冷めた熱を温め直す方法 #ランニング


久し振りに愚痴をこぼしたい。でも、吐き出すことで楽になることもある。今回はご容赦願いたい。

ここ最近、すっかり「走る」ということに対する熱が冷めてしまった。ケガが長引いていることが一つの要因であることは否定しないが、別に走ることが嫌いになったわけではないし、今の時点では走ることをやめようというわけでもない。ただ、何となく走ることへの意欲、目標というか目的そのものが霞んで見えなくなってしまった、そんな感じなのだ。

そして、熱が冷めたことに伴う副作用として、自分自身の思考がネガティブな方向に向いている。

経験上一つ言えることは、ネガティブな思考を持ち始めると、いろんな事象がネガティブな方向へと進んでいくということ。

気分がどんどんマイナス思考となり、心が荒み、人に会うことも話すことも億劫になり、片頭痛や節々の痛みはもとより、これまで痛みを感じたことがなかった色んなところが痛くなる。やがてその痛みは苦しみを伴い、あらゆる事象から遠ざかりたくなる…ってこれ、ちょっと危険な兆候ですよね。

しかし、残念ながらというか運良くというか、社会の一歯車として生きている以上、そのことをひた隠して歩んでいかなければならない時もある。今がまさに、そういったタイミングだ。だからこそ苦しいのだ。このいますぐにでも吐露してしまいたい心境を、心の奥底に秘めたまま生活することが、どれほど苦痛なことか。(そういう意味では、捌け口としてこのブログを開設しておいてよかったよかった。)

人生は帳尻が合うようになっている。

以前畏友が何気なく発したこの言葉が、僕の座右の銘になっている。

いい時もあれば悪い時もある。その波は大きい時もあれば小さい時もあるし、そうやってグルグル巡っていくものなのですよ、人生なんて所詮。立場が変われば生活リズムも変わる。そのリズムに乗れなければ、歯車なんて欠けたも同然。それでも社会は何事もなく回るのだから、所詮一人の存在なんて小さなものなんだって…ね。

おっと、また愚痴っぽい話になってしまったので話を戻そう。

いよいよ青森県内も平地に雪の便りが届きそうな気配となった。今年の冬は暖冬が見込まれているそうだが、この時期までジャケット1枚羽織るだけで走れるなんて、皆さん最高じゃないですか。

そんな中、前述のとおり「走る」ことへの熱が冷めてしまった自分。

何が面白いんだろう、何をそんなに躍起になって走っているんだろう。その目的は何だ?そして、何をどうしたいんだ?

自問自答がどんどん詰問に変わり、自分自身を追い詰めていく。
今年はケガもした。仕事の関係で走れなくなったことが何度あっただろう。それでもなお、走り続けようとする理由はなんだ?そこに道があるから?そんなくだらない理由じゃないだろう?

時間やスピード、走行距離を追い求めることに何の意味があるのだろう。自分自身に打ち勝ちたい?今の自分で充分じゃないのか?そんな詰問が更に繰り返される。

自分自身が走れないことへの苛立ち、疎外感やストレスもあった。

ちなみに、現時点で自覚している症状は次のとおり。

・左脚アキレス腱痛(6月に発症して以来、現在進行形)
・右足足底痛(筋膜炎までには至っていないと思う)
・右背筋痛(一番新しい痛み。寝違えたか筋を伸ばしたか。いずれにせよ非常に厄介)
・左肩痛(四十肩の名残。季節の変わり目に疼く)
・胃痛(毎日ではないが、突然痛み出すことがある)

満身創痍とはまさにこのこと。左をかばって右を痛め、姿勢がおかしくなり他の部位も痛め、と、「炒め」ならぬ「痛め」のフルコースがエンドレスで続いているのだ。

しまいにはラン仲間と一緒に走る気力まで奪われ、色々理由をつけて走ることをサボるようになった。
そして、いよいよ飲む喰うに手を出し、現時点ではベストを出した頃の体重から3キロ増!これではますますケガをするだけだ。

総じて見ても思い描いていたほど走ることができるはずもなく、どうやら2018年のランは不本意の中で幕を下ろしそうな気配。結局、5月の仙台国際ハーフマラソンで自己ベストを更新したものの、それ以降は全くペースが上がらないまま、練習量も激減。そもそも2018年にエントリーした大会を5つ棒に振っているんだから、もはやどうしようもない。

