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ねえGarmin、こっち向いて


2011年からかれこれ5年間にわたりお世話になってきた Nike+ SportsWatch GPS。発売当初、そのクールなデザインに一目惚れし、3万円の大金を叩いて購入。このアイテムを身につけて走ることの爽快感というか優越感というか、何ともいえぬ心地よさに心酔しまくっていたのですが、1台目、2台目と相次いで雨にやられ、敢えなく不燃ゴミへと消えました。
中でも一番酷かったのが1台目で、明日大会があるんだよ、という前日に成仏するというとんでもない事態が発生し、翌日の大会を時計なしで走り、結果散々な目に遭った、ということがありました。(ちなみにその時の大会は平川市の「たけのこマラソン(ハーフ)」でした。)
1台目が故障したその日のうちにすぐ2台目を注文(2万5千円を切るところまで値段が下がっていましたが、評価もどんどん下がっていました…)したのですが、その理由は二つ。一つは、使い慣れているから。そしてもう一つは、Nike+でログを取り続けたいから。

しかし、ランニングの女神はまたしても試練を与えます。
懲りずに購入した2台目も、梅雨時期に行った30kmLSDの際に、湿った空気と雨にやられ、あっという間に文字盤の内側が曇りはじめ、ドライヤーで乾かすなどの必死の抵抗をしましたが、程なく成仏。ふざけんじゃねーよ。

こう言えば販売元に怒られるかも知れませんが、時計の裏側を見ると、恐ろしいほど造りが粗雑で、防水機能なんてほとんどなし。レビューにもあるように雨だけじゃなくちょっとの汗であっという間にやられるな、ということを確信したのもこの時でした。

しかし何を思ったのか、よせばいいのにうっかり3台目を購入し、現在に至るわけですが、この3台目については購入から1年以上が経過しても全然大丈夫…。
水や汗に注意しながら、しっかりケアすればいいだけの話なんだよねー…と高笑いしていたのですが、ここ最近、肝心の距離が不正確に計測されるという事態が生じ始めています。
水や汗じゃなくても、冷や汗が出ますって、これ。
距離が不正確なので、1キロ毎のラップも適当。「ええっ!そんなはずないのに!」といった表示をする頻度もどんどん増えてきました。

これまでの間、他社では次から次へと性能の向上したGPS搭載の時計を発表しているのに、Nike+のこの時計だけはまるでモデルチェンジすることもなく、ここ最近では何だか「化石」を身に付けて走っているような気分に苛まれ始めていました。
…嗚呼、初めてこの時計を身に付けた時のあの高揚感は、どこに行ってしまったのでしょう。

大体にして、腕につけると重い、データの取り込みはUSB必須、水に弱い…。よって、2年持った例がない…って、いいところが一つもないみたいじゃないですか!

正直こうなると、何がいいのかよくわからないし、走っていてもテンションが上がらないわけですよ。だって、正しい距離は示されないわラップは適当でウソつくわで、全然練習にならないんですから。

いや、この際だからハッキリ言わせて頂きましょう。
Nike+ SportsWatch GPSは、もはや時代遅れの代物です。…というか、このアイテムにはTomTomが絡んでいるんですが、NikeにはもはやGPS時計に本腰を入れるつもりなんてないんでしょうね、きっと。

それを裏付けるというわけではありませんが、ここ最近は、Nike+Runningじゃなくともランニングのログを記録できる色んなポータルサイトが出現しています。それでもNike+にこだわるとすれば、これまで走り続けた結果、6,126.12キロまで達したブラックレベルの証だけでしょうか…といってもこれ、意図せず反映されなかったデータ、意図して反映させなかったデータがあるため、ホントはもう少し走っているんですけどね。

ただ、このNike+のWebサイトも更新される度に使い勝手がどんどん悪くなっているような気がするのは僕だけでしょうか。というか、スマートフォンのアプリだけ力入れてればいいって感じですかね?その割には、ちゃんと走行データが反映されないしさあ、何なのホントに?

