月別アーカイブ: 2018年4月

#岡村靖幸 2018SPRINGツアー 「マキャベリン」 青森公演 観戦記【ネタバレあり】


隣(となり)の芝生(しばふ)は青(あお)い

《The grass is always greener on the other side of the fence. の訳語》

何でも他人のものはよく見えること。隣の花は赤い。

転じて、自分が観た以外の他県のライブが羨ましく思えること。

4月21日、青森市で開催された岡村靖幸スプリングツアー2018「マキャベリン」に参戦。2年ぶりの青森公演となったが、前回のツアー以降で彼が発表した楽曲は、DAOKOとの共演でテレビにも出演するなど話題を呼んだ「ステップアップLOVE」と、映画の主題歌となった「忘らんないよ」のみ。

ライブ直前まで一度もテレビやラジオでのCMを見聞きしなかったため、これは「ステップアップLOVE」効果でチケットが完売してしまったんだろうか…なんてことを思いながら、逸る気持ちを抑えて電車に乗り込み、青森の会場へ向かう。

18時からの開演に合わせ会場に到着したのは17時15分。てっきり30分からの開場だと思っていたら既に開場となっていて、ツアーグッズの販売コーナーには長蛇の列が出来上がっていた。

奇しくもライブの翌日はプリンスがこの世を去った日。

色々思うところもあってプリンスのシンボルマークが入ったトートバッグを肩に引っ掛けて入場すると、どうやらそれと気付いた他のファンが数名、好奇の視線を送ってくるのがすぐにわかった。

さて、今日は前回のようにプリンスの曲を演ってくれるだろうか。いや、それはないか。

幾つかツアーグッズを物色した後、いよいよ客席へと足を踏み入れた…。

※これからツアーを楽しまれる皆さん、期待して間違いないと思いますよ!

 

↓↓↓↓↓この後ネタバレあり↓↓↓↓↓

     セットリストを含む

  ↓↓↓↓ネタバレあり↓↓↓↓

    ↓↓↓ネタバレ↓↓↓

      ↓↓ネタ↓↓

        ↓↓

 

いつもの如く開演前のステージは幕が閉じたままで、全貌はわからないが恐らく大きな装飾や仕掛けはないはずだ。

僕の席は前から10列目の右寄り。前回よりもやや後方になったような気がするが、ステージ全景を眺めるには絶好の位置だった。

肝心のお客さんの入りは…あれれ?前列に空席があるぞ。そういえば僕の隣りも2席空いたまま。圧倒的に女性が多いが、男性の姿もちらほらと。僕みたいなお一人様参戦も、それなりにいたようだ。

ふと後ろに視線を送っても、まばらに空席がある状況。僅かながらの2階席には、人がいる気配がなかった。ああ、そういえばグッズ購入の際に並んだのは、2階席への階段だったな。

18時05分、客電が落ち、演奏がスタート。観客のボルテージが上がる。カーテンの向こうに彼の姿を捉えた観客が、歓声を上げる。

幕が開き、いよいよスタート。
ステージ中央に鎮座するピーチマークは、すっかり「見慣れた光景」だ。
以下、個人的には「意外な曲」が多かったセットリスト。

ステップUP↑
ステップアップLOVE
Dog Days

どぉなっちゃってんだよ
Lesson
青年14歳
ぶーしゃかLOOP
愛の才能

できるだけ純情でいたい
ヘアー
忘らんないよ
彼氏になって優しくなって
Out of Blue

あの娘ぼくがロングシュート決めたらどんな顔するだろう
だいすき

Superstition
どんなことをして欲しいの僕に
Punch↑
祈りの季節
SUPER GIRL

ギター弾き語り(青森ベイベ)
ちぎれた夜
愛はおしゃれじゃない
ビバナミダ

冒頭で「隣の芝生は青い」という話をしたが、実はツアー初日の静岡とは、後半のセットリストがかなり違っていた。
演奏した曲数も異なっていて(静岡の方が多かった)、ちょっと羨ましくもあり。

カバーは3曲。
「愛の才能」はこれまでも何度か演奏してきた川本真琴への提供曲のセルフカバー。
「Lesson」は一青窈が作詞し、作曲編曲を岡村ちゃんが担当した楽曲。
歌詞が女性目線なので、ちょっぴり恥ずかしい。

