月別アーカイブ: 2014年3月

15年ぶりの表舞台


宮原学というミュージシャンを、どれぐらいの人が知っているだろうか。

僕が彼の音楽と初めて接したのは、従姉が持っていた「SCRAMBLE」というCDを耳にした、今から25年以上も前のことだ。

一度それを聴いて衝撃を受けた僕は、従姉に頼み込んでようやくそのCDを貰い(それも、半ば強引に貰った)、何度も何度も何度も何度も聴いた。まさに、愛聴盤だった。

好き嫌いはあるだろうが、宮原学はどちらかと言えば過小評価されているアーティストじゃないかと、僕は勝手に思っている。

彼の声は凄く特徴があって、良く言えば野太い、他の言い方をするならば力みの入った歌い方が特徴的で、決して上手いというわけではないけど、一度耳にしたら離れなくなる、そんな独特な唄い回しが僕のお気に入りだ。
恐らく好きな人はとことん好きで、きっとかなりディープなファンも多いんじゃないかと思っている。(あ、僕はそんなにディープではないです。)

歌唱力よりも、どちらかといえばギターテクニックが注目され、同じレーベルに所属していた元レベッカのメンバー(小田原豊、高橋教之、是永功一)らと結成した「Baby’s Breath」(アルバムを2枚出したけど、どちらも名盤だった。)での活動の後、一時活動を休止してからは、近藤真彦や安室奈美恵、相川七瀬などのツアーメンバーとして帯同するようになり、メインというよりサポートでの活躍が目立つようになった。

そして、何度かレコード会社の移籍を繰り返した後、99年に発表したアルバム「MANABU MIYAHARA」を最後に、名前すら見かける機会がなくなっていた。(実は体調を崩して療養していたこともあったようで、結構波瀾万丈の時期を過ごしていたらしい。2006年から始まったブログは、地味に更新されていたみたいだけど。)

そして、長い潜伏期間を経て、09年には盟友の小田原豊と西山史晃(元ROGUE)とともに、「KISSAMA」というバンドを結成し、地味に活動をしていたらしいのだが、僕はそれすらも知らなかったわけで…。

…と、宮原学のバイオグラフィーみたいなのをつらつらと並べてみたが、僕の周りで彼の名前を知っている人って、実はかなり少ないんじゃないかと思う。
あるいは、久しぶりに聞く名前に、思わずのけぞりながら懐古的になってしまうか。

多分「あの人は、今」みたいな番組に出ても何ら不思議ではないような気がするが、そもそも彼の知名度を考えると、それすらもあり得ないことなのだろう。

彼を例えるのによく引き合いに出されるのがブルース・スプリングスティーン。
でもどちらかと言えば、もっとハードロック系への憧憬がある人なんじゃないか、そう思っている。

個人的には江戸屋レーベルで発表された「RHAPSODY」と前出の「SCRAMBLE」、そして「FLASH BACK」が名盤過ぎてたまらんのだけど、今はどれもこれも廃盤になっていて、入手困難。

そんな既に忘却の彼方へと葬られても何ら不思議ではない彼の音沙汰を、ここ最近急に耳にするようになった。

しかも、何とフルアルバムとしては15年ぶりとなる「宮原学」名義での新作発表。
…といっても発売されたのは今年1月のことなので、発売されていることすら知らず、気づいて慌てて購入した、という顛末なんだけど。

2年半にもわたるレコーディングを経て、先行配信されていた楽曲のリミックスバージョンや、セルフカバーなど、全12曲を収録したオリジナルのアルバム。もう一度言うけど、15年ぶりだって(笑)。

