だけを抽出しないように撮影をしています。ちなみにInstagramに投稿する画像の撮影は、もっぱらスマートフォン(Xperia Z3 Compact)。デジイチ(X50)は使いません。だって、僕が持っているカメラの中で一番スペックが優れているのが、スマートフォンだから。

Instagramに投稿する際、Facebookでもシェアすることがあるのですが(というかシェアすることの方が多い)、岩木山や弘前公園、特にさくらの時期の画像には「いいね!」をたくさん頂きます。どうでも良いような投稿に「いいね!」を頂いてもあまり気分は晴れませんが、画像に「いいね!」を頂くと、ちょっと嬉しいです。

mtiwaki hirosakipark bayblidgeaomori
Instagramにはまる前は、相当前からflickrという画像共有サイトを活用していました。こちらは、加工していない画像(古いコンデジやケータイからの画像も投稿されています)も含めて保存されています。

ちなみにflickrに関しては、個人的には巷に出回っているクラウドサービス以前から存在する、最強のオンラインサーバーだと思っています。最近、周囲でカメラに興味を持っている方も増えているので、是非このサービスはお勧めしたいです。

ただし、全部英語でしか記載されていないので、英語が苦手な方は最初の登録が面倒なほか、アプリがあるのに、日本国内ではインストールに難儀します。
少なくともiTunesでは国内向けのアプリを提供していませんし、Google Playでも提供していません。(ちなみにAndroid版は、Amazonのアプリでダウンロード可能です。)

そういったこともあって、周囲であまり使っている方を見かけないのですが、デザインもクールだし(広告も表示されず、実はこのポイントが個人的にはかなり大きい)、何より容量が大きい(1TBまで保存できます。1GBじゃないですよ、1TB=1,000GBです。)ので、絶対登録して損はないと思うんだけどな…。(登録方法は、いろんなサイトでたくさん紹介されているので検索してみて下さいね。)

考えてみると、Instagramに投稿する画像もあれば、Facebookに投稿する画像もあります。双方に投稿してしまう画像がある一方、flickrには何も投稿されず、flickrが「宝の持ち腐れ」になりつつあるというのも事実だったので、flickrに画像全部を集約してしまうことを現在検討中です。
ということで、IFTTT(IF THIS THEN THAT)というサービスを使って、FacebookやInstagramに投稿した画像をflickrに自動転送する設定を調整中。ついでに、iOS Photosからも同じことができるように設定を調整中です。
ちなみに、パッと見ではInstagramもflickrもスクリーンショットが似ているんですよね。ま、仕方がないか。

2015-05-29-12-38-25instagram

2015-05-29-12-37-41flickr
(上がInstagram、下がflickr。似てないか。)


今年のマラソン展望を少しだけ。


僕にとって8年目となる2015年のランニングがスタートした。
一昨年、昨年とフルマラソンに足を踏み入れての3年目は、4月から散々たる結果に見舞われることとなった。2015年の第一戦となった4月26日の「イーハトーブ花巻ハーフマラソン」は、昨年のハーフマラソンで自己ベストを更新したコース。今年も虎視眈々とベスト更新を狙うも、オーバーワークが祟り、当日も左脚に違和感を覚えながらレースに臨んだ結果、12キロ過ぎで左脚の違和感が現実のものとなり、轟沈(結果は1時間37分25秒)。前半は完全に自己ベストのペースだっただけに、もう少し慎重に走ればよかったと思った。
結局故障を抱えることとなり、しばらく練習もできない状況となったが、大会から10日後に身内に不幸があったため、結果として5月10日に予定していた「八戸うみねこマラソン」はDNSとなった。

2月頃から続いた疲れは、結局ここでリセットされたような感じだった。社会に出てから、ゴールデンウィークを挟んだとはいえ初めての10連休。心身共にボロボロの状態ではあったし、仏事ということで決して楽ではなかったが、結果的にこの期間の休息そして休足は、いい方向に向かったのだと信じたい。
でも、次戦となる31日の「走れメロスマラソン(五所川原市)」は、無理をしない程度に走らなければならないと考えている。

思い返すと昨年の「走れメロスマラソン」は、微熱を抱えたままでの21.1キロだった。強い向かい風に苛まれながらも、1時間35分台でゴールしたことは、まあまあの結果だったといってもいいのだろう。
しかしこの頃から、それまで同じようなペースで走っていた仲間達にどんどん水をあけられることとなり、今日に至っている。

理由は簡単だ。
仲間達は努力をし、僕はその努力を怠った。これに尽きる。

昨年はどこか慢心していたところがあって(多分それは一昨年に初めてフルマラソンを完走したということに安住していたからなんだと思う)、フルマラソンもハーフマラソンも一応自己ベストは更新したけれど、劇的に更新したというわけではなかった。

しかし、焦りはない。他人は他人、自分は自分。誰かと勝負をしようと思ってランニングを続けているわけではない。むしろ戦うべきは、そういう己の中にある慢心や驕りなのだ。そう思ってこの間の日曜日、長めの距離(24キロ)を走ってみたが、朝9時過ぎから気温が25度を超えるという悪条件の中で身体も慣れておらず、17キロ前後から熱中症に似た症状に陥り、帰宅後はトイレで嘔吐を繰り返すという羽目になった。家族からは相当呆れられたが、これも自業自得、むしろ暑さ対策をどうすべきか、いい勉強になったんだとポジティブに考えるようにした。かなりアホである。

