世の中には、経験したくてもなかなか経験できないことがたくさんある。でもその中には、ちょっと頑張れば経験できることも、たくさんある。
その最たるものの一つが、フルマラソンの完走だと思う。
昨今のマラソンブームで、自称他称問わず「マラソンランナー」と呼ばれるフルマラソン完走者がどんどん増えている。
去年の夏までは自分がその「マラソンランナー」の仲間入りをするなんて考えたこともなかったのだが、10月6日に弘前市で行われた「第11回弘前・白神アップルマラソン」で、遂にその仲間入りを果たした。
タイムは、3時間34分50秒。
初めてのフルマラソン挑戦にして、「サブ4」達成。しかも、もうちょっと頑張れば「サブ3.5」に手が届くところまで走ることができた。出来過ぎの領域を遙かに超えている。
初めてのフルマラソンということで、どうやってレースに臨めばいいのか、事前に耳年増になるぐらいいろんな情報をかき集め、集めた情報を取捨選択し、自分に一番適した方法を取り入れ、レース本番を迎えた。
何をしたのかはまた改めて…ということで、今回のレースを自分の備忘録として振り返ってみようと思う。
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大会前日の土曜日は、弘前公園RCの大会前最後となる朝練があったのだが、NHK-BSで放映されている「ラン×スマ 街の風になれ」の撮影が入ることが決まっていたため、いつもより早めに起床し、4時45分には朝練の会場である弘前市役所前に集合(ちなみにこの日の模様は、11月23日と30日の午後6時からNHK-BSで放映されます。僕も弘前公園RCの幟を持って映っているはずですので、観てくださいね♪)。みんなとともに軽く6キロを走って、翌日に備えた。
前日は脂っこいものを控えよう、生野菜も控えようと思っていたのに、昼食は妻と母の発案で「とんかつ定食」を食べることに。
脂の乗ったジューシーな豚肉に、キャベツの千切りてんこ盛り…。まぁ、結果的にエネルギーになったんで、良かったんですけどね。
午後になり、追手門広場にある市の観光館に向かい、受付でゼッケン番号を受け取って来た後、事前に作成したチェックリストで、何度も持参するアイテムを確認。
夕食のパスタを食べ終え、OS-1でウォーターローディングを終えた後、21時30分には就寝(爆)。さぞかし緊張で寝られないのかと思いきや、当日の朝4時近くまでほぼ爆睡。結果的にこれで、かなり疲労が抜けた感じだった。
朝5時には布団を抜け出し、シャワーを浴びて、朝食。体重は62.8キロ、体脂肪は18.1%。ほぼ想定通りだ。
ちなみにこの日の朝食は、「切り餅」。
まだ見たことのない未知の世界に挑むには、それなりのエネルギーが必要になるはずだと思い、切り餅を5個、豆大福を1個食べた(走っている途中で持参した補給食(ゼリー1個とジェル3個)も4度にわたって口にしたが、実際、走っている途中にエネルギー切れを感じたことは一度もなかった)。
ウォームアップは極力抑え、無駄な体力は使わないと思ったが、会場となる弘前市役所周辺までは、徒歩で向かった。
歩く途中、左足のふくらはぎにちょっと違和感があったが、足取りは軽い。
この日は8時から集合写真を撮影することが決まっていたので、弘前公園RCのテントに荷物を預け、市役所正面入口へ。70人は軽く超えていただろうか、お揃いのピンク色のTシャツを身につけた人たちが、カメラの前でポーズを決める(ちなみにこの時も、「ラン×スマ 街の風になれ」の撮影あり)。
他のメンバーと談笑しながらも徐々に緊張感を高め、8時45分、いよいよスタート地点へ向かう。更に高まる緊張感。
最初4時間30分以内のゾーンに並んだが、他のメンバーに「ここじゃないでしょ!」と追い出され(笑)、4時間以内のゾーンに並んだ。
隣では、同じ弘前公園RCの若手メンバーが、互いに牽制し合っている。
僕の目標時間は、3時間35分だが、何が起こるかわからないのがマラソン(と、何度も聞いた)。なので、3時間40分以内にゴールできれば、御の字だ。