数年前までは何人か見受けられたNike+ SportsWatch GPSユーザーも、僕の周りで所持している方はほとんど見かけなくなり、逆にすこぶる評判の高いGarminユーザーがどんどん増えていきました。まあ、Garminの悪い点を挙げるとするならば、モデルチェンジの頻度が早いことですかねえ。

1年以上前からNike+とGarminとの連携ができるようになり、皆さんそちらからNike+にデータを移行しているのだそうで。いや、それだって僕、知っていたんですよ。
知っていたんですけどね、まだちゃんと動くNike+ SportsWatch GPSがあったから、ほら…。
しかし、さすがにGPSの機能がアホになってしまうと、Nike+ SportsWatch GPSにこだわるのがアホらしくなり、やっと決別する腹を決めました。だって、GPS機能を搭載した時計なのにGPSが機能しないなんて、寿司にシャリがないようなもんじゃないですか。そして。

まかなえ は あたらしいぶきをてにいれた。

昨日やって来た新しい相棒は、「Garmin ForeAthlete 230J」。

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ちょうど1か月後に迫った北海道マラソンを皮切りに、レースでデビューする予定です。あ、その前に練習で使いますけどね。
しかし装着してみると軽いですなあ…。スマートフォンのバッテリーはそれなりに食うことにはなりますが、Bluetoothで連携することができるし、ライフログも取れるし、メールや電話、更にはメッセージの着信まで教えてくれるし、色んな機能があるのですね。

Nike+ SportsWatch GPSも、普段使いできるといえばできますけれど、汎用性の高さではGarminの圧勝ですね。

しかし、Garminの時計の設定の時点で躓いているぐらいなので(夜に外に出て、時計を夜空にかざすとは思わなかったっす)、これから先うまく使いこなすことができるのかが思いやられますが、早く使いこなせるように、使う場面をたくさん作りたいと思いまーす。


10回目のフルマラソンに向けて


【今日の投稿は、今年フルマラソンに初めて挑戦することを決意したKさん、そしてフルマラソンを走ってみたいけれど悩んでいる皆さんに捧げます。】

2016年夏。いよいよ北海道マラソンの開催まで33日となりました。今年のフルマラソン初戦です。

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この大会は今回が第30回の記念大会となるそうですが、僕にとってもフルマラソン10レース目という節目の大会になります。だからといって何が何でも必死で頑張る!というわけではなく、脚の具合や体調を見ながら、まずは3時間30分台で完走することを目的としたいと思います。

僕は今から3年前の2013年、42歳の時にフルマラソンに初挑戦しました。それまでは、フルマラソンなんていうのは僕とは無縁の別世界で生きる人達がやるものだ、と思っていました。小学校時代は常に運動会の徒競走でビリ、体育の成績は万年「3」でしたが、本当であれば「2」でも全く不思議ではありませんでした。とにかく運動の類は一切苦手、走るなんてもってのほか。ハッキリ言って大嫌いでした。

30歳になる時に一度、「30歳という節目の記念に」と、小中学校からの友達数名と一緒に10キロマラソンに出場したことがあります。今の「弘前・白神アップルマラソン」の前身で、「NEWあっぷるマラソン」という大会。弘前市運動公園が舞台でした。あの時は47分弱でゴールしましたが、9キロで脚が止まり、ヘロヘロになりながらゴール、直後に両脚が攣って歩けなくなるなど、辛い思いばかりすることとなり、ちっとも楽しいと思えませんでしたし、二度と走るものか!と思っていました。
そんな僕が何でフルマラソンを走るまでに至ったのかという経緯は、今回は省略しますが、こんな運動大嫌いだった僕でも走れるぐらいなのですから、皆さんもちょっと努力すればきっと完走できると思います。(そして多分、小中学生の頃の僕を知っている人であれば、僕がフルマラソンを走るということは、恐らくツチノコが発見されるぐらいの衝撃、受け入れがたい事実として捉えられることでしょう。)

ただし、どれどれ、ちょっと走ってみるか…という軽い気持ちでフルマラソンを制限時間内に完走するのは、よほどの地力や体力の持ち主か、用意周到に準備をしていなければ無理だと思います。そのためには当然綿密な計画が必要になるわけですが、実際のところ何をどうやって準備をすればいいのか、となると、僕自身も答えに窮するところがあります。

