さようなら、Flickr


このブログをSSL化してから1週間ちょっとが経過した。

この間、一つ劇的な変化を遂げたことがある。それは、アクセス数が大幅に減少したということだ。

ブログを運営する以上、多くの方にご覧頂きたいと思うのは本望だが、その中には、決して好ましいとは言えないアクセスもあるかも知れない。

あくまでも可能性の話でしかないけれど、もしかしたら、SSL化によってそういったアクセスが減少したのかも知れない。

いずれにせよ、これからも大して中身のない投稿を細々と続けて行こうかと思う。

Flickrという画像メインのSNS。巨大な画像アーカイブを抱えるサイトといえばいいだろうか。

個人的にこのサイトのデザインが好きで、よく利用していた。一時期はスマートフォンのアプリも使いながら自分の画像を管理していたのだが、ある日のシステムアップデートを境にアプリそのものが使えなくなり、それ以来あまり利用することがなくなった。

色々変遷があったものの、無料で1TBという大容量も魅力的だったし、米Yahoo!のアカウントを持っていれば利用できるということで、このFlickrを利用するだけのために米Yahoo!のアカウントを取得していた。

しかし、米Yahoo!については、2013年8月に約30億にも上る個人の全アカウント流出、更に今年9月にも5億人のアカウント流出が確認されるなど、たびたび不正アクセスへの脆弱性が指摘されていたところ。

そんな中、Flickrとの決別を決定づけるメールが届いた。

Why we’re changing Flickr free accounts

なんと、無料で1TBを謳っていた容量を大幅に縮小し、画像1000枚までは無料で利用可能となるが、これまで保存していた1001枚目以上の画像については来年1月8日以降順次削除すること、そして、削除されないようにするには、有料登録が必要になるとのこと。

Flickrには大して画像を保存していないから大丈夫だろうと思ったら、何と4000枚近くの画像を保存していた。

中には、結構大事な画像も含まれており、これを削除されるのは本意ではない。

そして調べると、FlickrでなくともGoogleフォトで充分、という人が圧倒的に多いことを知る。

確かにFlickrはいつになっても日本語対応しなかったし、そもそも日本を相手にするつもりもなかったのかも知れない。(そして国内にはFlickrに似たサービスもあるが、諸般の事情で使いたくない。)

そこで、Flickrに見切りを付け、Googleフォトに画像を引っ越しさせることにした。

まず、Flickrに保存している画像をどのように引っ張り出してくるか。

色々方法があるようだが、どうやら一番手っ取り早いのはこれを使う方法のようだ。

「Flickr downloadr」というアプリ。

自分のFlickrアカウントでログインすると、画像が一覧になって出てくる。

保存先を指定し(僕の場合、一旦外付けHDDに保存することにした)、あとはダウンロードされるのをひたすら待つだけ。(余談だがダウンロード途中でのシャットダウンが2度あった)

約1時間で作業は終了し、全ての画像が一旦HDDに保存された。

【参考にしたページ】
FlickrからGoogleフォトにお引っ越し!大量の写真を半自動で簡単に移行した方法

Googleフォトへの転送は、Googleバックアップを利用。

中を見たら同じ画像が複数枚保存されているものがあり、多少狼狽したものの、過去の撮影した画像を見ながら整理するのも、なかなか楽しい作業だった。

これで終了!

…とはいかず、Flickrのアカウントの削除、そして米Yahoo!のアカウントも削除。これ、必須。

そしてこれを機に、登録しても使っていないアカウントがたくさんあることに気が付き、そちらも整理中。1年以上使っていないBooklog、mixiもアカウントを削除。その他のSNSをはじめ、余計な登録は必要最小限の利用にとどめることに。

…なんか、急に身辺整理を始めているみたいですね。自分でも怖い(笑)。


4年越しの念願成就 – YGM 6th


青森市にあるランニングチーム「えん×みゅう(ENMU)」さんと、個人的な繋がりで懇意にさせて頂いてから、かれこれ5年以上が経つ。

彼らが毎年秋に開催している「YGM」は、弘前・白神アップルマラソンに参加予定だったチームのメンバーYさんが、直前に「ぎっくり腰」に見舞われ出走不可となったため、代替を設ける?という趣旨から開催されるようになったと聞いた記憶がある。「Y Gikkuri Marathon」の頭文字を取って、YGMとなったというワケ。
えん×みゅうの皆さんに多大なるご迷惑をお掛けしたあの事件(顛末は、後述するリンク先に記載しています)から間もなく4年。事件の直後、考えていたことがあった。