…でも、「不本意」と思っている時点で、この過程に納得していない自分に気がつく。
もう少しやれたんじゃないか、もうちょっとやれるんじゃないか。

とはいえ、北海道マラソンでの「血染めの洗礼」が、トラウマとして深く残っているのも事実。
また同じ事態に陥るようなら、今度は本当に病院送りになってしまう。

結局、「走る」ことに対する熱が冷めたのは、長い距離を走ることが怖いからなのかもしれない。だから実際、今月上旬に行われたYGMでは、長距離に対する自分の耐性を確認したかった。(実はこれが、YGMに参加した本当の理由だ。)

さて、マラソンシーズンはこれから最盛期を迎えるというのに、こちらはぼちぼち冬支度を本格化させようという心づもり。

とにかくまずは気持ちをもう一度奮い立たせるべく、好きなものを食べて、好きなものを飲んで、「あ、ヤバイな」というところまで追い詰めようと思う(ウソ)。

ところで皆さん、ランナーにとっての一番の良薬って何だと思いますか?

僕はこう考える。

体調万全でレースに臨んだ結果、自分自身で納得の行く走りができたこと、更には、目標としていたタイムをクリアしたこと。

これこそが、最高のカンフル剤でしょ。

ただ、このカンフル剤はどこの薬局にも置いていないため、心技体+運を自分自身で調合してこそ初めて、カンフル剤として機能を果たす。

しかし、今のところそのカンフル剤を手に入れるまでの道のりは遠そうな気配。

でもいい加減、良質なカンフル剤を調合するための処方を探しに行かないとなあ…。(これ、結構切実)

己に打ち勝つ。そんな勝利の美酒に酔いしれる日は来るのだろうか。


さようなら、Flickr


このブログをSSL化してから1週間ちょっとが経過した。

この間、一つ劇的な変化を遂げたことがある。それは、アクセス数が大幅に減少したということだ。

ブログを運営する以上、多くの方にご覧頂きたいと思うのは本望だが、その中には、決して好ましいとは言えないアクセスもあるかも知れない。

あくまでも可能性の話でしかないけれど、もしかしたら、SSL化によってそういったアクセスが減少したのかも知れない。

いずれにせよ、これからも大して中身のない投稿を細々と続けて行こうかと思う。

Flickrという画像メインのSNS。巨大な画像アーカイブを抱えるサイトといえばいいだろうか。

個人的にこのサイトのデザインが好きで、よく利用していた。一時期はスマートフォンのアプリも使いながら自分の画像を管理していたのだが、ある日のシステムアップデートを境にアプリそのものが使えなくなり、それ以来あまり利用することがなくなった。

色々変遷があったものの、無料で1TBという大容量も魅力的だったし、米Yahoo!のアカウントを持っていれば利用できるということで、このFlickrを利用するだけのために米Yahoo!のアカウントを取得していた。

しかし、米Yahoo!については、2013年8月に約30億にも上る個人の全アカウント流出、更に今年9月にも5億人のアカウント流出が確認されるなど、たびたび不正アクセスへの脆弱性が指摘されていたところ。

そんな中、Flickrとの決別を決定づけるメールが届いた。

Why we’re changing Flickr free accounts

なんと、無料で1TBを謳っていた容量を大幅に縮小し、画像1000枚までは無料で利用可能となるが、これまで保存していた1001枚目以上の画像については来年1月8日以降順次削除すること、そして、削除されないようにするには、有料登録が必要になるとのこと。

Flickrには大して画像を保存していないから大丈夫だろうと思ったら、何と4000枚近くの画像を保存していた。

中には、結構大事な画像も含まれており、これを削除されるのは本意ではない。

そして調べると、FlickrでなくともGoogleフォトで充分、という人が圧倒的に多いことを知る。

確かにFlickrはいつになっても日本語対応しなかったし、そもそも日本を相手にするつもりもなかったのかも知れない。(そして国内にはFlickrに似たサービスもあるが、諸般の事情で使いたくない。)

そこで、Flickrに見切りを付け、Googleフォトに画像を引っ越しさせることにした。

まず、Flickrに保存している画像をどのように引っ張り出してくるか。

色々方法があるようだが、どうやら一番手っ取り早いのはこれを使う方法のようだ。

「Flickr downloadr」というアプリ。

自分のFlickrアカウントでログインすると、画像が一覧になって出てくる。

保存先を指定し(僕の場合、一旦外付けHDDに保存することにした)、あとはダウンロードされるのをひたすら待つだけ。(余談だがダウンロード途中でのシャットダウンが2度あった)

約1時間で作業は終了し、全ての画像が一旦HDDに保存された。

【参考にしたページ】
FlickrからGoogleフォトにお引っ越し!大量の写真を半自動で簡単に移行した方法

Googleフォトへの転送は、Googleバックアップを利用。

中を見たら同じ画像が複数枚保存されているものがあり、多少狼狽したものの、過去の撮影した画像を見ながら整理するのも、なかなか楽しい作業だった。

これで終了!

