日別アーカイブ: 2016-06-01

ハナの脱走顛末記


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ハナ(雑種・16歳・♀)。我が家に貰われてきてから15年は経つだろうか。まだ小さく耳も立っていない頃はとにかくイタズラが大好きで、床に置いてあるものは何でも噛むという悪いクセの持ち主だった。テレビのリモコンにMDプレーヤーのイヤフォン、スリッパ、携帯電話、新聞など、破壊されたものは数知れず。ただし、人間に歯を剥けないことだけが唯一の救いだった。

走り回るのが大好き、散歩も大好き、でも実は臆病者。トイレのしつけや「お手」「おかわり」「待て」といった一通りの動作を覚えたが、実は従順のかけらもない、気分屋。嫌いなものは、雨と雷と、獣医。
以前、狂犬病の予防接種をした時、まるでこの世の終わりとばかりに絶叫し、周囲を呆れさせたことがある。

うちに貰われて来て早々に脱走事件を起こし、翌日、隣にあった蕎麦屋に「迷い犬」の貼り紙が出されていたのをきっかけに、何度脱走したか分からないぐらい脱走事件を起こした。
印象に残っているのは、脱走した小さい頃に道路の真ん中を疾走し、クラクションを鳴らされまくりながらサンダル履きで追いかけたこと、そしてほぼ1週間丸々脱走を図り、雨に打たれるのがイヤになったのかこっそり帰宅、開けていた玄関から家の中に入り、仏壇の前で何事もなかったかのごとくちゃっかり寝ていたこと。

しかし寄る年波には勝てず、次第に老化が始まり、今年に入ってからは、あれほど好きだった散歩にも行かなくなってしまった。

それに呼応するかのように足腰はどんどん弱まり、やがて耳もほとんど聞こえない状態に。お陰で、大嫌いだった雷鳴が耳に入らなくなったのは、不幸中の幸い。視力も衰え、自分の餌入れや水やりの瓶に足を突っ込むこともしばしば。
そしてそれは、トイレにも影響を及ぼすこととなり、粗相の頻度も増えていった。あちらこちらに頭をぶつけながら歩いたり、夜中に徘徊したり(しかも寝ている僕の顔を踏んづけていくこともある)、もはや完全なる介護犬状態。
食もどんどん細くなり、すっかり痩せこけ、薄い皮膚に骨が浮き出るぐらいになってしまった。
まあ、仕方ない。あとは残り少ない余生を過ごして貰おうと…思っていた矢先に、事件は勃発した。

5月30日。夜に来客があるため、定時で仕事を切り上げ、帰路に就いた。先に帰宅する母にその旨を伝え、応接間の整理をお願いした。
帰宅すると、母が青ざめ、狼狽していた。

「ハナが…。ハナが逃げてしまった…。」
「え?…えーっ!?」

母は、ハナが入って来ないように柵を立てて応接間の整理をし、玄関を開けて空気の入れ換えをしながら、車に置いたままの荷物を取りに行き戻ってきたところ、ほんの僅かな柵の隙間から外に出て行ってしまったらしい。
そして、母が気づいた時にはハナの姿はなく、既に時遅しだった。

慌てて家の外に出て周囲を探してみるが、既に暗くなり始めており、ハナの姿は見えない。聞き耳を立ててみても、物音一つ聞こえない。
さて、どこに行ったんだろう…。名前を呼んでも、耳が聞こえないので声が届くはずもなく、最悪の事態(例えば、フラフラと道路に出て自動車に轢かれてしまうといったこと)も頭をよぎった。
…だが待てよ。あの弱った足腰で、遠出ができるはずがないのだ。

そういえば最近、やたらと狭いところや暗いところを見つけてはそこに行きたがるという一連の行動をふと思い出した。
近所の猫と一緒に、家の軒下にでも潜り込んでしまったのだろうか。
いや、ひょっとして死期を悟って人目のつかないところにでも行ってしまったのだろうか…。

20時頃、僕は何事もなかったかのように来客の対応をしていたが、まさに気もそぞろ、といった状態だった。
来客が帰宅後、母は独り居間で噎び泣いていた。

「私が気をつけていれば、こんなことにはならなかったのに…。ハナに本当に申し訳ない…。」
母は涙と鼻水を流しながら詫びるが、もう起きてしまったことは仕方がないのだ。

「そんなことを言っても仕方がないじゃない…。」
母をなだめるにも、次の言葉が出てこなかった。
来客をこの時間に招いたのは、他ならぬ僕なのだ。だから元を正せば、僕が来客を呼ばなければ、こんな事態にはならなかったのだ。誰も責めることはできない代わりに、母と僕はそれぞれ自分自身を責めていた。

