Daily Archives: 2012-06-21

祖母との思い出

祖母が亡くなってからちょうど10日が過ぎた。亡くなってから納骨までがあまりにあっという間のことだったため、何かまだ狐につままれたままというか、そんな感覚が未だに燻っている。

でも、そこに眠っていたのは紛れもなく祖母であり、手を添えて棺に収めたのも、祖母だった。
…とにかく、祖母は黄泉の国に向けて旅立ったのだ。間違いなく。
ということで申し訳ない。もうちょっとばあちゃんとの思い出話に付き合って下さい…。


僕の中では、生まれたときからずっと祖母は変わらないままだったので、このまま不死身なんじゃないかとまで思っていたけれど、人間誰しも「生」の終わりがやってくるんだな、ということを今回改めて感じた。そしてそれは、妹も同じだったようだ。恐らく母もきっと、同じ思いを抱いていることだろう。

80代になってからも祖母は、自分の足で一人で娘(=僕の母)のいる弘前まで、電車に乗って、あるいは娘の運転する車に同乗してやってきた。
そしてそれはいつも唐突であり、仕事を終えて帰宅するとそこに祖母がいた、ということがよくあった。

父方の祖母は僕が中学生の頃に亡くなっていて、よくうちにも来ていたのだけれど、大概それは手術を終えた後の静養のためだった。

最後まで入退院を繰り返してこの世を去った父方の祖母とは異なり、自らの足で80歳を超えてもなお弘前までやってくる祖母は、ある意味超人的だとも思っていた。しかも、帰りは一人で電車に乗って帰っていたのだから…。
やがてその頻度も徐々に少なくなり、米寿を迎える頃には自分の足で外出することがあまりなくなった。それでも90歳になる頃までは、本当に元気だったのだが、一度入院したあたりから、急に老け込んだように思う。
…しかし、90歳になって老け込むというのもおかしな話で、それは当たり前なんだな、と。というか、90歳まで大病もなく生きていた、ということの方が凄いんだな、と。


祖母は、何の前触れもなく我が家にやってきて、僕らを驚かせていたのだけれど、それは思えば僕らにも受け継がれていたような気がする。
例えば、千葉に居を構えていた妹が誰にも知らせることなく突然帰省したり、かと思えば僕自身も、祖母の家に向かった母と妹には何の素振りも見せず、追いかけるように電車で突然祖母の家を訪れてみたり、いい意味で家人を驚かせるということをずっとやっているような気がする。これは間違いなく、母方の祖母、そして祖父の血を引いたのだと思う。

その祖母がずっと親戚の人たちに話していたことがあって、それが、僕たちと一緒に見た両国国技館での大相撲のことだったそうだ。
いわゆる若貴そして曙が全盛の頃で、普段ブラウン管を通じて応援していた大相撲を生で観戦できたことは、祖母にとって本当にいい思い出になったようだ。実際、国技館でも手を叩いて喜んでいたことを思い出す。

亡父と懇意にしていた相撲協会のある親方の配慮もあり、足腰が徐々に弱っていた祖母は、わざわざ入場口まで迎えに来てくれた車椅子に乗せられて案内され、その後もあれやこれやと本当によくして頂いた。祖母にとっては、実に気持ちよく相撲を堪能できたようだ。

そういうこともあり、帰ってきてからずっと、何度も何度も同じことを「楽しかった、楽しかった」と語っていたらしい。
今となっては文字通り冥土の土産になってしまったわけだが、そういう意味では僕自身、同行できて良かったな、と思っている。


亡くなった祖母を見ながらふと思ったことがある。
それは、人間というのは「欲」がなくなると急に衰える(萎える)、ということだ。

亡くなる前の祖母は、とにかく食欲が旺盛だった。とはいえ年齢も年齢なので口にする量は限られていたのだが、施設に入所していたときも、我々が何か食べるものを持ってきてくれたのではないかということにとても期待感を抱いていたように思う。

自分の手では口に物を運ぶのも困難となりつつあったが、極端に堅い物以外なら何でも食べていた。下手をすれば、我々が見舞いに持っていった花ですらも食べそうな勢いだった。

印象に残っているのは、まだ祖母が自宅で静養していた頃、既にその頃には大分痴呆の気も入り始めていたのかも知れないけれど、ついさっき何かを口にしたはずなのに、僕の顔を見るなり「今朝から何も食べてない…」の繰り返し。

さすがに最後は皆呆れていたが、この「食べる」「食べたい」という「欲」が、祖母を「生きる」方向に導いていたのではないかと、勝手に思っている。

祖母が持っていたもう一つの「欲」。
それは、「弘前に行きたい」ということだった。
いよいよ足腰が弱くなり、少しずつ弱音も吐くようになってきた祖母ではあったが、「元気になったら弘前に行きたい」ということはいつも口にしていた。もちろんその目的は娘である母の顔を見ることであり、母も、そのことを強く望んでいたが、結局それは叶わなかった。

欲を持ち続けること。
寝たい。食べたい。ヤリたい。叫びたい。会いたい。愛されたい…。

色んな欲があると思うが、持たなくてもいい欲もあることをお忘れなく。

死にたい。殺したい。

こんな欲は持たなくてもよろしいので。

ちなみに。
余談ではあるが、荼毘に付された祖母。お骨を拾う際、係の方から「これが下顎の骨です」と見せられたお骨の何とまぁ立派だったこと!どの部位よりも見事だったそのお骨は、祖母の飽くなき「欲」の賜物だと強く感じた。