アルバムには、前出の小田原豊の他、同じく「Baby’s Breath」のメンバーだった柴田俊文や、「パール兄弟」の窪田晴男など、気心知れたミュージシャンが脇を固めている。
最初聴いた時に思ったのは、昔みたいな重厚感溢れるコテコテのロックというよりは、むしろいぶし銀のブルースっぽい感じ。
あの野太い声も相変わらずだけれど、寄る年波には勝てないのか(笑)、声量は以前より落ちている。
ただ、その代わりといっては何だが、円熟味を増した味のある声が、今回のアルバムのプロデュースをサポートした小田原豊の心地よいドラム音とも相まって、非常に味のあるいい作品に仕上がっている。

そして、これは狙ってのことなのかも知れないが、12曲が3つのパートに分かれていて、前半はどちらかといえば、これまでの路線を踏襲しつつのハードな曲、中盤はこれまた欠かすことのできないミディアム~スロー、そしてブルーシーな曲、そして終盤は既発曲のリミックスという流れ。

年相応といっては本人に失礼かも知れないけれど、声量のことはともかくとして、これだけ素晴らしい作品に仕上がっただけでも凄いと思うし、錚々たる顔ぶれのミュージシャンがサポートしつつも、今現在の宮原学の作品が聴けるということ、それだけでも充分過ぎるぐらい満足だ。

ジャケットがシンプルで、メッセージがなかなか伝わりにくいだけに、まずはいいから黙って聴いてみろ!といった感じだろうか。

個人的には、昨年12月に会ったらしい角松敏生との出逢いが今後どう展開するのか、非常に興味がある。頼むから何かやってくれ(笑)。


「横綱鶴竜」誕生に、「待った」?


相撲協会、北の湖理事長を再選【2014/3/24 17:20 日本経済新聞】

1月30日に公益財団法人へ移行した日本相撲協会は24日、東京・両国国技館で、新法人で初めての評議員会と理事会を開き、北の湖親方(元横綱)が旧法人に引き続き理事長に選ばれた。

評議員会は池坊保子元文科副大臣ら相撲協会外部の4人と親方経験者3人の構成で、この日は6人が出席。1月末の協会選挙で当選した10人の親方の理事候補について審議し、北の湖親方や貴乃花親方(元横綱)、八角親方(元横綱北勝海)ら10人全員を選任した。直後の理事会で北の湖親方が互選により理事長に就いた。

評議員会では外部理事3人と監事2人も選任した。各理事、その他の親方の職務は4月3日の理事会で決定する。

鶴竜が第71代横綱に昇進 相撲協会が正式決定【2014/3/26 7:21 日本経済新聞】

日本相撲協会は26日午前、大阪市浪速区のボディメーカーコロシアムで大相撲夏場所(5月11日初日・両国国技館)の番付編成会議と臨時理事会を開き、東大関鶴竜(28)=本名マンガラジャラブ・アナンダ、モンゴル出身、井筒部屋=の第71代横綱昇進を正式に決める。新横綱の誕生は2012年秋場所後の日馬富士以来で1年半ぶり。

相撲協会は理事会後に鶴竜の元へ鶴竜の元へ使者を派遣し、昇進を伝達する。

鶴竜は23日終了の春場所で、2場所連続となる14勝1敗の好成績を挙げて初優勝。24日の横綱審議委員会で全会一致により横綱へ推薦された。
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(横綱への昇進が決まった大関・鶴竜)

モンゴル出身で4人目、外国出身としては6人目の横綱。夏場所は白鵬、日馬富士と合わせてモンゴル勢3人が最高位に座る。

26日の理事会では、3代続けてモンゴル人横綱が誕生するという現状を踏まえ、外部理事から名称変更に係る緊急動議が提起され、現在の「日本相撲協会」から「世界相撲協会」への名称変更に向けた議論も行われたが、出席した理事の中からは「この際もう、モンゴル相撲で、いんじゃね?」といった意見や「世界を名乗るには協会の器があまりにも小さすぎ。役員の図体は大きいのに」と蚊の鳴くような小声で呟く理事が現れるなど異論が相次ぎ、結論は持ち越しとなった。

