日別アーカイブ: 2012-06-08

プリンスと私(1)


父の月命日に心を奪われ、昨日がプリンスの誕生日であったことをすっかり忘れていました。

プリンス。御年54歳だそうです。
来日したのがちょうど10年前、2002年のこと。その後も来日待望論は渦巻くものの、彼を招聘できるだけのプロモーターがいないからなのか、あるいはレコード会社をはじめとするバックアップ体制が整っていないからなのか、はたまた彼のお目に叶った会場がないのか、一向に来日する気配がなく、ホントに好きで好きでたまらないファンは、海外で行われる公演に足を運んでいます(ちなみに僕はハッキリ言ってそこまで投入できるお金がないのでムリです。)。

僕が洋楽を聴くようになったのは、中学1年になった頃でした。それが早いのか遅いのかはわかりませんが、青森という片田舎の中学生にとっては、洋楽を聴いている、ということ自体で得られる優越感、何かオラって格好いいべ?という大きな勘違いにとらわれたまま、80年代の真っ直中、洋楽全盛の時代にドップリと足を踏み込んで行きました。

当時のアイドルはマイケル・ジャクソンであったりマドンナであったりシンディ・ローパーであったり、はたまたワム!であったりと、めまぐるしく変遷。小林克也氏のベストヒットUSAを夜な夜な血眼になって見ることもあれば、FM雑誌をチェックしてはNHK-FMのクロスオーバー・イレブンを、半分眠り掛けながら聴いたりと、とにかく色んな情報をあちらこちらから収集するのに一生懸命でした。

とはいえ所詮中学生。お小遣いもたくさんもらっているワケじゃないし、まして貧乏家族の我が家に贅沢は禁物。
レコードを買うなんていうのは問題外(事実、僕が初めて自分のお金でレコードを購入したのは高校1年生の時でした)、友達からダビングしてもらったテープを聴いたり、FMの音源を録音するというのが音楽を楽しむ方法でした。

閑話休題。
ちょうど洋楽を聴き始めた頃、プリンスは「パープル・レイン」を発表した頃でした。しかしながら、見た目のグロテスクさと金切り声でも上げているような奇妙な歌声に思い切り拒否反応、全く聴こうという気にはなりませんでした(笑)。

さて、そんな僕に転機が訪れたのが、中学2年の時、偶然FM雑誌の番組表で見たプリンスのアメリカという曲。当時のFM雑誌には楽曲の長さも掲載されていたのですが、前述のクロスオーバー・イレブンの1曲目に掲載されていたアメリカ(21分45秒…だったかな?)という文字に、目が点になりました。1曲で22分近く!?カセットテープが主流の時代、46分テープだと、片面が1曲でほぼ埋まってしまう計算になります。
結局僕はその楽曲をカセットテープに録音し(といってもその曲はプリンスのやりたい放題の挙げ句、延々とループが続くだけの楽曲だったのですが…)、それからプリンスという奇妙な歌手の音楽を、少しずつ聴いていくようになりましたが、積極的に自ら聴く、というよりは、相変わらずFMから時々流れてくる彼の音楽を、他のアーティスト同様、流行の一つとして惰性のように聴いていただけでした。

高校に進学したその年。
同じ中学から進学し、初めて同じクラスになったY君。Y君は同じ学区、それも帰る方向が一緒ということで、学校の帰りに僕の家に立ち寄る機会も増え、その時に勧められたのが、プリンスの「パレード」というアルバムでした。もっとも、このアルバムの発表と前後してシングル化された「Kiss」という楽曲に衝撃を受けた僕は、無性にプリンスというアーティストに対する興味がわき始めていた頃。これは、食わず嫌いなんじゃないか…と思い始めていたところに、まさに渡りに船、とはこのことでしょうか。Y君は有無も言わさずLPレコードを僕に預け、「まぁいいから聴いてみろって。」と帰っていったのでした。

相変わらず気味の悪いジャケットだな、と思いつつレコードに針を落とすと…。

結局僕はその後の約1時間、部屋で正座をしたまま、そのレコードをじっと聴いていたのでした。

(…たぶん続く)