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開演6時間前の大逆転劇 – #浜田省吾 #青森公演 に行ってきた 2026.07.27

浜田省吾のライブには毎回心を揺さぶられる。

初遭遇は1999年、何と弘前での公演!その後2007年と2015年は青森公演。直近だと2023年の仙台公演を鑑賞している。

そして2026年。SHOGO HAMADA ON THE ROAD 2025-2026 “Under The BLUE SKY”〈The Second Period〉と銘打ったツアーの一環で青森公演を7月27日と28日の2日間にわたって行うという。実は先行予約を目論んだのだが、沖縄への夏旅を終えたばかりということ、平日開催だということもあって諦めた。しかし、地元での公演が近づくにつれて、無性に観たいという気持ちが昂り始めていた。

キャンセル分のリセールが直前に行われる情報だけは事前に得ていたので、思い切って開催直前の木曜日、リセールに申し込んでみた。

木曜日、金曜日と、昼休み時間にサイトをチェックしてみる。毎日お昼頃に情報が更新され、当選した場合はその旨が表示されるらしい。当選情報が入っていないか確認してみるが、そんな簡単に当選するはずもなく。

当然のことながら土日においても全く当選する気配はなく、公演当日の月曜日を迎えた。
さすがに公演当日の当選発表はないだろう、と昼休み時間に最後のサイトチェックをしてみると…。

思わず「えっ?」と声を上げてしまった。

何とそこには、燦然と光り輝く「当選・入金完了」の文字が躍っていたのだ。
開演時間から6時間を切ってからの大逆転劇だった。

公演当日の昼過ぎに届いた当選案内

さすがに慌てふためいたが、動揺を抑えつつ何食わぬ顔で仕事を済ませ、定時の17時を過ぎて職場を後にした。

心躍らせながら、会場のリンクステーションホール青森へと徒歩で向かう。逸る気持ちを抑えることができず、だいぶハイペースで会場に向かっていたようで、会場に到着する頃には背中に汗がかなり滲んでいた。

会場横に停車中のトレーラーを発見、思わずスマートフォンに収める。
周囲を見ると、背中に「50」と描かれたTシャツを着ている人がたくさんいる。

リンクステーション青森の建物にマッチしてます(一部加工処理)

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【#沖縄旅行2026(後篇)】まだ見ぬオキナワ探しの旅

■ 7月18日(3日目):未開の地探訪

水平線ですら美しい

早朝から27度。湿度は80パーセント。やはり既に蒸し暑い。短い距離、スローペースとはいえこの中を走る自分はやっぱりアホなのだろう。でも、他にもジョガーさんを多数見かけたのでアホではないことにする。

3日目は当初の予定を少し変更、やちむんの器を見たいというババのリクエストに応え、まずは「やちむんの里」へ。1時間ほど焼き物を物色した後、本島東側の沖縄市へ向かった。土曜日に営業している沖縄郵便局から荷物を発送するためだ。

中心部にあるコザゲート通りの界隈は異国のテイストが色濃く残る独特のエリアだが、少し裏道に入るとシャッターが閉まったままの建物が続く。観光客でいつも賑わう西海岸エリアとは異なる、沖縄のB面を垣間見たような気分になる。

続いて、初訪問となる浦添市にあるレトロな雰囲気漂う「港川ステイツサイドタウン」へ。国道58号から細い横路に入ると、同じ形をしたかわいい建物が立ち並ぶ。

佇まいが画になります。

外国人向け住宅として利用されていた平屋を改装したカフェや雑貨店、レストランなどさまざまなショップが30軒以上。全てのショップを回ることはできなかったが、周りが外国人観光客ばかりだったこと、ショップで販売されているものが多種多様でバラエティに富んでいることもあり、異空間に迷い込んだような不思議な気分だった。

外国人住宅街をリノベーションしたセレクトショップが多数

昼食は行き当たりばったりで発見した「大衆食堂OMAKE」へ。飽食気味だった沖縄そばを避け、「みそ汁」を味わう。ちなみに隊長(妻)は「ちゃんぽん」、母は「まぐろ丼」を注文。こういうチョイスができるようになったのも、これまでの経験が生きている。