一方、日本相撲協会を所管する内閣府公益認定等委員会では「理事会が評議員会と同日に開催されていること、その理事会からわずか2日間という間隔で臨時理事会が開催されていることを鑑みると、評議員会や理事会が法令に則った適正な手続きを経て開催されたものなのか、甚だ疑問が残る。理事の任期も「2年間」という解釈は、完全な誤り。「待ったなし」で開催した理事会が、無効と「うっちゃられる」可能性も否定しない」と相撲用語を意味もなく交えて苦言を呈しており、北の湖理事長の再任や大関鶴竜の横綱昇進に「待った」を掛ける構えだ。


映画「ふるさとがえり」上映会 in 津軽 遂に開催!


温め続けていた43歳のオッサン二人の念願成就-

映画「ふるさとがえり」といわれても、どんな映画なのかご存じの方は、青森県にはそれほど多くないはずだ。

事の発端は2012年10月に弘前市で行われた「東北オフサイトミーティング」。
この懇親会において、他県からやってきた行政職員の方々がこぞってこの映画のことを話題にしていた。ほとんどの方がこの映画のことを賞賛し、そして「一度は観た方がいい」と口を揃えていた。

「いつか誰かが上映してくれるんだろう」と思いつつ、なかなかこの映画を目にする機会がなかったのだが、秋田県藤里町で町制施行50周年を記念して、映画「ふるさとがえり」の上映会が開催されることを知り、満を持して…というのは大げさかも知れないが、平川市のSさん、弘前市のEさんとともに訪れたのが昨年11月のこと。
(詳細は「映画『ふるさとがえり』のこと。」をご覧下さい。)

この日、林弘樹監督とも直接お会いし、まだ上映会を開催していないのが岡山県と青森県のみであることを知り、上映会とトークセッション終了後の帰りの車中で、「是非青森県内でも上映会を開催したい!」という思いがどんどん高まっていった。(それは特に、平川市のSさんの中でより強固な思いとして募っていったようだ。)

ただ、我々行政の人間がいきなり上映会を開催するノウハウなどを持ち合わせているハズもなく、いつやるか、どこでやるか、早くやらねば、とにかくやらねば…と、はやる気持ちと焦る気持ちばかりが先行し、とりあえず誰かに観てもらおうと、まずは12月末に弘前市、黒石市、そして平川市の若手~中堅職員10名ほどに集まって頂き、プチ上映会を開催した。

この時も、上映後に色んな感想を頂いたのだが、「できることならば多くの人に観て頂きたいが、どうやったらいいのかがわからない。」というのが、この場での結論じみた感想だった。

その後もSさんとEさん、そして僕の3人で数回打ち合わせを行い、上映会の開催に向けてようやく腹をくくったのが、1月末になってからのこと。

この時点で、上映会に向けた実働部隊はSさんと僕になることが、ほぼ決まっていた(実はEさんは、拙速な上映会の開催にはあまり賛意を示さなかった)。そしてここから、Sさんと僕という昭和46年1月生まれの二人(僕らは生まれも出身校も職場も異なるけど、職場への採用が同期で、新採用研修が一緒だったという「つながり」を持っているのです)で、上映会に向けた動きが加速した。

・県内最初の上映会は弘前市駅前の「ブロッサムホテル弘前」で行うこと。
・県内最初の上映(それは47都道府県最後の上映を意味していた)ということで、林監督にもご来場頂きたかったが、予算の都合上、林監督のトークセッションは次回以降の宿題とすること。
・今回は50名のみのこぢんまりとした上映会として、とりあえずSさんと僕が知っている方(それも、映画の良さを多くの方に伝えて頂けそうな方)に声かけをしながら、最低40名は上映会に来て頂くこと。
・上映会と上映会+懇親会とし、できれば「前売券」という形で販売すること。(今だから明かすと、当日になってドタキャンが続出し、採算割れになることを避ける、という狙いもあった。)
・上映会は1,500円、上映会+懇親会は5,000円とすること。
などなど…

