月別アーカイブ: 2017年1月

試行錯誤


人生は、試行錯誤の繰り返しである。
人間、誰しも失敗などしたくないはずだ。一つの物事に取り組んだ時、できればそれが完全なる成功をもって為し遂げられる、完璧と言わしめるぐらいの形で終えられるのが理想と考える人も多いに違いない。

しかし、人生に失敗はつきもの。大きな失敗から小さい失敗まで、失敗もさまざま。逆に、失敗のない人生ほどつまらないものはないのかも知れない。失敗を恐れるあまり、差し障りのないところに結果を求めても、そこからは何も生まれない、と僕は思う。
一方で、失敗を重ねることは、経験を重ねるということにも繋がる。何度も何度も失敗を繰り返し、学習能力を高め、その後の成功に導く。失敗の繰り返しによって挫折し、断念することほど中途半端で不甲斐ないことはないだろう。いや、自分の持てる能力を余すところなく発揮したにも関わらず失敗したというのであれば、それは挑戦そのものが「無謀」と言われかねない。しかしながら、持てる能力を本当に全て発揮したのかどうかは、自分自身の中でしか答えを見つけることができないし、他人はその答えを知る術がない。

失敗の確率よりも成功の確率を高めるためには、試行錯誤が必要だ。前述のとおり、同じことを繰り返して同じ失敗をするということは、単に「学習していない」ということである。

色んな試行錯誤を繰り返しても、最後の最後で守勢に入ってしまっては、その試行錯誤の意味がなくなるといっても過言ではない。試行錯誤をする必要のなくなった時、すなわちそれは、諦めか達成のいずれかに分類されるはずだ。

(何で急にこれが出てくるかというと、ここ半月の間、毎朝この水を飲み続けているからです。効果は今のところ全くといっていいほど感じていませんが…。)

人間は精密機械ではない。寸分の狂いもなく常に同じ動作をし続けることは、不可能である。しかし、マグロのように死ぬまで泳ぎ続けなければならない身体ではないので、立ち止まり、振り返り、そして、思い返すことができる。

本格的にランニングを始めてから6シーズン目を迎える。考えてみると、尿酸値、コレステロール、中性脂肪、γ-GTP、全ての数値において正常値を大幅に越えた30代半ばに成人病予備軍を指摘された時、生まれて初めて真面目に取り組んだ運動がランニングだったと言っても過言ではない。約3年後、真面目な取組から本格的な取組への移行だって、今思えば試行錯誤の末だった。
別に誰かに「死ぬまで走り続けろ」と言われたわけじゃあるまいし、走り続けることそのものは義務ではない、という開き直り。だからというわけではないが、「是が非でも走らなければならない」「走らないことが我慢ならぬ」といった状況だけには自分の身を近づけないようにしている。
やめたければすぐにでもやめればいい、それだけのこと。別に走ることをやめたからといって、誰からも咎められることはないし悲観されることもない。ただしそれで自分自身が納得できるか、それに尽きるのだと思う。

今まで色んな試行錯誤を繰り返してきたし、その試行錯誤が僕にとっては絶対効果のあることなのだという根拠も何もない確信を持ち、結果としてそれが誤りであったことを思い知らされることもあった。しかしながら、仮に結果が全てだとしても、それは僕にとってのゴールではないということだけは断言しよう。むしろそこから何を学び、どう繋げていけばいいのか、そんな新たな試行錯誤の始まりなのだと確信している。

ふと立ち止まり、40代を迎えてからこれまでの5年間(それは人生のたった9分の1というほんのわずかな期間でしかないのだけれど)を振り返りながら、自問自答を繰り返す。
これまでの試行錯誤で課題は見つかったか?やり残していることは、何だ?というか、どんな試行錯誤に取り組み、何を学習した?これらの問いに、明確な答えを見いだすことができない。結局のところ僕は、大人になってから経験する挫折や苦しみ、失敗を恐れていただけなのかも知れない。究極のビビリ、というワケだ。

1月29日、勝田で待ち構えるゴールゲートは単なる通過点であり、新しい試行錯誤のスタートライン、と考えることにしたい。当たって砕けろ、とは言うけれど、でもやっぱり砕けたくはないよな。

…何で急にこんな投稿をしたかって?これも試行錯誤の一つなのである。…いや違うだろう、それは単なる「気の迷い」だと笑うのであれば、僕はそれを素直に受け入れよう。
御意、と呟きながら。