アンコールで演奏した「Superstition」は、Stevie Wonderの楽曲。密かに期待していたプリンスのカバーはなかったけれど、このチョイスはナイス。
今回の一つのハイライトは、バンドメンバーの田口慎二さん(ギター)が青森市出身だったということ。何と冒頭のMCで自らが「凱旋帰国」を高らかに宣言、会場が大いに沸いた。それは、MC担当のマニュピレーター白石さんが嫉妬するほどの盛り上がりだった。

【以下、個人的な感想。あくまでも個人的なので、石打無用。】
・お客さんは比較的おとなしめな感じ。ノリはいいけど声は出さない、みたいな、
・時折ふと見せる岡村ちゃんの険しそうな表情がとても気になった。
・最前列の男性がいじられていたけど、醒めたような観客の溜息吐息が切なかった。
・珍しい曲を演奏した代わりに、あれ?あの曲やらないの?も数曲。
・グッズにパンフレットがあったのは嬉しかった。ただただ、嬉しかった。
・5000円以上グッズを購入した人がもらえるシールのデザインも可愛かった。

・ミュージックステーション出演後に話題となった「ダンスが上手なおじさんの色気」は衰え知らず。
・好みはあれど、何度観てもいいものは、いい。ほとばしる汗が凄かった。
・大御所のアーティストに定番ソングは付き物だけど、そんなに古くないはずの曲が既に定番っぽく聴こえるのが凄いなー。
・ステージがとてもシンプルなので、集中してステージを観ていられる。
・今回に限ったことではなく、岡村ちゃんの休憩時間みたいな演奏とダンスタイムとMCがコンパクトならばもっといいけど。
・まあでも、あれを楽しみにしている方もたくさんいると思うから、これは個人の感じ方ということで。
・提供曲をカバーするだけでアルバム1枚出来上がっちゃいますよね。
・「あの」頃、アレンジを変えたリテイクやセルフカバーが続いたけれど、ライブでのアレンジも格好いい。
・でも、やはり新曲が聴きたいです。

ステージ上のパフォーマンスにつられて、一緒にデンス・アンド・シンギングに明け暮れた、正味2時間30分のステージ。
2度目のアンコールで楽しそうな顔を見られて良かった。

あっ!明朝4時起きで花巻に向かわなければならないんだった!ハーフマラソン走るんだった!と我に返ったのは、会場を出た直後のことだった…。

4月26日の投稿に続く)


2018年春、感謝と反省と #第6回イーハトーブ花巻ハーフマラソン


思い起こすと、昨年10月の弘前・白神アップルマラソン以来、マラソンの大会に出場していなかった。しかもアップルマラソンはペースランナーを務めたので、自分の力量を測るレースとしては、その前週に行われた9月末の「つがる地球村1周マラソン」の10キロが最後ということに。

今年に入り、楽しみにしていた3.11の「古河はなももマラソン」への出場が叶わなかったため、4.22に開催された「イーハトーブ花巻ハーフマラソン」の出場は、約7か月ぶりのレース参戦となった。

3月に向けて冬場は順調に、それもいつになく順調に調整を続けて来たが、「諸般の事情」により全く練習に取り組むことができなくなり、この3月は久し振りに月間の累計走行距離が80キロを下回るという事態となった。4月になっても似たような状況は続き、大会前日でようやく90キロまで乗せるのが精一杯だった。

走った距離は裏切らない、というのであれば、この距離を踏まえた結果は火を見るよりも明らかだったし、ここ最近の練習の質を見ても、とてもじゃないがベストを狙う状況には程遠いことを認識していた。

だからこそ逆に、中途半端にではなくしっかりと走りきらなければならないと思うとともに、今の体調や疲労度等を踏まえた目標を設定してみた。

最低でも91分、あわよくば90分切り。

実は花巻では、過去2度にわたって自己ベストを更新している、僕にとっては相性の良いコース。

昨年度は花巻で1時間28分台を出した後の仙台で、あと3秒で1時間27分台というところまで記録を伸ばすことができた。毎年、ここでの結果が今年の命運を握る、といえば大げさだけど、それぐらいの気持ちをもって臨んでいる。

