日別アーカイブ: 2009-09-18

「トミハン」が消えた…

弘前大出身者なら多分名前を知っているだろうし、界隈の高校生にも根強い支持を受けていた富田飯店。学生の財布にとても優しいお店だった、その富田飯店(通称「トミハン」)が、9月13日をもって閉店したとの話を耳にした。
眉毛の細さでは向かうところ敵なしだった奥さんが、不慮の事故で他界して約1年半。その後は何とかオヤジさんが切り盛りしていたが、ついに気力体力ともに限界が来たらしい。

トミハンといえば、お世辞にも飛び抜けて美味しいというわけではなかった。ただ、とにかく低価格の中華料理が魅力的だったし、セット料理も充実していた。いわば庶民の味方だったわけだ。
満腹セットなる商品は、普通の中華そばとライスに、餃子や麻婆豆腐がセットになって600円などという、このご時世ではとても考えられないような価格設定だった。

弘前市内を見ているとここ数年、「名店」とまではいかないにせよ、市民に愛されていた店がどんどん閉店している。特に、学生時代お世話になった西弘前界隈の飲食店を始め、年をとっても何となく小躍りしてしまうような、そんな店がなくなっている。スカット、ナッシュビル、天龍、香月、元気屋…。

トミハンの思い出はそれほど深いわけではないのだが、未だに妻の語りぐさになっているのが「豚汁定食事件」だ。

学生の頃まで話は遡る。店に入りメニューとにらめっこしながら、どうやら新顔らしい店員さんに、「広東麺」を注文した。ところがしばらくして、なぜか出てきたのは「豚汁定食」。

注文を聞いていたのは、中国からの留学生だったらしく、何をどう聞き間違えたのか「トン」しか合っていない。差し出された豚汁定食を見て、妻は爆笑。注文し直すのも面倒くさくなり、やけくそで一口食べたら意外とイケる。そのまま食べ続けようとしたら、妻が慌てふためいて僕の箸を遮る。異変に気づいた店主が「どうしました?」と一言。
妻「いや、広東麺を頼んだのに豚汁定食が…。何で食べたのよ!」と笑いながら言うと、中国人アルバイトはむくれ面で「ちゃんと確認したのに…。」とぼやいたのが聞こえた。

そう、確かにあの時「ごチュモン、繰り返します。」と言っていたのだ。ただ、何となく「トン」が先に聞こえたような気がしたが、スポーツ新聞を見ながら、確認もせずに、うんうんと頷いた僕が一番悪いのだ。
店主は何事もなかったかのように「いいですよ!作り直しますよ!」と笑顔で一言。「いや、別にこのままでもいいんですけど…」と言いかけたところにやって来たアルバイト女性は、ムッとしながら僕の前にあった豚汁定食を下げてしまった。何だか一人気まずい思いをしながら、その後出された広東麺にありついたのだが、何ともいえぬ申し訳なさで、そのバイトの女性に顔向けできなくなってしまった。

あの一件以来だったかな、かなり不定期に訪れていたのに、「毎度様!」と声掛けされるようになったのは。最後に訪れたのも、いつのことだったか忘れてしまったぐらいに足が遠のいていたところにやって来たこの知らせは、文字通り寝耳に水だったし、かなりショックだった。

あの愛嬌ある髭の濃い店主の顔が、もう見られなくなってしまうのかと思うと、無性に寂しくなる。
あの豪快な「満腹セット」も、食べられなくなるなんて…。

33年間、お疲れ様でした。