「絶対に他のペースに飲まれない…。」
実はレース展開について当日朝まで頭を悩ませていたのだが、クラブを引っ張るT田キャプテン、そして同じくフルでの自己ベストを目指すO原先生からの一言で完全に腹が決まった。前半はひたすら我慢。後半、20キロから35キロでこの日のベストを出す。これが、この日の僕の作戦だった。
無言のまま、彼らの話には極力耳を傾けないように、じっと目を閉じる。
そのまま、自然の流れで手を合わせた。
…オトン。これがらオトンの生まれダ西目屋村サ、行ぐハンデな。
「ヨグコッタラダドゴマデハッケデ来たな。」って、笑ってケロジャ。
補給用のゼリーなどを詰め込んだウェストポーチには、父の遺影のそばでしばらく佇んでいた、紫色のカエルのストラップ(愛称「ヒロシ」です)を忍ばせていた。
9時、いよいよスタート。
弘前市長による号砲一発、一斉に選手が走り出す。遂に未知の世界へのスタートが切って落とされた。
予想通り、僕の隣で談笑していた若手メンバーは勢いよく飛び出していった。
抑えて、抑えて。とにかく抑えて。前半はゆっくり過ぎるぐらいでいいから。混雑に巻き込まれることもなく、なるべくまっすぐ走ることを意識する。無駄にジグザグ追い越して距離を稼いでしまうよりは、その方が賢明だと思ったからだ。その間も、大勢の人が僕の横を追い越していく。カーブや曲がり角で大回りにならないよう、なるべく距離が長くならないよう、エコランを心がける(これは最後まで続けた。)。
3キロぐらいを過ぎたあたりで時計に目をやる。ペースはキロ5分ちょっと。想定通りのペースだ。
5キロを通過した時点でのタイムが25分51秒。まあ、こんなものだろう。このあたりでだいぶ選手もバラつき、ペースも落ち着いたようだ。
6キロを過ぎたあたりから道幅が狭くなり、五代集落の中へ。帰りは鬼門の上り坂となる1キロほどの長い緩やかな下りが続くが、ここでも勢いはつけない。そんな僕の横を、どんどん選手が追い抜いていく。
去年とは違って、曇り空のおかげで日差しがあまりなく、とても走りやすい。
8キロ地点の給水も難なくクリア。当然のことながら給水ポイントは全部潰すことにしていた。前半はできるだけスポーツドリンクを摂り、後半は様子を見ながら水とスポドリを摂る、という計画だった。
10キロ通過。51分26秒。まずまずといったところだ。しかし、他のメンバーの姿が一向に見えない。
11キロを過ぎたあたりから、だらだらと緩い上りになる。もちろんここでもペースを変えることはしない。あくまでも前半は丁寧にラップを刻む。結局、ここから折り返しまでは、だいたい5分~5分10秒のペースで刻んでいるつもりだった。このあたりから自然の流れで、ピンク色のシャツを着た何名かのメンバーを追い越す。周囲でも、無茶な追い越しをする人はほとんどいなくなった。
15キロ付近で、最初の補給食(ゼリー)を口にする。
10キロから15キロまでは26分03秒。上り坂とはいえ、ちょっとペースが落ちていたようだ。
17キロを過ぎて、白バイに先導されたトップ集団とすれ違う。当然のことながら、脚力が全然違う。その後も反対側の車線には、折り返しを過ぎた後続のランナーが次々とやってくる。予想通り最初のピンク色は、中学校同期でもあったO君。こちらの呼びかけに、視線で答えてくれた。
続いてやってきたのは、弘前公園RC×絶倫魂のコラボTを身にまとったK介さん。
「オッケー!いい足してるよ!」と声をかけてもらい、ハイタッチ。それにしても、すげえ速い…(結局K介さんは僕より20分も早くゴールしていた)。
その後も続々とピンク色のTシャツのメンバーがやってくる。
僕のフォームを正してくれたH村さん、先日の田沢湖で快走したD介くん、さらには県外メンバーのY田さんにO林さん、リンゴのショートパンツを履いたS藤さん、T田キャプテン、S瑞くんやK堀くん、S藤くんといった若手メンバーの面々、N井さん、K藤さん、田沢湖のラストで並走したMさん、などなど…。
