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久し振りに七里長浜港


七里長浜港で県産木材を初出荷/鯵ケ沢
(2009/8/19 水曜日・陸奥新報)

鯵ケ沢町の七里長浜港で18日、津軽産のスギ材を積んだ貨物船が宮城県石巻港に向けて出港した。1997年に供用開始から県産木材を出荷するのは初めてで、関係者100人が参加して出港セレモニーを行った。
同日は、七里長浜利用促進協議会副会長の長谷川兼己鯵ケ沢町長が「七里長浜港は津軽地域の物流の拠点として、今回、念願だった地域資源の木材を搬出することができた。今後も港を利用してほしい」とあいさつ。その後、県森林組合連合会の本間家大代表理事会長と、船の船長に花束が手渡された。
七里長浜港は83年に工事を着工。96年に5000トン級岸壁、97年に2000トン岸壁と埠頭がそれぞれ完成し、2008年度まで、貨物船476隻、客船11隻など合わせて578隻が入港。取扱数量は砕石23万トン、石灰石17万トン、15万トンなど合わせて68万トンとなっている。今回は県森林組合連合会が津軽一円から集めたスギ材1500立方メートルを、石巻港に海上輸送する。供用開始以来、県産の木材を搬出するのは初めてで、関係者は同港利用促進に向けて、弾みをつけたいとしている。

やっとこの日が来たか、という思いが去来している。

開港して3年ほど経った時に、この港の事務的な管理を2年間任された。その頃から木材の搬出や輸入についてはいろいろ検討されていたのだが、特に輸入の場合は検疫や薫蒸等の施設がないことや、コストの割が合わないといった、ハードルの高いいろいろな問題がネックとなり、結局輸出入は見送られた。それでも確か一度だけ、中国からの外材を輸入したことがあったような気がするが、こちらも結局割が合わずに一度限りで終わったと記憶している。
ただ、少なくとも僕がいるうちは、七里長浜港に水揚げされる貨物は、砂利以外にほとんどないという、なんだか寂しい港になっていた。

どういう因果かその後僕は、今回出荷を行った事業者(団体)と仕事で3年間おつきあいすることとなった。その頃も相変わらず七里長浜港を活用した木材の出荷については検討されていたようだ。しかし、「県営釣り堀」と揶揄されたぐらい稼働率の低かった七里長浜港には、冬場は船の往来もままならないほど荒れた海になるという気候の問題はもとより、岸壁が5,000トン級の割には水深が浅く、大型船が接岸できないというネックがあった(今も浚渫やってるのかな…)。

港のある周辺は工業地帯でもないし、周辺に大型工業施設があるわけでもない。そもそも漁港と港湾とは機能が異なっているため、果たしてあの場所に港を作る必要があったのか?という疑問は拭えない。まぁ、これから津軽自動車道が延伸するというので、その鋼材等を運搬するにはいいのかもしれないけれど。

そんなことをぼんやりと思いながら、一番の思い出は、平成13年の海の日に合わせて開催された「海の祭典」だろうか(ちなみに「海の祭典」は現在「海フェスタ」に改称されている)。全県を挙げて行われたイベントに、ぺーぺーの立場でありながら、鰺ヶ沢地区の実行委員として参画させてもらった。港の良さを知ってもらおうというイベントが行われ(といっても祭りの山車が飾られたり、フリーマーケットが行われたり、海を知ってもらうにはちょっと物足りないイベントだったような気もするが)、花火大会やステージが繰り広げられた(ちなみにステージのゲストは山川恵里佳…)。

その後、七里長浜港がどれだけ整備されたのかは、ほとんど足を運んでいないのでわからない。強いていえば冬場になるとハタハタの大群が押し寄せ、ここぞとばかりに網を持った人たちが殺到すること、数の中には網の重みに耐えられずに海へ転落し、亡くなる人もいた、ということをニュースで知るぐらいだ。

久しぶりに七里長浜港が活気づいたニュース。あの頃お付き合いのあった皆さんとは、すっかり疎遠になってしまったな…。

ということで27日は深浦町と鰺ヶ沢町を訪問します。あ、別件ですが(笑)