日別アーカイブ: 2018-04-09

チガルのアシフパリ(津軽の足引っ張り)


弘前市長選挙が終わりました。選挙といえば真っ先に「アシフパリ」の存在を思い浮かべてしまう性。

【アシフパリ(ashi-fupari)】(名詞・津軽弁)
1 自分又は周囲より才能や知識の抜きん出た人物の出世、活躍等を妬み、それを妨害しようとする人や行為、風潮。
2 足を引っ張る。芽を摘む。梯子を外す。類義語は「出る杭は打たれる」。出ていない杭も打たれるのが特徴。
3 津軽地方の風土病。治療法や薬は発見されていない。
4 「ケッパリ」「ジョッパリ」と並ぶ津軽地方における三大「パリ」の一つ。ただし、フランスのパリとは異なり、見どころは一つもない。

かつてと比較すればかなり減ったのではないかと思いますが、津軽地方には昔から「アシフパリ」と呼ばれる悪しき慣習が蔓延っています。
僕は元々津軽(弘前)の生まれで、通算すると45年近くをこの地で過ごしていますので、そういう慣習が繰り返されるのを幾度となく目の当たりにしてきましたし、実際に僕の亡父が20年以上前に「アシフパリ」の憂き目に遭ったこともハッキリと覚えています。

しかし、その「アシフパリ」が誰によって主導された行為なのか、また、具体的にどういった行動が取られたのかを特定したり、説明するのは非常に難しいです。いわば、目には見えない理不尽な力というか、変な雰囲気というか。
言葉としては存在するけれど、実際に形やモノとしてそれを見たことがない、つまり、実態を掴むのが難しいのが、このアシフパリではないか、ということです。

ただ、このアシフパリも色んな種類があると思われます。今日は、僕の独断と偏見だけでちょっとそれを類型化してみたいと思います。

  • 陰湿型アシフパリ

狙った人物を徹底的に卑下し、心身ともに追い込んだ挙げ句、奈落の底へと突き落とす、最もメジャーであり、かつ最も質の悪いアシフパリ。その人物に対するネガティヴキャンペーンが繰り広げられた結果、周囲が不穏な空気に包まれるケースがあったり、時によっては差出人不明の怪文書が出回ることもある。これらに対する予防線を張るのは非常に困難であり、かつ首謀者を特定するのも難しい。選挙絡みの場面で現れることが非常に多いが、選挙が終わると何事もなかったかのように消えている。

  • 勧善懲悪型アシフパリ

陰湿型とは逆で、私腹を肥やし、暴利を貪る人を戒めるために現れるタイプ。滅多に遭遇する機会はないが、事情に精通する人やその集団の不満が爆発した結果から発生に至るケースがあるらしい。ただし、「共倒れ型」のアシフパリに派生する場合がある。

  • 自己中心型アシフパリ

我こそが社会の善であり模範であり、社会に対する貢献度も高いと自負する、いわゆる「正義漢」、いや自惚れ屋に多いアシフパリ。自分の「善」を強調するあまり、知らず知らずのうちに周囲に対する批判を展開、それがアシフパリになっていることに気付かず、そのことに気付いた時には既に周囲から総スカンを食らい、自らアシフパリの憂き目に遭っていることが多い。ミイラ取りがミイラになるタイプ。

逆に、アシフパリの対象になりやすい人も、幾つか特徴を持っていると思います。

  1. 優れた才能や抜きん出た知識、経験を持っている人
  2. 著名人や有名人への人脈を有し、ついそれをひけらかしている人
  3. 地元の名士を気取る人
  4. 自己主張やアクの強い人
  5. 口の悪い人
  6. 知ったかぶり
  7. エフリコギ

「ないものねだり」ならぬ「ないもの妬み」。自分にはないものを持っていたり、周囲と比べても明らかに抜きんでた人物に対する嫉妬心を持つ人が、津軽地方には多いのでしょうか。かといって「アシフパリ」に走る人たちが、その「ないもの」を手に入れたいかと聞かれると、恐らく答えはノー。その辺りの行動というか風潮がよく分からないところです。

ただ、ここ最近はこういった「アシフパリ」もあまり見かけなくなったように思われます。今回の選挙でも、そういう話は聞きませんでした。そういえばここ最近は、「無いものねだり」よりも「あるもの生かし」という言葉が出てくるぐらいだし。

もっとも、「アシフパリ」がいなくなったというよりも、「アシフパリ」に走るほどの周囲に対する興味が薄れてきているといった方がいいような気がします。

以前は自己主張することがどこか恥ずかしい、というか、自己主張自体を躊躇するといった空気が流れていたような気がするのですが、今は自分の意見を堂々と言える人が多くなったと思いますし、それを頭ごなしに否定する人も(一部を除いて)いなくなりつつある、ということでしょうか。逆に「アシフパリ」のように相手を貶す、貶めるといった風潮そのものが嫌われる、そんな世の中になったのかも知れません。

そう考えると「アシフパリ」なんていうのは、陰湿な「大人のイジメ」に限りなく近いんじゃないかとも思うのですが…。

数の中には「アシフパリ」を蹴散らす強者がいたと記憶しています。かといってそういう人が周囲に対する絶対的な求心力を持っていたかといえばそうではなかったと思いますし、どこか腫れ物にでも触れるような扱い方をされていたような気がします。むしろ、裸の王様になっていることに気付いていない、みたいな…。

さて、今日はかなりざっくりとした感じで「アシフパリ」について自分なりの考察をまとめてみました。
自分が「アシフパリ」の根源とならぬよう、そして対象とならぬよう、明日からも地に足をしっかり付けて歩いて行きたいと思います。

何かオチがまとまらなくてすいません。余談ではありますが、「アシフパリ」に遭った人の足が長くなった、という話は聞いたことがありません。

次回は、津軽を代表する最大の闇、「カラポネヤミ」を検証したいと思います。(ウソ)