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佐野元春 『月と専制君主』


昨年デビュー30周年を迎えた佐野元春の、自身初となるセルフカバーアルバム。オフィシャルサイトでは「30周年アルバム」と銘打たれているので、一応記念盤的なアルバムになるのだろう。収録曲はこれまでの30年のキャリアから選りすぐりの…といきたいところだが、どちらかと言えば80年代後半から90年代前半に掛けての楽曲に偏っているような気がする。

初回限定盤は2種類。
レコーディング・ドキュメンタリー映像を収録したDVDとCDがパッケージされたものと、もう一つは何と全く同じ内容のアナログ盤とCDがセットになったもの。この他iTunesでのデジタルコンテンツでも発売されており、リスナーがいろんな形に合わせて購入できる形態を取っている。

さらに初回限定盤には、アルバム未収録曲1曲のダウンロードができるパスコード(2012年12月31日まで有効。)が封入されている。この曲が何なのかは、敢えて秘密にしておこう。


ついでに言えばこのCDには、「SOMEDAY」や「アンジェリーナ」といった、佐野元春にとっての看板的な楽曲については収録されておらず、下手をすればアルバムの一曲として埋もれてしまうような楽曲にもスポットが当てられているのが特徴的だ。

全般を通して聴いてみて思ったことは、(いい意味で)非常に力の抜けたアルバムだなぁ、ということだ。

レコーディング・メンバー(かつて元春の脇を固めたザ・ハートランドとホーボー・キング・バンドの混合メンバーで構成)が非常に楽しそうに、それもリラックスした雰囲気で演奏している光景が容易に想像されること。そして誰よりも佐野元春自身が、そんなバンドに全幅の信頼を寄せ、自然体で唄っている様子が伝わってくる。

ホントに、たった10曲にとどめておくのがもったいないぐらいの仕上がりで、できることなら30曲、いや40曲でもまとめてコンパイルして発表して欲しかったぐらい。

全体を通してこれまでアップ・テンポでキャッチーだった楽曲も、アコースティック感の強い楽曲に仕上がっている。このアルバムを作るに当たり、「耳にも心にも有機的な音にすること、エアに響く音を大事にして、ライブな音を作ること」を意図したとのことなので、とても落ち着いた感のアルバムとなっている。昼下がりの午後、読書をしながら思わず微睡んでしまう、そんな情景がとても似合いそうだ。

これまでも矢野顕子やBonnie Pinkといった女性アーティストとコラボレートした楽曲があったが、本作品ではラヴ・サイケデリコが援軍として登場(5曲目の「彼女が自由に踊るとき」)。している他、iTunesで先行DL販売が開始された「月と専制君主 -Boys & Girls version-」は、Coccoがゲストとして参加しており、アルバムに収録されたものとは異なるバージョンとのことなので、購入して損はないだろう。

発売日当日にはNHKの「SONGS」に出演し、レコーディング・メンバーと4曲を披露した。3曲が「月と専制君主」からの楽曲で、もう1曲はアルバム未収録の「SOMEDAY」だったが、発売当初のままキーも変えず、見事に歌いこなしていた。これまで散々「最近声が出なくなった」と嘆いていた僕だったが、テレビを観た妻が「結構いいじゃん。」と評価してくれたのは、ちょっとだけ嬉しかった。

セルフカバーアルバム、と一言で済ませてしまえばそれまでだが、むしろ佐野元春の30年という「今」を記した「新作」と位置づけでも、誰も文句は言わないような気がする。
そういう意味においては、現代の音楽産業に蔓延る「今風」の音はここに存在しない。だが、元春が醸し出す苦みのない渋みを、老若男女問わず是非聴いて欲しい。


こんにちは40代


昨日、目が覚めたら40歳になっていました。皆様から御祝いコメントなどを頂戴し、感謝感激でございます。この場を借りて改めて御礼申し上げます。ありがとうございました。

まぁ、誰でも若いに越したことはないのでしょうけれど、なぜこれほど40代であることに対する抵抗感を抱いていたのか。他人にしてみれば「どうでもいいこと」に、なぜ30代であることと40代になることに執拗にこだわっていたのか、実際40歳を迎えてみると、自分でもよくわかりません。
ただ、不惑と言われる40代、まだまだ戸惑うことだらけです。多分こうやって一生戸惑いながら馬齢を重ねていくことになるのでしょう。