どれぐらいのメンバーとすれ違ったかわからないが、すれ違うたびに「いいよ!いけるよ!」と、みんなから声をかけていただき、ハイタッチ。互いに鼓舞し合うことが、これだけ力になるとは…。正直ちょっと泣きそうになった。
そして、折り返しのかなり手前で、「後ろをついていきます!」と言っていたはずのM田さんともハイタッチ。…あれ?僕って一体どれだけ離されたんだろう?正直、ちょっと焦る。
いよいよ西目屋村の折り返し地点が近づいてきた。ここで2度目の補給食投入。
とうとうここまで来たという万感の思いが、胸を締め付ける。
歩道には村民と思しき方々が大勢集まって声援を送っている。視線を下げつつも思わず、いるはずのないオトンの姿を探してしまう。ちょうど折り返し地点はオトンの畏友だったアブさんの家の目と鼻の先。そのアブさんも、この世にはもういない。つい、アブさんの家の前に二人がビールでも飲みながらいるんじゃないかと凝視してしまったが、もちろん、いるはずもなく…。
「…さあオトン、弘前サ帰るが。」
ウェストポーチのカエルそっとに手を当て、折り返しを通過。西目屋村に背を向ける。
そして、来た道を再び戻り始める。弘前公園RCのために設けられた私設エイドでスポドリとOS-1のゼリーをもらう。これで昂揚しかけていた気分が、かなり落ち着いた。
折り返し直後の中間点で、だいたい1時間48分ちょっと。ううむ…このペースのままで行った場合、これまでの後半の失速や未だ見ぬ壁のことを考慮すると、3時間40分台どころか、4時間を切れるかも怪しのでは…。
「折り返した後の下りでペースを上げると、あとでやられるんだよね…。」
「そうそう…。」
朝練の時に、H村さんと僕の高校の同級生であるT澤君が話していた言葉が、ふと頭をよぎる。
…いや、やっぱり行こう。そうするって腹は決めていたんだろう?
自問自答しながらここでギアを入れ直し、少しペースを上げる。
折り返したあとも続々とやってくる他のメンバーに声を掛け、ハイタッチ。先を走るメンバーに僕が力づけられたように、みんなを鼓舞する。
このあたりのペースはキロ4分40秒から50秒ぐらいだろうか、もう少し上げたいところもあったが、先ほど頭をよぎった言葉には忠実に従おうと思い、それ以上のペースアップを抑えた。
ふと見ると、前を一人の老人が走っている。背中には亀甲のマーク、そして「亀」の文字。
あー…なんかこの人、雑誌で見たことがあるかも知れない。しかし、全く脚力が衰えることなく、僕とほぼ同じペースで走っている。
でも、いいのか?このまま先行させて。
…そう思った時に少しだけペースを上げ、亀さんをスッと追い抜いた。ちっとものろまな亀じゃなかった。
20キロから25キロまでは24分28秒。
スポネット弘前の私設エイドでクッキーに手を伸ばす。一つ取るはずが、三つも。しかも、一つ口にしたら、口の水分が、一気に持って行かれた。しまった…と思ったが、どうしようもなかった。
25キロの辺りで、「ラン×スマ」の優ちゃんとすれ違う。手を振りながら「あと少し!」と言ったものの、考えてみると折り返しまではあと4キロぐらいある。まあ、11月の放送からは間違いなくカットされることだろう(笑)。
…ふと、22キロあたりから隣に女性が並んでいることに気づく。僕が前に出ると彼女が前に出て、また僕が前に出ると、また彼女が出てきて…。
続いて国吉地区の私設エイドでは、何を思ったのか「おにぎり」を一つチョイス。走り続けて胃が疲れているところにこの選択は、ひょっとしたら間違いだったかも。
ここで一瞬、例の女性ランナーから離されるも、必死に食らいつく。
…そうか、彼女は僕のペースメーカーであり、彼女にとっては僕がペースメーカーなのかも。
そんな掛け合いを延々と繰り返しているうちに、27キロ付近で、かなり前を走っていたはずのO林さんの姿が視界に入ってきた。
スウッと横に並ぶ。
「お疲れさまです!」
O林さんは、一瞬びっくりしたような表情でこちらを見る。
「オゥイッ!」
しかしお互いその後の言葉が続かず、無言のまま少し並走したあと、ちょっとだけスピードを上げてみる。
…あれ?
