月別アーカイブ: 2015年11月

もうすぐ太陽と海とジョガーの祭典「NAHAマラソン」、ですね。


みんな、ジョンガッてるか~い?
こんにちは。12月からマジョンガーZを標榜すべくいろんなところを鍛錬することにしたマカナエです。まだ酒が抜けてないかもです。

昨年の今頃、僕は「NAHAマラソン」でどういった走りをするかで悩んでいました。悩んで悩んで「狙う。」と決めたまではよかったのですが、スタート直前に焦って靴紐をきつく結び過ぎるというチョンボをやらかし、25キロぐらいからは右足裏の痛みも発症して急激に失速、30キロ以降はダメダメになりました。いや、それもこれも全ては自分の脳から発せられる「もう、いい加減休んで沖縄楽しもうぜ!」というウソの信号にやられたんだけどさ!

昨年は青森県内が大荒れの天気で飛行機が飛べずに参加できない人が続出、青森県から参加できた人は5人もいたんですかね?
残念ながら今年はエントリーしていませんが、昨年の経験から感じたこと、思ったことを幾つか挙げたいと思います。今年は参加される仲間が結構いたような気がしたので、参考になれば幸いです。

(1)そもそも前日の受付の行列がハンパない!
前日受付会場に向かうと、長蛇の列に思わず閉口してしまいました。中に入るとそんなに混雑していないのですが、一旦靴を脱がなきゃ受付会場の中に入れないということで、並び始めてから30分ぐらいかかったのかな。流石、東京マラソン開催前まで日本最大級の大会だっただけあります。ここからスケールが違います。外ではエキスポ、というわけではないにせよ、あれやこれや色んなものが販売されていたり、チラシが配られたり、大会ムードをどんどんかき立てられます。

(2)雰囲気
この大会、沖縄県民挙げてのマラソン大会といっていいと思います。それぐらい盛り上がりが凄いですし、参加人数も相当数に及びます。
あちらこちらから会場に向かうランナーを見ているだけでもテンションが上がります。何となくお祭りムードといった感じですね。

昨年までは陸連登録の特権発動で前方からのスタートがありましたが、今年からその特権が確か規定の改正により撤廃されているはず。(事実、陸連公認レースでの優先スタートはなくなってきています。前列のスタートラインに立てるのは招待選手だけ。陸連登録しても登録していないランナーと一緒のスタートとなります。田沢湖然り、さいたま然り。)
なので、場合によってはとんでもない場所からスタートとなり、スタート直後の国道58号から国際通りへ向かう際の右折で、ランナーの大渋滞に巻き込まれる可能性があります。

しかもこの大会、完走率がかなり低いのです(ちなみに昨年は74.4%)。前日の地元FMを聞いていてわかったことなのですが、最初から完走する気のない人の多いこと多いこと。
「今年はひめゆりの塔まで走るのが目標です。」とか「平和祈念公園まで走って家族と待ち合わせます。」とか、大体半分ぐらいの距離でやめちゃう人が多いのです。裏を返すと、ファンラン気分で大会に参加している人が非常に多いということ。NAHAマラソンそのものに「ハーフマラソン」のコースが設定されていないからなのでしょうかね。なので、渋滞から抜け出せなくなると、その後は自分のペースで走れなくなる可能性があります。

(3)コースの特徴
前半は上り基調(細かなアップダウンが続きます)、20キロ過ぎから急に下り基調、30キロから平坦なワンウェイのコース。高低差は約100メートル。簡単に言うとこんな感じ。沿道は、ほぼ途切れることなく声援が続き、私設エイドの数もハンパなく、それを見ているだけでも楽しめます。公式のエイドがどこかわからないぐらいですから。
12月上旬とはいえ、そこは沖縄。きっと暖かいことだろう…と舐めてかかったら、昨年はとても寒かったのです。でも、さすがに昼頃になると結構暑くなってきて、それがまた堪えたという…。今年の天候がどうなるのかはわかりませんが、気温の変化に柔軟に対応できるぐらいの心構えが必要ではないかと思います。
ちなみに、12月の沖縄は北からの風が結構吹いてきます。場合によっては30キロ以降、向かい風との闘い、なんてこともあり得ます。…もっとも僕の場合、完全に撃沈だったんだけど。(というか、練習が足りなすぎました。はい。)

