2024年の走り納め #第38回NAHAマラソン(後編)

前編から続く)

10㎞過ぎまでは努めて冷静に、リラックスしながら走っていたのだが、そう簡単に事が運ぶはずもなかった。

【走り方を忘れた?】
15kmを通過した辺りから、足裏に少し違和感を覚え始めた。いつも準備していたワセリンを今回持参していないことに、大会当日の朝になって気付いたという失態。恐らく、終わる頃には足裏に水ぶくれができていることだろう。

前半はずっと上り基調のコース。最高地点は20㎞の手前となる。相変わらず老若男女問わず、たくさんの方々が沿道から声援を送り続けている。17㎞付近でコース最南端に到達し、右折すると上りに入る。この辺りから、少し余裕がなくなってきた。追い越すよりも追い抜いていくランナーの方が多くなってきた。ただ、それすらも別にどうでもいいと思い始めるようになってきた。とにかくゴールさえできれば、今日はそれでいいのだ。ただ、上半身と下半身が連動していない違和感がある。走り方を忘れてしまったのかも知れない。
20km手前の上り、いよいよ息が切れる。集中力が散漫になってきた。ヤバい、と思ったところで沿道から声が掛かる。

「最後の上りです!あとは下るだけ!」

走るペースを落とし、一度歩きながら息を整える。足が止まったわけではない。大丈夫、まだ行ける。

【何とか中間地点通過】
20km通過は1時間50分。ここからしばらく惰性で下り坂を走り続ける。
中間地点の平和祈念公園に差し掛かると、せっかくの日曜日なのに、沿道の小中高生はどこの誰なのかも分からないランナーのために、なりふり構わず声援を送ってくれる。それが何だか嬉しくて、グッと胸が熱くなる。
しかし、22kmを過ぎた辺りでいよいよ足が動かなくなってきた。左の足裏はかなり火照っている。思わず沿道の方からコールドスプレーを借りて両脚に噴射する。
これで少し和らいだのか、再び足が動き始めたが、その効果も短時間だった。

【遂に発見!そして、悪魔の囁き】
25km手前、ひめゆりの塔付近に到達。見つけた大きな私設エイドで思わず足が止まった。
念願の「沖縄そば」だ!3度目にして、ようやくこのエイドを見つけた喜びで、自分の中の悪魔が囁いた。

のんべ
のんべ
ここまでご苦労さん。暑いし、無理するな。

この後はファンランに切り替えようよ、と早くも妥協。

有名なエイドをようやく発見!念願の沖縄そばにありついた25km付近。

28km過ぎ、左手に広がる海に再び足が止まる。スマートフォンのカメラを向けていると、「撮りましょうか?」と声を掛けられる。嗚呼、私は何をしているんでしょう。

28km過ぎ。コースから海を眺めることのできる数少ないポイント。

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2024年の走り納め #第38回NAHAマラソン(前編)

昨年12月、「NAHAマラソン」に出場した。コロナ禍を経て、久し振りのフルマラソンに心が躍った。
結果はともあれ、走り終えた後、実年齢にもう少し抗いたい、声援に最後まで応えたい、そして来年は今年の自分に打ち勝つ、という想いを抱いた。

【“中高年の修学旅行”を口実に】
そんなわけで今年も「中高年(後期高齢者の母77歳を含む)の修学旅行」という大義名分で、2泊3日というショートとなってしまったが、沖縄を訪れる「ついでに」NAHAマラソンに出場することにした。

NAHAマラソンは、沖縄全県を挙げた年に一度の「お祭り」みたいなもので、その雰囲気を一度味わうと、他の大会に物足りなさを感じるぐらいホスピタリティの充実した大会だ。
大会の前日そして翌日の地元ラジオのネタはNAHAマラソンの話題で持ちきり、さらに大会当日、地元の放送局(琉球放送・TBS系)ではスタート前からテレビで生中継(11時30分まで)、ラジオではなんと7時間半にわたって生放送が行われるのだ。
それぐらい熱量のある大会だし、スタートからゴールまで途切れなく続く沿道の応援を「日本一」というランナーがいるのも頷ける。

【しかし、完走できるのか?】
2024年の月平均走行距離は98.6km。11月は127.5km。11時間40分しか走っていない。
これでも昨年同時期と比べたら月平均で10km以上長く走っている。
走る時間を生み出すのが難しくなっている(というより走る時間を生み出す努力を怠っている)中、計画も何も練らぬまま、ただ漫然と練習に取り組んでいたようでは、結果が出るはずもない。