さて、今年の日曜日も夏から秋に向けて徐々に大会で埋まり始めた。
5月31日 走れメロスマラソン(五所川原市)★
6月28日 たけのこマラソン(平川市)★
7月5日 AOMORIマラソン(青森市)10
8月2日 日本海メロンマラソン(男鹿市)★
8月30日 北海道マラソン(札幌市)
11月15日 さいたま国際マラソン(さいたま市)

以下予定
9月20日 田沢湖マラソン(仙北市)
9月27日 つがる地球村一周マラソン(つがる市)10
10月4日 弘前・白神アップルマラソン

基本的にハーフマラソン(★)や10キロマラソン(10)は練習の一環。初めて開催される「さいたま国際マラソン」は制限時間が4時間以内。時間に追われる緊張感を味わってみたいな、と。12月のNAHAマラソンは、今年は回避。代わりといっては何だけど、願わくば2月の別府大分毎日マラソンへ行きたいな….。

そうそう、今週末は雨らしいが、恵みの雨になると期待したい。
風のように走ることは無理だが、せめて風邪をひかないようにしたい。
舞うように走ることは無理だが、自惚れに埋没するような走りはしたくない。
こんな無様なヘタレランナーになることだけは、もう二度とゴメンだ。

ああ、でも隊長からまだ了承をもらっていなかったんだった…。

hanamakilast


いろいろ諸々ありまして、はい。


5月の連休に突入しようかという金曜日の夕方、母と妻から連絡が入った。
「義父、危篤。」

義父は、昨年11月から食事が喉を通らなくなったということで市内の病院に入院していたことは知っていたのだが、「連休まで持たないかも知れない」と妻から聞かされたのが4月半ばのこと。まさかそんなに悪い状態になっていたとは知らなかったし、実際、同居していた義母もそれほど状態が深刻だとは思っていなかったらしい。事実、妻ですらそういった状態になっているとは思っておらず、実は入院以来一度も見舞いに行っていなかった。

宮古市に行く前日、4月16日の夜に慌てて見舞いに向かうと、11月以降ほとんど食事を摂ることができなくなってしまったという義父の身体はやせ細り、体重は30キロ程度まで落ちたそうだ。そういえば、4月から職場が変わったことすら教えていなかった。新しい名刺を渡すと義父は、嬉しそうにそれを眺め、か細くなった声で僕に言った。
「大変だな。頑張れ。」
いや、大変なのは僕より義父さんじゃないか…。この時ばかりは思わず涙が出そうになった。
それ以来、こまめに病院に顔を出すようにしていたが、日に日に「その日」が迫っていることを感ぜずにはいられなかった。


5月1日17時過ぎ。母と妻から相次いで届いた連絡に慌てて仕事を放り投げ、入院先である弘前市内の病院へタクシーで向かった。
まだ日の明るいうちに病室に駆け込むと、義父は穏やかな表情で僕を迎えた。
「忙しいのに悪いな。仕事は大丈夫なのか?」

傍らでは、妻と義妹が目を真っ赤に腫らしていた。義母が落胆した声で言った。
「義父さん、もういいんだって。疲れたんだって…。」
「義父さん、それは困るよ。もうちょっとだけ頑張ろうよ。」
病室に空虚な言葉が響いた。
その後も、義父と少しだけ会話を交わし、疲れても困るだろうから、と病室を後にした。何とも言えぬ思いが胸の中で大きな荒波に揉まれるように攪拌されていた。

結局その日を最後に義父とはまともに会話ができなくなり、それから5日後の未明、義父は無言の帰宅を果たした。1日の夕方に、義父が家族全員を呼び集めたのも、「その日」が近いことを悟ってのことだった。

僕自身、「その日」が近いことを覚悟していたし、仕事の上でもプライベートでもいろいろ予定をキャンセルすることはやむを得ないことと割り切っていた。もっとも、5日に予定していた岡村靖幸のコンサートにせよ10日に八戸市で行われた「うみねこマラソン」も、誰にも相談することなく僕一人で参加を決めたこと。何かあるときは一人で勝手に決めるなよ、という義父からのメッセージだったのかも知れない。4月26日のハーフマラソンで足を負傷したこともあり、そちらの練習はほぼ全くと言っていいほどできなかったが、そんなことにうつつを抜かしている場合じゃないぞ、という義父からの暗示だったのかも知れない。
結局今年のゴールデンウィークは、妻の実家で過ごす時間がとても長くなったけれど、残された女性陣だけでは手に負えない(判断しかねる)こともあったりして、今はこれで良かったんだと思っている。実際、何かあったら俺に任せるように、と義父が遺言を残していたらしいし。
ともあれひとまず無事に納骨を終え、今は少しずつ落ち着きを取り戻している。

…そんなことで、非常にバタバタした日々を過ごしていたところではありますが、徐々に元のペースに戻したいと思います…が、まずは職場環境に慣れ親しむのが先決。
正直、未だに浮いています、私。このままずっと浮遊し続けるのでしょうか…。