みそ汁をマグロの切り身付きセットで。

そして今回の旅で僕が是が非でも訪問したかった「波上宮(なみのうえぐう)」へ。

やっと来られた

琉球八社の中で最上位に位置づけられる波上宮は、海に隣接する好立地ということもあって、今は観光スポットとして知られており、訪れた時も大型バスが乗り付け、大勢の外国人がいた。
もっとも彼らは参拝などに興味はなく、赤い本殿や近くから見える風光明媚な景色が目的らしい。

狛犬シーサーに御挨拶できなかったのが残念

そんな中で僕はといえば、別に信心深いわけでもないが、多くの外国人がワイワイとにぎやかにしている中、一人で本殿に進み、これまで一度も訪れなかった不義理を詫びつつ、旅の安全を祈願して深く拝礼。御守と御朱印を授かり、賑やかな敷地内を後にした。

いわゆる琉球信仰のニライカナイとは異なるのだろう。本殿の横から景色も眺めたかったし、御朱印も直書きして頂きたかったのだが、観光地化されたような雰囲気に何だか拍子抜けして、名残惜しい気持ちも抱えつつ、後にした。また今度ゆっくり訪れよう。

DFSギャラリアで最後のショッピングを楽しんだ後にレンタカーを返却、今宵の宿「ロワジールホテル スパタワー那覇」へタクシーで向かう。ちなみにDFSからホテルまでは5キロ以上あるのだが、タクシー料金は1,700円。沖縄はタクシーが安い。
ホテル内にある極上の温泉に浸かった後、日暮れ前に訪れたのがホテルに隣接する「三重城(ミーグスク)」。海に突き出た小ぢんまりとした佇まいだが、周りの建物などに囲まれたそれを見て「こんな場所になんでこんな歴史的遺構が?」という意外性と不思議な存在感にちょっと驚いた。

神々しいです。

建物やタンクに囲まれた異空間。

■ 7月19日(4日目):大阪伊丹経由で青森へ

最終日も朝から贅沢に温泉を堪能、朝食後に10時頃チェックアウト。タクシーで那覇空港へ。
帰りは11:55発の伊丹行きの便に乗り、乗り継ぎの伊丹空港で約3時間、関西のお土産をあれこれ探すのも楽しい時間だった。夕方の青森便に乗り継ぎ、18:15に無事青森着。自宅へ着いたのは19:30だった。

■ 食べて飲んでの4日間

最近よくやっていることだが、ホテルビュッフェの料理はそのまま食べるのではなく自分なりのアレンジを施す。今回の場合、ゆし豆腐に沖縄そばの温かい出汁をかけ、更にトッピングのモツを乗せて「中味汁」にアレンジしたり、タコライスや沖縄そばを自分好みにトッピングしたり。
そんな調子で毎朝食べた沖縄そばやタコライスは本当に最高だった。テイクアウトして帰りの機内でかぶりついたA&Wのバーガーの味も忘れられない。

移動の混雑やちょっとしたトラブルなど、イライラする場面も正直あった。けれど、気持ちを落ち着かせて手を合わせた波上宮の独特な雰囲気や、誰一人いない三重城での意外な発見など、今回も初めての「オキナワ探し」にはもってこいの旅だった。

ババが帰宅後放った一言に、救われた。
「あー楽しかったー!」
この先あと何度訪問できるかはわからないが、必ずまた訪問するよ。

【#沖縄旅行2026(前篇)】大きな輪の中へ身を委ねた4日間

年に一度は訪れたい沖縄。冬の段階から今年も沖縄へ向かう計画を立てていた。ババと訪ねて1342マイル。間もなく78歳になるババを連れ立っての1342マイルは、今回で4度目だっただろうか。ペットが相次いで旅立ち、面倒を見るべき相手がいなくなったことを機に、留守を預かっていた母も一緒に連れて行くようになった。

今回は旅のコンセプトを考えていた。過去の再確認と見落としの救済措置、そして新たな発見。心身の保養に重点を置いた「沖縄探訪」「オキナワ探し」の旅。AIの力も借りながら、これまで訪ねたことのない場所を訪れることを考えていた。ただし「ジャングリア」は除外。沖縄本島自体がもはやテーマパークみたいなもので、わざわざ自然を切り拓いてそんなものを作る必要はない、というのが僕の持論だ。