(4)ガチランよりファンランがお勧め
そんなわけで、記録更新のガチランを目指すのには少々きついコースかも知れません。かといって昨年の僕みたいに何とも中途半端な結果に終わるのももったいない。(もっとも、記録更新は狙っていたつもりだったのですが。)
エントリーする予定が今のところないとはいうものの、せっかく沖縄の冬を堪能するのであれば、僕は敢えて後者を選ぶことにすると思うなあ。どうせなら4時間半ぐらいかけて景色を堪能したり(といっても海はほとんど見えません)、見たことのない私設エイド(沖縄そばの振る舞いや、最南端の吉野家の牛丼とか、ドラゴンフルーツに下手をすればオリオンビールまで飲むことができます!)を楽しみたいな、とか思ったり。

(5)でも、私設エイドもさまざまなので…
昨年うっかりやってしまったのが、オバチャンが皿に山盛りにしていた塩をひとつまみして舐めたこと。これ、後半だと胃がやられるので要注意です。沖縄そばがあるのは中間地点付近ですが(昨年は見逃した)、これも胃の負担になる可能性がありますし、牛丼(といっても紙コップにちょっとだけ入っています)も同様。
それから、子どもたちがハイタッチを求めてくるのですが、ものすごい勢いでハイタッチをしてくる子どもがいるので(特に学校前に並んでいる子どもたち)、要注意です。

(6)走り終えた後のお楽しみ
奥武山陸上競技場にゴールした後、隣のエリアでは色んな飲食物が露店形式で販売されています。中には、ゼッケンを見せると無料提供なんてサービスもあったりして。私、清涼飲料水で喉を潤した後、速攻でオリオンビール飲みました(笑)。スタート前、小さなジップロックに数枚のお札を忍ばせることをお勧めします。

(7)でもどうせなら1000番以内を目指してください。
30000人が参加するマンモス大会、1000番に入るのは至難の業かも知れません。がしかし、1000番以内でゴールすると、翌日の地元紙「沖縄タイムス」に氏名と県名とタイムが掲載されます。
ちなみに昨年は、埼玉の公務員ランナー川内優輝選手が1位でした。しかも、沖縄県の方が持っていたそれまでの大会記録を10分も更新しやがった。
実は私、その大会で942位でゴールしたので、新聞に名前が掲載されていることに気づき、翌日那覇空港で新聞を購入しました。で、血眼になって青森県のランナーの名前を探したのですが、ない…ということはですよ、多分、多分なんですけど、昨年のNAHAマラソンでは青森県1位だったということに。青森県の公務員ランナーもそれなりに頑張りました(爆笑)。
というか、47都道府県から参加しているかどうかはわかりませんが、942位でやっと青森県の名前が掲載されるなんて、嗚呼、ホントすいません。

とにかく!このコースは30キロからの平坦が勝負というか、力の出しどころです。30キロまでは色々意識しないで、30キロ以降の12.195キロを走りきると割り切った方がいいです。それぐらい30キロまでは思った以上にタフなコースなので、心してかかってください。
…ということでNAHAマラソンに参加する皆さん、どうぞ楽しんできてください!
僕はしばらく行けそうにないかなあ…。

