日別アーカイブ: 2016-12-21

電子か紙か


今日は二十四節気の一つ、「冬至」です。冬至の日には「南瓜」を食べ、「柚子湯」に入ろう、といわれています。
皆さん、なぜ南瓜なのかご存じですか。
冬至の日に、「ん」の二つつくものを食べる(「南瓜」=「なんきん」)と運気が上がると言われているのだそう。
ということで最近の冬至では、「ん」の二つつくものということで「天丼」をお勧めするところが全く増えていないようです。…天丼屋さん、来年から冬至の日、繁盛するやこれ。

一方で、残念なお知らせ。
ご存じの方も多いとは思いますが、何と冬至を過ぎてもなお、1月10日頃にかけて日の出の時刻は更に遅くなります。代わりに、実は日の入りの時刻はもう徐々に遅くなり始めています。冬至は一番日照時間が短い日ですが、日の出の時刻がもっとも遅く、日の入りの時刻がもっとも早い、そういう日ではないんだって。

そして、冬至が終わるとクリスマス!もう、日本は和洋折衷何でもありですから。24日にやってくるのが「サンタクロース」、25日にサンタが来なかったのを目の当たりにするのが「サンタクロス」…。

最近、何でもかんでも「ロスロス」ってうるさくないですか。これで年が明けると再び「スマロス」が席巻するんですよ、きっと。まあ、別にいいんですけど…。
そんな流行社会を斜視している私は最近「髪ロス」、そしてようやく軽くなりつつあった体重が再び増え始め、すっかり「軽ロス(カルロス)」です。

髪ロスで思い出しましたが、こちらは紙ロス。電子書籍の勢いが止まりませんね。最初出た頃は「紙をめくらない書籍なんて…」と思いましたが、いざ使ってみるとこれがまた便利なんだわ。ちなみに現在は、スマートフォンとAmazon Fireに電子書籍のアプリ(Kindleと電子書籍Reader)をそれぞれインストールし、通勤電車の中で書籍(漫画ではありません)をたまに購入して読んでいます。部屋の中に無造作に積み上げられている書籍の数も増えなくなり、書籍の置き場に困るということも減りました。

特に田舎に住んでいると、昔から街にあったレコート・CDショップや書店がどんどん減り、大型量販店のようなチェーン店ばかりが居残っていく光景に一抹の寂しさを感じる一方で、こういう時代になっちゃったんだなあ、という諦めにも似たような境地も生まれたり。
本屋さんに足を運んでは、授業で理解できなかった部分を理解するために参考書を立ち読みしてみたり、受験生向けの書籍をペラペラとめくって、まだ見ぬキャンパスへの憧憬を深めたり…なんてことを私がするはずもなく、プリンスやその他のアーティストのネタを発掘すべく、音楽雑誌を手当たり次第に立ち読みしていた頃が懐かしいです。

2015年2月のグラミー賞でプリンスが残したスピーチを再び思い出します。
「Albums, Remember Those? Albums still matter. Like books and black lives, albums still matter.」
(アルバムって覚えてる? アルバムはまだ大事だ。書籍とか黒人の命と同じようにアルバムは重要なんだ。)

ここでプリンスが伝えたかったのは、マテリアルとしてのアルバムが持つ重要性。もちろんこれは音楽のダウンロード配信等により、デジタル化が進んでいることへの彼なりの見解と警鐘と受け取ることができますが、米国ではこの頃、警官により黒人青年の命が相次いで奪われるという事件が起きていて、そのことに対する批判と見る向きもあったようです。そしてこのスピーチの中では、「アルバム」や「黒人の命」と同等に重要なものとして「書籍」が挙げられています。

確かに、書籍が本来から持つ質感、例えばページをめくる時の紙の質とか、インクの香りとか、そういう五感で感じ取ることのできるものが、電子書籍には備わっていません。電子書籍、とは言いますが、ブログを読んでいるような感覚ですよね。ほら、今みたいな感じで。
ちなみにここ最近購入し、読み終えた又は読みかけの電子書籍は以下のような感じです。何の脈絡もないという…。

指先一つで好きな音楽や書籍を購入し、指先一本でページをめくり、そしてそれを棄てることができる時代。
書籍について言えることは、紙媒体も電子書籍も一長一短あると思うので、うまく使い分ければいいのでしょうかね。
皆さんであれば、どういった使い分けが理想的と考えますか?

しかし今年は、プリンス追悼とランニング関係以外の書籍に、全くといっていいほど目を通していないということに気づいた冬至の日。色々見聞を広げないとなあ…。