今回の旅は7月16日からの4日間。梅雨明けの沖縄は天候にも恵まれ、滞在中の4日間は一度も雨に当たらないという奇跡。多分、沖縄滞在中に1度も雨に当たらなかったのは、今回が初めてじゃないだろうか。その一方で、僕が不在中の青森県では2度にわたりレベル4の危険警報が発表され、警戒本部設置と対応を余儀なくされた。半分嫌味、半分冗談だろうか、職場の人からは「頼むから県外に行かないでくれ」と言われた。

■ 7月16日(1日目):那覇到着・始まりは郵便局から

青森から羽田経由でのフライトは、那覇への到着が15分遅れた以外は、レンタカーの手配まで至極スムーズだった。豊見城市でレンタカーを借り最初に向かったのは、近くにある郵便局。後日ゆうパックでお土産やら後半使わない荷物やらを発送するための段ボールを購入するためだ。ホテルからでも荷物の発送はできるが、ゆうパックの場合、泡盛の度数が制限されているなど送る荷物に制限があるものの、120サイズだとスマホ割で2,500円。かなり安価に抑えることができる。
その後は、初日だというのに自分用のお土産を買い漁り、この日のホテルに向かった。
初日と2日目は宜野湾にあるプリンスホテルに宿泊だったが、豊見城から宜野湾へ向かう道は、平日夕方の沖縄の洗礼とばかり大渋滞に巻き込まれることに。

ヨットハーバーに夕日が沈む

17時過ぎにようやくチェックイン、最上階にあるクラブラウンジでの軽食(アルコール類が飲み放題!)で小腹を満たした後は、近くにある地元のスーパー「サンエー」へ買い出しに向かった。沖縄でお菓子や食料をお土産で購入するなら、地元のスーパー一択と決めている。結局、到着初日にもかかわらず、ほとんどのお土産を買い込んだ。

■ 7月17日(2日目):本島中部で水と戯れる

「WE ♡ NAMIE」と「めんそーれ」がメインの謎の看板

早朝から28度。湿度は90パーセント。既に蒸し暑い。短い距離、スローペースとはいえこの中を走る自分はアホなのだろうか。

朝は1階のビュッフェでタコライス、沖縄そば、島豆腐にアグー豚と、沖縄メニューでガッツリ朝食を摂り、9時過ぎに名護方面へ向けて出発。
まずは美ら海水族館で久し振りにジンベエザメと再会したあと、イルカショーを鑑賞。前にも教えたことがあるが、美ら海水族館の屋外で開催されるイルカショーやウミガメ館、そしてマナティー館は無料で観覧することができる。(今回は水族館内も観覧したので有料)

その後、本部町にある「本部そば」へ。本当は同じ本部町にある「みなと食堂」を目指したのだが、あいにく満席大混雑で、お店の人に紹介してもらった「本部そば」を訪れたのだ。本部町は沖縄そばの街といっても過言ではないぐらいたくさんの店がある。朝、あれほど食べたはずなのに、みなと食堂の人からお勧めされた「よくばりセット」を注文、その圧倒的ボリュームにKOされつつ完食(美味しかったのでOK!)。

よくばりセット。もずくが添えられているのが嬉しい。

その後は腹ごなしに瀬底島へと繋がる瀬底大橋のたもとにあるビーチへ。1時間ほど美しい海と海辺のヤドカリと戯れるという贅沢な時間を過ごした。

瀬底島から大橋を望む

瀬底ビーチではなくこちらへ

次に訪れたのは初めてとなる「ナゴパイナップルパーク」。通り道にあったので寄ってみたが、確かにパイナップルが生えていたが、それ以外はなかなかシュールな施設で笑ってしまった。施設内は「乗り物」での移動が多かったので楽だったが、ジャングリアを意識しているのかな?違うか。ほとんど何も購入せずに出てきたが、パインのソフトクリームが美味しかった。