付け刃ではどうにもならないのがマラソンだ。それは自分が一番よくわかっているつもり。結局、練習不足にも程があるということで、今回は練習を兼ねたレース参加、という位置付けにした。とにかく力まず、リラックスしながら走ることに比重を置いて。
何せ10月の弘前・白神アップルマラソンは直前のケガで出場できず。まあ、今になって思えば出場しても完走すら怪しかったわけで、ようやくケガが落ち着いて練習を再開した頃には、既にNAHAマラソンの開催まで約1か月と迫っていた。
独りで練習することによって甘えも出るだろうし、そんな状況で大会に出るなんて!と思う人だっているかも知れない。でも、それを受け入れてくれるのがNAHAマラソンだ。
直前に抗っても無駄だとは知りつつ、水曜日から酒抜き、木曜日からカフェイン抜き。

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予定調和の出場辞退 – 弘前・白神アップルマラソン

9月27日、突如足に異変が生じた。右足のアキレス腱のあたりに激痛が走り、まともに歩くことすら困難となってしまった。普段通勤で利用している電車から下車し、青森駅から職場へと向かう途中に違和感を覚えた。約10分後、職場に着く頃には完全に異変が生じていた。

これまでも数度発症したことのあるアキレス腱周囲炎だろうと、すぐに察した。以前はステロイド剤を患部に注入し(これがまた例えようのない激痛なのだ)、翌日の大会に難なく出場、という強硬手段に打って出たこともあったが、この年齢になるとそういう無茶もできないし、やはり躊躇してしまう。

とはいえ、出ると決めた以上は練習も積んでおきたい。
基本は週末の空いている時間を練習に充てながら、何とか練習時間を工面していた。
しかし、月間の走行累計距離は100キロ前後。今月は300キロだ400キロだという周囲のランナーの話を耳にしながら、その時間を確保できることに驚きと羨望すら覚えた。いや、その時間を確保しようとする努力が自分には足りなかったのだろう。
…まあいい。人は人、自分は自分だ。
以前であればそういう話を聞いて焦りを感じた自分がいたけれど、そういう感覚がなくなったというか、いちいち人のことを気にしていられなくなったというか。

思い返せば今年は、一度しか21km以上を走っていない。だいたいにしてフルマラソンを走るのは、昨年12月以来だから10か月ぶり。この間、一度だけハーフマラソンの大会(これが今年唯一の「21km以上」)に出場したが、その時も散々な目に遭い、二度とこの大会には出るものか!と思ったぐらいだった。

そして、落とし穴は突然現れた。

30㎞も走っていない中、やはりいきなりフルに挑戦するのはちょっと無謀じゃないか。8月以降、そういった思いがふつふつと湧いてきた。例年であれば余裕だったはずの週末は、なぜか色々予定が入っているという状況。基本的に何もないはずの週末が、父の17回忌だ福山雅治のコンサートだと例外続きとなり、少々焦りを感じ始めていた。
そんな焦りに更に追い打ちをかけたのが、雨。なぜか週末になると降り出す雨。
何もすることができず、悶々と過ごす時間が増えた。
結果、晴れる合間を縫っての練習に勤しむこととなったが、これが余計な負担となってしまったらしい。

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#福山雅治 WE’RE BROS. TOUR 2024 仙台公演(24/09/14)

観たいと思ったアーティストのライブは、可能な限りその時に観に行こう。
次があるかどうかはわからないんだから。これがここ最近の持論となっている。

間もなくデビュー35周年を迎える福山雅治が今春から2年ぶりとなるライブツアーを開始。「WE’RE BROS. TOUR 2024」と銘打たれたそれは、約6か月にわたって全国17か所35公演を行うというもの。

2011年、青森での2Daysそして仙台と、3度にわたりライブを観る機会を得たが、それ以降は青森に来ることもなく、いつしか自分の中でも「一度観たいと思っていたアーティスト」を観ることができたことへの満足感からか、その後のツアーにはほとんど気を留めることがなくなってしまった。
そんな中で知った2年ぶりのツアー。コロナ禍から明け、僕自身も以前のようにライブ会場に足を運ぶようになっていたところ、なぜだかわからないけれど、福山雅治のライブが無性に観たくなった。
何の躊躇もなく9月14日に宮城セキスイハイムスーパーアリーナで開催されるライブチケットを申し込んだところ、何と当選。13年ぶりにライブを観る機会を得ることとなった。

仙台市内の宿を手配し、新幹線の予約も完了。
あとは仕事や私事の都合を万事繰り合わせて行くだけ、と思っていたが、さてどうしたことか、9月に入りテンションがどんどん下がり始めた。
そういえば、何で今になって急に福山雅治のライブを観たいなんて思ったんだろう?本当に観たいんだろうか?そういえば、新しい曲なんてほとんど知らないしなあ。自問自答と悶々とした気持ちが渦巻く。

追い打ちをかけるかの如く、体調の悪化。風邪をひいてしまったようで、水曜日から木曜日にかけて咳き込むわ鼻水は止まらないわと、最悪の状態に。
いっそキャンセルした方がいいんだろうかと思ったが、既に時遅し。
もうこれは、体調を少しでも回復して行ってみるしかないと覚悟を決めた。

