8月30日(土)5時。弘前公園RCの朝練に参加。いつもの顔ぶれがあまり見当たらず、新しい方も数名。何より、いつも練習を仕切る人がいなかったため、結局僕が仕切ることとなった。まあ、そんな気がして朝練に出向いた、ということもあったのだけど。
翌日の北海道マラソンに備え、約7キロを軽めに走った。これで今月の走行距離は180キロ。
距離はあまり気にしていない。中身だと常々自分に言い聞かせてきた。ただ、幾つかその中身に不安があったのも事実。そしてその不安が、結果として現実のものとなったのだけど。
7時40分。帰宅後、朝食。普段とあまり変わらなかったが、コーヒーだけは控えた。
10時30分。少し早めに家を出て、妻にカーボローディングに付き合ってもらった。
焼きそばとおにぎり。前日からカーボローディングだけは、順調に来ている。
多少体重が増えるとは聞いていたが、多少以上に増えたことが、ちょっと気がかりではあった。
12時10分に青森空港に到着、チェックインを済ませ搭乗口へ。青森空港から新千歳空港に向かう便は12時40分発。
弘前公園RCからは20名を超えるメンバーが北海道マラソンにエントリーしていたが、1時間前の便で向かった人がほとんどなので、きっとこの便に乗る人は数少ないのだろうと思ったら、意外と顔を合わせる人が多かった。
12時40分。飛行機は定刻に出発し、僕は離陸と同時に爆睡。そして約30分後、予定時刻に新千歳空港に着陸。ここからは快速エアポートに乗車して札幌に向かう。
2002年11月、プリンスの札幌公演以来、約12年ぶりとなる札幌。あの時の光景が頭をよぎる。
札幌駅が近づくと、先行していたRCのメンバーからメッセージが届く。
「駅改札口で待ってるよ。」
ありがたい。数える程度しか訪れたことのない札幌、不安がよぎる中で仲間と一緒に行動できることが、どれほど心強かったことか。
15時。ゼッケンナンバーや記念のTシャツを受け取り、他のメンバーと一緒に記念撮影。遂にここまで来たか、という思いが胸を熱くする。
16時。札幌駅近くにあるR&Bホテル札幌北3西2にチェックイン。無駄な設備を一切排除し、宿泊するということだけに特化したホテル。部屋にポットがないという情報を聞いていたので、チェックインの際にポットをお借りした。周囲を見ると、みんな同じ白い袋を持参している。明日、北海道マラソンを駆け抜ける同志の方々だ。ついでに言えば、みんな速そうに見える。
この日の夜、東京や九州からやってきたメンバーらとともに小宴を催すことが決まった。しかし、ここまで2日間ビールを我慢してきたのに、大会前日にそれに参加することで、絶対に飲んでしまうという不安がつきまとっていた。
悩んだ挙げ句出した結論は、「欠席」。
結局その日の夜は、親子丼とうどんという、北海道らしからぬ組み合わせの食事にとどめた。
19時。部屋に戻り、明日のスタンバイを始める。忘れ物はないか、入念にチェック。
ふと気になり、右足の裏を揉んでみる。特に痛みもなく支障はないようだ。ただ、左足の裏の皮が少しめくれていることが、気になった。(しかし、結果としてこれが後々僕を苦しめることとなる。)
21時。既にうたた寝を始めていたところに、Tキャプテンから電話が入る。今日の状況報告(飲みに行ったかどうかも含め)、明日に向けてお互いエールを送り、電話を切った。と同時に僕は、眠りについてしまった…。
8月31日(日)3時50分。ハッと目が覚める。
睡眠時間は約6時間といったところか。結構ぐっすり眠れた気がする。
シャワーを浴びて、ポットでお湯を沸かす。
そして、家から持参した個包装された切り餅を、そのままポットの中へと落とし込む。
10分程度すると、餅がふにゃふにゃになる。そのまま食べるのは辛いので、お茶漬け海苔を餅にふりかけて、お湯を注ぐ。それを、無言のまま淡々と貪る。
切り餅7個、おにぎり1個、バナナ1本、大福1個。
起床してからスタートまでの間に、口に放りこんだものだ。
それでもエネルギー切れは起こるものだ。だから、あとはエイドや持参する補食で、ハンガーノックを防がなければならない。
…そんなことを考えていたら、再び眠りについていた。慌てて目を覚まし、準備に取りかかる。あれよあれよの間に7時30分。ホテルをチェックアウトし、荷物を預かって頂き、スタート地点に向かう。
抜けるような青空と太陽。予報通り今日は、暑い1日になりそうだ。
8時。25年ぶりに、高校時代の後輩と再会。握手を交わしながら思わず目頭が熱くなる。スタート前からこの調子で、どうする自分。
8時30分。(一部を除く)弘前公園RCのメンバーで、集合写真を撮影。
そして8時50分。いよいよスタート10分前となり、否応なしに緊張感が高まる。目標はもちろん、サブ3.5(3時間30分以内でのゴール)。
ついに8時59分。カウントダウンが始まる。これから同じコースを走る人、人、人に圧倒される。この時点で気温は20度前後まで上がっていた。