空想画像

その後国道58号を南下、恩納村にある「おんなの駅」に立ち寄り、妹に頼まれていたものを購入してホテルへ戻った。

夜はホテル近くある「沖縄料理としゃぶしゃぶのお店 赤瓦」へ。アグー豚のしゃぶしゃぶは美味しかったものの、こちらのミスで予約時間を間違え、1時間ちょっとの慌ただしい滞在になってしまったこと、遅着したためか店員さんから露骨にイヤな顔をされたこと、そして一人250円とはいえお通しなしのチャージ料を取られたことは少々不本意だった。まあこれも、旅してみなきゃわからない経験ということで。

【伊豆下田旅行記】W台風一過、奇跡の食い倒れ - 鰻と金目鯛に鼻を鳴らした日

角松敏生ライブの翌日は、大人の休日俱楽部パス対象エリアの端っこ、下田へ向かうことにしていた。

先のレポートでも触れたとおり、出発前は直前に発生した地震と避けることのできない災害対応、更には台風のダブル接近、ライブ翌朝の余震と葛藤…いろんな感情と想いが渦巻いたが、総じてみるといい旅だった。

■ 薄氷を履むが如し【心地よい疲労感。しかし…】

6月25日の地震そして出発当日のW台風をかいくぐり、最初の目的地である横浜に到着した土曜日は、15時から横浜アリーナで開催された「角松敏生 45周年記念公演」へ。直前までの仕事の緊張を忘れさせてくれる素晴らしい時間であったが、翌朝になっても災害対応の疲れとライブの興奮が入り混じった心地よい疲労感が残っていた。しかし…

■ 6月28日早朝5時半の余震【渦巻く「後ろめたさ」】

28日早朝5時半頃、ベッドの中でスマホがイヤな音を発した。25日の地震の余震が発生、青森県内で最大震度5弱を観測したのだ。横浜市内のホテルでも、わずかな揺れを感じた。心地よい疲労感がイヤな疲労感に変わった。今年の神様はどこまでも冷淡だ。

状況を確認したところ、幸いにも被害はなかったが、職場の仲間たちが再び対応に追われていた。一方で自分は今、災害対応に従事することもなく、私的旅行に出かけようとしている。悶々とした思いと「後ろめたさ」が圧し掛かってきた。でも、ここで思いを断ち切らないと誰も休めなくなる。

複雑な思いを胸に抱いたまま横浜駅から特急「踊り子3号」に乗車、一路伊豆急下田駅へと向かった。伊豆半島は火山島が本州に衝突してできた地形だ。半島全体に温泉が散らばっており、駅に到着するたびに湯けむりが上っているのが見えた。12時12分、伊豆急下田駅に到着すると、今にも雨が降り出しそうな空が広がり、普段なら賑わっているだろう駅前も、観光客は非常にまばらだった。

■ 極上鰻に舌鼓【モヤモヤを吹き飛ばす「小川家」の鰻重】

何とも言えぬ重い空気感を抱えたまま、徒歩で鰻の名店「小川家」へ。
結論から言えば、これまで自分が食してきた鰻の中でも間違いなく3本の指に入る美味しさだった。

うな重(竹)。個人的には松の上。

運ばれてきたそれを口に運んだ瞬間、香ばしさと芳醇な香りが拡がる。圧倒的な美味しさに五感が満たされ、悶々としていた思いが吹き飛んだ。

メニューは極めてシンプル。

店内は座席数が少なく、メニューも「うな重(竹)」に潔く絞り込まれている。

歴史を感じる営業案内の左下にインスタの二次元コード

表の看板には「柳川」ともあるが、メニューには存在しない。完全予約制で、訪問する時間に合わせて焼き上げるという。最上級のそれを最高の状態で提供するという、職人のプライドと気質が感じられた。

趣のある佇まい。右側の看板には「柳川」の文字も。

■ 雨の下田海中水族館への徒歩ルートには危険も

うな重で心身を整えた後は、徒歩で「下田海中水族館」を目指す。
小川家から水族館までは約800mだが、強い雨の中を歩く中、リスクにも気づくこととなった。

1. 一寸先は小路だらけ:下田市内は道幅が狭い道路が入り組む。
2.地図だけではわからないアップダウン:水族館の手前には、結構な上り下りがある。
3. 無歩道の暗いトンネル:手前にトンネルがあるのを確認、中は暗く歩道が整備されていない模様。

雨で視界が悪い中、車との距離も近く、歩くのは正直危険だと感じ、たまたまやってきたバスに1区間だけ乗車した。

水族館に到着した頃には更に雨脚が強くなり、この先の安全も考慮して滞在時間を大幅に短縮。ちょっとだけ楽しみにしていたショーを見る暇もなく、無念の撤退となった。

「伊豆名物いかめんち」の幟。むむむ?