「弘前・青森パックリマラソン開催」を妄想中

実はこれ、事件当日にえん×みゅうの方々へYGMのコース変更(従前のルートは弘前~青森間の国道7号だったが、交通量が多いため、歩道のない鶴ヶ坂~大釈迦間を回避し、青森空港有料道路へ迂回するコース)を提案しつつ、それを改めて記事に起こしただけのもの。僕としては結構本気で開催したいと考えていたが、何せスタッフが圧倒的に足りないため、妄想だけで終わってしまった。

しかしその後、えん×みゅうの方が、僕が提案したものに限りなく近いコースにルートを変更し、今の形に「YGM」を昇華させたのだ。

今年もその「YGM」が開催されることを知り、Hさんに直接参加交渉。快諾して頂き、これまでの御恩返しの思いも秘め、遂に「YGM 6th」に初参加した。

11月4日(日)、この日は抜けるような青空が広がり、予想最高気温は19度。11月にしては暖かすぎる日差しとなった。聞くと、これだけの好天に恵まれたことは、かつてなかったそうだ。

スタート地点は、自宅から約2.5キロ離れた弘前駅前のりんご広場。着替えなどをリュックに詰め、それを背負ってウォーミングアップがてらジョギングで向かい、9時30分頃到着。

…がしかし、誰もいない。そりゃそうだ、僕以外みんな電車や車に同乗して、青森からわざわざやってくるんだから。

9時45分頃に続々と皆さんがやってきた。お久し振りの人、初めましての人。

「噂はかねがね…」と何人かの方に声を掛けられたが、僕、何もしてないですから(苦笑)。

「今日はどれぐらいで走るんですか?」
「キロ5分ぐらいですかね…。4時間ぐらいで到着できれば…。」

皆さんゼッケンを装着しているとはいうものの、タイムや順位を競う大会ではない。

僕自身の秘めた目標は二つ。
・とにかく弘前から青森まで絶対に完走。
・設定は4時間。楽しく走る。

「えん×みゅう」のイベントなので、弘前公園RCの僕はお客さんのようなもの(←自分で言うな)。だからあくまでも謙虚に、かつ堅実に42キロを走ろうと決めていた。

諸般の事情で準備が遅れ、10時10分にスタート前のミーティングが始まった。イベントの冠にもなっているYさんが皆さんへ挨拶。(あとで聞いたところ、わざわざこの日のために仙台から駆けつけ、そして仙台に戻るとのこと。凄い!)

いよいよ10時15分、特に号砲があるわけでもなく、緩い感じでスタート。

赤信号では立ち止まり、青信号に変わるのを待つその様子は、何となくジャーニーランの時のガイドランナーを務めた時の雰囲気に似ている。

なぜか集団を先導する格好で走っていたのだが、集団はバラバラになり始め、信号を通過するたびに崩れていく。程なく後続がいなくなり、独り旅が始まった。

5キロ過ぎ、最初のエイドを通過。

といってもエイドは常設されているわけではなく、この日スタッフを買って出た皆さんが車で移動しながら設営している。ひとまず紙コップに名前を書き、次のエイドでも使えるようにしたが、最初と次のエイドで書いた「まか」の紙コップ、結局その後使うことはなかった。何だか申し訳なく…。

6キロ付近で、この日朝6時にスタートし、70キロ走に挑戦していたH氏と対面。握手を交わし、先へと進む。

一番退屈を強いられるであろう約8キロ付近からの国道7号常盤バイパスは、遮るものもなければ景色も変わらない。

ただ、この辺りから70キロ走に挑戦しているメンバーを続々と捉えることに。
国道7号を右折し、いよいよ青森空港へ向かう県道へ。ここからしばらくは道が上り基調となる。25キロ手前、とうとう70km走の先頭を捉えてしまった。

