【トイレで読むのにちょうどいい長さ。本日も原稿用紙換算8枚にてお届けします。サッカーのハーフタイムにも、是非。】
第27回AOMORIマラソン。
実を言うと、この大会で40分を切ることが今年の一つの目標だった。
いつまで経っても越えられない40分の壁。この位置にとどまり始めてからもうすぐ2年が経つ。
いい加減この状況から脱しないと、と思っていた矢先のケガ。
自業自得とはいえ、一体この先いつまでもがき苦しめばいいんだろう、という悶々とした思いが、ずっと燻り続けていた。
とはいえ、前日の朝練で途中何度か立ち止まりながらも約10キロを走ったことを鑑みると、10キロぐらいまでならひとまず何とか走れるかな?と思い、左アキレス腱の腱鞘炎が完治していないにもかかわらず、出場を強行した。
万全には程遠い状況の中で、目標を下方修正。狙うは40分切りから45分切りへ。いや、45分はいくら何でもダメだろう。せめて42分台にとどめようよ。
大会当日の朝、足首やアキレス腱周りを入念にマッサージした後に消炎剤を貼り、その上からテーピングを施す。考えてみると、テーピングを施して大会に臨むのは、今回が初めてだった。
ソックスを履いたら、白いテープが露出した。この瞬間、「言い訳の材料」が一つできたと思った。そして、ついそんなことを考えてしまった時点で、今日の結果は望めないことを悟った。
弘前駅からいつもより1本早い電車に乗り込み、途中の浪岡駅でKさんと合流。
実は彼、僕がケガをしたまさにその時に居合わせた人物で、応急処置のためのスプレーを持ってきてくれた。
左足のテーピングを見たKさん、僕のケガを案じて「無理せばマネっす。」と声を掛けてくる。
その言葉に「うん、うん。」と頷くしかできなかった。
8時前に会場に到着。受付を済ませ、弘前公園RCのS藤さんが設置してくれたテントへとお邪魔する。
太陽はほとんど雲に覆われていたけれど、皮膚にまとわりつくようなモワッとした空気が会場内に漂っている。昨年と比較すると風も気温も落ち着いていた代わりに、湿度が相当高いことを感じた。
痛み止めの薬を服用し、アップを開始。ゆっくりと走り出すと、そんなに痛いというワケではない。試しにちょっとペースを上げてみる。
あれ?意外と大丈夫かな?
あとはアドレナリンと痛み止めの力を借りれば、何とかなりそうな気がする。
結局3キロほどジョグした後にテントに戻ると、既に大量の発汗。今日も厳しいレースになりそうだ。
レース用のウェアに着替え、他の仲間たちにも挨拶を済ませる。
9時15分、5キロコースがスタート。10キロコースのスタートは、5分後の9時20分。既に皆さん戦闘態勢は万全のようだ。ひとまず「目標:50分以内」のやや前方に並び、S藤さん、S内さん、S下さんとともに戦術を話し合う。10キロとはいえ給水も複数箇所に用意されている。今日のような蒸し暑い日は、思った以上に発汗量が増えるので、後半は給水をしっかり取ることにした。
9時20分、号砲が鳴った。やや抑え気味にスタートすると、S藤さんが先陣を切って前へ出て行く。背中を見ながら、ひとまずS藤さんをペーサーに見立てて走ってみることにした。4分前後のペースで走っているのだろうか、順調過ぎる滑り出しだ。
ちなみに今日の課題は3つ。
(1)途中で現れるベイブリッジの往復、上りでペースを落とさない。
(2)残り2キロ、堤川に架かる橋を越えたらラストスパート。
(3)最後は笑ってゴール。
スタート後には大きく引き離されたS藤さんの背中がじわりじわりと迫ってくる。
鬼門とも言える3キロ過ぎのベイブリッジ、上りに入ると更にその背中が大きくなる。風があまり感じられないのは幸いだが、海水を含んだようなネットリとした空気が、体内の水分を奪っていく。4キロ付近から下りに入り、S藤さんとの差は15メートルほどとなった。
このまま行けば、どこかでS藤さんに追いつくかも知れない…と思った矢先、まさに5キロの折り返しを過ぎた直後に異変が起きた。
突如アキレス腱に走る鈍痛。痛みが再発したのだ。ちょっと待て、今まで何ともなかったのに、急に何で?
