日別アーカイブ: 2009-07-04

平成21年度鏡ヶ丘同窓会総会


gremz リサイクル 

鏡ヶ丘同窓会【かがみがおか・どうそうかい】
(1)旧制弘前中学校並びに青森県立弘前高等学校の同窓会。毎年7月第一土曜日に開催されるのが通例となっている。
(2)弘前市をはじめ、県内外に在住する自称「名士」他称「エフリコギ」の集まり。


というわけで今日は母校弘前高校の同窓会だった。昭和41年に卒業した父、そして平成元年に卒業した僕。一度だけ一緒に出席したことがあるが、僕単独で出席するのは、今回が初めてだった。
参加者は、旧制中学を昭和10年に卒業した同窓生から平成15年に高校を卒業した同窓生まで、約70年にわたる世代が一堂に会した。僕の同期(平成元年卒)は、2名出席予定であったが、諸般の事情により、僕だけが出席となった。ちなみに今年の同窓会担当は昭和54年卒であったが(毎年持ち回りとなる)、昭和50年代後半以降になると途端に出席者が減り、出席者のない学年もちらほら。その中にあって、平成2年卒業が10名も集まっていたのは意外であったが、聞くと1カ月ほど前に「同窓会に多勢で出席しよう」という意思疎通があったようで、仲間意識が高い表れでもあると思った。



さて、平成元年卒が1名しかいないという非常にさびしい状況の中、僕のテーブルには昭和58年から平成元年までの卒業生が顔を並べていた。知っている顔半分、知らない顔半分。

というか、こういう場に来るに当たっては、やはり知っている顔がどれだけいるかということが重要になるということを前回出席した時(確か10年ほど前)に強く感じたが、今回は父の同期の方々に諸般の御礼と、元気にやっているという姿を見せようというのが第一の目標だった。
なので、正直一緒に座っている人たちがどんな素性なのかは、あまり気にしていなかったし、同業者が僕以外に3名いたことは、ちょっとだけ心強いことでもあった。

物故者への黙祷の際には、必然的に父のことを思い出し、思わずウルッと来てしまった。実行委員長、同窓会長、学校長の挨拶と、淡々と次第は進んでいく。在校生への奨励金が手渡され、生徒の初々しい挨拶を聞く。我々にもこういう時代があったのだろうか…。あの頃は確かに純粋だったかもしれないなぁ、と妙に感傷に浸る。その後、通常の総会ではありえないだろうというぐらいにあっという間に終わった総会を経て、17時30分に乾杯。父と同期だった昭和41年卒の皆さんにご挨拶を済ませ、その他諸先輩や知った顔の後輩に挨拶をする。舞台では54会によるアトラクションが続いていたが、飲むことと食うことに夢中になっていた。
抽選会が始まった。

冒頭、名物ともいうべき例の雪駄が商品に登場したが、5名の人たちの手に渡ったようだった。
次に登場したのは日本酒。弘前高校の校章も張られた限定品である。

順に名前を呼ばれる中、何と僕の名前も呼ばれた。思わずガッツポーズ。
名札を示し、、酒を受け取り席に戻る途中も、あちらこちらから「おめでとう!」の声が掛る。




すると、席に着くや否や先に雪駄をもらっていた平成2年卒の女史が、「物々交換」にやってきた。

しかし、先方にとってはあまりに都合のいい申し出であり、しかもその女史のことは何も知らない。
「いやぁ…ちょっとねぇ…。」
最初は父の仏前に上げようと思ったが、考えてみると、家で日本酒を好んで飲む人はいない。
そう、実は僕の本命は雪駄だったのだ。

なぜ雪駄が欲しいのかというのは、多分同期の人たちなら理解してくれることだろう。

というわけで、「ラッキー!」と思いつついったん断りを入れたが、10名も出席している平成2年卒にとって、2次会にこの酒を持っていきたいという気持ちは痛いほど伝わってきた(事実、何やら視線を感じたんですが、気のせいでしょうか)。

そこで、学生時代に一緒にバイトをしていたI君を呼び寄せ、「酒と雪駄交換するから、すぐ持ってこい。」と伝えた。
「いいんですか!?ホントにいいんですか?」

「いいから。持って行けって。」

「わらしべ長者だ!」そんな声も聞こえたが、僕の本命はあくまで雪駄。

これ、ホントに嬉しいです。

何でこれが嬉しいのかは、同期の皆さん、だれか補足説明していただければ幸いです(笑)。