こちらのものとは全く異なるビジュアルだった。

下田駅~海中水族館はバスが便利。片道230円。天気の良い日はともかく、雨の日や足腰に不安がある方は無理せずバスを利用することをお薦めする。ただし、運行本数が少ないので事前にリサーチを。

■ 大人向けの「ホテル伊豆急」【2種類の温泉で疲労回復、そして地元の海の幸を堪能】

水族館から駅へ(バスで)戻った後は、宿泊先である「ホテル伊豆急」の送迎バスでホテルへ。
雨の徒歩移動で身体も冷え、前夜からの疲れもピークに達していたので、ホテル内の温泉で癒すことに。

このホテルには、敷地内から湧き出る独自の源泉「白浜温泉(弱アルカリ性硫酸塩泉)」と、下田の名湯「蓮台寺温泉(単純温泉)」という2種類の温泉がある。異なる泉質のお湯に交互に浸かりながら、蓄積していた色んな疲れを抜き、そして心身を労わった。

軽く惰眠を貪ったあとは夕食会場へ。決まった料理以外に券が3枚渡され、好きな料理やデザートを3品選べるというシステムになっている。そして、ここで登場した「金目鯛の煮つけ」が絶品だった。これはビールも進むってものです。

金目鯛は着座後に火を入れて蒸し煮。

伊豆の地ビール

更に翌朝の朝食会場では、「鯵の干物」が目の前でパチパチと網焼きにされており、香ばしい香りが漂っていた。これに加え、地元で獲れた新鮮なシラスや、わかめのしゃぶしゃぶなど、下田ならではの海産物も用意されており、朝から大満足の贅沢な食事を堪能することができた。

ビュッフェスタイルの朝食は和食メインでチョイス。鯵の干物は2枚食べました。

雨は上がったようだ。旅の最終日に天候が回復するのは今に始まったことではない。
部屋からの景色は今一つであったが、温泉と料理のおかげで良質な滞在時間を過ごすことができた。

天気が良ければ島々が望めるらしい

伊豆急下田駅から特急「踊り子2号」に乗車し一路東京へ。そこから新幹線を乗り継ぎ、弘前に戻ったのは18時過ぎだった。

押寿司は小腹が空いた際の車内食として購入

下田市は黒船とペリー、そして金目鯛の推しが強い

■ 旅のまとめ

今回、弘前から伊豆急下田までの移動を支えてくれたのが「大人の休日倶楽部パス」。これを利用したため、弘前から横浜を経由した伊豆急下田までの往復の交通費は一律2万円(※バス代と宿泊費は別)で済んだ。通常運賃と比べたら圧倒的なコスパだった。

直前の震度6強、当日のW台風に滞在中の余震と、本当に紆余曲折あったが、「ダメなら新潟、長野方面へ旅程プランを切り替える」という準備をしていたこともあり、出発さえすれば何とかなるという確信があった。そういう意味では、奇跡的にほぼ全ての行程を予定通り進めることができたというだけでも、非常に満足度の高い旅となった。
出発直前まで神様は冷淡だったが、旅の最後はニヤリと笑ってくれたようだ。
次回は出発の段階から高笑いできますように。

うみねこ爆弾を避けながら #八戸うみねこマラソン

5月16日、八戸市で開催された「八戸うみねこマラソン」に参加してきた。
地元で開催される「弘前・白神アップルマラソン」にはここ3年参加していないのに、こちらの大会は3年連続。その理由は簡単。大会前日の飲み会が楽しいからだ。あはは。

今年も前日に八戸入り、以前職場で苦楽を共にした元同僚らとの懇談。すっかり調子に乗り、翌日大会があるにも関わらず23時過ぎまで飲み続けた結果、翌朝は久しぶりの二日酔いだった。