昨年の走りっぷりを綴った記事はこちら↓
https://nonvey.com/?p=1116


2015年シーズンオフに突入です。


この時期になると、全国各地でマラソン大会が開催されるようになり、いよいよシーズン本番に突入です。

しかし私、2015年は先日のさいたま国際マラソンを最後に脚休め。夏と冬が逆転している日本とオーストラリアの関係よろしく冬の訪れとともにシーズンオフに突入です。

この1年間をざっと振り返ってみると、2015年はいきなり怪我でのシーズンインとなり、昨年ハーフのPBを出した初戦の花巻ハーフMで撃沈。次レースの八戸うみねこMは不幸事があり急遽DNS…と、何か戦意喪失しそうなスタートを切りました。しかし、5月下旬に開催された五所川原走れメロスMでは、距離が足りないと言われながらもハーフのPBを更新。よーしこれで勢いに乗るぞ、と思った弘前城リレーMは仕事と重なり参加できず、しかもこの直後に東京へ出張した際、アキレス腱に違和感を覚え、診察の結果アキレス腱周囲炎の疑い、痛みをごまかすために初めて前日に注射を打って臨んだ6月末の平川たけのこMではコースのPB更新と、波に乗っているのか乗り切れていないのかよくわからないまま夏を迎えました。
7月第1週のAOMORI、今度は私用と重なりDNS、右脚をかばっていたことによりその後左脚にも同様の症状を発症、これまでストレッチを怠ってきたことを心の底から悔いながら、8月上旬に参加賞のメロン2玉をもらいに行く、という理由だけで秋田県男鹿市の日本海メロンMに参加。暑さとの戦いということで北海道Mに向けた練習と位置付け、ペースを上げることなくキロ5分のペースで走りきり、100分台でのゴールと相成りました。

そして今季初のフルマラソンとなった8月末の北海道M、昨年のリベンジとばかりに虎視眈々とサブ3.5を狙うも、向かい風と暑さで敢えなく撃沈…。続く9月中旬の田沢湖Mは、昨年初めてサブ3.5を達成した相性のいいコースということで意気揚々と臨みましたが、結局蒸し暑さにやられこちらも完全に撃沈。いずれも前半のハイペースが仇となっており、オレは毎回何をやっているんだろうと憤り、心の糸が切れかけましたが、その後ラン仲間からの叱咤激励により立ち直り、10月のアップルMでは4時間30分のペースセッターのお役目をしっかりとやり遂げ、よし!次は行けるぞ!と翌週の十和田駒街道Mに行く予定が再び諸般の事情でDNS。

10月の岩木山チャレンジヒルクライムMで標高差約800mの岩木山スカイラインを「練習、練習」と独り言い聞かせながらゆっくりと上りきり、迎えた今季最終レースとなるさいたま国際Mでようやく昨年の自分越えを達成…と、ランの内容もメンタルもめまぐるしく変わった2015年でした。

…と、せっかく2015年を総括したので、幾つか気づいた点を。なお、あくまで私個人での今後の修正ですので、皆さんに当てはまるものではないということだけは申し添えておきたいと思います。

(1)大会前の練習量は徐々に落とす。
田沢湖MとさいたまMの際、全く逆の練習を取り入れました。結局のところマラソンの練習は、何度も言うように一朝一夕で何とかなるものではないということ。そして、大会直前の過度な追い込みは、僕の場合全く役に立たないということ。むしろジタバタすることなく当日を迎えられるよう、心穏やかに過ごすのがいいみたいです、僕にとっては。

(2)あわてないあせらないあきらめない。
昨年の後半あたりから出場した色んなフルマラソンで、前半勢いよく飛び出し、そのままのペースで20キロぐらいまで走った後、後半大失速というお約束の展開が続いていました。
「人馬一体」という言葉があります。さいたまを走っているときは、まさにこんな感じでした。つまり、同じ自分の身体でありながら、脳と肉体が別物みたいな感じ。慌てるな、急ぐな、と脳で肉体に言い聞かせ、30キロを越えてもなお、焦るな、焦るなと口走り、スパートをかけた37.5キロ過ぎでは、絶対に諦めないと強く言い聞かせ…。
勢いや体力に任せるのではなく、久しぶりに「頭を使う」マラソンをしっかりやりきった感じ。自分に合ったレース展開を考えるとすれば、これが一番しっくり来るのかな、と走り終えた後に思ったのでした。