Time to count down


くだらないことに腹を立てないようにしていても、イラッとすることがたくさんある。

電車内で一人分だけ空いていた隣のシートに座ってきた人が、何も言わずに無言で身体(腰から下)をグイグイとねじ込んで来た時。日曜夕方に決まってかかってくる光回線の勧誘電話。雪が積もっているのに、車道の真ん中を堂々と走る自転車。スーパーのレジで、金額を聞いてから財布を探し始めるオバチャン。-

頭の中で炎が立ち上がり、一気に沸騰したようにカッと顔が紅潮していくのがわかる。ああ、最近着火のタイミングが早いな…もう少し心にゆとりを持たないとダメだな、とその都度いつも反省している。

マラソンを走っている時も、時々似たようなことが起こる。そしてそれは、人数が多ければ多い大会ほど遭遇率が高い。

急な割り込みや追い抜きはもちろん、酷い時は足を蹴られたり、身体をぶつけられながら追い越される。その背中を恨めしそうに眺めながら、「お前のゼッケンナンバー、絶対忘れないからな。お前なんかどっかで足を引っかけてぶっ転んで、両足痙攣してしまえ!」などと心の中で呟くが、300mも走ると、反省どころかそいつのナンバーなんぞすっかり忘れてしまっている。所詮その時の怒りなんていうのは、その程度なのだと思う。

もう2ヶ月半も前のことになるが、さいたま国際マラソンでは、ほとんど怒りを発することなく最後まで走りきった。走り始めてすぐに足裏に違和感を覚え、程なくそれは痛みに変わったが、逆にそのことで冷静になれたのかも知れない。途中でたくさんの人に追い抜かれようとも、「ああ、こればかりは仕方がないよね。」と開き直り、最後まで落ち着き払ったような走りをすることができた。自己ベストには約2分及ばなかったものの、足の状態を考慮すれば充分自己ベストだと思った。(いや、結果が全てだと言われればベストとは違うんですけど。)

足の痛みや疲労を溜め込んだままレースに出場することだけはできれば避けたいと思い、鍼灸に似たような効果があるということを噂で聞いた「ホイル巻」をここ2日ほど試行しているが、こちらの成果もそれなりに出ているような気がする。いやあくまでも、それなりに、である。
ただ少なくとも、右アキレス腱に残っていた慢性的な痛みは確実に緩和されたし、ふくらはぎの張りも10分ほどで緩和されたような、されないような。アルミホイルを部位(患部?)に巻いて約10分ほど放置すると、チクチクと何かが刺すようなそんな感覚が現れ始める。多分、間違えて奥歯でガムの包み紙…アルミを噛んでしまった時の「あれ」に近いものなのだと思う…と言った時点で、きっとこの投稿を読まれている皆さん(ガムの包み紙を噛んだ経験のある皆さん)は、苦虫を噛み潰したような表情をしているんでしょうね(どうもすいません)。

※医学的に証明された治療法ではなく、炎症を引き起こすなどの副作用の可能性もあるそうですので、やってみる方は自己責任でお願いします。

泰然自若の心境で臨めば、自ずと結果はついてくるはず。目先の損得に一喜一憂することなく、それぐらい大きく構えて臨みたいものだと思うが、そういう大局的な見地で自分自身の身をレースに投じることができないのは、色んな欲がまだたくさん残っている証なのだろう。

勝田マラソンは、「記録の出やすい大会」と言われているらしいが、その一方でスタート時のブロック分けは本当に酷いらしく、ブロック分けがあってないような無法地帯なのだとか。こういう油断や緊張感を与える触れ込みこそが、自分自身の気持ちに動揺を与え、それが足かせになることを、フルマラソンを10回以上走った中で少しながら理解するようになってきた。

他人は他人、自分は自分。あくまでも、泰然自若。

今回…いや、今年はとにかくこれを意識していこう。あせらない、あわせない、あきらめないとは、まさにこの四字熟語ではないか。
大会まであと6日となり、徐々に気持ちが戦闘モードに入りつつあるが、戦闘する相手は自分の中にいる「弱さ」なのだということを考えると、目標達成は遙か先の話だな、ということを日々の練習の中で思い知らされる。
先月に引き続いて「平均1日10キロ」を少しだけ意識し、それなりに計画的に練習に取り組んできたところ、今日の時点で月間走行距離が270キロを超えた。これで大会当日の距離を加算すれば、自ずと300キロ超えとなる。しかも今月は珍しく、20キロオーバーを4度(外2,内2)、30キロオーバーを1度(外1)走っている。さいたま国際を終えた後、一番の自堕落期に突入するこの時期も、距離はそれなりに踏めたと自負する一方で、スピードの底上げに全く自信がなかったので、22日は久し振りに外…というか隣市の室内競技場の外周(1周約285メートル)を、レース用のモデルと同じシューズで試走。その距離わずか12キロ(42周)、多少ムラはあったにせよ後半にかけての落ち込みもなく、まずまずのペースで終えることができた。(1キロ4分半を切るペース)
あとは残り6日間で疲労抜きのジョグにシフトしつつ、最後の調整を行っていくことに。

