月別アーカイブ: 2012年10月

弘前市職員企画提案の映画先行上映会に行ってきた。


「りんごのうかの少女」初上映

弘前市職員の企画として制作された短編映画「りんごのうかの少女」が28日、同市の中三弘前店8階スペース・アストロで開かれている「弘前りんご映画祭」で初めて上映された。上映を前に横浜聡子監督や主役を務めた同市のご当地アイドルグループ「りんご娘」のときさんらが舞台あいさつを行い、詰めかけた約180人を沸かせた。
(10月29日付 Web東奥)

仮称「りんご農家の少女」から「りんごのうかの少女」とひらがな表記に改められた理由はわからないのだが、僕も応援団の一人としてこの映画の先行上映会に足を運んだ。
18時30分開演ということで、18時頃に会場に向かうと、既に人だかりができていた。あとで気づいたのだが、この方々は実は整理券を頂いてやってきた人たち。僕は「応援団」として先に1万円出資していたので、先に入場することができることにしばらくしてから気づいた。

ふと目をやると、昨日に引き続き弘前市長と遭遇。市長を先導していたのは、この映画の制作に深く携わった弘前市職員のT内君だった。彼とは中学以来の付き合い。高校3年の時は同じクラスとなり、僕にとって気の置けない畏友の一人だ。

結局整理番号30番までの人が入場したときに、これはおかしいと思い係員のところへ事前に渡されていた入場券を提示すると、「どうぞどうぞ」とすんなりと会場に通された。

受付では、黄緑色のバンダナを「プレミアムグッズ」として手渡された。
会場は既に多くの席が埋まっている状態だった。
ちょうどT内君がカメラを片手に立っていたので、背後から声を掛ける。ビックリした表情で「おう!」と喜色満面の笑みを浮かべるT内君。とはいえ、まだ仕事中だろうから、立ち話もそこそこに席に向かう。
座席は既に9割ぐらいが埋まっていて、結局後ろから2列目の左隅に席を確保した。会場を見渡すと、知っている方々がたくさん座っている。

18時30分を5分ぐらい過ぎた頃、MCが開会を告げ、弘前市長が登壇し、挨拶。続いて、この映画の「応援団長」を拝命したS藤君が登壇。なぜか頭を丸めていたS藤君も、実は高校時代の同期。

そもそもこの映画は、弘前市の若手職員提案事業としてスタートした。弘前市が準備した制作費は200万円で、資金が不足しているというのが現状なのだそうだ。今日の先行上映の後、来年4月から全国で公開する予定で、国内外の映画祭にも出品したいと意気込んでいるとのことだった。

そして、その若手職員の中心人物が前述のT内君で、この他に同じく高校同期のY内君も携わっている。更に、事業をバックアップしているのは、青森県から弘前市に出向中のY本課長。こちらも高校の同期。そして、この映画の制作は、ご当地アイドルで名を馳せたりんご娘を抱える「リンゴミュージック」、この代表取締役は、これまた僕の高校同期のT川君なのだ。

こうなると、この映画そのものが僕の高校時代同期だった連中の手によって制作されているような、そんな気分に駆られていた。そしてその思いは、映画を観て更に深まることに…。

さて、会場にはこの映画を監督した横浜聡子監督と、主演を務めたりんご娘のときさんが登場。この日一番の拍手が送られる。二人の挨拶の後、花束が渡され、集合写真の撮影。
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会場が暗くなり、いよいよ上映が始まった。

…約30分の上映内容、ネタバレになるので具体的には割愛するが、観ていて「!!」だったのが、これまた高校の同級生が出演していたり、これまた他の同級生の奥さんと子どもたちが出演していたり、とにかく僕にとってはビックリだらけの映画だった、ということだけは断言しよう。

エンドロールに続々登場する同級生、同期生、そしてその家族の名前…何なんだ!?この映画(笑)。

ちなみに僕も、応援団として1万円の出資をしたので、このエンドロールに名前が載るのだそうだ(笑)。

映画を見終えて帰宅すると、T内君からお礼と感想を求める電話が入った。褒め称えてばかりいても仕方がないので、観ていて気になったところを掻い摘んで伝えた。これから4月の上映に向けて内容をブラッシュアップするようなので、そこで修正されるといいな、とか思ったり。

ということでこのご時世、1万円というお金がいかに高額であるかは重々承知の上で、弘前市在住の応援団の一人という立場で、もしよろしければ、弘前市を全国…いや全世界に発信するため、映画に出資していただければと思います。みんなで弘前市を盛り上げましょう!

