日別アーカイブ: 2008-10-08

嗚呼、母は強し

言わずもがな、父が亡くなって一番ショックを受け、そして一番憔悴していたのが母だった。

父同様、人前では強がることが多かった母が、僕の前で大粒の涙を流したのが8月のことだった。
そしてその1ヶ月後、父は突如として旅立ってしまった。

この時の母は流石に、家族が端で見ていても心配になるくらい泣き、そして落ち込み、まるで魂を吸い取られたような全く生気のない姿だったのだが、その後は周囲の人の支えもあって、徐々に気力と覇気を取り戻していた。

立つ鳥跡を濁さずというが、父は鳥ではなかった。なので、お茶に濁したままとなってしまった課題を、解決の方向に導くのは我々の役目となった。

人は亡くなった後が大変だということは耳にしていたが、実際現実を目の当たりにして、何からどうやって手を付けていったらいいのか、連日思い悩んでいるというのが実情だ。

遺された家族が手を取り合って前に進むということは、口にするのは容易だが、実際は非常に困難であり、また、母を支えてあげて下さい、という周囲からの励ましも、いざ支えてあげようと思ったところでなかなか出来るものではないことが、ここ数日でわかった。

調子はいかがですか?大分落ち着きましたか?お母さんは大丈夫ですか?お母さんが心配です。

最近お会いした人たちからはよくこういった声を掛けて頂くのだが、皆さん、そして我々の心配は杞憂だった。狼狽する我々をよそ目に、一番冷静でしっかりしていたのが、実は母だったようだ。

嗚呼、母は強し。

そして、やはり親は偉大である。

いくらもがき努力しても、親という存在を超えることは絶対に不可能なのだということを悟ったここ数日の出来事。

下世話な言い方をすれば、父は死んだ。
しかし、敢えて哲学的な言い方をすれば、父の肉体が朽ち滅び、形としての父がなくなっただけであり、その精神はそして魂は、我々家族の中に、今もまだ息づいている。

母そして我々を心配して下さった皆さん、本当にありがとうございます。少しずつではありますが、暗闇から脱しつつあるようです。