しかし、ついこの間まで膨らんでいた楽しみが徐々に萎み、不安の方がだんだん大きくなってきた。
アルコールはいい加減抜いた方がいいのだろうか、当日朝食べる餅の数は何個にしようか、炭酸抜きは始めた方がいいのか、体重はどこまで落とそうか、カーボローディングはどうしようか…などと考え始めると際限がなくなって、ますます不安が増幅するだけなのだけれど。

何も意識せず、無心で走る。とにもかくにも今回は「帰りの電車に間に合うようにゴールする。」のが最大の目標。
スタートラインに立った時は、そのことだけを考えるようにしよう。

※投稿者の調べによると、大会前にこういう投稿をしたレース結果は、大概不本意な内容に終わっています。


「第65回勝田全国マラソン」に出場します。


この時期、職場内では風邪が蔓延し、青森県内ではインフルエンザの流行期突入のようです。弱ったなあ。(ここ、マスオさん風にお願いします)

ホントは走った後の事後報告にしようかと思いましたが、別に隠すようなことでもないしな、と。知らないうちに知っている人もたくさんいるみたいだし…。

2月5日に開催される「別府大分毎日マラソン」。いつかは出たいと考えている制限時間3時間30分の高速レースですが、今年もこちらの大会にはエントリーしませんでした。

…がしかし、その1週前となる1月29日。茨城県ひたちなか市で開催される「第65回勝田全国マラソン」に出場します。毎年恒例の「ジャパン・ツアー 2017」が早くも幕開けです。
いやいや、勝田に出られるぐらいなら別大に出ればいいのに…。
そんなことを思う人は誰もいないと思いますが、今回、勝田への出場を決めるに至ったのには、幾つかの理由があります。

(1)伯父の住む街を、生まれて初めて訪ねる。
ひたちなか市の隣には茨城県の県庁所在地である水戸市があります。僕の亡父のすぐ上の兄、つまり僕の伯父が水戸市に住んでいます。伯父はほぼ毎年弘前にやってくるのですが、これまで僕の方から水戸に足を運んだことは一度もありません。僕の記憶では、多分亡父も数える程度しか訪れていないはずです。

昨年の夏、同窓会に出席するために弘前にやってきた伯父と、こんな会話を交わしていました。
伯父(以下「伯」):「まだマラソンやってるの?」
:「はい、走ってますよ。」
:「どれぐらいの時間で走るの?」
:「フルだと、3時間30分を切るぐらいですかね…。」
:「3時間半切るの?速いね!」
:「いやいや、そんなことないんですよ…。」
:「今度一回こっち来て走ってよ。泊まるところならいくらでも用意するから。」
:「そうですね…機会があれば行こうかな。」(一応、社交辞令として。)
:「そうだ!冬にさ、勝田ってところでマラソン大会があるからさ、それに出ればいいよ。」
:「え…(マジかよ)。そ、そうですね、タイミングが合えば…。」(正直、消極的)

その後しばらくして、伯父から僕宛に一通の手紙が送られてきました。が、封筒の中には、新聞の切り抜きが一枚入っていただけでした。「きょうから先行申し込み」

…ホントにこれだけ。メッセージも何も添えられていない一枚の切り抜きを見ながら、ふと思ったのです。
(伯父、ひょっとしたら真面目に来て欲しいのかも知れないな…。)
しかし1月下旬と言えば冬の厳しい時期。もしも大雪に見舞われたら、誰が雪かきをするんだろう。
切り抜きを眺めては葛藤する日々が続きました。
そんな僕を見かねた妻が、母のいるところで一言。
「お母さんも一緒に水戸に行ってくればいいじゃない。」
そんな妻の言葉にも、母は「私は行かない。雪降ったら、どうするの。」とつれなく返すだけでした。
結局悶々としながら時は過ぎ、気がついたらいよいよ締切最終日の11月2日になっていました。ここで僕は一人で遠征、出場することを決意。