しかも、その直後に上映回数が全国で1000回を迎える日が近づいていることを知った。
これはもう、狙うしかないよね…。

まずはフェイスブックのイベントページを立ち上げ、75名近い方々にお声がけ。あとは、一本釣りで直接ご来場をお願いするか、人づてで参加者を増やしていくしかない。

当初は10人ほどの方々から参加表明を頂いたが、予想通り頭打ちとなったため、お知り合いへのお声がけをお願いしたところ、結果的に40名の方々が参加して下さることとなった。

あとは、当日に向けた「小物」の準備。映画なので「鑑賞券」も準備したいし、領収書も用意しなければならない。500円のお釣りも準備しなければならないだろうし、せっかくなら参加者全員の集合写真を撮りたいので、カメラも用意したい。

そして、あれやこれやと準備を進めながら色々思いを巡らせるうちに、一つ忘れていたことを思い出した。

…そうだ!林監督からこっそりコメントを頂こう!

上映会後の懇親会の席上、僕は乾杯の挨拶をすることが決まっていた。
よし、ここで林監督からのメッセージを紹介して、Sさんをはじめ、みんなをビックリさせてやろう!
林監督にメッセージのお願いをしたところ快諾頂き、しばらくすると、林監督からメッセージが返信されてきた。

…ただし、僕だけではなく、Sさんにも一緒に(笑)。

便せん6枚にビッシリと書かれた監督からのメッセージに目を通し、思わず目頭が熱くなった。
これは乾杯の場で披露するような軽々しいものではないな…。

そう思い、会場の隅に上映中に貼り出すことを決めた。(実際、こんな感じで貼り出した。)

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そしていよいよ当日。
14時30分過ぎでなければ会場が空かないということで急遽、受付と会場のセッティングのお手伝いを募集。14時30分を過ぎると、どこからともなくたくさんの人が集まり始めた。
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椅子を並べ替え、スクリーンを設置し、プロジェクタとPC、そしてスピーカーを繋ぐ。

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ディスクをセットし、プレイボタンをクリック。

…あれ?

「コピーガードが云々…」とメッセージが現れ、再生されない。

焦るSさんと僕。
ディスクを換え、もう一度。

…あれ?う、動かない??

ヤバい!上映開始までもう時間がないのに、これはヤバい!

二人の間に一気に漂う焦燥感。

もう一度落ち着いてプレイボタンをクリック。

スクリーンに、パッと画が映し出された。

ホッと一安心。

その間も続々と会場に人がやってくる。開始時刻には、参加エントリーされた全員の方々にご来場頂いた。
皆さん、本当にありがとうございました!

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Sさんの挨拶(この上映会が1003回目となること、47都道府県で最後となること、などなど)のあと、上映会が始まった。
ここまで来れば一安心。あとは、突然機械が止まったりスピーカーが故障したりしないことを祈るばかりだった。

一番後ろから皆さんの表情を窺う。やがてすすり泣く声、ハンカチで目頭を押さえる姿が目に入ってくる。映画の内容ももちろん泣けたけれど、今回は参加した皆さんが感動する姿にもらい泣き。

上映が終わるとともに、会場内に拍手が鳴り響いた。
よかった、これが聞きたかった…。

急造してこしらえた撮影現場の確保にも皆さん快くお手伝いして頂き、全員で写真撮影!

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その後お配りしたアンケートにも、皆さん真剣な表情で回答して下さった。

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そして、受付にてアンケートを回収し、上映会が無事終了となった。

ホントはSさんとハグの一つでもしたいと思ったが、これはあくまで「通過点」。
ここから青森県内でどういった「つながり」が生まれるのか、今後の展開をずっと見守っていきたいと思う。

改めて、上映会にお越し頂いた皆さんに心から感謝申し上げます。

最後に。懇親会の模様をご覧頂きます。皆さん「もう一度観たい」というコメント、何だかホントに嬉しかったです!

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