O林さんの姿が、隣からいなくなっていた。
28キロ。いよいよ僕の中での折り返し地点。相変わらず例の女性は僕の隣を並走している。ここでもう一段、ギアを上げる。3度目の栄養補給。
隣を走っていた女性も、ペースを上げてくる。
このあたりから、ゾンビのように歩いている人が目立ち始める。
給水ポイントでは、完全に足を止めている人が見受けられる。
でも僕は、それまでとペースを変えることなく、淡々と走り続ける。
25キロから30キロまでが、24分43秒。
ちょっとだけペースが落ちたかも知れないが、25キロまではずっと下り坂が続いていたから、やむを得ない。
ハーフの折り返しが近づく31キロ地点で左折。道幅が狭くなる、ほんのわずかな緩い上り坂。ここでちょっと足に力を入れた。
…並走していた女性の姿が、見えなくなった。
ペースメーカーはいなくなってしまったけれど、その後も僕は、黙々と、淡々と走り続ける。そしてこのあたりから、折り返し地点でずっと前を走っていたピンク色のメンバーを、続々と見つけることに。
数えたわけではないのだが、たぶん、25キロあたりからゴールするまでの間、軽く200人は追い抜いたんじゃないだろうか。同じロゴのピンクTシャツを着たメンバーだけでも、10人以上を追い抜いている。逆に、僕を追い抜いた人は20人もいないはずだ。
それだけ前半は脚を温存し、そして後半、予定通りペースを上げたつもりだった。
32キロ付近の給水ポイント付近で一気にメンバー3人を抜き去り、この後、朝練でも先を走ったことのないメンバーを次々と追い抜く。いつもであればここで並走や掛け合いが始まるのに、誰もついてこない。何なんだこれは?(いや、それがフルマラソンなのだ、と後で教えられた。)
34キロを過ぎたあたり、既に僕にとっては未知の世界に足を踏み入れているわけだが、このあたりからいよいよ左足が攣りそうになる。朝、ピクッと疼いたところだ。
どうやら、遂にまだ見ぬ壁が近づいてきたらしい。ヤバいっ!塩!…と、咄嗟に手のひらを舐める。塩分の補給。ウェストポーチには、塩補給用のゼリーが一つしか残っていなかった。一瞬疼くのが和らぐが、まるで寄せては返す波のように、じわりじわりとその感覚が迫ってくるのがわかる。ほんの一瞬歩を緩めるものの、絶対に歩かないし立ち止まらない、そう決めていた。ここで、最後の栄養補給として、カフェイン入りのパワージェルを投入。脳が目を覚ます。
30キロから35キロまで、24分38秒。
この時点で時計を気にすることは、もうやめた。ここまで来たら、あとは自分を信じるしかない。
…そうか。これか。これがマラソンなのだ。
走るもやめるも自分次第。日常生活で決して得られることのできない、自分自身に対する全幅の信頼。ここまで自分自身を信用しきったのは、生まれて初めてかも知れない。
いつもの朝練のコースに入る。ここまで来ると残りわずかだが、あまりそのことは考えない。37キロ過ぎに設けられた最後の給水ポイントは、思いのほか足を止める人が多く、水を手にすることができない。何とか手を伸ばし、リンゴジュースと水を交互に口にする。この時点で、まだ見ぬ壁のことは忘れていた。今回に限って言えば、僕の目の前に立ちはだかるはずの壁は、どうやら僕が35キロに到達する直前に脳が取り除いてくれたらしい。