詳しくは、こちらを御覧下さい
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「東北オフサイトミーティング 第12回勉強会 in ひろさき」に参加してきました。


10月27日、勉強会に出席してきました。
この勉強会は、これまで東北5県で開催されてきましたが、青森県内で開催されるのは今回が初めてなのだそうです。
僕自身、このような勉強会に参加したことがこれまでほとんどなく(協働に関するNPO関係者などとの意見交換会に数度出席したぐらい)、また、実のところどういった内容なのか全く想像がつかず、期待と不安に胸躍らせながら、会場となった弘前市立観光館に向かいました。

開始時刻の13時頃には約80名の方々が会場に集まり、名札を見ると「酒田市」や「神奈川県」の文字が…。地元だけではなく、東北地方を中心にあちこちから人々が弘前市に結集した、というわけです。
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オープニングのあと、葛西弘前市長による「約束が生み出す、まちのダイナミズム」と題した基調講演。

昨年マニフェスト大賞を受賞したその内容をかいつまんで説明しながら、まずは市長自身が「聴く」姿勢を重視し、対話路線を堅持していること、弘前市はまちづくりに携わる市民の割合が非常に多いと感じていること、その他管理型ではなく経営型の市政運営、若者を軸としたまちづくりへの取組みが披露されました。
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質疑応答では、マニフェストの中でも最も重要視していることは何か、議会とマニフェストの関連は、といった点について市長からの見解が示されました。

続いて、一般財団法人白神山地財団の渋谷拓弥理事長、北東北めぐみネットワーク会員である秋田県の滝本法明氏から事例発表が行われ、休憩を挟んだワークショップへ。

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このワークショップでは、5~6名が一つのテーブルを囲み、弘前市長のマニフェストをベースとして策定された「弘前市アクションプラン2012」の内容を検証し、客観的な評価を行いました。

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僕が目にとめたのは、「市民参加型まちづくり1%システム事業」。
市民税の1%、約6,000万円の予算を原資として、市民から公募によって選ばれた審査員が事業内容の審査を行い、上限50万円(補助率90%)で補助を行う、という内容なのですが、実施内容を見ると、事業応募数44に対し採択事業数が28、交付数は23となっていました。
予算規模を考えると、仮に採択された全事業に50万円の補助を行ったとしても1,400万円、そして採択率が70%を切っているという状況に、この事業の周知や審査基準の説明が不足しているのではないかと感じたのです。
実際、この事業の説明会が町会長やその関係者を対象として行われていることや、採択率を鑑みても、事業のハードルが高いのではないか、申請の道を閉ざさないという観点から、フィードバックや不採択となった理由の開示を行っているか、といったことを意見として述べました。
この事業に関しては、事例発表を行った秋田県の滝本さんも同じような感想を抱いていたとのこと。一方で、市民の行政感覚を醸成するといった観点からすると、事業そのものの実施については評価できるといったこと、若者がもっと参加できるような機会を提供する必要があるのではないか、といった説明がなされました。

この他、給与決定に係る市民評価の反映、車座ミーティングへの評価、市民評価アンケートの実施や自治基本条例制定に向けた取組みについての意見が同席した方々から出されました。

こういった内容を具体的に評価する機会自体がほとんどなく、客観的とはいえ、気がつくと結構本気になって内容を精査していたことに気付いた自分。こういうセミナーに参加して自分の行政感覚を磨くというのも楽しいな、と思った、というのが今回の「気づき」です(すいません、こんな感じで、イベガ?)。

ワークショップ終了後、第2会場に集まり、エンディング。各県の代表による挨拶と、主催地となった弘前市を代表して、柴田義博さんからの挨拶で、勉強会は大団円。

勉強会終了後の交流会も非常に盛り上がり、いろんな方々とご挨拶をさせて頂きました。一方で、ご挨拶することができなかった方もたくさんいて、むしろ時間が足りないぐらいでした。

今回、この会を青森県で開催するに当たり尽力された金渕さんをはじめ、関係者の皆様本当にお疲れ様でした。そして、僕のつたない話に真摯に耳を傾けて下さった秋田県の滝本さん、誰よりもこの会に誘ってくれた平川市の齊藤さん、本当にありがとうございました。

また、今回のこの勉強会を機に新たな繋がりが生まれた方々、そして、旧交を深めた方々、皆さんにも御礼申し上げます。
今後ともよろしくお願いします。

次回は陸前高田での開催だそうです。…都合が合えば、是非行きたいな。


山形で、新そばを食らう。


10月10日、1泊2日で山形市へ出張。
7日のマラソンの影響で、足裏の「幻の湖(水ぶくれ)」と、大腿部にじんわりと痛みが残ったままの出張だった。
今回の目的は、東日本ブロックの都道県担当者協議会への出席。正直、この類の会議であれば、メーリングリストなりでできるのではないか、わざわざ遠方まで出向く必要はないのではないかと考えてしまう。
その疑念を晴らすべく、「本協議会は来年度から休止」することが決定。
よかった。これで県外出張が一つ減った…。