…とはいかず、Flickrのアカウントの削除、そして米Yahoo!のアカウントも削除。これ、必須。

そしてこれを機に、登録しても使っていないアカウントがたくさんあることに気が付き、そちらも整理中。1年以上使っていないBooklog、mixiもアカウントを削除。その他のSNSをはじめ、余計な登録は必要最小限の利用にとどめることに。

…なんか、急に身辺整理を始めているみたいですね。自分でも怖い(笑)。


4年越しの念願成就 – YGM 6th


青森市にあるランニングチーム「えん×みゅう(ENMU)」さんと、個人的な繋がりで懇意にさせて頂いてから、かれこれ5年以上が経つ。

彼らが毎年秋に開催している「YGM」は、弘前・白神アップルマラソンに参加予定だったチームのメンバーYさんが、直前に「ぎっくり腰」に見舞われ出走不可となったため、代替を設ける?という趣旨から開催されるようになったと聞いた記憶がある。「Y Gikkuri Marathon」の頭文字を取って、YGMとなったというワケ。
えん×みゅうの皆さんに多大なるご迷惑をお掛けしたあの事件(顛末は、後述するリンク先に記載しています)から間もなく4年。事件の直後、考えていたことがあった。

「弘前・青森パックリマラソン開催」を妄想中

実はこれ、事件当日にえん×みゅうの方々へYGMのコース変更(従前のルートは弘前~青森間の国道7号だったが、交通量が多いため、歩道のない鶴ヶ坂~大釈迦間を回避し、青森空港有料道路へ迂回するコース)を提案しつつ、それを改めて記事に起こしただけのもの。僕としては結構本気で開催したいと考えていたが、何せスタッフが圧倒的に足りないため、妄想だけで終わってしまった。

しかしその後、えん×みゅうの方が、僕が提案したものに限りなく近いコースにルートを変更し、今の形に「YGM」を昇華させたのだ。

今年もその「YGM」が開催されることを知り、Hさんに直接参加交渉。快諾して頂き、これまでの御恩返しの思いも秘め、遂に「YGM 6th」に初参加した。

11月4日(日)、この日は抜けるような青空が広がり、予想最高気温は19度。11月にしては暖かすぎる日差しとなった。聞くと、これだけの好天に恵まれたことは、かつてなかったそうだ。

スタート地点は、自宅から約2.5キロ離れた弘前駅前のりんご広場。着替えなどをリュックに詰め、それを背負ってウォーミングアップがてらジョギングで向かい、9時30分頃到着。

…がしかし、誰もいない。そりゃそうだ、僕以外みんな電車や車に同乗して、青森からわざわざやってくるんだから。

9時45分頃に続々と皆さんがやってきた。お久し振りの人、初めましての人。

「噂はかねがね…」と何人かの方に声を掛けられたが、僕、何もしてないですから(苦笑)。

「今日はどれぐらいで走るんですか?」
「キロ5分ぐらいですかね…。4時間ぐらいで到着できれば…。」

皆さんゼッケンを装着しているとはいうものの、タイムや順位を競う大会ではない。

僕自身の秘めた目標は二つ。
・とにかく弘前から青森まで絶対に完走。
・設定は4時間。楽しく走る。

「えん×みゅう」のイベントなので、弘前公園RCの僕はお客さんのようなもの(←自分で言うな)。だからあくまでも謙虚に、かつ堅実に42キロを走ろうと決めていた。

諸般の事情で準備が遅れ、10時10分にスタート前のミーティングが始まった。イベントの冠にもなっているYさんが皆さんへ挨拶。(あとで聞いたところ、わざわざこの日のために仙台から駆けつけ、そして仙台に戻るとのこと。凄い!)