9時。いよいよ号砲。Aブロックから順次スタートしていくが、Cブロックにいる我々は、号砲から約1分30秒後にようやくスタートラインを踏んだ。しかし、その後も大混雑で、遅々として前に進む気配がない。気がつくと2キロをダラダラ走っている感じ。すっかり群衆に飲み込まれている(このあたりで既に経験不足を露呈した感がある)。この付近で、道路の舗装の切れ目に左足を取られ、一瞬躓いた。あ、あ、あ、痛めた?痛めた?大丈夫だよな、ひねってないよな?軽い痛みを覚えたが、やがて走っているうちに、その痛みは遠のいていった。
3キロを通過し、ようやくバラツキが出てきたが、それでもまだ群衆の中を走っている。そしてこの時点で、既にかなり発汗していることが感じ取れた。
5キロ通過。時計を見てびっくりした。28分もかかっている。計画では遅くとも25分台で通過するはずだったのに、スタートのロスがあったとはいえ、少し時間を取られすぎた。
しかも、給水所付近は更に大混雑。噂に聞いてはいたが、獲物に群がるハイエナのように一斉に給水所へと斜行してくるのだから、直進しているこちらとしては堪ったものではない。
サッと水を受け取り、紙コップと水でべちゃべちゃになった路面からいち早く離れようとするも、なかなか前がふさがっていて先に進めない。結局、30キロ手前の給水所までずーっとこのような状態が続くこととなった。
7キロ付近で、背後からやってきたEさんに声を掛けられる。ふと時計を見ると、キロ5分30秒のペースで走っていることに気づく。計画していたペースより、40秒も遅れている。慌ててペースを上げようと思ったが、待てよ。ここでペースを上げても、結局失速するだけなのでは?そう考え、まずは少しずつペースを上げることにした。さすがにランナー同士がぶつかるということはなくなったが、それでもまだ周囲には大勢のランナーが同じ道を黙々と走り続けている。
「何が楽しくて、みんなは走っているんだろうか。」
そんなことをぼんやりと思いつつ走っていると、10キロ通過。後で分かったことだが、この間の5キロのラップが24分34秒。ちょっとペースが上がっていたらしいが、それでもまだキロ4分50秒に達していない。
この頃頭に描いていたのは、ネガティヴスプリットのことと、この大会に参加したことのある他のメンバーが口を揃えていた「新川通」のキツさ。
徐々に高い建物がなくなり、日陰がどんどん減っていく。なので、街路樹の日陰があろうものなら、ランナーが一斉に日陰を求めて走っていくのがわかる。
だんだん沿道の人影もまばらとなり、看板に「新川」の文字が現れる。いよいよ北海道マラソン最大の難関と言われる、新川通が近づいているらしい。右折左折とコースがめまぐるしく変わる。どこが新川通なのか、サッパリ分からない。
やがて緩い上りを経て右折すると、周囲に何もない、ただっ広い平野が現れた。ひたすらまっすぐに伸びる道。どうやら新川通に入ったらしい。確かに何もないが、それほど気になる感じではない。心地よい風が、流れる汗を乾かす。反対側からやってくるランナーを見ながら、淡々と歩を進める。やがて、予想通りSさんの姿を発見し、軽く手を挙げる。もうしばらくすると、僕を見つけたTキャプテンがこちらに声を掛け、それに手を挙げて応じた。
…結局、僕が手を挙げたのはこの2回と、ゴール前で声援を送っていたKさんの声に反応するぐらいで、後は完全に視野が狭くなっていた。裏を返せば、まるで余裕がなかったということなのだろう。
中間地点通過。1時間48分。辛うじてまだサブ3.5の射程圏内。この調子なら、後半で少し挽回できるかも知れない。ちょっと欲が出た。
しかし、25キロ付近で、痛めていた右足ではなく左足の裏側に異変が起きていることを悟った。どうやら水を被りすぎた靴下の中で足が泳ぎ、水ぶくれができたらしい。走るたびに何かブヨブヨした感覚とともに、チクリと痛みが走るが、耐えられないほどではない。
25キロを通過し、程なく折り返しが現れる。ここで、何かにスイッチが入ったかのように、ペースを上げる。これは予定通りだ。補食もちゃんと摂っているし、塩分の補給も怠っていない。ただ、ちょっとペースを上げすぎていたかも知れない。
反対側にチラリと視線を送ったとき、たまたま同じチームのメンバーが走っているところを見かけた。あごが上がり、非常に辛そうに走っている。でも、こちらから声を掛ける余裕が全くない。
この辺りから、サーッと汗が引いていることに気づいた。水分は摂取しているのに?首筋や大腿部に、時には脇の下にまで水を掛けているのに?全く汗が流れてこないのだ。
やがて往復13キロ以上の新川通を走り終え、再び札幌市中心部へと入ってくる。残りは約10キロだ。思わず時計に目をやる。見てはいけないと思ったが、すぐに逆算開始。とてもじゃないが、サブ3.5が遠のいていることを悟った。
そしてこの辺りから、左足裏の痛みがチクリからズキンに変わり、それをかばっていた大腿部が悲鳴を上げ始める。その後も間断なく続くあまりの痛みに、32キロの給水所を過ぎて、遂に足が止まった。
と同時に、思考回路がショートし始める。
何が起きたんだ?ハンガーノック?いやいや、足が痛いんだよね?
