日別アーカイブ: 2008-10-27

四十九日が終わりました



気がついたらもうすぐ10月も終わり。何をしていたのかも思い出せないぐらい忘却の彼方へと過ぎた1ヶ月。と同時に、あっという間だった1ヶ月。紅葉の見頃も終盤を迎え、いよいよ冬の便りも聞こえそうな時期にさしかかってきていることを、札幌・藻岩山で雪が降ったニュースを見て実感した。今年の冬は雪が多いのだろうか…。

先週25日(土)に、父の四十九日法要を執り行った。といってもお寺に向かったのは母と妻と僕の3名のみ。二週間前の忌明けの時と比べると、非常にこぢんまりとしたものだった。
ただしその分、間近で住職の読経を聞くことができた。

僕は父の位牌をまだ作っていないことに焦りを感じ、前日に母を通じて確認をお願いしたのだが、どうやら母は住職にも電話をしていたらしく、結局僕だけ一人が焦っていたらしい。住職からは、的確なアドバイスがあったようだ。

オカルトっぽく捉えて頂きたくはないのだが、読経が響く間、我が家の位牌堂の左側の明かりがついたり消えたり、位牌堂の左側に供えていた霞草だけが、何やら不思議な動きを繰り返したり(笑)。
それをボンヤリと見ながら、「ああ、父がその辺に来てるな…。」と直感で思ったり。

読経が終わると、結局左側の明かりは消えたままになってしまったのだけれど、母がちょこんと触れたら、再び点灯した。単に接触が悪かっただけなのだろう(苦笑)。

まあそれはともかく無事にお勤めを終え、墓前に手を合わせ、とりあえず何度目か忘れてしまった「区切り」を迎えた。

四十九日ということで、その日を挟んで来客も数名あったのだが、どうも父は亡くなった直後に何人かの所を訪ね歩いたらしく、興味深いお話しを聞かせて頂いた。

高校時代の同級生からもメールを頂いた。
津軽地方にある寺院に嫁いだ彼女からのメールは、実に的を射た、かつ包容力のある内容だった。
本当にありがとう。

母は例のごとく読経が響く間ずっと涙していたが、何か吹っ切れるものがあったのだろうか、その後母の実家へと出かけていった(僕の祖母、つまり母の実母にも、父が亡くなったことをようやく伝えたそうだ)。

僕も、自分の中で相変わらず引きずっている「不幸のどん底」というか「悲劇のヒーロー」みたいな意識を早く払拭しなければ。

一区切りとは言っても、これでいいんだ、という整理は一生つかない。悲しみだって一生和らぐことはないだろう。でも、時間が一つ一つ解決してくれるという言葉は、まんざらウソではないようだ。