日別アーカイブ: 2014-01-08

リアルな現実 本気の現実


[wb_fb_f name=”” id=””] 国立競技場が改装される時期が迫る中、ここに来て猫も杓子もライブライブ…。何かうんざりしながらも、3月の屋外って、かなり寒いんじゃないですか?と、どうでもいいことが気になり始めている今日この頃。
ちなみに僕が国立競技場で観たいと思うアーティストは、ももクロでもラルクでもなく、当然のことながらプリンスかU2です。

さて先日、その国立競技場が何となく似合いそうな布袋さんが「Twitterを辞める」と宣言しました。

布袋寅泰、ツイッター終了へ 今後はブログで「心模様をお伝えしようと思います」

ロックミュージシャンの布袋寅泰が6日、自身の公式ブログで「今年の最初の決断は3年間に渡りほぼ毎日、日常の一瞬の感情や風景を呟いてきた『Twitterをやめること』」と報告した。布袋のフォロワー数は現在、約24万人に達している。

辞める理由の一つとして「SNS依存症という言葉がありますが、僕もいつの間にか日常のすべてを140文字に切り取る癖がついてしまった。ストーリーよりもディテールにフォーカスがいってしまう。気がつけば目の前の風景をツイートしたくなる。これは立派な依存症なのかもしれません」と説明した。

「2014年は僕にとって勝負の年」という布袋。今後は「Twitter越しの誰かにではなく、これからはもっと自分自身に呟いていきたい」と綴ると「今後は原点に戻って、このブログで心模様をお伝えしようと思います」とし、そのほかの活動のインフォメーションについても、フェイスブックをはじめとしたSNSで報告すると明かし、正式な公式アカウントを掲載している。


ふと我が身に振り返ったとき、mixiに始まりTwitter、FacebookにLINEも一応登録してるし、そう考えると、僕も結構SNSに頼っているのかな、と。まあ、140字に切り取る癖はさすがについていないんですが…。

ここ最近の使用頻度からすると、mixi <<<< LINE < Twitter <<<<<< Facebook の順になると思うのですが、mixiはほとんど使用しておらず、そろそろ潮時(というか、開店休業状態です)。
LINEは、スマートフォンにインストールはしているものの、こちらも実はほとんど使用してません。
Twitterについても、ある日、公私混同してしまったお役人が激しいバッシングを受けているのを見て怖じ気づき(苦笑)、今となっては閲覧することもほとんどないという…(東日本大震災直後は、ここから発信される情報が非常に有用だったんですけどね)。

使用頻度からすると、今はFacebookが一番ということになるんだけど、実はあの「いいね!」が結構うざったいというか、こちらとしては別にどうでもいいような投稿やコメントにまで「いいね!」をされると、「ホントのところ、別にいいね!なんて思ってないでしよ?」なんていう鬱陶しささえ覚えることがあったり…。

なので逆に、たまに珍しい方から「いいね!」を頂くと、凄く嬉しかったりしませんか(…って、この時点で既にかなりヤバい気もするのですが)。

まあ、結局のところ「いいね!」ボタンは、「投稿、読みましたよ!」という足跡を残すためのボタンだと割り切ればいいんでしょうかね。

SNSもそれぞれ善し悪しあるんでしょうけれど、Twitter然り、Facebook然りで、色んな有名人や著名人と繋がったり「お友だち」になっても、じゃあ現実問題として、リアルにお付き合いのある人って、実際どれぐらいいるのよ?という話。

僕の場合はどちらかといえばリアルなお付き合いをさせて頂いている方、直接お目にかかったことのある方がSNS上(特にFb上)にはたくさんいて、しかもそれがFbをきっかけにして繋がりができた、という方がかなり大勢いるのも事実。(そもそもFbを始めたきっかけが、高校の頃の同期生を見つけ出すことだった、というのは前にお話ししたっけ?)

今さらながら、ここまで繋がりができると、SNSなんてなくても何とかなるのかな、と思う一方で、なければないで、不安になってしまうのかなあ…。

って、この時点で、僕もかなりSNSに依存しているところがあるんだな、という再確認。まあ、SNSもあれやこれやではなく、どれかに絞るという取捨選択の余地は残しつつ、いきなり綺麗サッパリさようなら、ということはできないかなあ。

…これはあくまで僕個人の解釈なのですが、「思」という漢字は、「心」の上に「田」という字が乗っています。
自分の「心」の中に「田」が広がる…つまり、自分が心に浮かべるイメージ。
一方の「想」は、「心」の上に「相」が乗っています。だから、「心」を「相」通じさせる…つまり、自分の心の中を相手に伝えるイメージ。

自分の中で育まれた「思い」を「想い」にして伝える。
これ、無機質なフォントで構成された文字だけで伝えるのって、結構難しいと思いませんか。

だって、こうやって文字にして表現しても、残念ながら、ここに僕の感情は伴っていません。(多分それができるんだったら、僕は作家になって飯を食う術を考えていると思います。)

つまり、字面だけで伝えることって、限界があるわけですよ。
だって、リアルな感情を伝えることができないから。だから、時によっては誤解を招くことがあるし、こちらの本気度を伝えることもできない。

じゃあどうすればいいかと言えば、手っ取り早いのは、直接会ってお話しするという方法。
自分の想いを伝えるって、多分そういうことなんじゃないかな。これも、ごく当たり前のことだけど。

閑話休題。
…待てよ。ええと、今日は何の話をしたかったんだっけ?(笑)

そうそうそれで、現実的な人間付き合いをしつつも、SNSなどのツール・媒体を上手く使いこなす(もちろん依存するのではなく)ことができるかが、凄く大事なんじゃないかな、と思うんです。ごく当たり前の話なんだけど。

なので今年は、ネットだけの関係ではなく、たくさんの方々と直接お目にかかってお話ししてみようかなと、直感的に思いました。

僕は、文章にすると結構面白いことを書いている(…と、ここ最近、立て続けに何人かの方から言われた。)らしいのですが、耳年増な割に全然知識が備わっていないし、ホントにお話しするとネタがないです(なので、よく寡黙になります)。

それは多分、自分の「思い」を「想い」にして相手に伝えるまで至っていないのだろう、と。
いや、そもそも「想い」にするまでの「思い」というか「考え」が固まっていないのだろう、と。

新年の僕の心には、まだぼんやりとしか模様がないようです。
なので、今年は昨年以上にたくさんの方々と色んなお話をさせていただきたいと考えておりますし、その中で色んなものを吸収しながら、揺らぎ、惑い続けている自分の「思い」を固めていければいいな、と自分勝手に思っております。

…ああ、また新年のご挨拶みたいになっちゃいました。やっぱり今日の投稿は、焦点が定まっていませんね。すいません。

※ちなみにタイトルは佐野元春がかなり前に発表した楽曲のタイトルで、深い意味はありません。(でも表情のないMark Kostabiの絵画、大好きです。)
electric garden