日別アーカイブ: 2025-12-27

2025年を振り返る

気がついたら今年を振り返る間もなく2025年が幕を下ろそうとしていた。
スケジュールは紙と電子のハイブリッドで管理しているが、11月を半ばを過ぎた頃から、紙のスケジュールがほとんど白紙になっていた。記録していたスケジュールそのものが白紙になった、という意味も含まれている。

毎年恒例、というわけではないが、一応備忘録的なことも含め、慌てふためいて1年を振り返ってみる。

【1月】
2023年、消防大学校での研修で一緒になった有志数名と都内で「同窓会」を開催。待ち合わせ直前には東京駅で生まれて初めてドクターイエローと遭遇するなど、何だかとても有意義な旅となった。これで今年はいい一年になる、と思ったのだが…。

ドクターイエローの東京駅18番ホームへの入線シーン。思わず拍手しそうになった。

【2月】
1月に続いての上京。
5年ぶりのサザンオールスターズのライブは、さいたまスーパーアリーナで開催された1日目を観ることができた。入手したチケットはいわゆる「注釈付き」の指定席だったが、会場を訪れてみるとなんとステージ真横の前から2列目!確かに見辛い場面もあったけれど、こんなこともあるんだな、強運は続いているな、と薄ら笑いを浮かべていたのだこの時は。

さいたま新都心駅からはさいたまスーパーアリーナをぐるりと半周して最奥部にあるNゲート。この時点で期待薄だったが…。

【3月】
別れの季節。定年延長に伴い、退職の概念がよくわからなくなってきた。役職定年、任期満了、普通退職、早期退職…。何人かの新たな門出を拍手で祝した。そして、自分も僅か1年で異動が決まった。異動先は、3年前まで在籍していた職場。1年で異動することも、出戻りになることも、今回が初めてだった。

【4月】
出戻りとはいえ、立場が変わっての異動となったため、4月は怒濤の如く時間が流れた。勝手事情を知っているはずの職場だったが、業務の内容が大きく変わっていた。いや、やること目指すところは変わらないはずだけど、更に多岐に及んでいるということを改めて痛感することとなった。

【5月】
一生のうちに一度観ておきたいと思っていたアーティスト、竹内まりやのコンサートを観るため仙台へ。内容は素晴らしいものだったし、感動した。夫の山下達郎との共演もしかと見届けることができた。でも、終演後の空虚な想いが何だったのか、その答えは未だに見いだせずにいる。
そして中盤、今年最初で最後となったマラソン大会出場のために八戸市へ。なんとそこでは、これまで30年以上会っていなかった従弟と偶然再会。考えてみると、今年はこんな○年ぶり、数十年ぶりの再会、が非常に多い年だった。

竹内まりや仙台公演の開演時刻まであと20分ほどのセキスイハイムスーパーアリーナ

【6月】
年の前半は結構ライブやコンサートに足を運んでいた。盛岡市で開催された角松敏生のライブ。彼のライブも数年ぶりだ。全国ツアー千秋楽の前の公演は、かなり素晴らしいステージだった。収容人数約1500人程度の小ぢんまりとしたホールながら、縦に長いということもあって、2階席からもその姿をはっきりと拝むことができた。何よりも、開演前に盛岡駅の駅ビルで飲んだビールがとても美味しかった。

味も風味も全く異なる3種類。

【7月】
4日、仙台への出張に会わせ、午後から休暇を頂いて十数年ぶりとなる山形市訪問。
お久しぶりの方、初めましての方と一献を設け談笑したあと、未明にホテルへ戻った直後、青森県内に土砂災害警戒情報発表の知らせ。深夜ということもあり山形市から駆けつける手段がなく悶々としながら翌朝、仙台から新青森に向かう始発の新幹線に間に合わせるべく山形をあとにした。結局、新幹線乗車直後に土砂災害警戒情報は解除となり、事なきを得た形となったが、どうやらこれが風雲急を告げるきっかけとなったようだ。月末にはカムチャツカ半島地震に伴う津波警報に泣かされることに。

【8月】
この月は色んなことがあった。まずは、週末になると不思議と発表される土砂災害警戒情報のたびに出勤を余儀なくされ、週末の休みだけではなく気力も体力も精神力も削がれていった。そんな中、以前からずーっとやりたいと温めていた職員研修を8日に開催。前日からの大雨への警戒で徹夜明けとなり、しかも依然として警報が発表されている中となったが、関係者も含め20名前後が参加して映画「ふるさとがえり」の試写会を開催。これが何かの契機になれば、と淡い期待を寄せての開催した結果、その後2つの上映会開催が決定したことは、とても喜ばしいことだった。
そしてこの月末、満を持して「夏の沖縄」に数年ぶりに足を運んだ。

【9月】
直近2年間は「冬の沖縄」12月の訪問だった。理由はNAHAマラソン出場。これに合わせて、母を初めて沖縄に連れていった。今回は12月に予定が入っていたので(のちにそれが1週ずれていたことを知るが、結果オーライ)、今回は自分の夏季休暇に合わせて訪問することとした。それほど暑くなく、概ね天気にも恵まれ、いい夏季休暇、息抜きとなった。

9月1日朝9時


【10月】
この頃から業務が慌ただしくなり、徐々に余裕がなくなっていった。初めて取り組む業務に戸惑いながら、なんとか体裁を保っていった、といった感じ。合間を縫って、三陸沿岸を訪問する岩手県へのプチ旅を急遽挙行。約12年ぶりの宮古市、ちゃんと下り立つのは初となる釜石市、陸前高田市などを巡る旅。雨に降られたものの、自分自身の思いや気持ちを昇華させる旅となった。

【11月】
3日、弘前市民会館で開催されたウルフルズの全国ツアーに初めて足を運ぶ。オリジナルメンバーが全員揃っていなかったのは残念だったけれど、それを抜きにしても楽しいライブだった。
そしてこの前後、とある方との再会を機に、僕はある決心をしている。年明け1月、四国に行くよ。初めましての皆さんどうぞよろしくね。
この月はもう一つ、業務の関係で石巻市を訪れる機会を得た。震災から間もなく15年というこのタイミングで東日本大震災で被災した各地を訪問できたのは、本当に良かった。と思っていたのだが…。

復興祈念公園内にある追悼の広場。言葉を失うんだよね、なんか。

【12月】
ある意味今年は12月が重過ぎた。1日に観た佐野元春のデビュー45周年、The Coyote Band結成20周年のライブ。ああ、いいライブだった。今年もいい年末を迎えられそうだ、と思っていた矢先の地震。
震度6以上を観測する地震は、僕の記憶が正しければ1994年12月の三陸はるか沖地震以来。異なる時期に津波警報が年に2度発表された記憶もない。
嬉しいことも。新採用として勤め始めた平成5年当時の係員が一堂に会したのは約30年ぶり。今年は引き寄せが強い。そして最後にサンタクロースが24日に届けてくれたプレゼントは、数年ぶりのインフルエンザAだった。不本意ながら2日早い御用納め。「休め」のサイン、というのは都合の良い解釈。これで迷惑を被った人もいるかもしれないので、ただただ申し訳ない。

【2025年は波乱万丈】
ジェットコースターの如く目まぐるしく入れ替わる喜怒哀楽。50代に入ってから、一番色んなことがあった一年だったかも知れない。

神棚の下に飾る「袴紙」。不器用ながら手製。