だからこそ、あまり練習ができていない中でこの大会に出場するのは、正直言って本意ではなかった。
しかも、大会前日の夜は青森市内でライブを堪能、帰宅が23時近くとなった。晩ご飯を口にするのも帰宅後となったため、ざっと見積もってわずか4時間ちょっとの睡眠時間を空けてガッツリ朝食、というのもかなり気が引けた。

さて、こういう時はどうすれば良いんだろう。思い描くような結果は望めないだろうけれど、やれることはやってみようと、幾つか「人体実験」に取り組んでみることにした。以下、備忘録として。

【前日夜】
23時10分頃の夜食はミートソースのパスタ。ただし、量は少なめ。これに、ノンアルコールビールを1本。就寝は23時45分。胃薬を服用。ちなみにこの日の夕方から、BCAA入りの粉末を溶かした水を飲み続けた。

【当日朝】
4時起床。胃もたれは、なし。朝食は茶碗半分のご飯に、焼鮭と納豆。インスタントのカップスープで流し込む。
4時45分出発。カフェイン入りの飲み物は口にせず。前日夜と朝の食事の間隔が短すぎるので、空腹がどの程度になるのか試してみることに。
スタート2時間前と1時間前、フルマラソンの際に口にする補給用のゼリーを口に入れる。6時頃から感じ始めていた空腹感はなくなる。
6時55分、会場着。15分ほど車中で仮眠。

【スタート40分前】
この日の風向をおさらいした後で、いつになく念入りにストレッチ。気温が高くなるとの予報だったため、ノースリーブにランパンの格好。その後トラックへ移動し、2周半(1キロ)のウォームアップ。手には経口補水液のゼリー。結局3キロ過ぎまでちびりちびりと口に運ぶことに。ちなみに、体重は2kgオーバー。無期限資格剥奪級の斤量だ。

【スタート】
あわよくば90分切りということで目標タイムを1時間30分以内に定め、前から5列目に陣取る。

8時50分、スタート。昨年はここで勢いよく飛び出し、1キロ4分を切るペースで3キロほど走ってしまったことを踏まえ、今回は1キロ4分程度に抑えることにしつつ、狙いはネガティヴスプリット。帰路の追い風が背中を押してくれれば、何とかなるんじゃないか、という他力本願。ちなみにスタート時のロスタイムは、3秒。

【スタート直後】
思ったほど気温は上がっていなかったが、湿度が高い感じ。南西方向から吹いてくる風がちょっと湿っぽい。
想定通り1キロを4分5秒前後で通過、そのままペースを落ち着かせる。

【3キロ過ぎ~中間点】
3キロを過ぎて右折後、約4キロにわたって直線の緩い上りが続く。弱い西風が吹いているが、ペースを一定に保つことだけを考える。先行していた弘前公園RCやHNYGDのメンバーを捉えるが、自分のペースで走ることだけを考えていたので、無言のまま抜き去る。
10キロ通過は42分弱。まずまずといったところか。コースの変更で前回から少し先に伸びた折り返しを通過するも、この辺りから時計には全く目をくれず走り続ける。中間地点の給水所では塩分も補給。しかし、全ての給水を潰したのが災いしたようで、胃の中がチャポチャポと音を立て始めたため、給水の量を減らしたり、口をゆすぐだけに留めたり、首にかけてみたり。でも、そんなに暑いとは思わなかった。

【中間地点~14キロ】
微風より少し強めの風に変わる。南から吹いてくるため、抵抗となっている感じ。13キロの上り坂、ペースを一定に保つことだけを考えるも、かなりエグい坂に感じられる。こんなにきついはずじゃないんだけど、やっぱり練習不足なんだろうな。

【14キロ~ゴール】
この上り坂を過ぎれば下り基調になるし、追い風になるはずなのでペースアップを図ろうと考えていたが、どうも東から風が吹いているようで、またしても向かい風。一度落としたペースが元に戻らない感じ。ここで確認の意味で一度時計を見ておくべきだったけれど、怖くて時計を見ることができなかったことは、反省点。そして、下り基調になったにもかかわらず、前半から1キロ平均で10秒近くタイムを落としていたらしい。空腹感はないが、脚の運びが重くなる。