一瞬頭の中が混乱するも、さっきの下りで一気にペースを上げたことが災いしたとすぐに悟った。給水所でペースを落とし、水を頭から被り、スポーツドリンクを一口飲む。
再びS藤さんの背中が遠くなっていく。ペースを上げようにも、痛みと怖さで上げられない。何人もの人が僕の横を駆け抜けていく。そしてその中には、S下さんの姿が。
異変が起きたことを感じたであろうS下さんに一言声を掛ける。
「S藤さんの背中を追って!」
実はこれ、自分自身への気合い入れでもあった。
復路、再びベイブリッジの上りに差し掛かっていた。折り返しを目指す後続のランナー数名から声を掛けられるが、もはや脚に気が向いているため、応答することすらできない。
ようやく橋を上りきったところで落ち着きを取り戻し、意識を集中。再度ペースを上げ始める。そして、最近練習に取り入れていた「あれ」をやってみた。「あれ」というのは、ちょっとしたフォームの改善。今はまだ会得していないので詳しくは言えないが、「あれ」をやってみたら、鈍痛が緩和されていくのがわかった。いいそ、いいぞ。
再びペースを上げてみるが、既に前を走る二人には大きく水をあけられ、とてもではないが追いつけるような距離ではなくなっていた。
残り2キロ。堤川に架かる橋では、大した高低差ではないものの、上りで再び鈍痛がぶり返し、ペースが落ちる。
でも、こんなところで心が折れたら、絶対後悔する。
再びペースを上げ、一度は先行を許したランナーたちをまた捉え始める。
最後の給水、再び頭から水を被る。もはや滴り落ちるのが水なのか汗なのか、わからない。
残り1キロのラストスパート。二人の背中の大きさは変わらないままだったが、残り300メートルでサングラスを外す。最後はとにかく笑ってゴールするんだ。結局、引きつったような卑屈な笑顔を浮かべながら、ゴールラインを越えた。
時計に手をやり、タイムを止める。文字盤を見て驚いた。何と40分30秒台で走りきっていた。
設定より2分も早いゴール。この状態で40分台を叩き出すとは思わなかった。
…でも、何かちょっともったいないことをしたな、という複雑な気持ちが途端に沸き上がった。
こういう時に「たら」「れば」は禁句だが、もしも脚の状態が良ければ、どうだったんだろう。
その場に立ち尽くすと、水たまりができるぐらいの勢いで汗がぼたぼた落ちてくる。
前日の練習も一人で大量の汗をかいて笑われていたが、今日はそれを越える量の汗だった。ついさっき海から上がってきた、と言っても、恐らく疑われないだろう。
完走証を見て、納得した。湿度83%って…ミストサウナの相対湿度が70%ぐらいらしいので、この湿度がいかに尋常でなかったかは、おわかり頂けるだろう。
楽に走れる状況ではなかった(というか、AOMORIマラソンが「楽だ」と感じたことは一度もない)し、脚の不安もかなりあった。昨年から比較すると順位も落としたしタイムも落ちた。課題も、2つしかクリアできなかった。
けれども、これだけ走ることができたということに関しては、胸を張ろうと思う。…その分、代償も大きかったけれど。
たかが10キロ、されど10キロ。こういう経験を積み重ねることが、自分の力になると信じつつ、来年は「たら」「れば」を封印できるようしっかりと準備を整えよう。
大丈夫、次は絶対に目標をクリアしてやるから。
今年も大会でお世話になった皆さん、ともに走った皆さん、そして、一緒に飲んで笑った皆さんにも心から感謝です。
本当にありがとうございました。
【余談】
合浦公園で行われた大会の後の打ち上げに参加した後、青森駅近く(次の打上げ会場)まで移動しようとバス停に向かうと、20分以上も待たなければならないことが判明。待っていられないと走り始め、数か所のバス停で足を止めるも、タクシーが全く捕まらないため、気がついたら何とNTT青森支店前のバス停まで走っていたというオチ。ようやくタクシーに乗車、次の会場へと向かいましたが、結果、酔いばかりがグルグル回り、帰路に就く頃にはかなり記憶が曖昧という最悪の事態に。次回はバスの時刻をちゃんと調べよう。