ちなみに僕の場合、フルマラソンを初完走するちょうど1年前に、初めてハーフマラソンに挑戦しました。そして、ハーフマラソンに挑戦する以前は、10キロマラソンに4度ほど挑戦していました。フル挑戦までの4年間、時系列に出場レースを並べると、こんな感じです。徐々にレースの距離を伸ばしているのが、一目瞭然かと。

【2010】10キロ、10キロ 【2011】10キロ 【2012】ハーフ 【2013】ハーフ、ハーフ、ハーフ、20km、フル

別にフルマラソンを走るために短い距離から始めたというわけではありません。ただ、30歳の時とは違った思いを抱きながら、ランニングという趣味を受け入れることができるようになった背景があった、といえばいいのでしょうか。2015年以降は、春先からハーフマラソンの大会に幾つか出て、夏場から秋にかけてフルマラソンの大会に出る、といった感じです。マラソンの季節は秋からだと言われていますが、基本的に秋冬は大会に出ないことの方が多いです。冬は雪が多いという場所柄、みっちりと練習を積むのが難しくなってくるから、という言い訳がましい理由からです。

不思議なことに、一度フルマラソンで完走できたことが自信となり、今は仕事の進行管理と懐具合を見ながら、各地の大会にエントリーするようになりました。北は北海道、南は沖縄、出場してみたい大会は幾つかありますが、大体年間で3~4レースといったところでしょうか。
でも、ケガや病気などでレースそのものに出場することができなかったこともあり、更にその回数は年を追う毎に増えているような気がしています。ちょっと悔しいです。

さて、今でこそフルマラソンを完走することは自分にとっては「当たり前」のようになっていますが、最初にフルマラソンに挑戦することを決断するまでには、相当な葛藤がありました。僕が「弘前公園ランニングクラブ」の練習に初めて参加したのは2012年の8月第1週、あの頃はまだ10名も練習に参加しておらず、練習後の撮影も通りすがりの人にお願いするといった状況でした。

201208firstrun

初めて練習に参加したその時に一緒に走った方々から、単独で練習していた時(といってもちょっとその辺をジョギングしていた程度ですが…)には絶対に気づくことのなかった、目から鱗が落ちるようなアドバイスをいろいろ頂き、「大丈夫だよ!ハーフマラソンに出ればいいじゃん!」と背中を押されました。もう10キロはいいかなあ、と思っていたところ、弘前・白神アップルマラソンのエントリー期限が間近に迫っていたこともあり、衝動的にエントリーしてしまった、というのが実のところ。しかし、結果としてこれがフルマラソン挑戦への布石となったのです。
それまでは、毎回出場していた10キロマラソンの大会で30秒~1分ずつタイムを縮めていましたが、ではいきなり2倍以上のハーフマラソンを完走できるのか?といわれると、正直自信はありませんでした。

それでも、一緒に大会に参加した仲間の声援を受けて無事に完走、その日の夜の懇談会で「来年はフルだな!」とまたしても背中を押されたのです。
10キロからハーフマラソンならまだしも、ハーフを2回も走ることになるフルマラソン?10キロの4倍以上?絶対に無理!と、その時は即答を避けましたが、徐々に包囲網は固められ、翌年のフルマラソン出場へと繋がっていきました。

これまでの大会の記録(Running Results)

そういう布石があってフルマラソンには「満を持して」挑戦することとなりましたが、出場するからには絶対に歩くことなく、ちゃんと走ろうと心に決め、かなり用意周到に下準備をしていたことは、今だから明かしましょう。

42歳の、初経験(第11回弘前・白神アップルマラソン)

初めてのフルマラソンで完走するためのアドバイスは、僕よりマラソンのことを熟知されている方々が既にたくさんされていますので、ここでは僕自身がフルマラソンに臨む際に毎回心掛けている幾つかのことを記しておきたいと思います。

【コースの特徴を熟知する】
大会の公式HPやパンフレットには、どこをスタートして、どういった道を辿り、ゴールするか、そしてその高低差はどうなのか、といったことが記載されています。一番良いのは実際にそのコースを走ってみることですが、遠方だとなかなか叶いません。特に初めて出場する大会の前には事前にそれを熟読し、地図やコースの特徴等を頭に叩き込むようにしています。