(3)過去の失敗レースの分析と検証
今まで過去の大会結果を真剣に分析・検証したことはなかったのですが、さすがに同じ失敗を繰り返しすぎだろう、ということで、これまでのレース結果を分析した結果、こう走るべきなのではないだろうか、という一つの仮説を立てることにしました。そしてそれを実証したのがさいたま国際M。さいたまは、仮説の検証のため自分自身を実験台にして走ってみた、そんな感じです。だから無理に頑張る必要がなかったのです。…うん、これもうまく嵌まったから雄弁に語れるんだけどね。

(4)練習の質をちょっとだけ変える。
夏までは、どうも漫然と走っていた感がありました。距離走も時間走もペースアップ走もみんな一緒。つまり、メリハリが全くといっていいほどなかったのです。インターバルとかスピード走とか、正直言って苦手ですし嫌いです。でも、そこを避けたらきっと成長はないよなあ、と思い、秋口からそういう練習もほんの少しですが取り入れるようにしました。正直、少しでも練習しておいてよかったと今は思っています。多分、ただ漫然と練習していただけならば、きっと今年は本当に不本意な一年のまま終わったことでしょう。
まあ、終わりよければいくらでも語れるワケですよ。

(5)集中力を切らさない。
前半でペースを上げすぎているレースは大概、後半(30キロ前後)で集中力がプツンと切れています。音が聞こえるぐらい、プツンと切れます。あちこちが痛いと脳が信号を発し始めてフォームが崩れた時が要注意。暑さのせい、風のせい、昨晩食べたもののせい、よく眠れなかったせい…色んな言い訳を考え始めたら最後。そして、自分に対する甘やかしの芽が一斉に発芽、生長します。そうならないためには、とにかく集中力を切らさないこと。これはもうホント、雑念を払うしかないんだよね。

(6)でも、自分のルーティンは忘れない。
大会当日の朝からスタート、そしてゴールするまで、僕自身の中で色んなルーティンがあります。それは、初めてフルマラソンを走ったときから今まで一度も変えていない、絶対的なルーティンです。自宅だろうが遠方だろうが絶対に変えずに、これだけはやり続けて行こうと思います。何かは言えませんが。

(7)サブ3.5を当たり前にするために。
初マラソンの3時間34分台から始まり、(二度のペースセッターを除けば)大体3時間30分~40分台でコンスタントにまとめてきたこれまでのレース。次の目標に進むために、まずはサブ3.5をしっかりと自分のものにすること。そうすれば、自ずと次の目標達成も視野に入ってくることでしょう。
こうなったら、40歳の頃に負けず劣らずの45歳を目指したいと思います。

…ということで皆さま、私しばらく冬眠します。起こさないでくださいね。

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あ、そうそう。自撮りの特訓だけは怠らずにしっかりこなしていこうと思います。


佐橋佳幸の仕事 1983‐2015 Time Passes On


久しぶりに音楽ネタを。
80年代から90年代にかけての邦楽は、めまぐるしく変遷を辿った時期だったと思う。
Niagara、アルファ、フォーライフ、Epic、Fitzbeat、Moonなどといった大手レコード会社傘下のレーベルの台頭、アイドルからアーティスト指向への変化、女性ボーカルバンドの出現、自主制作盤(インディーズレーベル)の躍進、外国資本系レコードショップの進出、レコードからCD、CDからMDへと変化し続けた音楽媒体、イカ天、ビーイング、ビジュアル系といった相次ぐムーヴメントにバンドブーム、渋谷系ミュージックや和製ラップブームの到来、洋楽カバーからセルフカバー、70年代以降のアーティストの再評価など、枚挙に暇がない。

とにかくあの頃(ちょうど僕が中学生から大学生にかけての頃だ)は、耳に入る音楽は何でもかんでも聴いてみよう、といった勢いで、ちょっとでも気になる音楽が現れようものならば、すぐに市中心部にあったレコード屋やレンタルショップに走ったものだった。

