さいたま国際マラソンの模様、最終回です。最終回は、長いです。ドラマは36キロ付近に待ち構えていました。そしてテレ玉、最高です。30キロ手前からゴール、そして終わった後のプハーも含めて。
→中編はこちら。
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マラソンは同じゴールを目指してたくさんの人が走りますが、基本的には一人旅です。そこで全幅の信頼を寄せることができるのは自分であり、信用できなくなるのも自分です。それをどうコントロールするかが、42.195キロの中で試されます。
28キロ付近から細かなアップダウンが再び始まり、だいぶ歩く人が増えてきました。そこを何とかしのいで、29キロ付近から再び有料道路区間に入り、間もなく30キロというところで、背後から声を掛けられました。
「頑張りましょう!」「ん!?」「オラも青森、津軽だはんで!」「おお!たげ嬉しい!ありがとう!」
緑色のシャツに身を纏った彼。いいペースで僕の横を通りながら、そう言い残して颯爽と前へ飛び出していきました。萎えかけていた気持ちに、力水を入れてもらったような、そんな感じ。本当に嬉しかった!
暑さはそれほど感じませんでしたが、日差しがずっと照りつけている中、この辺りから脚の痙攣に悶絶する人も増えてきました。30分前にスタートした代表チャレンジャーの部のランナーもちらほら見え始めるようになり、中には泣く泣くリタイアする人の姿も。
36キロまでは、上るか下るかの連続が続きます。痙攣の気配はありませんでしたが、とにかくここは我慢、我慢…。そんな試練の時間帯、33キロ付近を走っていた時に、「アップル!頑張ってー!」と男女2人の方に声を掛けられました。その声援に応えるべく右手を挙げます。どうやら、坂本塾の方だったようです。これもまた嬉しかったなあ。
この間も、どれぐらいのペースで走っていたのかは全くわかりませんが、若干落ちていたことは明らか。それでも何とか持ちこたえようと、じっと痛みをこらえながら走り続けていました。しかし、もはや足裏の痛みは痛みではなくなり、何が何だかよくわからなくなってきました。気持ちを切らさない、それだけで走っていたような感じ。
いよいよこのコース最大の難所、35キロ過ぎの新浦和橋へ差し掛かります。この辺りは舗装も少し荒れていて、ダイレクトに足裏への痛みが伝わってきます。しかし、キツいのは皆さん一緒。先行していた金色宇宙人も、ニンジンも、この辺りで僕に捕らえられることとなりました。これって、足裏が痛いながらも意外と安定した走りなんだろうか?
…ん?
前方に目をやって気がつきました。すっかり見えなくなったはずのAさんの姿を、再び視界に捉えたのです。
最大の難所と言われる新浦和橋は、約10メートルのアップダウン。ダラダラと続く勾配では、歩く人も結構います。そんな中、僕は意外なほどしっかりとした足取りで前に進んでいました。上り坂の途中に設けられた給水所。ハッキリ言って、この位置での給水はかなり辛いです。できれば上りきった後に欲しかった。テーブルの一番手前にあったスポドリをサッと手に取り、パパッと口に含んで紙コップをゴミ箱へ。完全に視界の中にあったAさんの足取りは僕より重そうで、相当辛そうな感じでした。何とか橋を上りきり、下りに入ると、今度は弱いながらも向かい風が吹いてきます。うわぁ…これもキツい。程なく36キロ地点、右側に声援を送るHさんとMさんの姿が見えました。大きく手を振ると、こちらに気づいたようでMさんが声を上げます。Hさんは、ちょうどカバンから何かを取り出そうと、背中を向けていました。あらら…残念。
実は後でメールで知ったのですが、Hさんはこの日のために一人一人の名前のプレートを用意していたのです。でも、後述するとおり3人が団子状態で通過してしまったため、名前のプレートを取り出すのが間に合わなかったんですって。ありがたいのはもちろん、何だか申し訳なくて…。
(クシャクシャになった「弘前公園RC」のパネルが、応援にこもった熱の度合いを感じ出せます。本当にありがとうございます。)
Mさんの声援に応え、Hさんの背中を見やり、ここで再びAさんに追いつき、声を掛けます。「さあ、ラスト6キロ!行きましょう!」
そして、ふと前を見ると、どうやら脚が痙攣したらしく、右側のガードレールにしがみつきながら苦悶の表情を浮かべるSくんの姿があったのです。
思わず大声で叫びます。「S!行くぞ!ガンバガンバ!」
何と、思い思いのペースで一人旅を始めた3人、そして応援に回っていた2人が、36キロ付近で一堂に会するという偶然。2時間以上経ってこんな光景を見るなんて、考えてもいませんでした。これ、端から見るとどんな感じなんだろう、なんてことを考えたら、なぜか思わずニヤけてきました。ちなみにSくんは、36キロのずっと前からかなりヤバかったそうですが、せめて応援に回っていた2人が待つところだけでもちゃんと走らないと、という思いだけで通過したとのこと。もはや気合いと根性だけで乗り切った感じです。
そして僕は、何かスイッチが切り替わったかのように前へ前へと進みます。そのまま2人の前を走ることとなり、結果的には引っ張っていく格好に。でも、後ろは振り返りません。
比較的平坦とはいえ、まだ多少のアップダウンがあります。しかも残りは6キロ弱。果たしてこのまま押し通せるだろうか?やがて37キロ地点を通過、残り5000メートル…とカウントダウンを開始。
39キロ、最後の緩い上り坂を気力だけで上りきります。絶対歩かない。これを上りきれば、あとはほぼ平坦になるはず…。鋭角に近い角度の交差点を左折。ここで無理をしてペースアップして脚を痙攣させては意味がないと、慎重に交差点を通過します。