【週間天気と天気図をこまめにチェックする】
マラソン大会に出場するに当たり一喜一憂するのが、当日の気象状況です。暑過ぎず寒過ぎず、走りやすい気象状況になるのが一番良いこととはいえ、天気で気持ちが左右されるのは、本意ではありません。晴れなのか曇りなのか、それとも雨なのか、気温はどうだ、いろいろあると思いますが、僕は大会5日前から週間天気をこまめにチェックするとともに、大会3日ぐらい前からは、日本気象協会の天気図をチェックして、当日の気圧配置がどうなのかを把握するようにしています。気圧配置や等圧線の間隔などで、概ねの天気のほか、風向きや強さを把握しておくためです。そして、前述の【コースの特徴】と複合的に判断し、どういった格好で大会に臨めばいいかを思案するようにしています。まあ、外れることの方が圧倒的に多いんですけどね。

【飲む食べるは自己責任で】
とある大会に出場する前日の夜、盛り上がって缶ビール350缶を3本も空けてしまいました。翌日の結果は推して知るべし。ちょっとフルマラソンを完走できるようになったからと、調子に乗った結果だと猛省しました。
走るということは、筋肉だけではなく内臓にも相当負担がかかっていることは周知の通り。県外の大会に出向くと、つい気持ちが大きくなり、地元のグルメや特産品など食指が動きがち。走る前はもちろん、走った後の飲む食べるは、あくまで自己責任で。ちなみにフルマラソン当日の朝における僕のルーティンは、切り餅を7個食べることです。

【経験者の話をたくさん見聞きする】
今はマラソンに関する書籍(特に新書)が多数発刊されているほか、大会に関する記事がブログなどでたくさん紹介されています。全てを読みあさるのは現実的に難しいことですし、それが参考になるかどうかは、個人個人によって違うと思います。
しかし、絶対これは参考になる!というバイブルのような書籍や記事を一つ持っておくことは、きっと励みになるはずだと僕は信じています。

フルマラソンを完走するために参考にしたもの

【レースの結果は必ず分析】
走り終えて完走証を頂いておしまい、ではなく、その日のレース展開がどうだったのか、後日必ず分析するようにしています。
5キロ毎のラップがどうだったのか、後半どのタイミングで、どれぐらいペースが落ちたのか、補給はどうしたのか、給水所で口にしたのは何か、といったことを細かく分析して、次のレースに繋げるようにしています。
もちろん全ての大会において同じ条件で走るわけではありませんので、内容は異なりますが、積み重ねによってウィークポイントも見えてくるものです。
特に今は、毎シーズン新しい補給用の食品やドリンクが出現していますから、レースで試してみるのも一つの方法かも知れません。ちなみに今回の北海道マラソンでは、それをやってみるつもりです。


僕自身、次の大会でフルマラソン出場10回目となる、とはいいながらも、百戦錬磨のランナーからしてみれば、僕は駆け出しのひよっこみたいなものです。

フルマラソンへの挑戦を躊躇している皆さん、僕もそうでしたが、やる前から無理だ、と決めつけるぐらいなら、一度やってみて納得した方がスッキリすると思いませんか?

走っている時はひとりぼっちかも知れませんが、きっと周りには同じゴールを目指して頑張る仲間、同志がいるはずです。大丈夫、フルマラソンに挑戦する貴方の背中を、ゴールまで後押してくれる人はたくさんいますから!
思い切って一歩を踏み出してみると、世界観が変わりますよ。

さあて、今年はどんなドラマが待っているのかなあ。
・・・あ、10回目の記念というわけではありませんが、注文してしまいました!(予定通り、ではないですから。)garmin_order


「みちのく津軽ジャーニーラン」は、猛者の集まりだった。


青森県内で開催されるフルマラソンの大会は、「弘前・白神アップルマラソン」のみです。日本陸連の公認を受けていない大会であるため、本県のフルマラソン完走者割合は、全国のそれと比較すると平均をかなり下回っているらしいです。県内でももう一つぐらいフルマラソンの大会があってもいいのにね、そんなことを思っている中、海の日の三連休にとんでもない大会が開催されました。

