日別アーカイブ: 2018-12-03

「不思議な木」の話

「ディスる」を漢字で何と書くか、ご存じですか。
皆さん、気分は丸まっていますか。何となく気分がギスギスしていませんか。今日は、そんなギスギスした気分を晴らすために、寓話を一つ。


とある田舎の小さな町に暮らすボブとジョージは、たまたま路傍で見つけた小さな芽に心を奪われ、一緒に水やりを始めた。
成長を祈りながら、二人は毎週のように、愛情を持って芽に水やりを続けた。
やがてその芽はすくすくと成長を始め、細い幹となり、広がり始めた枝から小さな果実が収穫できるまで大きくなった。

それを見ていた町の人たちが、「一緒に水やりに加わりたい」と申し出てきた。
順番や時間などをみんなで相談し、交代で水やりを続けた結果、小さな苗木は背丈を越えるまでの大きさまで成長した。
そして、毎年のようにさまざまな果実が取れるようになった。
赤い果実、黄色の果実、緑の果実、中には水色の果実まで。
程なくその木は「小さな町の不思議な木」として有名になり、町の内外からその木を見るために多くの人がやってくるようになった。

そんな状況を、ボブとジョージたちは目を細めて眺めていた。
「いつまでもこんな光景が続いたらいいなあ。」

木を取り囲む人たちはどんどん増えていき、「僕にも、私にも手伝わせて下さい」と、町の外からお世話にやってくる人まで現れた。

ボブとジョージはみんなと相談し、水やり、追肥、農薬散布など、それぞれの役割に応じた作業に取り組むようになった。

しかし、しばらくするとそれを傍から見ていた一部の人たちが、悪さを考え始めるようになる。
枝を折る人、果実を盗もうとする人、木をナイフで傷つける人…。
その中には、かつて作業に加わっていた人もいた。

ボブとジョージは、そんな嫌がらせに耐えながら黙々と作業を続けたが、手伝う人たちがどんどん増える一方で、その人たちとの会話が徐々に減っていった。

5年も過ぎると不思議な木は更に大きくなり、2階の屋根を軽く越えるほどの高さまで成長した。
しかし、あまりに成長してしまったため、いつしか果実の収穫が追いつかなくなるようになった。
更に、ボブとジョージですら、どこに何色の果実があるのか見分けがつかなくなり、虫食いや落果の被害も現れ始める。しかし、二人の欲はとどまるところを知らなかった。

あれも欲しい、これも欲しい、もっと欲しい、もっともっと欲しい。
あれもしたい、これもしたい、もっとしたい、もっともっとしたい。

いよいよ当初から水やりを手伝っていた人たちの手にも負えなくなるようになり、最初は面白がって作業に加わっていた人たちも、面倒くさがって少しずつ作業から離れていくようになった。

そんなある日のこと、不思議な木に根腐れが見つかった。
既に完全に根元がぐらついている。症状は思った以上に深刻だった。
ボブとジョージは、欲と果実にばかり気を取られた結果、根元の変化に全く気付けなかったことを悔やんだ。

「あの時どうして、僕の話に耳を傾けてくれなかったんですか。」
苦虫を噛み潰したような表情で口火を切ったのは、途中から作業に参加していたサムだった。
サムは、作業に参加したその日に、不思議な木の根腐れが始まっていることに気付いたが、ボブとジョージは「どうせサムは作業に参加して間もないから…。」と、聞く耳を持たなかった。

周囲が動揺する中、サムは続けた。
「ここの人たちはみんな、そういう色眼鏡で人を見ているんだろうね。」
悲しそうな表情を浮かべながら、サムはその場を立ち去った。

やがて、あの木は近づくと危ないという噂が立ちはじめ、あれほど賑わっていたはずの木の周囲から人影が消えた。

ある日の夜、季節外れの台風に見舞われた。
灰色の雨が激しく窓を叩き、生温い風が強く吹き荒れた。
台風が去った翌朝、不思議な木は、無残にも根元から折れて倒れていた。

思いもよらない光景を目の当たりにしたボブとジョージは、その場に呆然と立ち尽くしながら、成長に任せて樹木を放置しておいたことを、この時になって初めて激しく後悔した。
枝払いに剪定、もっと樹木の管理をしっかりやるべきだった、と嘆いた。

「いや…だから、そこじゃないんだよね。」
周囲の人たちが一斉に二人を指弾し始めた。
二人が本当に周囲の声に耳を傾けていたか。果実を収穫し目先の富を得ることよりも、この先もずっと樹木を世話する人たちに、もっと気を配るべきではなかったか、次から次へと矢継ぎ早に二人を攻め立てた。

周囲の人たちの意見は全て正論だった。一言も反論できず、二人は泣きながら黙々と不思議な木の幹や枝を切り続けた。まるで、火葬を終えた亡骸の骨を拾うように。

その姿に居たたまれなくなったのか、やがて遠巻きにその作業を眺めていた人たちが一人、二人と作業に加わり、切り倒した木をチップにしたり、辛うじて残った倒木の根元から株分けした苗木を持ち帰っていった。
ボブとジョージも、株分けした苗木をもう一度最初から育てることにした。

「そう、この木は僕たちだけのものじゃない。みんなのものだったんだ…。」

ボブとジョージは、毎日謝罪の言葉をかけながら、小さな苗木に水やりを続けた。
やがて、伸びた枝の先に一つの小さな実をつけた。

株分けし、近場で育てていた他の苗木にも、小さな実が育ったことを知った。
味も色も形も異なるさまざまな果実が町を彩り、再び地域に活気が戻り始めた。

それを見ていた人たちが再び、「もう一度手伝わせて欲しい」と申し出る。
みんなの手によって大切に育てられたそれぞれの苗木は、すくすくと成長を遂げていった。

そして、収穫の時期にはみんなが集まり、それぞれの木から収穫した、色も形も大きさも全く違うそれぞれの果実を手に取りながら、素直に収穫を喜び、そして、果実を分け合った。その中には、サムの姿もあった。

その時、ボブとジョージの耳に、聞き慣れない声が囁いた。不思議な木の苗木の声だった。

「ちゃんと仲間の意見をマルメロな…。」

ボブとジョージは思わず苦笑いした。

…が、その声が二人だけに向けられたものではなく、その場に居合わせた全員に向けられていたことは、サムや周りの人たちの表情を見てすぐに気が付いた。そして、みんなが一斉に晴れたような表情となり、堰を切ったように作業を再開した。

…みんな、ありがとう。これからも一緒に頑張ろう。