日別アーカイブ: 2011-01-31

佐野元春 『月と専制君主』

昨年デビュー30周年を迎えた佐野元春の、自身初となるセルフカバーアルバム。オフィシャルサイトでは「30周年アルバム」と銘打たれているので、一応記念盤的なアルバムになるのだろう。収録曲はこれまでの30年のキャリアから選りすぐりの…といきたいところだが、どちらかと言えば80年代後半から90年代前半に掛けての楽曲に偏っているような気がする。

初回限定盤は2種類。
レコーディング・ドキュメンタリー映像を収録したDVDとCDがパッケージされたものと、もう一つは何と全く同じ内容のアナログ盤とCDがセットになったもの。この他iTunesでのデジタルコンテンツでも発売されており、リスナーがいろんな形に合わせて購入できる形態を取っている。

さらに初回限定盤には、アルバム未収録曲1曲のダウンロードができるパスコード(2012年12月31日まで有効。)が封入されている。この曲が何なのかは、敢えて秘密にしておこう。


ついでに言えばこのCDには、「SOMEDAY」や「アンジェリーナ」といった、佐野元春にとっての看板的な楽曲については収録されておらず、下手をすればアルバムの一曲として埋もれてしまうような楽曲にもスポットが当てられているのが特徴的だ。

全般を通して聴いてみて思ったことは、(いい意味で)非常に力の抜けたアルバムだなぁ、ということだ。

レコーディング・メンバー(かつて元春の脇を固めたザ・ハートランドとホーボー・キング・バンドの混合メンバーで構成)が非常に楽しそうに、それもリラックスした雰囲気で演奏している光景が容易に想像されること。そして誰よりも佐野元春自身が、そんなバンドに全幅の信頼を寄せ、自然体で唄っている様子が伝わってくる。

ホントに、たった10曲にとどめておくのがもったいないぐらいの仕上がりで、できることなら30曲、いや40曲でもまとめてコンパイルして発表して欲しかったぐらい。

全体を通してこれまでアップ・テンポでキャッチーだった楽曲も、アコースティック感の強い楽曲に仕上がっている。このアルバムを作るに当たり、「耳にも心にも有機的な音にすること、エアに響く音を大事にして、ライブな音を作ること」を意図したとのことなので、とても落ち着いた感のアルバムとなっている。昼下がりの午後、読書をしながら思わず微睡んでしまう、そんな情景がとても似合いそうだ。

これまでも矢野顕子やBonnie Pinkといった女性アーティストとコラボレートした楽曲があったが、本作品ではラヴ・サイケデリコが援軍として登場(5曲目の「彼女が自由に踊るとき」)。している他、iTunesで先行DL販売が開始された「月と専制君主 -Boys & Girls version-」は、Coccoがゲストとして参加しており、アルバムに収録されたものとは異なるバージョンとのことなので、購入して損はないだろう。

発売日当日にはNHKの「SONGS」に出演し、レコーディング・メンバーと4曲を披露した。3曲が「月と専制君主」からの楽曲で、もう1曲はアルバム未収録の「SOMEDAY」だったが、発売当初のままキーも変えず、見事に歌いこなしていた。これまで散々「最近声が出なくなった」と嘆いていた僕だったが、テレビを観た妻が「結構いいじゃん。」と評価してくれたのは、ちょっとだけ嬉しかった。

セルフカバーアルバム、と一言で済ませてしまえばそれまでだが、むしろ佐野元春の30年という「今」を記した「新作」と位置づけでも、誰も文句は言わないような気がする。
そういう意味においては、現代の音楽産業に蔓延る「今風」の音はここに存在しない。だが、元春が醸し出す苦みのない渋みを、老若男女問わず是非聴いて欲しい。