「第1回みちのく津軽ジャーニーラン200キロ」

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はい。その名の通り、弘前駅前を出発し、同じく弘前市高崎にある「さくら野百貨店弘前店」まで、普通に行けば3キロもないこの間を、何と自分の脚だけで津軽地方の10市町村を通過し、200キロを踏破するというものです。

弘前公園RCでもこの大会をサポートすることとなり、私もその一人として手を挙げ、スタート地点から第1チェックポイントとなる岩木山の百沢スキー場までの約16キロをガイドランナーとして走ってきました。

16日には参加者全員参加必須のミーティングが開催され、注意点などが説明されたとのこと。翌17日早朝4時半、集合場所となっている弘前駅前公園広場に向かうと、全国各地から集まった変人…いや猛者がいるわいるわ。
聞いたところでは200名を越える方々がエントリーしているとのことで、もはやそばに近寄るのも恐ろしいぐらいのオーラが漲った方々で、広場は溢れかえっていました。

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DSC_0739(猛者を取り囲んで出陣式を行っているような光景です。)

我々RCのサポートメンバーには、弘前駅前公園広場から弘前市土手町~弘前公園内を駆け抜け、岩木川に架かる岩木橋までの約5キロをガイドランナーとして走るという役割の他、チェックポイントでの給水、補給食の提供などの役割が与えられており、それぞれの使命を担ってこの大会に臨んでいました。この他にも、私設エイドの設置を自発的に行ったメンバーもいました。もちろん、数名の仲間は実際にエントリーもしていたわけで。
さてさて、RCからはこの日の朝、ガイドランナーとして約10名が集まりました。
選手の皆さんには、前日のミーティングで交通法規は絶対遵守(信号無視は御法度)、1キロ6キロペースで走る、そして、岩木橋までの5キロまでは先頭を走るガイドランナーを抜いた時点で失格、という注意が伝えられていたそうです。
で、誰が先頭を引っ張る(抑える)かということになったのですが、結局アップルマラソンでペースランナーを務めたこともあるキャプテンと僕が先頭を走ることとなりました。

DSC_0741(大会に出場するラン仲間と、サポートメンバーと。双方ともに気合いが漲っています。)

スタート直前(スタート直前の集合写真。すっかり調子に乗っています。)

午前5時、いよいよスタート。

スタート後

すぐにキロ6分のペースを掴みましたが、何せ市街地で信号が多い区間であったため、赤信号のたびにどんどん選手の皆さんはばらけていきました。まあ、よく考えてみるとこれから200キロ走るうちのたった1キロしか進んでいないので、そんなのはお構いなしなんですけどね。
弘前公園内に入る時点では、我々の後ろには既に10名ほどしかいませんでした。
「どちらからいらしたんですか?」「鹿児島から来ました。」「か、鹿児島!!!」
こちらがビックリするような、本当の猛者ばかり集まっていたんですね。
園内の説明をしながら、公園内を駆け抜けます。
この日はスタート直前から弱雨が降り始め、走っている間は結局ずーっと雨でした。
なので、岩木山も見えずじまい。まあでも、結果的に陽射しがない分、選手の皆さんにとって走りやすい環境ではあったようです。
本来であれば岩木橋で我々の任務は終了の予定でしたが、僕は当初から百沢スキー場まで走ると決めていましたので、キロ6分を保ったまま、走り続けました。この間「私のガイドランナーの役割は終わりましたので、先行されても構わないんですよ。」と声を掛けても、結局誰一人として前に出るランナーはいませんでした。結果的にはそのまま、第1チェックポイントまでランナーの皆さんを引っ張っていくこととなりました。

田園風景が徐々に広がり始める岩木地区。スタートから約7キロ、丸一石油商会で最初の私設エイドが登場、ランニング仲間3名が給水を行っていました。実はこの直前でウルッと来るようなやり取りがあったんですが、まあ、それは僕の心に秘めておきます。ここでキャプテンと別れ、この先は僕一人がランナーの先導を行うこととなります。

四季菜館前(先頭集団を牽引中。)

