昔、弘前市の中心市街地に、Tというレコード屋さんがあった。
中学2年の時だっただろうか、同級生と初めてその店に入った。
恥ずかしながら、当時各地に林立し始めたレンタル屋さんと間違えたのだ。
そういう店ではない、ちょっと違うと気づくのに時間は要しなかった。しかし、世間知らずの青みがかったクソガキにとって、その時目の当たりにしたレコードやカセットテープは、垂涎の的となった。
ちょうどその店舗の向かいには、小さな電器屋さんがあった。今は学習塾になっているところだ。その2階にも、レコードや音楽カセットが置かれていた。そういったアイテムを買う余裕すらなかったクソガキは、FMラジオから流れる音を録音するため、いわゆる生テープと呼ばれる46分、時には60分のノーマルやハイポジ(メタルを使いこなす機材がない)を物色しながら、店の棚に並ぶレコードやカセットテープに手を伸ばし、色んな思いを馳せていた。そしてあの時、一度手にしつつも購入することなく棚に戻したレコードやカセットの数々は、今でもその感触や重みが鮮明に蘇ってくる。
時は流れ、カセットが衰退、CDが席巻するようになった。一時期MDやDATといった新たな媒体も台頭したが、デジタル化が進むとともに、音楽はハードを手にして楽しむのではなく、ソフトとして提供される音源を楽しむ時代に変わっていった。
Albums, Remember Those? Albums still matter. Like books and black lives, albums still matter.
アルバムって覚えているかい?アルバムはまだ大事なものだ。本のように、黒人の命のように、アルバムはまだ大事なものなんだ。
今から4年前、2015年2月のグラミー賞でプレゼンターを務めたプリンスのこの発言は、世界の音楽業界を皮肉り、そして米国社会が抱える特有の問題を際立たせることとなり、示唆に富んだ発言だとして注目を浴びた。
残念ながらプリンスは、それから1年2か月後にこの世に別れを告げたが、それからの音楽状況を見ると、あの時の警鐘に呼応するような潮流が生まれつつあり、まるでそれを見透かしたような発言だったんだな、と改めて感じている。
事実ここ最近、レコードに対する再評価がめざましい。
デジタル音楽ではなく、マテリアルとしてのアルバムを手にしたときの興奮、例えば購入したレコードをジャケットから引き出す時の緊張感や、ライナーノーツや歌詞カードを引っ張り出した時の、あの時の感動を、皆さんは覚えていますか?
昨今の、音楽の重みが損なわれた感覚と言えばいいのだろうか、一リスナーとして批判を覚悟でいうならば、言葉に乗せて風景や感情を伝えるのではなく、音楽が単なるBGMになりつつあるのが実態だと思いませんか。だから歌詞カードもいらないような、心に全く響いてこない音楽が幅を利かせているのが現状だとは思いませんか。
さて、冒頭で出てきたレコード屋さんは、店舗を移転したあと、店の名前をJと変えた。高校生になった僕はよく店に足を運び、当時弘前市では珍しかった輸入盤のレコードにも手を伸ばした。幾つかは小遣いを叩いて購入したし、その中には、プリンスの覆面バンドだった「MADHOUSE」の「8」もあった。(あろうことか、10年近く経った頃に、購入したレコードのほとんどを棄損するという、泣くに泣けない出来事に襲われたんだけどな。)
ちなみにJというのは、弘前の音楽愛好家では知らない人はいない、尊師Sさんが店長を務めていた店で、その頃から若造の僕ともプリンスの話で花を咲かせていた。
その後Jは残念ながらなくなったが、Sさんが営む隠れ家のようなバーを時々訪問し、プリンス談義に花を咲かせている。
さて、これまでレコードやカセット、と言ってきたが、実のところこれまで音楽カセットを購入したことは1度としてなかった。
ただし、プリンスのアルバム(CD)をオフィシャルサイトから購入した際に、サンプラーのカセットが1本、プロモーション用のカセットが1本、それぞれ同梱されていて、今も僕の大切なアイテムになっている。
そんな中、今年に入ってプリンスの過去に出回った貴重なカセット「ザ・ヴェルサーチ・エクスペリエンス」 を数量限定で発売する、というアナウンスが流れた。ちなみにこの作品、1995年に500本のみ配布された超レア物で、毎年開催される「レコードストア・デイ」に合わせで発売されることになったという。ちなみに海外では、日本国内のみで数量限定で出回った2枚組の12インチ「His Majesty’s Pop Life」も発売するというではないか。
正直、後者の作品に対する食指が動きまくったのだが、国内では発売予定なしということで、ひとまず日が経ってから後悔しないように、確実な方法でカセットを購入した。
弘前市内にもレコードストア・デイに参加している店舗があり、最初はそこに足を運ぼうと思ったが、入荷の有無の確認しようと電話しても繋がらず、結局諦めた。
しかし、やはりマテリアルとして手にしてみると、その音に対する愛着がガラリと変わる。
残念ながら限定のポストカードを手に入れることはできなかったが、初めて購入した音楽カセットは何だか神々しく、開封するのも躊躇われるぐらいだった。
…これですよ、この感覚。
カセットをくるむ包装セロファンの上部に貼られたこのシールですら捨てるのがもったいない感覚、わかりますかね?
ちなみにプリンスの過去の作品については、廃盤となって入手困難だった作品の再発が相次いでいて、ファンを喜ばせつつ懐を泣かせ続けるという状況が続いている。
4月21日は衝撃のニュースが全世界を駆け巡ってから3年目となる。
さて、これからもまた違った意味で、私たちファンに衝撃をもたらし続けるのだろうか。もっとも、生前の彼には散々驚かされてきたから、この先何が発表されても、あまり驚かない…つもりだけどね。