結局その夜は、玄関を少しだけ開けたままにし、ハナがいつでも帰ってこられるようにした。ちょっとした物音で目が覚めた。夜中に何度も目が覚め、玄関を見てみる。しかし、ハナの姿はなかった。
結局朝4時に起床、まさかと思いジョギングがてら周囲を見てみたが、当然ハナの姿を見つけられなかった。電線の上で鳴くカラスの姿に、怯えた。

31日の午後は雨の予報だった。ハナは雨に濡れるのが大嫌いだ。帰ってくるとすれば、このタイミングしかないと思った。予報通り午後から雨が降り出した。しかも、弘前市内はかなり激しい雨脚だったようだ。

夕方、母からの「朗報」を期待したが、結局電話もメールも来なかった。青森市内も19時頃にはそれまで降っていた雨が上がったようだ。
やはり、ハナはもう最期を悟っていなくなってしまったのだろう。もはや万事休す。もう、ハナのことは諦めるしかない。気持ちを早く切り替えよう…。

この日は残業していたのだが、19時50分過ぎにふと、スマートフォンに着信があったことに気がついた。
母ではなく、妻からだった。悪い予感がした。

こちらからかけ直す。いつになく暗い声の妻が電話口に出た。
「やはり、そうだったか…。」
と、こちらから話を切り出す前に、妻が突然切り出した。
「ちょっと!保健所のホームページに、迷い犬でハナが出てる!ハナ、生きてるよ!」
僕が耳にしていたのは、いつになく暗い声ではなく、上ずった声だった。キツネにつままれたような気分だった。

「わ、わかった。すぐ見てみる!」
すぐに電話を切り、動物愛護センターのホームページを見る。「迷子動物」の一番上に、うなだれたハナらしき犬が掲載されていた。
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(画像をコラージュしています。削痩の文字が切ない…。)

「ハ、ハナ…。生きていてくれたか!」
思わず涙が零れ、鼻水も垂れそうになるのをグッとこらえる。

程なく帰路に就き、スマートフォンに出るハナらしき姿を何度も確認する。ハナに間違いない。発見(捕獲)された場所は、家から600メートルほど離れた隣の町内。
そういえば以前ハナと散歩していた時に、「この犬、前にうちに迷い込んできたことがあったよね?」と言っていた家族がいたのを思い出した。その家の隣では、老犬2匹が飼われている。ハナは、散歩で何度も通っていたそこを訪れていたらしい。そして今回も、恐らくハナはそこまで歩いて行ったのだろう。そして、すっかり痩せこけたハナを見かねたその家族の誰かが、保健所に通報してくれたのだろうと考えた。

いずれにしても、妻がそのサイトを見なければ、ハナが保護されたことには誰も気がつかず、ハナは家の軒下かその辺で息絶えた、と決めつけていたはずだ。

先入観というのは、実に恐ろしいものだと思った。
帰宅すると、母がまた目を真っ赤に腫らしていた。妻から母にも情報は届いていたらしい。
「良かった…。本当に良かった。明日、必ず迎えに行く。」

実は一つ、身震いするような情報を目にしていた。

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ここに記述されているとおり、犬を保護した場合、「狂犬病予防法」の規定に基づき、犬を捕獲(保護)した場所を所轄する市町村又は保健所が、2日間のみ公示すること。そして、公示期間満了後1日以内に飼い主が犬を引き取らない場合、処分できることとされていること。
つまり、保健所で保護された後、最短3日で「処分」されてしまう、ということになる。

今回は偶然、妻がホームページを見てハナが保護されていることに気づいたが、もしもこれに気づいていなければ、我々はまだ生きられたはずの命を縮めてしまった、ということになる。

ふと頭をよぎったのは、7日間に渡って彷徨っていた時のこと。あの時は、ハナが家の周辺にいるのを見ていたのであまり気に留めていなかったが、万が一どこかのタイミングで保健所に保護されていたら、ハナはもうこの世にはいなかったかも知れない。

財布や大事なものを紛失した時にはすぐに警察に届けるが、大事なペットが行方不明になった時にはすぐに保健所に届けるべきだということを、強く強く感じた今回の出来事だった。

さて、ハナは無事に帰還し、何事もなかったかのようにまたウロウロし始めている。
これが今の我が家にとって、当たり前の光景なのだということを感じながら、最後までしっかりと看取ってあげようと思う。
それが、動物を飼う者の責務なのだから。


最後に、今回の騒動に巻き込んでしまった皆さん、監督不行き届が招いたこのような事態に、私たちも深く深く反省しています。ハナは何も悪くありません。本当に申し訳ありませんでした。