…やがて、なけなしの小遣いを貯めて、ライブやコンサートにも足を運ぶようになった。

初めて自分のお金で足を運んだコンサート(弘前市民会館で行われた小比類巻かほるのライブ)から30年近く。これまで国内外さまざまなアーティストを観てきたが、国内アーティストのライブ、コンサートを観てきた中で、ダントツの数でバイプレーヤーを務めていたのが佐橋佳幸。そういう意味では、僕がライブ、コンサートで一番多く観てきたミュージシャンこそが佐橋佳幸だと言っても決して誇張した表現ではない。
高校の時に初めて観た渡辺美里を皮切りに、鈴木雅之、佐野元春、山下達郎など、彼がステージ上でギターを奏でる姿を何度見たことか。12年前に開催されたエピック・ソニーの25周年のライブ(LIVE EPIC 25)、今思い返しても凄いメンバーが出演したステージだったけれど、大阪城ホールで観たあの時のバンマスも彼が務めていた。
佐橋佳幸の名前を初めて目にしたのは渡辺美里のアルバム。その後シングル・ヒットとなった「センチメンタル・カンガルー」の作曲を手掛け、それ以降頻繁に彼の名前を目にすることとなった。

彼と初めて遭遇したのは青森で観た渡辺美里のコンサート。確かその時にも彼はバンマスを務めていたが、二人が高校の先輩後輩だという情報は織込み済みで、下世話な言い方をするならば、僕はこの二人はきっと「デキている」のだろうと信じて疑わなかった。
こう言っては失礼だが、決して大きくない背格好でありながら、ステージ上では圧倒的な存在感。何度も息を飲むような演奏を目の当たりにし、その都度「おお…佐橋すげえ!」と心の中で感嘆していたものだった。
そして今回、そんな佐橋佳幸の30年にも及ぶキャリアを総括した作品が発表された。

その名も、佐橋佳幸の仕事(1983-2015) 〜Time Passes On〜
「演奏、作編曲、プロデュース、ボーカルにコーラス…佐橋佳幸のお仕事あれこれ、音楽生活32年ぶんをみっちり詰め込んだ前代未聞のコンピレーション。」と、触れ込みが凄い。

先日さいたまを訪れた際に、たまたま浦和パルコ内にあるタワーレコードでこの作品を見つけたのだが、あまりにも凄すぎる収録曲に驚愕し、さらに3枚組45曲というそのボリュームにも驚愕し、これは絶対に購入しよう!と即決したのだった…ちなみにその場で購入しなかったのは、少しでも帰りの荷物を減らしておきたいという思惑があったから。その割には他の余計なもの…いやいや、優先順位からどうしても必要だったものは何の迷いもなく購入してしまったのだけど。
何せこの作品、店頭ではタワーレコードのみ、通販もタワーレコードとソニーミュージックショップでしか販売されていない代物。しかし、複数のレコード会社、レーベルの垣根を越えた作品てあり、更には山下達郎と大瀧詠一の未発表曲が収録されているという、これだけでも充分マストアイテムなのだ。
50ページ以上にも及ぶライナーノーツ。ここでその内容を明らかにすることはできないが、それぞれの楽曲解説に綴られた「裏話」が、非常に興味深い。これを読むだけでも、日本の音楽業界、とりわけその当時売れに売れまくっていた楽曲にどれだけこのサハシのエッセンスが吹き込まれていたのかがわかる。というか、このライナーノーツだけでもホント凄いんですわ。

さすがに知らない楽曲も幾つかあるけれど、きっと我々同世代にしてみれば、まさに青春の多感な時代に、実はどれだけ佐橋ミュージックのお世話になっていたかを垣間見ることのできる作品集。
一ギタリストと言ってしまえばそれまでだが、収録されているミュージシャンの顔ぶれを見ただけでも、彼がいかにこの業界で必要とされ、そしてそれに応えていたか、ほんの一部であるが彼の音楽ヒストリーを辿ることができる。
さまざまな楽曲の中で奏でられる彼のギターの音を聴きながら、この作品を単なるコンピレーションアルバムという括りで片付けるのはあまりにももったいなさ過ぎる。