やがてジワリジワリと上りの区間に差し掛かり、それまで会話の弾んでいたランナーの皆さんも口数がどんどん減っていきます。しかし、皆さんの会話を聞いていると、とても僕には真似できるような芸当ではありません。日本国内の大会では飽き足らず、世界各地の100キロ(以上を踏破する)マラソン大会に出場している話だとか、間もなく国内で開催されている100キロ以上のマラソン大会の(50レースではなく)50大会に出場することとなる話だとか、聞いていても完全に別次元。
ふと、ランナーの方から話しかけられました。
「ところでこの辺だとあれですか、秋田内陸とかいわて銀河とか…(いずれも100キロマラソン大会の名称)。」
「そうですね、あとはサロマに行かれる方だとか…。」
「どちらかの大会には行かれるのですか?」
「いやいやいやいや!私はとてもとても…。」
…と、走りながら思わず苦笑い。
聞き耳を立てていると、140キロがどうしたとか200キロの大会は他ではどうだとか、もはや会話の内容が完全に別次元の話。一言で200キロ言いますけどね、弘前市からだと東北道を利用して岩手県の北上市まで行ってもまだ足りないわけですよ。皆さん、その距離を御自身の脚で走られるわけですよ。やっぱり変態だ…。

さてさて、そんなことを思いながらも最初の難関とも言うべき県道弘前岳鰺ヶ沢線宮地バイパスの上り坂を終え、いよいよ岩木山神社まで約1キロ。僕は先が見えてきましたが、皆さんはまだ全体の10パーセントにも達していないワケでして、そう考えるとやっぱり200キロを走るって尋常ではない…というか、自動車の運転でも200キロなんて面倒くさいですよね。
岩木山神社にたどり着き、参道を上ると、そこから約1キロはトレイルコース。一気に標高差100メートルを駆け上がります。この間もずっと雨が降り続いていましたが、視界が開け、最後きつめの坂を上りきったところで、いよいよチェックポイントとなる百沢スキー場が見えてきます。ヤマザクラがキレイに咲き誇る桜林を抜けて、ようやくチェックポイント到着。信号待ちを除くと、ここまでで1時間40分弱でしたので、キロ6分は少し越えてしまいましたが、概ね想定のペースは守ったことに…。(ただしあとでラップを見たら、ムラが酷かった。すいませんでした。)

DSC_0745(この桜林を上りきると、第一チェックポイントがあります。)

まあ、5キロ過ぎた時点でキロ6分の設定は解除となっているので、速かろうが遅かろうがもはやどうでもいいのでしょうけれど。(ちなみに5キロ通過は30分44秒。ちょっと遅かった。)

僕の後ろを最後まで走ってこられた2人の方とガッチリと握手を交わし、道中の安全を祈りながらお見送り。
そしてその後も続々とやってくる全ての選手(しかも最後の二人はラン仲間のKくんとHさんだった!)を見送り、8時頃に下山開始。結局家に帰宅したのは9時過ぎのことでした。
これで御役御免…のハズだったのですが。

18日、雨は上がり何とか天気は持ちこたえそうな感じ。ふと、昨日見送った選手の皆さんが、今いったいどこを走っているのか思いを馳せます。この日は午前午後と野暮用があったので、中途半端に大会に関わっても仕方がないから応援に行くのはやめよう、と思っていたのですが、どうも気になって仕方がないのです。程なく、出場した仲間の数名が制限時間やその他の事情でリタイアしたこと、一方で現在も数名がどこかを走って(歩いて)いることを知ります。
午後2時頃、この日最後の用事であった墓参りを終えた私、居ても立ってもいられなくなり、ゴール地点であるさくら野百貨店弘前店に行ってみることにしました。いや、行ったところで何ができるワケじゃないのです。でも、何だかわからない妙な焦燥感というか義務感に駆られて、行かなきゃならない、ゴールを見届けなければならない、という思いばかりがどんどん強くなっていきました。
墓参りに行く時点で既にランニングできる服装に着替え、弘前市撫牛子にあるお寺から走って田舎館村豊蒔を経由、県道弘前田舎館黒石線へ。ここはゴールに向かう最後の区間といってもいいのですが、右を見ても左を見ても選手の姿はありませんでした。ここから約1.7キロ西へ向かうとさくら野百貨店弘前店があり、ペースを緩めながら走っていると、何人かの選手と遭遇しました。
でも、「頑張って下さい!」なんてことは絶対に言えません。
だって、これまでどれほど頑張ってきたのか、我々の想像の域を遙かに越えているからです。ですから選手の皆さんには、「お疲れさまです!」とだけ声を掛けて、ゴール地点を目指しました。
ゴール地点に到着すると、スポネット弘前の方やスポーツエイド・ジャパンなど、大会関係者の皆さんが選手のゴールを待ち構えていました。

