日別アーカイブ: 2018-05-19

防災に対する意識、持っていますか。


日本海中部地震から35年、十勝沖地震から50年という節目の年、今一度「防災」を考えるきっかけ、そして、自分の見識を深める機会になればいいと思い、弘前大学理工学部で開催された「地震災害軽減に関するシンポジウム」を聴講してきました。地球環境防災科の教員によるもので、専門的な話に特化してしまうのかな、と危惧しておりましたが、全くそんなことはなく、むしろ頭の中に入りやすい内容でした。

以下、走り書きのメモから概要をピックアップ。

▼小菅正裕教授「あれから35年―変わったこと,変わっていないこと」

50年前の十勝沖地震。気象庁が地震発生当日に発表した震源が十勝沖だったことから、その日に十勝沖地震と命名した。

ところが、震源の位置が違っていたことが後日判明。実際は十勝沖ではなく、三陸沖北部の青森県東方沖であることがわかった。地震の観測地点が少なく、位置の特定が難しかったことが要因。

35年の日本海中部地震。当初、秋田沖が震源とされた(活断層のズレが最初に起こったのは秋田沖だった)。しかしこちらも後日の調査で、青森県の西方沖(青森県岩崎沖)約90km、深さ約20kmが震源であることが判明。

「秋田沖地震」ではなく「日本海中部地震」と命名されたのは、青森県選出代議士が深く関与。「十勝沖地震」の際、被害が甚大だった青森県ではなく、北海道に対して補助金や救援物資が回されたという苦い経験があったから。

当時の地震観測計では、S波(地震の主要波。最初のカタカタがP波、その後のグラグラがS波)を観測することができなかった。青森県内の気象台、測候所は青森、八戸、むつ、深浦の4か所のみ。

2001年の論文で、仙台平野への津波到達の危険性が指摘されていた。10年後、東日本大震災で現実となった。

*地震の観測地点が一気に増えたのは、阪神淡路大震災(兵庫県南部地震)が契機。

未だにできていないこと。まずは地震の前兆観測や発生予測。大震災(サンプル数)が少ないので、シミュレーション、検証ができない。

そして、「災害への心構え」。震災の経験を後世に伝えることが萎んでいき、地震を知らない世代となり、経験が忘れ去られる。そのタイミングでまた同じことが起こる。この連鎖を絶つことが必要。

マスコミ報道への違和感。震源の位置を示す三陸沖の×印の横に、「東日本大震災」の文字。

×印で起きたのは、東北太平洋沖地震。この地震によって人々が暮らす陸地で起きたのが、「東日本大震災」。

防災リテラシーの向上のため、命を守る教育の場が必要。長周波の揺れが発生したら、「とんでもないことが起こっている」という認識を。大津波警報が発令されたら、「必ず津波がやってくる」という認識を。


▼上原子晶久准教授「台湾の地震に学ぶ」

台湾で発生した2つの地震。1999年の地震はM7.3。震源が8kmと非常に浅かった。活断層のズレが最大約10m発生し、断層変位が地表に現れたところでは、ダム本体や橋脚といった構造物が破壊された。熊本地震の阿蘇大橋も、断層変位によるものと考えられる。

2018年2月6日に発生した花蓮地震、M6.4。これも断層変位が地表に現れ、構造物が被害。地震被害はいつも発生するが、特効薬的処方箋はないのか。県の防災計画、これまでも何度も更新。「その取組に終わりはない。」という県幹部。これがまさに、答え。

だからといって対策を講じることをやめてはならない。


▼前田拓人准教授「津波発生研究と即時予測技術の最前線」

津波から地震を観測するという手法。地震発生から津波到着までに地震を調査。S―netという津波の観測網を、岩手~福島の太平洋に張り巡らせた。世界でも前例のないケース。津波の現在地がわかるようになる。将来は、台風の進路予測のような、津波天気図(津波予報)に繋げたい。