いよいよ10時15分、特に号砲があるわけでもなく、緩い感じでスタート。

赤信号では立ち止まり、青信号に変わるのを待つその様子は、何となくジャーニーランの時のガイドランナーを務めた時の雰囲気に似ている。

なぜか集団を先導する格好で走っていたのだが、集団はバラバラになり始め、信号を通過するたびに崩れていく。程なく後続がいなくなり、独り旅が始まった。

5キロ過ぎ、最初のエイドを通過。

といってもエイドは常設されているわけではなく、この日スタッフを買って出た皆さんが車で移動しながら設営している。ひとまず紙コップに名前を書き、次のエイドでも使えるようにしたが、最初と次のエイドで書いた「まか」の紙コップ、結局その後使うことはなかった。何だか申し訳なく…。

6キロ付近で、この日朝6時にスタートし、70キロ走に挑戦していたH氏と対面。握手を交わし、先へと進む。

一番退屈を強いられるであろう約8キロ付近からの国道7号常盤バイパスは、遮るものもなければ景色も変わらない。

ただ、この辺りから70キロ走に挑戦しているメンバーを続々と捉えることに。
国道7号を右折し、いよいよ青森空港へ向かう県道へ。ここからしばらくは道が上り基調となる。25キロ手前、とうとう70km走の先頭を捉えてしまった。

「は、速いっすね!」
「いや、そんなことないんですよ…。」

あくまでも自分のペースで淡々と刻んで来ただけのこと。しかしこの直後、右足の裏が大分痛くなってきた。そういえば痛くなるのはいつも右足だな、なんてことを考えながら、途中何度か立ち止まって後ろを振り返りつつ、シューレースを緩めてみたり、指先を動かしてみたり。

ダラダラ続く上り坂も無理せず歩いて走って、まるで岩木スカイラインを登ったあの時のように、歩道の切れた区間も、車両の邪魔にならないようにゆっくりと歩を進めていく。

28キロ付近。いよいよ青森空港までやってきた。しかし、ここからが大変だということは十分わかっているつもり。

青森側の料金所の先、停車していた車から下りてきたのは、6km付近ですれ違ったHさんだった。

「スタッフに化けました。えへへ。」

聞くと、練習不足のため40キロ付近でリタイア、後方支援に回ったとのこと。結局この移動エイドには、3度お世話になった。本当に感謝!

30キロ付近から長い下り坂が続く。下った後の平地が辛いのも経験上折込み済み。ようやく視界が開け、遂に青森市街を確認。

最後のエイドを通過し、残り4キロ。

ここから先は頻繁に信号に引っ掛かるはずなので、急に立ち止まって足が攣らないようにペースを落として走り続ける。
残り約500mとなり、青森市街に入ってから何度目か忘れるぐらいの信号待ち。
「追いついたぁ!」
背後から聞こえて来たのは、Sさんの声!

「いやー疲れましたね!最後、ジョグで行きましょう。」
「そうしましょう!一緒にゴールしますか!」

結局、最後は二人で一緒にゴール地点である「みゅうラウンジバー」へ到着。

こんなに笑ってゴールしたの、いつ以来だったかな。ちなみに似合わないVサインは、「ここをパックリ」というサイン。

ということで、4年越しの心の傷にようやく打ち勝った。MVPならぬMPV(Maka Pakkuri Victory)。

所要時間はほぼ4時間で、最初の設定通り。しかし、ゴールした後に更なる驚きが。

完走証におむすび、豚汁、更には銭湯の入浴券まで。これが一つのランニングクラブで行われているイベントなのだ。赤字覚悟であろうこのおもてなし、マジで凄い。本当に頭が上がらない。

ということで、実に楽しい一日となった。青森までの「遠足」、遂に達成!では最後に、自分なりの振り返り。

・途中で移動エイドがたくさんあり、水分に事欠くことはなかった。(数えてみたら、7か所立ち寄った!)
・空港へ右折する手前の国道7号の上りが地味に辛かった。
・空港への上り坂は予想通り辛かった。
・空港からの下り坂は更に辛かった。
・こんなコースを考えたヤツの顔が見たい。
・しかし、市街地に入ってから意外と余力が残っていた。
・ただ、38km過ぎから何度も足が攣りそうになった。
・けれど、最後まで楽しんで走ることができた。

何となく少しだけ、失いつつあったフルマラソン完走の自信を取り戻せたような気がする。えん×みゅうの皆さん、大変お世話になりました。本当にありがとうございました!多謝!