角松敏生、今昔物語。
1981年のデビューアルバム「SEA BREEZE」、その当時の音源をリマスターしたものに、35年後の「今の声」を再録音して被せるという手法で、新たな息吹が吹き込まれた作品が、先日発売された「SEA BREEZE 2016」。
実はこのアルバム、僕が率先して購入したのではなく、妻から頼まれて購入したもの。
記憶を辿るとこのアルバムが発売された頃は確か、AORが隆盛を極めていて、国内でもシティポップと呼ばれるサウンドが好まれていた時代…だったような。といっても僕、まだ10歳なので音楽に対する興味はまだ芽生えていなかったんだけどね。
単なるリマスターでもなく、単なるセルフカバーでもなく。リメイクという一言で片付けるには、あまりにももったいないアルバム。(オフィシャルHPでは「リミックス」としていますが。)
初回限定盤は、ファンにお願いをしてかき集めた未聴のアナログ盤を、マスター型レーザーターンテーブルで再生、収録し直した高品質CDとの2枚組という内容になっているため、1981年当時のアルバム(CD)をお持ちであれば、都合3度このアルバムを楽しむことができる、ということに。
一見するとかなりマニアックというかコアなファン向けの仕様になっているような気もしますが、今の時代に蘇った当時の音源は、当然のことながら古さを全く感じさせず、更に55歳となって円熟味を増したボーカルも相俟って、新譜を聴いているような感覚に。
何せ参加ミュージシャンが凄い!村上“ポンタ”秀一、後藤次利、清水信之、佐藤準、鈴木茂といった錚々たる顔ぶれですので、それだけでも聴き応えは充分。…というか、今このメンバーをそろえて再録音なんかしたら、センセーショナルな話題となるかも知れません。もっとも、今回こういう作品を発表するに至った伏線が、「ボーカルが気に入らないから」ということらしく、既に超一流ミュージシャンによって手掛けられたバッキングトラックがあるわけですから、あとは今の技術によってそれに磨きをかければ、35年後になった今も全く色褪せないサウンドができあがる、というわけ。
デビューしたての若造になんか好き勝手なことはさせない、と言われたかどうかは知りませんが、いろいろ自分の思い描いていた形にならなかった、という不本意もあったのでしょう。途中約5年間は「凍結」と称して活動を休止していた時期がありますが、35年を経て相応の地位を確立した今だからこそ、原点回帰というわけではないにせよ、敢えて過去の自分の作品と対峙したうえで、当時できなかったことを今改めてやってみたんだと思います。その一つとして、今の彼のボーカルを被せることで、前述のとおり単なるセルフカバーにとどまることのない、全く新しい豪華な作品が完成。
そして、今回のマスタリングにより新たに引き出された音もあるようで、実際に聴いてみると厚みのある、全く古さを感じさせない内容に仕上がっています。音の広がりも素晴らしく、なるほどこういう手法もあるのね、と思わず感嘆してしまいました。
一時期は何かと言えば他人の楽曲のカバーか録り直しのセルフカバーばかりで食傷気味でしたが、こういう形で古いものに新たな息を吹き込むのは、とても斬新だと思いました。彼はこれまでも、大なり小なり業界に対して一石を投じてきていましたが、別に最新の音を追いかけなくても、今の技術があれば過去の作品だってこんなに立派に仕上がるんだぜ、ということを言わんばかりの「問題作」。
これもある意味、今後の音楽のあり方というか一つの方向性を示した作品であることは紛れもない事実だと感じます。
ファンの方々から、同じ手法での過去の作品の再発表を望む声が上がっているのも、なんとなくわかるような気が。