地震も津波も、なくすることはできない。備えも避難も決断次第。


▼片岡俊一教授「次の地震にどう備えるか」

自然現象×人間社会=災害(被害)
自然現象はどこでも起こる。そこに人間社会が絡んで初めて、災害が発生する。

自然の力>人間の作ったものの強さ →災害が起こる。
人間の作ったものの強さ(例えば構造物の強度?)は自然の力には敵わない。だから災害が起こる。

が、災害は軽減できる。何を守るか。

震度5強以下の地震(構造物に被害が出る規模ではない)で、室内での死亡例3件。
本棚から崩れた書籍の下敷きになり、圧死(窒息死)したというケース。(しかも亡くなったのは40代の方ばかり)

各市町村の地域防災計画は、それぞれの市町村で完結。隣接の市町村まで踏み込んで書けない。

県内だと津軽、南部、下北、それぞれの相互・広域的なサポートが必要。

20時頃にシンポジウムが終了し、大学の外に出ると、雨脚が更に強くなっていました。弘前市には暴風と大雨の警報が発令されたまま。明朝は久しぶりにAさんの伴走を予定していましたが、そのAさんから連絡があり、練習を中止することに。

明日の予報も「雨」。警報は夜遅くまでの予想ではありましたが、安全面を考慮すると、弘前公園ランニングクラブ定例の朝練習も怪しいところです。

そこで、キャプテンにメッセージを送り、初めて「練習の中止」をFBページにアップ。

今回の「練習中止」のアナウンスは、もちろん仲間の安全を第一に思ってのことではありましたが、もちろん、そうは言っても何人かが練習にやって来ることは織り込み済み。ただ、それが何人なのか、気になるところではありましたが…。


47都道府県を見ると、青森県の防災意識は、太平洋側に位置する各県と比べても低いそうです。恐らく、青森県の中で見ても、特に津軽地方の人たちはその意識が低いのではないかと考えています。というのも、地震に関してだけ見ると、直接的に甚大な被害を受けた日本海中部地震から35年、この間には東日本大震災のほか、阪神淡路大震災の20日前に発生した三陸はるか沖地震など、県内で震度5強以上を観測する地震が発生していますが、津軽地方においては、直接的な被害を受けていないからです。むしろ、平成3年の台風19号の方が印象として強いのではないでしょうか。


朝4時。慣れというのは不思議なもので、土曜日にはこの時間に目が覚めます。

きっと雨がぱらついているんだろうな、と外を見て、唖然としました。

雨が、上がっている!

なんと、天気予報「雨」に騙されました。前日夜の大雨を考えても、まず間違いなく朝方まで雨は降り続いているのだろう、と確信していたのに。

しかも、予定通り警報は解除されており、もはや普段の「曇り」と変わらない天気。

グラウンドの状況を考えれば、恐らく運動会は中止になるでしょうが、「警報解除」の条件付きでの練習中止にすれば良かったのかな、と悶々としつつ、もう一度布団に潜り込みました。

まあでも、川の水は増水しているだろうし、万が一何かがあってからでは遅過ぎるし。

防災は空振りを恐れてはならないんだから、これでよかったんだ、きっと…うん。

誰も練習に来ませんように、と祈りましたが、結局7人が集まったそうです。(これが多いと思ったか少ないと思ったかは、ご想像にお任せします。)

こんな天気になるんだったら「中止」なんてぶちまけなければ良かったと、本当に猛省しています。関係各方面の皆さま、申し訳ありませんでした。

ということで予告。

6月下旬に、弘前文化センターで「防災啓発研修」を開催します。テーマは、「命をまもるために、いま、できることは何か」。

講師お二人をお呼びし、風水害・火山災害への備えと、国民保護に関する講演を行っていただく予定です。

防災意識が低い津軽、という印象を払拭するためにも、たくさんの方々のご参加をお待ちしております。(詳細はまた改めて!)

最後に皆さん、こんな時どうする?

  • 大雨が続いているのに、河川の水位が少しずつ下がっているような気がする
  • 暴風雪警報が発令される中、幹線道路が急に渋滞し始め、車が動かなくなった
  • 田んぼの中の一本道を車で走っているときに、突然Jアラートが鳴りだした