3年前のハーフに出場した時、ゴール後に熱中症のような症状に見舞われ、フラフラになったまま弘前まで電車を乗り継いで戻ったという恐怖体験から、ハーフに対する禍々しい思いが芽生え、昨年から10㎞の出場に切り替えた。

まともな練習もしておらず、体力も気力も明らかに低下している自覚もあったので、10㎞だったら何とかなるだろう…なんて甘く考えていたけれど、結果的には見事に足元を掬われることとなった。10㎞でも舐めたらあかんのですよ。

会場となる八戸港の館鼻岸壁周辺は、この大会に子供からそれ相応の年配者まで出場することもあり、例年大混雑する。7時過ぎには宿所を出発し、7時半過ぎには岸壁の一角に駐車場所を確保、そこから1時間ほど車内で惰眠を貪っていた。何せ自分が出場する10㎞のスタート時刻は10時42分。3時間近くも時間があるのだ。

酒は抜けていたものの、頭痛と気怠さは残ったまま。脱水症状にならないように、水分補給だけは怠らなかった。
それほど風もなく穏やかな天気で、走るにはちょうど良さそうだ。

9時に3㎞コースの号砲が打ち鳴らされ、10時にはハーフの選手たちがスタートしていった。

気合いを入れて大会に参加していた以前とは異なり、気負うものもなければ緊張感もない。

昨晩一緒に酒を飲んだ八戸消防の某氏が、今年も応援に来てくれた。

頂いた冷たいゼリー飲料を口にしながら10時のスタートを一緒に見送り、談笑していた。
ところが、10時のスタート直後から急に風向きが変わったのを感じた。海からの東風が徐々に強くなってきたのだ。

スタート地点に一人で向かう。同じランニングクラブのメンバー若干名が参加しているはずだけれど、結局誰とも会わなかった。

10kmスタート直前

10時42分、スタートの号砲が鳴った。
なぜこんな中途半端な時間に設定されているのかは、わからない。
さっきまで談笑していた某氏に手を振りスタートラインを超える。
旧知のチームのメンバーが目ざとく僕を発見、声援を送ってくれた。本当にありがたい。

まだ余裕をブチかましていたスタート前

最初の1㎞こそ5分半を要したが、2㎞までは4分40秒までペースを上げた。大して苦しくもなく、このままのペースでしばらく押していけるかな、と思ったところに落とし穴が待ち構えていた。世の中そんなにうまく行くはずがない。3km過ぎで右脚のふくらはぎが悲鳴を上げたのだ。
…といっても予兆はあった。

以前から左膝に不調を感じていて、それを庇いながら走った結果、右脚に思った以上の負荷がかかっていたのだ。脚が攣る感覚ではなく、ピキッと剥がれるような感覚。突然の出来事に、慌ててペースを落とすしかなかった。騙し騙し5分ちょっとのペースで走り続けたが、それも1㎞と持たず。

5㎞付近の給水所で完全に足を止め、痛みを確認する。
いっそここで競技中止、DNFという選択肢もあったのだが…。

江の島が見えてきて俺の家も近いと唄っていたのはサザンオールスターズ。
こっちは蕪島が見えてきて俺のゴールが一番遠いところにいるのだ…。

だったら歩こうが走ろうがゴールを目指して進むしかない。タイムや順位なんてどうでもよかった。
往路があるということは復路がある。往路で声援を受けたということは復路でも声援を受ける。

なんとも情けない姿を晒しつつ、痛みを感じないポイントを探りながら、残り2㎞で意地を出した。

最初で最後の力走はゴール手前で…腰が完全に落ちている

残り1㎞で最速のペース。何をやっているのか…。
自己ワーストの55分ちょっとでゴール。
右脚を引きずり、覇気を失ったまま会場を後にした。

当日のペースと心拍数の波形

ということで、何でこうなったのか原因は明白。

・練習不足 ・体重過多 ・酒量過多

これしかない。ちなみに次のレースは全くの白紙。これからじっくり考えよう。

完走証は頂いたけれど…

最後に。この大会の直前に旅立ってしまった同じクラブのSさんへ。
僕はもう少し年齢に抗ってみようと思います。
ありがとうございました。いつかまた、ね。

合掌