40キロ通過は、3時間8分台。この時点で、当初描いていた目標の達成が困難になったことを悟りました。がしかし、ここで気持ちを切らしては、これまでの頑張りも水泡に帰するというもの。この後も自分自身を鼓舞しながら、文字通り気力だけで走り続けました。気持ちが折れたら、負け。そう言い聞かせて。
あと2000、1800、1500…。カウントダウンもゆっくりと0へと近づいて行きます。
1秒でも早く!最低でも3時間20分は切ろう!声援を送る観客の姿もだいぶ増えていたような記憶があるのですが、正直、前しか見ていませんでした。いよいよ長い直線を終えて右折すると、42キロの看板。約200メートル先にゴールゲートが見えてきました。
サングラスを外し、懸命に走ります。そして、ついにゴール!電光掲示板は、3時間19分台を指していました。
やった!最後まで走りきった…。
ゴールしてすぐにクルリと反転し、コースに向かって深々と頭を下げると、足下がフラフラになっているのがわかりました。かなり足裏が火照っていることにも気づきました。ボーッとした頭を上げて前方を見ると、そこにはまさにゴールを迎えたAさんの姿が。恐らく20秒と差はなかったと思います。ゴールしたばかりのAさんとハイタッチし、二人で声を絞り出します。「やった、やった…」と。(そしてこのゴールシーンは、テレビ埼玉(通称「テレ玉」)でもバッチリ放映されていたらしいです。ありがとうございます。)
この「やった」の意図するところは、自己ベストの更新には及ばなかったものの、苦しい中で何とか走り切れたことに他なりませんでした。そして、最後の最後まで走りきることができたことで、サブ3.5という壁を完全に突破したような感じです。Aさんからは、「最後、前を走って引っ張ってくれたから20分切れた。ありがとう!」と言われました。いやいや僕に言わせると、逆にAさんが15キロ手前から引っ張ってくれたので、ここまで走ることができたのです。
道路に滴り落ちるぐらい、全身は汗でビッショリでした。目尻には、涙なのか汗なのかもわからない塩が吹き出していました。
前回大会を7分近く上回るタイムでしたが、涙は出ませんでした。だって、正直悔しい気持ちもあったので…。
とはいえ前走に続き、今回も200分切りを達成。万全ではないこの状況の中、しかも意外に難コースと言われるこの大会でのこの結果は、ちょっと自分を褒めてもいいですよね?
スポーツドリンクを受け取るときも感謝、タオルを受け取るときも感謝、そして、メダルを掛けてもらう時も感謝、不思議と「ありがとうございました。お世話になりました。」という感謝の言葉がどんどん口をついて出てきます。そしてそれは、会場を後にするまで続きました。手荷物を受け取るときも感謝、そして会場を後にする時には、手の空いたスタッフの皆さんが拍手をして下さっているんですね。そんな拍手の中会場を後にするのが何か嬉しくもあり、恥ずかしくもあり、皆さんに感謝の言葉を述べながら、胸にじーんと迫る何かを感じていました。また来年、戻ってくるのかな…どうなのかな…。
さて、2016年のジャパンツアー最終公演、これにて終了です。
できれば3時間15分、あわよくば3時間10分切り、という大きな目標は今回達成することができませんでした。でも、いよいよそれも手に届きそうなところまで来ている、ということを実感していますし、決して過信ではないと思っています。本心を語り始めるとまた長くなるのでやめておきますが、風向きがめまぐるしく変わり、終始日差しが照りつける中、代表チャレンジャーの部の結果を見ても、決してこの日の大会が楽なレース展開を許すものではなかったことを物語っていたような気がします。というかこの結果を見る限りでは、この先何度このコースで選考レースをやろうとも、この大会から日本代表が選出されることはなさそうな気がするのですが、どうでしょう?
走る前、走っている間、そして走り終えた後も、色んな叱咤激励の声を頂きました。皆さんの声を力に変え、道中「機材トラブル」に見舞われながらも、何とか最後まで脚を止めることなく走りきり、真の意味での「完走」を今年も果たすことができました。皆さん、本当にありがとうございました。この場を借りて心から感謝申し上げます。
(汚い写真ですいません。足裏に、大きな血豆が…。ひとまずワセリンで処置。)
…さて、走り終えた後は1週間ぶりのアルコール投入。まずはデイユース可能な某ホテルで身体を洗い、500缶2本を完飲。そしてチェックアウトの後は、大宮駅東口にある「いづみや」さん、昨年も立ち寄りたかったのですが、時間の都合上寄れなかったので、1年越しに念願成就です。
この店をチョイスし、先に場所を陣取っていてくれたNさん夫妻とIさんに感謝!朝10時から開いているというこのお店、まだ午後3時前にも関わらず本店は満員で、2号支店に入店。
(16キロ付近で応援してくれたIさんとNさん。私が持っているのは大ジョッキ。)
もう、予想通り、期待を外さない大衆酒場でした。種々雑多なメニュー、自分たちの間合いを絶対に曲げることのない適当な注文取り、店員同士の些細な言い争い、下町風情すら漂う客層、そして安価な会計…どれを取ってもツボ。
短い時間だったけれど、ホント楽しかったなあ。ここではグラスでビール数杯、そして大ジョッキ1杯と、煮込みをチョイス。
(右から3番目のオジサン、すっかり我々の輪の中に溶け込んでいますが、全く知らない無関係の人です。笑)
お一人様@1,500円という格安料金、それ以上の面白さがあった!辛い気分や悔しい気持ちも愉快に変えてくれる、そんな楽しいお店でした。来年もまたここに戻って来たいなあ…って、え?懲りずに来年また走るのか!?
(おわり)