17キロ付近で、背後から迫ってきたSさんに声を掛けられる。さすがサブ3ランナー、後ろから見ても足取りがしっかりしていて、ドタバタと自分でもわかるぐらい足音が大きくなってしまった僕とは大違い。背中を追うにもペースについて行けず断念したが、自分のペーサーに見立て、ひとまず見失わないように走り続ける。

19キロからペースアップを目論むも、最後まで持ちこたえる自信がなかったため、そのままペースを持続。最後の落ち込みを覚悟しつつ、Sさんの背中がまだ見える位置をキープしながら、20キロを過ぎてようやくペースアップ。

競技場に入り、遠くに見える電光掲示板が1時間28分台を刻んでいるのを確認。タイムは、1時間28分45秒。…まあ、全然練習できていない中でこのタイムは及第点なのかな。目標はクリアできたが、特別な感情も湧いてこなかった。

【ゴール後】
とはいえ最後の追い込みが相当堪えたらしく、ゴール後はしばし立ち尽くす。花巻東高の生徒さんにチップを外してもらい、完走証を受領、先行してゴールしたSさん、Nさんとレースの戦評。ところが、話してるうちにだんだん視界が白くぼやけていく感覚に。嗚呼、これが噂に聞いた熱中症の前兆なのか…と我に返り、慌てて水分を補給し、しばし目を閉じると、色んな感情が波打つ。

もう少しやれたんじゃないか。いや、今はこれが限界か。限界を決めたら、終わりだろ?走れただけでもいいじゃないか。まだまだここからだろう?

他の仲間が続々とゴールする姿を見ながら、しばし芝生でへたり込む。

1キロ毎のラップを見ると、高低差を差し引いてもほぼ4分10秒を切るぐらいのイーブンで走っていたことがわかる。

…ただしそれも、13キロの上り坂までの話。
13キロ以降は、ペースがガクンと落ち、1キロ4分15秒を保つのも難しい走りに。ネガティヴスプリットには遠く及ばず、後半の失速ぶりが顕著に現れることとなった。

まさにこれこそが僕のウィークポイントであり、練習不足が生んだ結果なのだろう。まあ、その中でも最後まで足を止めることなく走りきることができたこと、更に90分を切ることができたことは、冬場の練習が無駄にはならなかったこと、そして、土台部分がようやく形になりつつある結果なのだと、都合のいいように捉えたい。

とはいえ、新たな課題を突きつけられたのも事実なので、今年はその土台部分を更に堅牢なものにするべく、前向きに取り組んで行きたいと思いまーす。

 


チガルのアシフパリ(津軽の足引っ張り)


弘前市長選挙が終わりました。選挙といえば真っ先に「アシフパリ」の存在を思い浮かべてしまう性。

【アシフパリ(ashi-fupari)】(名詞・津軽弁)
1 自分又は周囲より才能や知識の抜きん出た人物の出世、活躍等を妬み、それを妨害しようとする人や行為、風潮。
2 足を引っ張る。芽を摘む。梯子を外す。類義語は「出る杭は打たれる」。出ていない杭も打たれるのが特徴。
3 津軽地方の風土病。治療法や薬は発見されていない。
4 「ケッパリ」「ジョッパリ」と並ぶ津軽地方における三大「パリ」の一つ。ただし、フランスのパリとは異なり、見どころは一つもない。

かつてと比較すればかなり減ったのではないかと思いますが、津軽地方には昔から「アシフパリ」と呼ばれる悪しき慣習が蔓延っています。
僕は元々津軽(弘前)の生まれで、通算すると45年近くをこの地で過ごしていますので、そういう慣習が繰り返されるのを幾度となく目の当たりにしてきましたし、実際に僕の亡父が20年以上前に「アシフパリ」の憂き目に遭ったこともハッキリと覚えています。

しかし、その「アシフパリ」が誰によって主導された行為なのか、また、具体的にどういった行動が取られたのかを特定したり、説明するのは非常に難しいです。いわば、目には見えない理不尽な力というか、変な雰囲気というか。
言葉としては存在するけれど、実際に形やモノとしてそれを見たことがない、つまり、実態を掴むのが難しいのが、このアシフパリではないか、ということです。

