日別アーカイブ: 2011-08-15

来年の8月13日は月曜日


去年はうだるような暑さだったと記憶していたが、今年のお盆も暑かった。節電に協力するという本社の意向で一週間休暇となった妻。暦通りの休みとなった僕。

土曜日は朝4時30分に起床、法界折の製作に取りかかる。
法界折そのものは、東北地方、というか青森県を中心とした独特の民俗風習らしい。早い話が先祖様に供える「ごちそう」である。
妻の実家に3個、我が家では6個。都合9個の法界折を作り上げた。既にこの時点でかなりヘトヘトだったのだが、泣き言を言う間もなく墓参りに出かける。何せ我が家は弘前市でも有数の寺院街の一角に位置しており、この時期の交通渋滞は必至。なので、それに巻き込まれる前に用事を済ませなければならないのだ。
軽く朝食を済ませ、8時前に家を出る。既に渋滞が始まりつつあったのだが、我が家の菩提寺は、この界隈ではなく、弘前市のもう一つの寺院街である、禅林街の中にある。
車を走らせると、駐車場には多少ではあるが余裕があった。車を停め、父とご先祖の眠る墓へ直行する。花やお菓子、父の好きだったビール(もちろん銘柄は決まっている)、そして法界折を供え、父の生前の姿をいろいろ思い浮かべながら、手を合わせる。
本堂にある位牌堂に向かう。このお寺の檀家は隣の西目屋村の人が多く、前日のうちにお寺にやって来て、13日当日はそれぞれの地区にあるお墓を訪れる、という人が多いようだ。そういうこともあってか、本堂の中は思った以上に閑散としていた。
僕にとっては本家となる西目屋村・三上家の位牌にも花と水を手向ける。
その後、父の生まれ故郷である西目屋村に母と二人で出かけ、先祖様にご挨拶。
一体何年ぶりなのか忘れたが、従弟とも久しぶりに会った。実は西目屋村には父名義(現在は母名義)の山林がある。伯父が折角なので案内するという。言われてみると確かにこれまで、所有する山林がどこにあるのかは知らなかった。軽トラを引っ張り出してきた伯父、母は助手席に、僕は荷台に座る。ものの2分もしないうちに山道へと進んでいく。

とその時。ぶ~ん…

あ。出ました。アブが1匹。

…と思ったら、まるで降って沸いたようなアブの大群が、どこからともなく一斉に軽トラ目がけて集まり始めたのだ!
荷台に載っている僕は、そのアブを追い払うのに必死。
あまりの数に声も上げることができず、ただ両手両足をばたつかせて、ひたすらアブを追い払う。
ふとその姿に気づいた伯父が、慌てて車をUターンさせて下山。
結局一箇所も刺されなかったのは不幸中の幸いだったが、まさか伯父もこういう事態になるとは思っていなかったようで、ヒッチコックの鳥ならぬ、あっちこっちからのアブに、僕は苦笑いしながらもすっかり疲れ切ってしまった。

その後標高約300メートルにある父の生まれ故郷を後にし、家に戻る。予想通り道路は大混雑していたが、何とか自宅には車を停めることができた。

夕方になり、妻の実家へと向かう。妻の両親も乗せ、妻の大好きだった祖母と先祖の墓参り。

妻の祖母が亡くなった日のことは、今でもはっきりと記憶している。妻(というか当時は付き合っていた彼女)から急逝の知らせを受けた直後、郵便局員が今の仕事に就くきっかけとなった一次試験合格の通知を持ってきたのだ。
合格することなどあり得ないだろう、と思っていた矢先のことだっただけに、もちろん単なる偶然とは言え、何とも言いようのない嬉しさと悲しさがこみ上げていたところに、それまで晴れ渡っていた空が突如雷雨に変わったというあの光景…。

早いものであれから18年の月日が経った。

17時過ぎに家に戻ると、ちょうど畏友Zがうちに車を置いていたところだった。
「悪い悪い、墓参りに行くから車置かせてよ。」
「ああ、別にいいよ。」
ちょうとチョコも一緒に連れていたので、チョコの姿を見るなりはしゃぐ3人の息子たち。
ふと路上を見ると、中高同期で今も同業のHの姿。
「おい!H!」
こちらの呼びかけにビックリするH。
「おお!Hだ!久しぶり!」
中高一緒だったZがいたことにもっとビックリするH。一瞬だけだったが、3人だけのプチ同期会(笑)。
Zの子どもたちはうちの他の犬も見たい、ということで奥さんの制止も聞かず家の方に向かって走っていった。
「ホントすいません…」と申し訳なさそうに詫びる奥さん。
別に気にしてないから、大丈夫。
Zが、「折角なんで父さんに線香上げるわ」と仏間に足を運んでくれた。
Zの次男坊が不思議そうな顔をして僕に聞く。
「ねえ、誰死んだの?」
「ん?のんべのお父さんだよ。」
「ふーん…。でも、来てるんじゃない?きっと夜とか出てくるんだよ!」
何とも無邪気な発言ではあったが、何かグッと胸に迫るものを感じた。

…結局その晩、父は現れなかったけれど(笑)。

日曜日。この日は母が実家に行く日だ。休みの都合がつけば一緒に行きたかったのだが、結局母一人で行くことになっていた。

僕らはといえばこの日は、大鰐町と弘前市石川に行く予定をしていたのだが、どうしても軽めに走っておきたいという僕のわがままを妻が渋々了解、午前中に軽めに走るつもりが、あまりの暑さで途中でギブアップ、結局5キロちょっとを走り終えて帰宅。

居ぬ間に別件を済ませていた妻が11時前に帰宅、早めに昼食を取り、母が出発。心の中で祖父、そして母の先祖に非礼を詫び、母を見送った。

結局午前どころか昼になって出かける羽目となってしまった。途中で供花や供物を購入し、先月亡くなった父の友人の墓前に手向ける。
すると、どうやら墓守をしているらしい地域のおばあちゃんに声を掛けられる。
「あんだ、父さん(亡くなったAさん)の息子ダガ?」
「ナモ、ワ、父さんの知り合いダノサ。」
「んだのが。喪主やった娘さん、遠くサいるってらものな。娘さん一人だけダンダベガ?」
「もう一人娘さんいるんだよ。こっちサいないけどの。」
「んだのが。父さん、西目屋村サ一人で住んでらんだの。埋葬許可証サ書いてあったものの。」
「んだ。」
「まんず、ゆっくりして行きへ。」

他愛のない会話ではあったが、墓守として「よそ者」のように映った我々のことが気になったようだ。

続いて弘前市石川へ。ここは妻の父の本家にあたるお墓がある。公園の横を抜け、山道へ。お墓は見晴らしの良い高台にあるのだが、そこまで行くには一苦労。しかも午前中走った時に感じた右足の痛みがここに来て再発、急な坂を登るのに、ダラダ