毎週眺めているはずの、いや、つい3時間前に見たはずの田園風景が、妙に懐かしい。あとはゴールまでひたすら淡々と走るしかない。右足裏の痛みが、だいぶ強くなってきた。でも、ここで歩くわけにはいかない。時計には目をくれていないが、自分でもはっきりとペースが落ちたことがわかる。道端に設置された距離表示に一瞬目をやりそうになるが、それを見ては終わりと、ずっと足下を見ながら走る。今までの僕だったらこのあたりで心が折れて歩いてしまうところなのに、不思議とそういった気分は起きなかった。
「…ほう。12番ですか。…速いですなぁ。」
何か独り言をぶつぶつ言いながら後ろから走ってきたランナーが、僕に声を掛ける。
「ありがとうございます。」
しかし彼は、追い抜きざまにこう言った。
「こりゃ、相当早く申し込んだんだな…。」
何だよ、早いって、速いじゃなくてそっちかよ!(笑)
なぜかカチンと来た僕は、そのランナーとの距離を取りつつ、ピタリとマーク。
(こいつ、絶対に抜き返す!)
その輩の背中を追いながら、岩木茜橋の手前で、いろんなことを思い出す。
…朝練のこと。今年出場した大会のこと。西目屋村で声援を送ってくれたたくさんの人たち。「12番、頑張れ!」と声を掛けてくれたおばあちゃん。ハイタッチを幾度となく繰り返した弘前公園RCのメンバーの顔ぶれ、そして、カエルのヒロシ…。
辛いのは皆一緒。僕だけじゃない、ここを走っている人たち、みんな頑張ってるんだ…。
でも、よくここまで走ってこられたな。うん。我ながら、よくやったよ…。
そんなことを考えたら、急に何かがこみ上げてきて、思わずむせび泣きそうになるのを、必死でこらえる。
足裏は痛かったが、不思議と苦しいとは思わなかった。ずっと意識してきたフォームも、ほとんど崩れていないはずだ。
…いよいよゴールが近づいていることへの期待感が高まってきた。そして、痛いはずの足がしっかりと前に進んでいることが、何よりも心強かった。しばらくツボにはまった、あのアンパンマンの被り物を思い出す必要も、なかった。
岩木茜橋を渡りきり、ガソリンスタンド前の私設エイドで水を一口だけ飲み込む。その先には、いつもの坂(城西大橋)が見えてきた。
いよいよ残り2,000mを切った(僕は残り何キロ、ではなく何メートルと考えるようにしていた)。
歩道には、5キロを走り終えたK子さんの姿が見える。僕の姿を見つけ、ピョンピョンとジャンプした瞬間、何かが落ちた。慌てて何かを拾いながらも大声で叫ぶその声援に、僕は笑顔で手を上げる。どうやら余力は、まだあるようだ。
残り1,200m。城西大橋は、最後の坂道。弘前公園RCの幟が見えてきた。ここが最後の踏ん張りどころ。「12番!」と叫びながら幟を掲げる子供たちや他のメンバーの声援に手を上げた直後、相変わらずブツブツ独り言を言っている例のランナーを、完全にロックオン。坂を上りきったところにある信号の手前で、一気に抜き去る。
「ほうほう、そうですか…。×■☆+?…」