この時既にサブ3.5は諦め、3時間40分以内でのゴールを視野に入れていたのだが…。
と同時に、ネガティヴスプリットの文字がガラガラ音を立てて崩れ、それまで張り詰めていた何かが、プツリと音を立てて切れた。
どうやら、気持ちが切れたらしい。
しばらく歩きながら考える。その間も、ジリジリと日差しが照りつける。
何が足りなかったんだろう。あ、そういえばあれをやるのを忘れたな。あ、あれもやっていない。
…頭の中をよぎるのは、サブ3.5を達成できなかったことに対する言い訳ばかり。
そんな自分にだんだん腹が立ってきた。
「あんた、何しに北海道に来たの?」
動かなくなった足を何度も叩く。
動けコノヤロー!クソッ!クソッ!走れこのバカ!
悔しさと怒りがこみ上げる。でも、考える脳とは裏腹に、足がまるで言うことを聞かない。
ハンガーノックなのか、暑さにやられたのかは分からない。
「ははーん、これが30キロの壁ってヤツですか…ふふ。」
開き直ったら、また足が前に出るようになった。がしかし、500メートル走っては足が止まり、しばらく歩いてまた500メートル走っては足が止まりの繰り返し。
沿道からの「頑張れー!」の声援がだんだん腹立たしくなってくる。
こんなに頑張ったのに、何をこれ以上頑張れって言うんだよ…。
「自分に負けるな!周りもみんな辛いんだ!ゴールまでもうすぐだ!」
足が痛いんだから、仕方ないじゃないか…。
そんなことをブツブツ言いながら、気がついたら北大キャンバスへ。
再びゆっくり走り出す。残り2キロ。
結局35キロから40キロまでの5キロは、何と36分以上を要した。
でもさ、せめて最後ぐらいは、ちゃんと走ろうよ…。
北大キャンバスを抜けると、北海道庁赤れんがが見える。ゴールが近いことを悟る。
左足の裏側は、もはや常に大量の画鋲が突き刺さったような状態に近い痛みがある。
歩いても痛いし、走っても痛い。でも、歩を進めなければ、ゴールは見えてこないのだ。
ようやく大通公園を右折。FINISHの文字が遠くに見える。自ずと足に力が入る。
ホントに足が折れたら困るが、この際折れてもいいか。左足の水ぶくれも、破けちゃってもやむを得ないか。
それぐらいの力を振り絞って、ようやくFINISHラインを越えた。
時計を見る。3時間48分を越えている。サブ3.5どころか、下手をすればサブ4すらも危ういラインだった。
メダルを掛けて貰い、フィニッシャーズタオルを受け取った途端、こらえていた感情を抑えることができなくなり、ポロポロと涙がこぼれてきた。
ゴールできた安堵感というより、最後までレースを組み立てられなかった自分自身への怒り、悔しさ、憤りの涙。
気がつくと、泣きながらまた「クソッ!クソッ!」と言いながら足を叩いていた。多分一年分の「クソッ!」を札幌で全部言ってしまったような気分だ。
ようやく涙は止まったが、行き場を失った虚しさが、頭と胸を行ったり来たりしていた。
写真はそれなりに格好良く写っているが、ホントはこんなのを撮るようなレース結果ではなかった。とにかく今回は、完全に心が折れてしまったのだ。
言い訳している相手は自分。悪いところが全部出た、そんなレース展開だった。
3時間48分42秒。
初めて挑んだ公認大会は、実に不本意な結果だった。でも、世の中そんなうまくいくはずもなく、これがフルマラソンなのだということを、肌身を持って実感することとなった。
完走証を受け取りながら、たった今42.195キロを走り終えたばかりなのに、次のレースまでにはこうしなきゃ、ああしなきゃ…と考えている自分。
初心に戻る。自分に負けない。言い訳を考えない。もっと心を強く持つ。そして…。
その時点でう僕は、今日のレースにおいて何が足りなかったのか、既に頭の中にリストアップしていた。
大会に参加することが全てではない。サブ4は達成して当然だと思っていた僕。あわよくば、サブ3.5なんて軽々クリアするんじゃないかと考えていた僕。
そんな感じで、どこか自惚れていた自分の鼻をへし折る、いいきっかけとなりました。
参加された皆さん、本当にお疲れさまでした。スタッフやボランティアの皆さま、そして沿道で声援を送ってくださった皆さま、本当にありがとうございました。
これが、僕が実際に走った5キロ毎のラップタイムです。25キロまではほぼイーブン、25キロから30キロまででペースを上げた後、ペースが急に落ちています。一番やっちゃいけないパターンをやってしまいました…。
どうやら今度は、札幌市内に落とし物をしたようです。
この落とし物、絶対来年取り返そうと思います。