(前篇から続く)
続いて向かったのは、大槌町赤崎地区。ここには、「ひょっこりひょうたん島」のモデルの一つと言われる「蓬莱島」がある。
しかし、赤崎地区は先の山林火災により避難指示が出たエリアで、青森県大隊が消火活動を行っている地域だ。
海を眺めるとかわいい島が浮かんでいるが、背後に目を向けると、林の一部が焼け焦げ、中腹には消防車両が見える。活動の邪魔にならないように早めに切り上げ、宿所へ向かった。
宿泊したのは、浪板海岸地区にある「民宿サトウ」。
県外客はもとより、海外からのバックパッカーのような方も宿泊されるようだ。
ここでは、夕食と朝食を紹介しておく。
季節に合わせた食材がふんだんに使われるらしく、個人的には大満足だった。
この民宿を予約するときに確信していたのが、15年前に車を停めて撮影したのは、恐らくこの界隈だということ。今回の再訪でそれを確認し、自分の中で「答え合わせ」をして、あの時のことを想い返したいと考えていた。
スマートフォンに保存している15年前の画像を見るまでもなく、その「答え合わせ」は不要だと確信した。大槌町中心部から吉里吉里地区、そして浪板海岸地区へ車を走らせる途上で、15年前の記憶が一気に蘇ってきた。
15年前、僕は間違いなくこの地に立ち尽くし、言葉を失っていたのだ。
宿の主と夕食の際に会話。あまりにも詳細に山林火災のことをこちらから話したため、どうやら消防関係者と間違われてしまったようだ。そうではないと伝えながら15年前に話が及び、やがて話の流れでスマートフォンに保存していた画像を見せたところ、表情を曇らせた。
しまった…自分の「答え合わせ」とはいえ、相手にとってはトラウマとなっている琴線に触れてしまったと、心の底から猛省した。
そうだよ。自分の脚で確認するしかないのだよ。
翌朝、朝食の場に宿所の奥さんがやってきた。
今回の山林火災の恐怖を、保存していた画像を見せながら教えてくれた。
その恐怖というのは、実際に目の当たりにしないと絶対にわからない。
時折涙を滲ませながら教えてくれたその状況に、お見舞いの言葉を伝えるしかできなかった。
朝食を終え、僕は「答え合わせ」に出かけることにした。
民宿の窓を開け、広がる光景。そして、遠くに見えるホテル。間違いない。
小雨が降っていたが、そんなのは関係なかった。
僕が15年前に車から降りて撮影した場所は、この民宿の真ん前だった。
そして、玄関に車が突き刺さっていたホテルと思しき建物は、やはり「ホテルはまぎく」だった。ふり返ると、15年前と変わらない山がドーンと鎮座していた。
偶然にも釜石へ向かう三陸鉄道の車両が走っていった。
15年前は、あちらこちらで線路が流されていたことをふと思い出した。
その後、大槌町在住のKさんに直接火災のお見舞いを伝えるため、吉里吉里地区へ。
15年前に境目を目撃していたエリアがこの界隈だということは、「答え合わせ」の過程の中で確信していた。
8年振りに再会したKさんとお話ししたのは5分程度だったが、この界隈でも避難を余儀なくされたこと、実際に山肌が燃え、火の手が上っていたことを教えてもらった。
今回の山林火災のお見舞いを伝え、またの再会を約束して別れた。
少し進んだ先で車を停め、一部が焼け焦げた山林に目を向けた。
この地域で生活される方々の安寧が一日も早く訪れることを願うしかなかった。
僕の中での伏線回収はこれで幕引き。
「答え合わせ」も100点満点だった。
それでも被災地に寄せる想いはずっと持ち続けようと思う。被災地云々というよりも、美しい風景や美味しい食材を発掘し、地域の人たちと触れ合うって、本当に楽しいからね。





