抜き去った瞬間、相変わらず何か呟いていたが、すぐに何を言っているのか聞こえなくなった。
ここでペースを上げたつもりだが、ほとんどペースは上がっていないようだった。気持ちだけは、ペースを上げているつもりだった。(実際は10秒ぐらいは上がったらしい。)
残り500mを切った。市立図書館の前で、N良さんたちが声を掛けてくれる。
「もう少し!ラスト!ラスト!」
その声に手を上げながら、グッと涙をこらえる。ヤバい。マラソンってこんなに感動するのか…。ふと目の前に迫ったゴールシーンが思い浮かぶ。このままゴールしたら、嗚咽を漏らしながら号泣するかも知れない…。
もう一度足に力を入れ、スピードを上げる。またこみ上げるものが押し寄せるのを、必死にこらえる。今にもこぼれ落ちそうな涙を、汗を拭くふりをしてぬぐい去り、42キロの看板を左折。いよいよゴール地点、追手門広場に入った。応援にきていた皆さんが、誰とも知らない僕のことを万雷の拍手で迎えてくれる。このまま涙に暮れるのかと思いきや、前方にカメラを構える弘前下土手町商店街振興組合事務局長、M川さんの姿を発見。思わずホッとし、「撮ってくれ!」と言わんばかりの笑顔を振りまく。いや、M川さんの姿を見つけて、自然と笑顔が出てきたのだ、この時は。
そして右手で、3本の指を突き上げた。(何で3本の指なのかというと、3時間「30分台」で帰ってこれたと確信したからです。)
M川さんが撮影してくださったゴール直前の画像。ありがとうございました。
左側には、同じTシャツを着た他のメンバーの姿が見える。こみ上げるものをこらえ、これ以上は無理だろうというぐらい屈託のない笑みを浮かべながら(これも自然に出てきた)、帰ってきたぞ!と言わんばかりの表情を浮かべる。
「やった!速い!すげえ!」という声が聞こえる。
そして遂に、ゴールラインを踏んだ。
一度も歩くことなく、42.195キロを「完走」しきった。
手持ちの時計で、3時間35分を切ったことを確信。
やったぜ!目標達成!
「よしっ!」と声を発し、思わずガッツポーズを作る。
涙は出てこなかった。むしろ、走ったという達成感、喜び、安堵感に包まれた感覚。走り終えたコースに向かって深々と頭を下げ、すぐ立ち止まらないように歩こうとするのだが、足全体がガクガク震えている。
左足に取り付けたタグを取り外してもらいながら、思わず倒れそうになる。
凄い。これが、42.195キロか…。
ゴールシーンを捉えるために構えたカメラの向こうに、先にゴールしていたY田さんとE川さんの姿が見えた。思わず近寄る。Y田さんがニコニコしながら称える。
「遂に来たねぇ!未知の世界へようこそ!!」
「ありがとうございます。やりました…。」
今にも泣きそうなのをこらえながら、Y田さんとがっちり握手を交わす。
一度ベンチに腰掛け、息を整える。思ったほど疲労は激しくない。力を出し切らなかった?いや、そうじゃない。今、僕の出せるすべての力は出し切った。これでいいのだ。シドニー五輪で金メダリストを獲得した高橋尚子さんが走り終えた直後に語った言葉を思い出す。
凄く楽しい42.195キロでした!