DSC_0753(ゴール地点では、皆さんが選手の到着を待ち構えています。)

そしてふと横を見ると…そこには、たった今200キロを踏破したばかりの勇者が、文字通り精根尽き果てたような様相でへたり込んでいました。大体にして200キロを踏破し終えた選手の姿なんぞ、これまで見たことがないのですよ。その姿に、僕は思わず息を飲んでしまいました。その後も、かなり間隔を置きますが、少しずつ選手の方がゴールテープを切ります。そう、それは僕がここにたどり着く直前に声を掛けた選手の皆さんでした。
そういえば、ラン仲間の皆さんはどうされたのでしょう…。聞いたところでは、残り7キロの地点を過ぎた方がこちらを目指しているとのこと。
一旦ゴール地点を離れた僕は、さっきと逆の方向に向けてゆっくりと走り出しました。この間も、睡魔と戦っているのか、一歩間違えればゾンビのような姿で歩く方や、疲れも見せずニコニコ談笑しながらやってくるカップルなど、数名の選手とすれ違いました。僕はといえば、皆さんに対して敬意を表して一旦立ち止まり、「お疲れさまでした!残り●●メートルですよ!」と声を掛けます。

すると、ほとんどの皆さんが同じ対応をされるのです。
辛くて苦しいはずなのに、ニコッと微笑んで「ありがとうございます!」と言葉を返してくるのです。中には「ありがとうございました。本当にお世話になりました。」とおっしゃる方も数名いました。
オレ、別に大したことしてないし…。
選手を労っているつもりなのに、こちらが労われている…。そう考えたら、何だかこちらの胸が熱くなりました。

さて、気づいたらゴール地点から約3キロも逆走してきました。ようやくここで、ラン仲間1号を発見。両膝にはテーピングが施され、かなり辛そうな感じでしたが、単独ではなくお二人で歩いていましたので、それだけで気分転換にはなっていたようです。
道中で起きたお話をいろいろ聞きながら、再びゴールを目指します。いわば、これもガイドランナーみたいなものですね。でも、実はお話をするのも辛そうなぐらい声が細くなっていたので、これ以上疲労を蓄積させてはいけないと、僕は少し距離を離れて先導することにしました。いや、ここまで来たらもはや先導する必要なんてないのでしょうけれど、昨年の田沢湖マラソンでこの方から2度も檄を飛ばされた立場としては、余計なお世話と思いつつも、せめてもの恩返しをしたい、と考えたのです。
結局お二人は、午後5時を少し回ったところでゴールしました。そして、ゴール地点には「居ても立ってもいられず」やって来た僕のことを知ってなのかは定かではありませんが、たくさんのラン仲間が集まって最後の声援を送っていました。

やむにやまれぬ事情があったため、僕は17時30分過ぎにゴール地点をあとにしたのですが、その後も続々と選手の皆さんはゴールされたようです。

無事ゴールされた皆さん、本当におめでとうございます。拍手!
残念ながらゴールすることができなかった皆さん、そのチャレンジ精神に、同じぐらいの拍手!

僕はガイドランナーとしてほんのちょっと並走させて頂いただけですが、皆さん本当に輝いていました。

僕、冒頭で「自分の脚だけで200キロ踏破」と言いましたが、これ、違うんですよね。脚だけではなく、頭のてっぺんからつま先まで、そして脳もフィジカルもメンタルも全て駆使して踏破する、そういうことなんですよね。

今回のこの大会に少しだけ携わっていく中で、一つだけ確信したこと、ハッキリ言えることがあります。
僕はフルマラソン以上の距離は絶対走りません。そう腹を括ることができました。

全国各地からいらした選手の皆さんもスタッフの皆さんも、本当にお疲れさまでした。
僕自身、本当に素晴らしいものを見せて頂くことができ、励みにもなりました。ありがとうございました。