ライブ当日の14日。2日間の断酒もそれなりに功を奏したようで、数日前に比べれば格段に体調は良くなっていた。
お昼前に新青森を出発する新幹線に乗車、一路仙台を目指し、13時半頃に仙台到着。
この日の宿が仙台駅直結ということもあり、荷物を先に預かってもらい、シャトルバスに乗って会場に向かった。周りを見回すと、女性比率が圧倒的に高く、男性は1~2割程度。ただし、演者が年齢を重ねるとともに、ファン層も年齢を重ねていく。演者と同年代、恐らく50代後半と思われる人たちが圧倒的に多かったように見受けられた。

15時過ぎ、会場の駐車場にバスが到着。霧雨未満の天気で、肌寒いとまでは行かないものの、長袖一枚羽織っても全く支障がない。
会場まではまた歩かなければならないのだが、途中、停車中のツアートレーラーに人が群がっていた。
ツアータイトルの「花とミツバチ、涙と音楽」を模したデザインがペイントされている。

撮影に勤しむ人たちを横目に、会場へ急ぐ。
がしかし、入場口へとやって来ると一波乱が待っていた。今回、紙のチケットの販売はなく、電子チケットでの入場となるのだが、多くの人が入場口に殺到した結果、チケット画面がうまく表示されないのだ。ふと見ると、臨時のWi-Fiが設置されているようで、多くの人たちが接続を試みていた。

奇跡的に画面が表示されたタイミングで無事入場完了。あとは、数少ないトイレに駆け込んで、開演の時間を待つのみ。
昨年の浜田省吾以来の宮城セキスイハイムスーパーアリーナ。座席は予想通りスタンド席(西)だったけれど、アリーナや反対側の東スタンドを見渡すと、観客が購入したツアーグッズ「シンクロライトバングル(4800円)」が、あちらこちらから光を放っていて、それがまた開演前の気分昂揚に一役買っている感じ。
しかし、開演時刻の16時近くになっても、会場の席がなかなか埋まらない。やはり入場口で混乱しているのだろうか。それでも16時10分頃になるとほとんどの座席が埋め尽くされ、いよいよ客電が落とされてライブが始まった。

【以下、ツアー終盤ということですが多少ネタバレがあります。】

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#山下達郎 #Performance2024 @NHKホール【21th Jun 2024】

僕にとって最後となったプリンスのライブ、Zepp SENDAIでの公演のチケットを終演後にうっかり落としたことを機に、足を運んだコンサート・ライブのチケットを極力手許に残すようになった。
スクラップしているわけではないので、いつ、誰のコンサートに足を運んだとかどういった内容だったとかは、正直全部記憶しているわけではない。
同じアーティストのコンサート・ライブもたくさん観に行った中で、一番枚数の多いチケットは、間違いなく山下達郎のものだと思われる。

昨年8月のチケットがないのは、スマチケだったため。

2008年頃に全国ツアーを再開してからほぼ毎年ツアーを行っており、青森で公演が行われる時はほぼ足を運んでいたが、徐々にチケットが取れないアーティストの一人となっていった。2014年に開催されたManiac Tour、青森での開催はなく、チケットも取れずに断念。そして、新型コロナウイルスの感染拡大等により、ツアーそのものが行われなくなり、配信ライブなども行われた。2022年には3年振りにツアーが再開されるも、22年、23年と青森での公演がなかった。

2022年のツアーは翌23年2月に開催された岩手県盛岡市でのコンサート(22年7月開催予定が本人の新型コロナ感染により延期されたもの)に足を運び、23年のツアーは全くチケットが取れず、結局千歳市で開催された公演のキャンセル待ちに当選し、急遽夏季休暇を変更して北海道へ向かう、なんてこともあった。
30周年記念のリマスター盤の発売が相次ぐ中、2022年には11年ぶりとなるオリジナルアルバム「SOFTLY」が発表され、更には過去にRCA/AIR YEARSから発売したアナログ盤のリマスター盤が発売されるなど、精力的なマテリアルの発表が続く中、一度でも足を運んだことのある人ならわかると思うが、コンサートの内容には全くと言っていいほどブレがない。

2024年もツアーが開催されることが発表され、久し振りに青森も会場のリストに名を連ねていた。さて、どうなることやらと思いつつ、先に開催される各地でのコンサートにも、仕事の予定やらを睨みつつ、申し込めそうなところに申し込んだところ、何と7月21日のNHKホールでの公演に当選!
…がしかし、8月15日、青森市のリンクステーションホール青森での公演は落選!さらに、一般販売の申し込みを忘れるという大失態!嗚呼、やってしまった…。
地元で観たいコンサートに足を運べないという失意を抱えたまま、20日には機上の人となり、赤羽の名店で心行くまで楽しんだ、というのが前回の投稿だった。

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