新公益法人制度の施行から4年近く。いよいよこの冬は、正念場を迎える。

さて、山形を訪れたのは4度目。仕事絡みでは3度目だ(ちなみにもう1度は、ボーイスカウトでの遠征で蔵王を訪れた)。

12年前に仕事関連で山形市を訪れた際、蕎麦の美味さにえらく感動した。山形県内、確か山形新幹線の沿線は「そば街道」と名付けられており、美味しい蕎麦を振る舞う店がたくさんあるという。

前述の通り山形市は今回で3度目なのだが、昨年の出張の際、約12年ぶりにこの店を訪れた。そして今年も、たった一人で訪れた。

「庄司屋 幸町本店」
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山形でも一番の老舗蕎麦屋である。
昨年訪れたのは11月のこと。ちょうど新そばの時期だった。
収穫の時期を考えると、今年は新そばにはまだ早いかな、と思い暖簾をくぐると、そこには嬉しい張り紙が。
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訪れた時間が夜だったということもあって、店内はかなり空いていた。贅沢にも僕は、いろりを取り囲むような大きな席に一人腰掛け、まずは瓶ビール(中)を一本注文。一緒に板わさを頼もうか悩んだが、やめた。

しかし、頼んでもいない漬け物盛り合わせ(315円)が突き出しとして出された時、板わさも一緒に注文すれば良かったと、激しく後悔した。
なぜなら僕は、蕪漬けや沢庵といった漬け物が、とにかく苦手だからだ。

結局、蕪漬けや沢庵には手を出さず、白菜の塩漬けと田舎味噌をチビチビ食べながら、ビールで流し込む。

…さあ、中瓶が空になった。
もう一本!と行きたいところだが、長居は無用である。

蕎麦湯割り(焼酎を蕎麦湯で割ったもの)と一緒に、いよいよ蕎麦を注文。
「あいもり板」(1,720円)は、板の上に「さらしなそば」と「といちそば」が一緒に盛られた1枚。当然、ざる2枚分のボリュームがある。
聞くだけ無意味だということはわかっていながらも、ついつい聞いてしまう。
「新そば…なんですよね?」
「はい!全て新そばです!」
喜色満面で応える女将。よかった!

先に運ばれてきた蕎麦湯割りをチビリチビリと嗜む。
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ほどなく、板に乗ったそばが運ばれてきた。約1年ぶりの再会である。
運ばれてきたそばを見て、思わずニヤリ。
真っ白な「さらしなそば」が右側に、海苔の乗った「といちそば」が、左側に。
甘辛のつけだれ、小皿に載ったトッピングは小口切りされた葱、わさび、ナメコに大根おろし。

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まずは両方のそばを、何もつけない状態で食べてみる。
「さらしなそば」は、そばそのものにあまり味がしないのは織り込み済み。こちらはのどごしを楽しもうと思う。
一方、「といちそば」を口に運んだとき、口の中全体にそばの香りが広がるあの幸福感といったら!

思わず頬が緩むのがわかる。端から見ると気味悪かろうが何だろうが、美味いものは美味いのだ。

トッピングはその都度少しずつ蕎麦と一緒に食らう。バリエーションが広がるからだ。

その間蕎麦湯割りをチビチビ飲みつつ、時折何もつけないで蕎麦だけを食らう。時には歯ごたえを楽しみ、時には喉ごしを楽しみ…。

嗚呼、こんな至福の時間を与えてくださってありがとう。ハーフマラソンを完走した、自分自身へのご褒美だよ。

ひたすらニヤニヤしながら蕎麦を啜る僕の姿は、端から見ると本当に奇妙だったことだろう。

でも構わないのだ。ここは山形なんだから。
最後のそば一本まで食い尽くし、蕎麦湯で割ったつけだれを流し込む。蕎麦湯も全部飲み干してしまいたい衝動に駆られたが、無茶はやめよう…。

勘定を終え、外に出る頃には、僕以外一組の客しかいなかった。僕の啜るそばを見て、迷わず「板そば」を注文していたのは、わかっていたよ。でも、喰うなら「相もり」にしなよ、と思わず助言したくなった。

充分すぎる満腹感とほろ酔い気分に満たされながら、店を後にした。
今度はいつ来ることができるのかな…。