「は、速いっすね!」
「いや、そんなことないんですよ…。」

あくまでも自分のペースで淡々と刻んで来ただけのこと。しかしこの直後、右足の裏が大分痛くなってきた。そういえば痛くなるのはいつも右足だな、なんてことを考えながら、途中何度か立ち止まって後ろを振り返りつつ、シューレースを緩めてみたり、指先を動かしてみたり。

ダラダラ続く上り坂も無理せず歩いて走って、まるで岩木スカイラインを登ったあの時のように、歩道の切れた区間も、車両の邪魔にならないようにゆっくりと歩を進めていく。

28キロ付近。いよいよ青森空港までやってきた。しかし、ここからが大変だということは十分わかっているつもり。

青森側の料金所の先、停車していた車から下りてきたのは、6km付近ですれ違ったHさんだった。

「スタッフに化けました。えへへ。」

聞くと、練習不足のため40キロ付近でリタイア、後方支援に回ったとのこと。結局この移動エイドには、3度お世話になった。本当に感謝!

30キロ付近から長い下り坂が続く。下った後の平地が辛いのも経験上折込み済み。ようやく視界が開け、遂に青森市街を確認。

最後のエイドを通過し、残り4キロ。

ここから先は頻繁に信号に引っ掛かるはずなので、急に立ち止まって足が攣らないようにペースを落として走り続ける。
残り約500mとなり、青森市街に入ってから何度目か忘れるぐらいの信号待ち。
「追いついたぁ!」
背後から聞こえて来たのは、Sさんの声!

「いやー疲れましたね!最後、ジョグで行きましょう。」
「そうしましょう!一緒にゴールしますか!」

結局、最後は二人で一緒にゴール地点である「みゅうラウンジバー」へ到着。

こんなに笑ってゴールしたの、いつ以来だったかな。ちなみに似合わないVサインは、「ここをパックリ」というサイン。

ということで、4年越しの心の傷にようやく打ち勝った。MVPならぬMPV(Maka Pakkuri Victory)。

所要時間はほぼ4時間で、最初の設定通り。しかし、ゴールした後に更なる驚きが。

完走証におむすび、豚汁、更には銭湯の入浴券まで。これが一つのランニングクラブで行われているイベントなのだ。赤字覚悟であろうこのおもてなし、マジで凄い。本当に頭が上がらない。

ということで、実に楽しい一日となった。青森までの「遠足」、遂に達成!では最後に、自分なりの振り返り。

・途中で移動エイドがたくさんあり、水分に事欠くことはなかった。(数えてみたら、7か所立ち寄った!)
・空港へ右折する手前の国道7号の上りが地味に辛かった。
・空港への上り坂は予想通り辛かった。
・空港からの下り坂は更に辛かった。
・こんなコースを考えたヤツの顔が見たい。
・しかし、市街地に入ってから意外と余力が残っていた。
・ただ、38km過ぎから何度も足が攣りそうになった。
・けれど、最後まで楽しんで走ることができた。

何となく少しだけ、失いつつあったフルマラソン完走の自信を取り戻せたような気がする。えん×みゅうの皆さん、大変お世話になりました。本当にありがとうございました!多謝!


「ジョンガルナイト vol.2」の夜


もともとアラフィフの4人が集まって始まった「ジョンガルナイト」。
発端は、僕の誕生日の際に、同い年で来年年男、更に同業でもある平川市の怪童NZM氏が寄せてきたコメントだった。

「近々飲むぞ。」「OK、やろう。」

このやり取りに加わってきたのが、平川市の孤高のグルメこと桃尻男爵NRK氏。
「ワもカデデ(加えて)。」
「もちろん!」
更にもう一人、弘前のファッション界を長年にわたり見守り続けてきたカメラ番長HNM氏からも、「オラも混ぜで!」と。

それぞれ繋がり方に濃淡はあったけれど、職業も趣味も年齢も微妙に異なる4人が一堂に会したら、化学反応的な何か面白いことが起こるんじゃないかな、と朧気ながら思った。単なる異業種交流会では終わらない、何かがあるに違いない、と。
鉄は熱いうちに打て、ということで、2月に入り早速日程調整を開始。ところが、なかなか日程の都合が合わない中、例の小川原湖の事案が発生するなど、更にズルズルと開催は伸びていった。