クインシー・ジョーンズやジャム&ルイス、ベイビーフェイス(LA &フェイス)など、敏腕プロデューサは海外にたくさんいるし、国内にも古賀政男を筆頭に阿久悠や松本隆といった素晴らしい作詞家作曲家がたくさんいるけれど、僕が知る限りでは、バイプレーヤーでここまで称賛されるのは、村上”ポンタ”秀一かこの佐橋佳幸ぐらいじゃないだろうか、と思った次第。

百聞は一見にしかず、ではなく百見は一聞にしかず。
同年代の邦楽好きの皆さん、これはマストバイですぞ!

sahashi

2015年11月13日発売
品番:MHC7-30038
価格:¥4,630+税

CD3枚組 三方背ボックス入りデジパック仕様 Blu-spec CD2
タワーレコード、Sony Music Shop限定販売

【収録曲:DISC-1】
1. UGUISS / Sweet Revenge (1983)
2. NOBUYUKI, PONTA UNIT / Digi Voo (1985)
3. 藤井康一 / LITTLE BIT LOUDER (1986)
4. EPO / 12月の雨 (1987)
5. 岡村靖幸 / 不良少女 (1988)
6. 大江千里 / ROLLING BOYS IN TOWN (1988)
7. 渡辺美里 / センチメンタル カンガルー (1988)
8. 宮原学 / WITHOUT YOU (1988)
9. Peter Gallway / BOSTON IS BURNING (1989)
10. 鈴木祥子 / ステイション ワゴン (1989)
11. 佐橋佳幸 / 僕にはわからない (1989)
12. 杉真理 / Wonderful Life〜君がいたから〜 (1990)
13. 桐島かれん / TRAVELING GIRL (1990)
14. 矢野顕子 / 湖のふもとでねこと暮らしている (1991)
15. 小田和正 / ラブ・ストーリーは突然に (1991)

【収録曲:DISC-2】
1. 槇原敬之 / もう恋なんてしない (1992)
2. ROTTEN HATS / ALWAYS (1992)
3. 藤井フミヤ / TRUE LOVE (1993)
4. 佐橋佳幸 / Zócalo (1994)
5. 佐橋佳幸 / Time Passes On (1994)
6. 鈴木雅之 / 夢のまた夢 (1994)
7. 氷室京介 / 魂を抱いてくれ (1995)
8. GEISHA GIRLS / 少年 (1995)
9. 福山雅治 / HELLO (1995)
10. 山下久美子 / TOKYO FANTASIA (1996)
11. 佐野元春 and The Hobo King Band / 風の手のひらの上 (1997)
12. 川本真琴 / 1/2 (1997)
13. 坂本龍一 featuring Sister M / The Other Side Of Love (1997)
14. 山下達郎 / 氷のマニキュア (2015REMIX) (1998)
15. SOY / 約束 (1998)
16. 山弦 / SONG FOR JAMES (1998)

【収録曲:DISC-3】
1. 大貫妙子&山弦 / あなたを思うと (2001)
2. 竹内まりや / 毎日がスペシャル (2001)
3. Fayray / I’ll save you (2001)
4. 小坂忠 / 夢を聞かせて (2001)
5. MAMALAID RAG / 目抜き通り (2002)
6. Emi with 森亀橋 / Rembrandt Sky (2005)
7. 松たか子 / 未来になる (2005)
8. スキマスイッチ / ボクノート (2006)
9. GLAY / MILESTONE〜胸いっぱいの憂鬱〜 (2012)
10. 真木よう子 / 幸先坂 (新緑篇) (2013)
11. Darjeeling / 21st. Century Flapper (2014)
12. 渡辺美里 / オーディナリー・ライフ (2015)
13. 佐橋佳幸 / ジヌよさらば メインテーマ (2015)
<ボーナストラック>
14. 大滝詠一 / 陽気に行こうぜ〜恋にしびれて (2015村松2世登場!version) (1997)