思い起こせば、「高校生のくせに落ち着きすぎているから」と、男女問わずいろんな相談を受ける羽目になった高校時代(16~18歳)。バイト先で「お子さんはおいくつですか?」と尋ねられた学生時代(18~22歳)。「いくつに見えますか?」「うーん、34歳?」…白髪が一気に増え、年相応に見られることは決してなかった20代(22~29歳)。「見た目より若いんですね!」やっと聞きたかった言葉を耳にすることができた30代(30~39歳)。

40歳を迎え、これからさらなる外面的な退化、肉体の衰えを徐々に感じ始めていくことにはなるのかも知れませんが、40歳になったからといって本質的に何か変わるわけではありません。

若い者には負けません!と言いたいところですが、僕、そんな若い者の前に仁王立ちするほど老け込むつもりはまだまだありませんので…。

これからは、地に足のついた40代をじっくり楽しみたいと思います。


30代最後の日


いよいよ30代最後の日を迎えた。とはいえ何か感傷に浸るものがあるはずもなく、ただ普通に過ごしていれば時間は勝手に過ぎていき、やがて黙っていても40歳を迎える。

思い返せば30代、いろんなことがあった。
自己研鑽に努めようと思い立ち、職場公募で入学した大学院。思ったほどの研究結果を残したわけでもないし、修士論文も酷評されて当然の内容だった。
ただ、当時のフィールドワークがやがて実を結び、一般書籍として出版されることとなった。共同執筆でありながら著者の一人として名を連ねた本を手にしたときは、身震いするような思いだった。
あくまで研究本なのでマニアックな内容ではあったが、ちょうど地元を賑わせていた「津軽学」のアカデミック版みたいな感じで、とても読み応えのある内容だった。僕にお迎えが来たときは、あの書籍も是非一緒に入れて欲しいと思っている。

大学院から職場復帰してみると、その後は部局を転々とさせられること3度。国でいうところの「○○族」とか「○○畑」というようなどこか一つの部局で仕事をこなすのとは違い、根を張ったと思いきや抜かれ、また根を張ったと思いきや抜かれ、の繰り返し。いよいよどこが僕の畑なのかわからなくなってきた。都合のいいように考えれば、どこでもこなせるユーティリティプレイヤー。悪く考えれば仕事の能力が乏しく、追い出される無能な凡人。そのどちらなのかは知る由もないが、僕の中ではどちらかといえば後者寄りなのだろうと解釈している(もちろん前者で評価してもらうことに越したことはないが)。

そして、何よりも一番辛かった父との別れ。まさか、あのような形で父と別れることになるとは、当たり前のことではあるが予想もしていなかった。まさに青天の霹靂とはこういうことを言うのだろう。父亡き後僕は、未だに自分を責め続けている。確信はないが、父を追いやったのは僕なのだと、毎日いろんなシーンでふと思い起こす。

父の遺志を継ぎ、市議会議員に立候補すべきか。だが、僕そして家族の意見は一致していた。

「これでやっと政治の世界と縁を切れる。」

万が一にもそういう機運が醸成されたら、その時は改めて熟考させて頂くが、当面は目の前にある職務に専念したいと思う。

そして僕は父亡き後、改めて人間の「生と死」について考えることが多くなった。
悲しいかな人間は、日々刻々と確実に老いていく。この世に生まれるということは、やがて訪れる「死」というゴールへのスタートだ。赤ちゃんでさえ、日々成長という「老い」が始まるのだ。だから、それぞれゴール地点は異なれど、必ず、絶対誰にでも「死」はやってくる。

ただ、一言で「死」といってもいろんな解釈があって、肉体的に滅びても、魂は生き続けるという人もいるだろう。それはそれでも構わない。でも、その生き続ける魂と対峙(あるいは会話)する能力を持ち得ない僕らにとって、「死」というのはできれば避けたいというのが正直なところではないだろうか。

正直に言えばその昔、母から僕の出生の話を聞いたとき、僕は幼心に長生きできないんだろうな、と朧気ながら感じていた。実際20代の頃、僕はある疾患で本当に死ぬんじゃないかという恐怖を経験している。

なので、いよいよ四十路に突入するということが奇跡と思うぐらいだ。ましてそんなヤツがジョギングに勤しむなんて…。

ひょっとしたら僕のゴールはすぐそこなのかも知れない。ただ、父亡き今、父の分ももう少し生きてみようかと思う。

30代。人生は帳尻が合う。僕の座右の銘みたいなものだが、そういう意味では僕の30代はジェットコースターのような浮き沈み、それも沈みの方の激しい10年間だった。

こんな僕をここまで生かしてくれてありがとう。もうちょっとだけ、遊ばせて下さい。