おこがましく、図々しくも、その気持ちが何となくわかる気がした。
その後も続々とゴールする選手の人、いや、同士たちに視線を送る。みんな、本当にお疲れさまでした…。もう、全員とハグしたいぐらいの気分。
ようやく立ち上がり、完走証を受け取ったあと、旧図書館前に設営されたテントに戻ると、他のメンバーから「凄い!ナイスラン!」と絶賛されるが、何が凄いのか、実のところピンと来ていなかった。
その時は、走り終えた満足感、達成感で胸が一杯だったというのが正直なところだ。
そして、その後ジワリジワリと襲ってきた何とも例えようのない感動に一人ドップリと包まれながら、その後も続々と帰ってくるメンバーを拍手と声援で出迎える。
「お疲れさま!ナイスラン!」
疲労困憊の表情を浮かべるメンバー、達成感に満ちあふれた表情を浮かべるメンバー、涙で頬を濡らすメンバー、そして、花束を抱えたメンバー…。
元々涙腺が弱いだけに、ゴールシーンを見て、思わず僕も涙する場面が、何度かあった。(その姿は、何名かの方に目撃されてしまったけれど。)
いろんな方から「未知の世界へようこそ!いらっしゃい!」と歓迎された。
甚だ僭越ながら、これで僕も「マラソンランナー」の仲間入り。
目標時間を3時間35分に設定し、事前に用意した5キロ毎のチャート表は全く何の役にも立たなかったけれど、目標時間からたった10秒しか離れずに(それも早く)ゴールしたということ、周囲に惑わされることなく5キロ毎をだいたい1分前後の誤差で走り続け、しかも一度も足を止めなかったことは、何よりも自分自身にとって誇れることだった。
多少の浮き沈みはありますが、前半よりも後半のほうが、ややペースが上がっています。
レース後の懇親会では、他の多くのメンバーから「目標にさせていただく。」とか「来年はリベンジします…。」とか「次はサブ3.5だね!」とか言われたけれど、実は僕の中での次の目標は、もう決まっている。
それは、「他の異なる大会で、同じ時間でゴールすること。」
僕の中では誰に勝ったとか誰に負けたとかいう意識はまるでない。結局のところマラソンというのは、走っている間ずっと自分自身と対峙し、会話しながら、真っ向から向き合う、己との勝負なのだ、ということを強く感じた。
僕の場合、今回たまたま戦術がはまったけれど、もう20回以上フルマラソンを走っているO君でさえ、今まで満足したレースはたったの「2回」だということを聞いた。
つまり、今回のようにうまくいくレース運びは、そんなに何度もできるものではない、ということになる。
「弘前・白神アップルマラソン」は、実はタイムが出やすいコースだということを聞いたことがある(かなりうろ覚えだけど)。
なので、他の異なる大会に出てみて、本当にこれぐらいのタイムをはじき出すことができるか、そのことをちょっと試してみたい、と思った。今回の走りが「まぐれだった」と言われないように。
…で、走り終えた後から現れている劇的な変化が一つ。
実は、翌日から朝の電車の中で惰眠を貪ることがなくなった。ちょっとだけ、疲れにくくなったかも知れない。
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しかし、マラソンって本当に奥が深いし、面白いですね。心の底からそう思いました。だいたい、何が起こるかわからない。初めてフルマラソンを走り終えてみて感じたこと、思ったことを羅列すると、以下のとおり。
・マラソンは、自分と対話を楽しむプチ旅行である。
・マラソンは、独りで走り続けなければならないが、決して孤独ではない。
・マラソンは、贅沢な自由時間である。
・マラソンを完走するために必要な要素は、塩分、水分、糖分、時間配分。
・速すぎると疲れる。遅すぎても、疲れる。
・失敗レースは引きずらず、成功レースはいつまでも記憶にとどめる。
今回のフルマラソン初挑戦、とても楽しかったです。凄くいい経験をしたし、そこから得られたものも大きい。未知の世界って、どちらかといえば感覚的なものなので上手く表現できないんだけれど、多分そういうことなんだな、と。
フルマラソンを無事に走り終えるまで、たくさんの方からいろんな声援をいただいたことに、改めて深く御礼申し上げます。そして、大会までずっと一緒に走り続けた弘前公園RCの同士の皆さんに、心から感謝したいと思います。
本当にありがとうございました。
僭越ながら一つだけアドバイスするならば、大会エントリーが始まった直後に入金まで済ませてしまうと、僕の「12番」みたいな若いゼッケン番号をゲットできるみたいです(笑)。
最後に。これだけは自慢させてください。
ネガティヴスプリット、わずかながらではありますが、しっかりと決めました!
第11回 弘前・白神アップルマラソン
スタート-5キロ 25分51秒
5キロ-10キロ 25分25秒
10キロ-15キロ 26分03秒
15キロ-20キロ 25分30秒
(21キロ通過)1時間47分58秒
20キロ-25キロ 24分28秒
25キロ-30キロ 24分43秒
30キロ-35キロ 24分38秒
35キロ-40キロ 25分43秒
(40キロ通過)3時間23分31秒
40キロ-ゴール 11分19秒
合計 3時間34分50秒