「オラ、やっぱり水戸に行ってくるわ。マラソン、走ってくる。」
てっきり出場を諦めたと思っていたところへの突然の出場表明に、半ば呆れる母と妻。しかし、エントリーしてしまったものは仕方がない。既に航空券も手配済み。外堀はほぼ固まっていました。…というか、毎回このパターンですが。

伯父に電話連絡。
:「手紙ありがとうございました。勝田マラソン、エントリーしましたよ。1月、水戸にお邪魔します。」
:「え?ほ、ホントに?勝田マラソン、出るの?」
:「(…あ、あれ?もしかしてあの手紙って社交辞令だった?)は、はい…。」
:「いやぁ!…本当に!あ~、そうかあ!来るんだ?それ、本当に楽しみだな。時間とか決まったら連絡してよ!水戸駅まで迎えに行くから!」
:「(よかった…取り越し苦労だった…)はい!よろしくお願いします!」

その後伯父は、母に連絡を入れ、「何を食べさせてあげたらいいかなあ。」と嬉々とした様子だったとのこと。
…いや、何もいらないっす。多分また餅を数個持っていくので、水戸納豆があれば、それでいいっす。
ひとまず歓迎されているようで、一安心。
というわけで今回は、勝田マラソンに出場するというよりも、伯父の住む街を訪れることが一番の目的。でも、そんな伯父の前で恥をかくわけには行かないかな、と。

(2)開催される日は、46歳の誕生日。
さすがにこの年齢になると、別に誕生日なんて来ない方がいいと思うところもありますが、大会当日の1月29日は46歳の誕生日です。(時々やたらと年上に見られることがありますが、今日の時点ではまだ45歳です。)
ちなみにこの大会のスタートは10時30分。羽田空港から青森に向かう帰りの飛行機が18時25分なので、遅くとも勝田駅から都内に向かう15時32分発の電車に乗らないと、羽田空港に間に合いません。(もう一本次の特急でもギリギリ間に合いそうですが、何かアクシデントがあったらアウトという高リスク。)
ゴールしてからのことを考えても、最低1時間は必要。なので、遅くとも14時30分までにはゴールするという目標を立てて走ろうと思っています。まあでも、せっかくのバースデーランですから、自らの誕生日を自ら祝う、そういう走りができたら理想的。練習だけはガッツリ取り組んでいます。だって、伯父の前では恥をかきたくないので。
ちなみに帰りの特急は、グリーン車で。だってほら、誕生日だから。(←関係ない)

(3)冬の大会も一本走っておきたい。
今年も「別府大分毎日マラソン」に出場する都内在住のNさん。僕と同い年で誕生日が一日しか違わない、サブ3ランナーです。別大に向けて最近はほぼ毎日走っているようですが、勝田全国マラソンの10キロレースを、前週の調整レースと位置づけて出場するとのこと。そんなNさんから、こんなことを言われていました。

「12月から毎日10キロ走ったら、勝田までには500キロ以上走り込めますよ。」

Nさんはきっと言ったことを忘れているだろうけど、僕はこの言葉をずーっと気に留めておりまして、それもあって先月、師走にもかかわらず月間で約320キロ走ったのです。前にもお話ししましたが、月間の走行距離としてはこれまでの最長。ただし、この時期は毎年漫然と走ることが多かったのですが、今回は毎回、ちゃんと目的というか目標というか、そういうのを決めて走っていました。それも、かなり計画的に。結果、今月は現時点で約220キロ。
(ここ、タラちゃんの足音を効果音でお願いします。)…Nさん!確かに500キロ以上走り込めたわ!

例年であればこの時期は既に「冬眠」している季節。問題は外走りではなくトレッドミルがメインの練習になっていて、本番でどう活かされるのかがとーっても不安。まして冬場のロードレースは、今回が生まれて初めて。どういう格好をして走ればいいのか(長袖かアームウォーマーか、ゲーターか機能性タイツか、手袋はどれぐらいの厚さがいいのか、などなど)、全くといっていいほど無知に近い状態なので、そういうところから今後の知恵として蓄えていかなければなりません。

大会まであと10日。この季節、雪がないところを走ることができるというありがたみを噛み締めながら、今後に向けた布石といいましょうか、今回の経験を踏まえて色々学習したいと思います。
ちなみに申告タイムはそれなり(3時間17分台)だったのに、どういうわけかCブロックからのスタートになりますが、何せ初めてのコースということで、まずは安定の(?)200分切りを目論んでみようかと…。

…ちょっと待てよ。まずは、ではなく勝田全国マラソンは、今回が最初で最後の出場になる可能性の方が高いかもね~。来年こそは別大に行きたいぞ!