ただ、このアシフパリも色んな種類があると思われます。今日は、僕の独断と偏見だけでちょっとそれを類型化してみたいと思います。

  • 陰湿型アシフパリ

狙った人物を徹底的に卑下し、心身ともに追い込んだ挙げ句、奈落の底へと突き落とす、最もメジャーであり、かつ最も質の悪いアシフパリ。その人物に対するネガティヴキャンペーンが繰り広げられた結果、周囲が不穏な空気に包まれるケースがあったり、時によっては差出人不明の怪文書が出回ることもある。これらに対する予防線を張るのは非常に困難であり、かつ首謀者を特定するのも難しい。選挙絡みの場面で現れることが非常に多いが、選挙が終わると何事もなかったかのように消えている。

  • 勧善懲悪型アシフパリ

陰湿型とは逆で、私腹を肥やし、暴利を貪る人を戒めるために現れるタイプ。滅多に遭遇する機会はないが、事情に精通する人やその集団の不満が爆発した結果から発生に至るケースがあるらしい。ただし、「共倒れ型」のアシフパリに派生する場合がある。

  • 自己中心型アシフパリ

我こそが社会の善であり模範であり、社会に対する貢献度も高いと自負する、いわゆる「正義漢」、いや自惚れ屋に多いアシフパリ。自分の「善」を強調するあまり、知らず知らずのうちに周囲に対する批判を展開、それがアシフパリになっていることに気付かず、そのことに気付いた時には既に周囲から総スカンを食らい、自らアシフパリの憂き目に遭っていることが多い。ミイラ取りがミイラになるタイプ。

逆に、アシフパリの対象になりやすい人も、幾つか特徴を持っていると思います。

  1. 優れた才能や抜きん出た知識、経験を持っている人
  2. 著名人や有名人への人脈を有し、ついそれをひけらかしている人
  3. 地元の名士を気取る人
  4. 自己主張やアクの強い人
  5. 口の悪い人
  6. 知ったかぶり
  7. エフリコギ

「ないものねだり」ならぬ「ないもの妬み」。自分にはないものを持っていたり、周囲と比べても明らかに抜きんでた人物に対する嫉妬心を持つ人が、津軽地方には多いのでしょうか。かといって「アシフパリ」に走る人たちが、その「ないもの」を手に入れたいかと聞かれると、恐らく答えはノー。その辺りの行動というか風潮がよく分からないところです。

ただ、ここ最近はこういった「アシフパリ」もあまり見かけなくなったように思われます。今回の選挙でも、そういう話は聞きませんでした。そういえばここ最近は、「無いものねだり」よりも「あるもの生かし」という言葉が出てくるぐらいだし。

もっとも、「アシフパリ」がいなくなったというよりも、「アシフパリ」に走るほどの周囲に対する興味が薄れてきているといった方がいいような気がします。

以前は自己主張することがどこか恥ずかしい、というか、自己主張自体を躊躇するといった空気が流れていたような気がするのですが、今は自分の意見を堂々と言える人が多くなったと思いますし、それを頭ごなしに否定する人も(一部を除いて)いなくなりつつある、ということでしょうか。逆に「アシフパリ」のように相手を貶す、貶めるといった風潮そのものが嫌われる、そんな世の中になったのかも知れません。

そう考えると「アシフパリ」なんていうのは、陰湿な「大人のイジメ」に限りなく近いんじゃないかとも思うのですが…。

数の中には「アシフパリ」を蹴散らす強者がいたと記憶しています。かといってそういう人が周囲に対する絶対的な求心力を持っていたかといえばそうではなかったと思いますし、どこか腫れ物にでも触れるような扱い方をされていたような気がします。むしろ、裸の王様になっていることに気付いていない、みたいな…。

さて、今日はかなりざっくりとした感じで「アシフパリ」について自分なりの考察をまとめてみました。
自分が「アシフパリ」の根源とならぬよう、そして対象とならぬよう、明日からも地に足をしっかり付けて歩いて行きたいと思います。

何かオチがまとまらなくてすいません。余談ではありますが、「アシフパリ」に遭った人の足が長くなった、という話は聞いたことがありません。

次回は、津軽を代表する最大の闇、「カラポネヤミ」を検証したいと思います。(ウソ)