東日本大震災から8年目への想い


人間の記憶というのは本当に不思議なもので、一週間前に何をしていたか、何を食べていたかを思い出すのが難しくとも、2011年3月11日午後2時46分以降のことは、自分でも恐ろしいぐらい明確な記憶が残っている。
しかし、その直前に何をしていたのかは、全く思い出すことができない。
それぐらいあの出来事は衝撃的であり、そして絶対に忘れてはならないのだということが、身体に、そして脳に今も刻み込まれている。

「あの日」以降、復旧復興に向けた様々な取り組みが進められた。公助、共助、そして自助が叫ばれる中、各地では激甚災害が相次いだ。地震はもとより、台風や豪雨災害、火山噴火、雪害など、など…。

そして、災害が発生するたびに「この出来事を教訓に…」という言葉を耳にする。振り返ったとき、自分は各地で発生した激甚災害を踏まえ、何を教訓にしてきただろうか。恥ずかしながら、自分自身が何一つ教訓としていないのではないか、喉元過ぎて熱さを完全に忘れているのではないか、と考えてしまった。

ところで、我が国の政府が、発災直後の平成23年7月に策定した「東日本大震災からの復興の基本方針」において、復興期間を「平成32年度までの10年間」と定めているのをご存じだろうか。ちなみに今は、「復興創生期間」に当たるが、それも平成32年度で区切りを迎える。今日も大臣が「あと2年で復興を…」とほざいていたが、何馬鹿なことを言うか、という憤りとともに、何もわかっちゃいないんだな、という失望すら感じてしまった。とはいえ今日は別に政府批判をすることが主眼ではないので、これぐらいにしておこう。

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自堕落男の憂鬱


久し振りにランニングの話を。

いつの頃からか、2月が28日(閏年は29日)しかないことが恨めしくなってきた。1年365日のうち11か月は30日か31日なのに、なんで2月だけ28日なんだ?と。
とりわけ年度末を迎える3月が繁忙になればなるほど、2月の28日間に他の月から2日を足してこられないものなのかと、どうすることもできない失望感に襲われるようになった。

もうすぐ役目を終える平成。来年からは天皇誕生日が2月になる。今年の天皇誕生日は「平成の天皇誕生日」として祝日のままのようだが、来年からは2月の祝日が2日(建国記念の日と天皇誕生日)になるということを考えると、2月がますますあっという間の1か月になりそうな気がする。

毎年のことだが、2月は1年で最も走る距離が短い。決して2月そのものが短いからではない、と思いたい。その中でも今年は、ここ数年で特に短い走行距離に終わりそうだ。国内に目を向けると、マラソンシーズンもそろそろ佳境と言われる時期に差し掛かり、今週末には日本最大のマラソン大会と言っていいであろう東京マラソンが開催を控えている。

そんな中にあってもシーズンオフよろしく、すっかり走ることから離れ、仕事して飲んで喰って寝てのローテーションが、まるで作業工程表のごとく毎日組み込まれている。そのローテーションを変える気にもならないぐらい自堕落な日々を過ごしている、ということなのだろう。

一方で、今の置かれている立場や仕事の内容を鑑みると、平日に走ることは現状ほとんど無理となっている。
決して時間がないわけではない。寸暇を惜しんで走る時間を作ればいいだけの話だし、早朝や夜間に走るという方法もあるのかも知れないが、氷点下の中、暗闇の路面凍結した道路を走るというのは、なかなか難儀なことである。もちろんそれをこなしている人もたくさん知っているが、僕はそこまで走ることに固執している訳ではない。

だからこの時期は、作業工程上のローテーションの合間になると何をすることもなく、まさにRAMBLING状態に陥る。

そしてもう一つ、降雪量の増えるこの時期、朝晩の雪片付けがトレーニングなのだと言い訳をしながら日々を過ごしているのだが、今年はその雪片付けの回数もそれほど多いわけではなかった。

(でも、小屋から落ちてきた屋根雪の量はハンパじゃなかった)

その一方で、連日あれやこれや仕事に私事にと追われることとなり、走る気力はどんどん削がれていった。まだ走る準備が整っていないと言い訳しながら、自らにリミッターを取り付け、なるべく走らないようにしていた、そんな感じだ。

更に2月は、ほぼ毎週のように繰り広げられた飲み会(2月だけで7回!)が追い打ちをかけることとなり、ますます走ることから足が遠のいていた。

そして、とどめの一撃に見舞われることに。

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地域再生をちょっとだけ考える。 #地元がヤバい本


今から20年近く前のこと、僕がまだ20代の頃だった。
父が弘前に持ち帰ってきたのは、東京都内にある商店街でのある取組が記録された約30分のビデオテープ。一緒に観た(いや、観せられた)記憶があるが、正直言って内容はほとんど覚えていない。
その後、父は何かに駆り立てられたかのごとく奔走し、「土手町に空き缶回収機を置く。」という形にしてしまった。

概要は2015年9月の記事の冒頭で触れているので、興味があればご参考に。

一つ言えることは、このことが契機となり僕自身が何となく地域づくり等の分野に興味を持ち始めた、ということだろう。そう考えると、やはり父は僕の反面教師…いや先生であり、礎だった。

数年後僕は、商工関係の業務に就いた。
ここで商工会議所や商工会等といった関係機関の方々と接し、さまざまな地域の取組があることを知り、更にはそこで実を結ぶもの、結ばないもの、色々事例があることを改めて知ったのもこの時だった。
実際に現地へ足を運び、そこで人を知り、地域を知ることの重要性、何となくそんなことを学んだような気がした。業務に就いたのは僅か3年間だったが、僕にとってとても充実したものだったし、今だから明かすと実は、残留を希望したぐらいだった。

一言に地域振興といっても、その背景にあるもの、例えばその地域の地理的な要因や歴史、更には人間関係といったさまざまな要素が相まっている…と、まるで知ったような口を利いているが、所詮僕は単なる凡人。別に地域振興や地域活性化に対する造詣が深いわけではなかった。

最たる例は、まだ「十和田バラ焼き」が今ほど知名度を高めていたかった頃、商工会議所が「十和田バラ焼き」をB級グルメとして売り込もうとしていた時に、「そんな、バラ焼きなんて何が珍しいんですか?」と反応してしまったことだ。地域の特性や歴史、文化を全く知らないままこういった発言をしてしまったことは、恐らく地元で嘲笑の対象となったことだろう。思い出しただけでも赤面してしまうが、裏を返せば同じ青森県内ですらそれだけ知らないことがたくさんあった(いや、今もある)ということだ。

ましてや日本国内に目を向ければ知らないことだらけ。そう考えると、極端な例だが国が音頭を取りつつ、同じ切り口、同じ着眼点で堰を切ったように「地域活性化」を声高に叫んだところで、本当に反響があり、そして未来志向の結果を生み出すところなんぞ、片手に余るかどうかではないだろうか。

冒頭で紹介したビデオテープの内容に携わっていた方が、木下斉さん。その木下さんの書籍「地元がヤバい…と思ったら読む 凡人のための地域再生入門 」は、恐らく地域振興、活性化という名目の何かに携わったことがある方はもちろん、そういったことに興味を抱いている方であれば、誰もが共感する部分が必ずどこかにあるはずだ。 “地域再生をちょっとだけ考える。 #地元がヤバい本” の続きを読む