雪が解け、芽吹き始めた頃にようやく開催が決まったその集まりは、なぜかいつの間にか「ジョンガルナイト」と名付けられていた。
…さて、ひょっとしたらこの投稿をご覧になっている多くの方は、「ジョンガル」が何を意味するのか分からないと思う。広辞苑にも載ってないから。

ジョンガル【じょん・がる】(動ラ変)勃起すること。津軽の一部の地方のみで使われるスラング。転じて、いきり立つこと。奮い立つこと。

今の世代の子たちは、この言葉を使うのだろうか。僕らの世代でも、せいぜい中学生ぐらいまでしか使わなかったし、いい年を扱いた大人がこの言葉を使っている光景に出会ったことはなかった。

しかし、四十路を過ぎたあたりから、僕らの周りでこの言葉を再び耳にする機会が増えた。いや、自ら発し始めたのかも知れない。
一つのきっかけは、NZM氏の地元でもある平川市碇ヶ関地区で開催される「たけのこマラソン」に挑むことを、「ジョンガル」というようになったことからだった。その前後から、僕とNZM氏の間では普通に「ジョンガル」という言葉を使っていたし、それは決してスラングのような使い方ではなく、あくまでも「頑張る、奮い立つ」という本来からはかけ離れた意味で使うようになっていた。

ということで、4月27日、ついにこの4人が揃い、第1回の「ジョンガルナイト」が開催された。
詳細は、カメラ番長HNM氏の投稿をご覧いただこう。
FEROKIE BLOG【ジョンガルナイト】

第1回ということで、あまり深いところまでの話には及ばなかったと記憶しているが、心も体もおなか一杯にして帰ったことを覚えている。

それから半年以上が経ち、そろそろ第2回目を開催してみようかと思い立ち、声を掛けてみた。
自分で言うのもおかしな話だけれど、役人二人が結構疲弊しているな、と思ったのも一つの要因だった。カンフル剤を注入しなければ。

日程調整は、今回はすんなりと決まった。
場所も、弘前駅前にあるお店で開催することに。ただ一つ違ったのは、アラフォーの1人が加わったことだった。
餌食となったのは、僕の義妹の旦那であり、弘前市や青森市に農産物や総菜を中心とした店舗を構える「アナール」…いや、ボヌールTKHSくん。
親戚関係にあるTKHSくんを、さも怪しげかついかがわしい香り漂う「ジョンガルナイト」に誘うことはちょっと抵抗があったが、誘ってみたら誰よりも気持ちをジョンガラせて参戦してきた。

ちなみに。「津軽じょんがら節」という民謡があるが、「じょんがら節」と「ジョンガル」は全く別物であり、「ジョンガル節」もこの世には存在しないのでご留意願いたい。…いや、「ジョンガル、節」は存在するのかも知れないが。

話を元に戻そう。
というより、この日の模様もカメラ番長HNM氏が非常にわかりやすくまとめて下さっているので、そちらをご覧いただきたい。
FEROKIE BLOG【ジョンガルナイト Vol.2】
…となると、僕が大変手抜きをしているように見られてしまうので、記事で触れられていない内容を補完したい。


(この日食べたあん肝)

(県産魚のお造りは津軽塗に載せられ。)

(オッサンも撮影に萌えるのである。)

(NRK男爵はカメラから違う。)

1.シケベな話は酒が進んでから。

(ジョンがったキュウリ。)

2.話の範囲は多岐にわたる。でも、仕事の話はあまりしない。

(HNM番長に睨まれる。ボヌールTKHSくんと怪童NZM氏は、NRK男爵に叱られているわけではありません。)

3.みんなが考えていることは結構似て非なる。でも、思いは近い。
4.結局のところ、地元を少しでも良くしたい、という思いは一緒。
(「まちづくり」もあれだけど、「まちそだて」も大事だよね。)

(エロ話そっちのけで、真剣に議論しています。)

…って、十分手抜きですね。すいません。
さて、次回以降の展開が楽しみになってきた。ジョンガリアンは増幅していくことになるのか、それとも…。
※ネーミングはさておき、決して男性だけで楽しもうという会ではありませんので、しつこいですが念のため。