月別アーカイブ: 2019年11月

タイム度外視の練習レース 第39回 #つくばマラソン (後編)

【前編からの続き】
雨の影響もあってなのだろうか、予想よりもスローペースでスタートした感があった。

それでもガンガン行ってしまう人はもちろん大勢いるわけで、その波に飲み込まれないことが最初のミッションだったが、心配無用だった。だって、そもそもそこまで走れる脚ができあがっていないから。

よし、今日は楽しく走ろう、笑って走ろう。そう思ってスタートラインを踏んだけれど、本降りの雨がどんどんその意思を削いでいく。色づいた沿道の銀杏の樹木から滴り落ちる雨粒も何だか恨めしい。

しかも、突如現れた水たまりに思い切り足を突っ込み、更に気が滅入る。
落ち着け、まずはしっかりペースを保とう。

最初の1kmはアテにならないとして、2km以降はこまめにペースを確認することにした。その後は当初の設定どおり、概ね4分35秒から40秒の間をキープしながら、先に進む。相変わらず路面の水たまりは半端ないが、沿道からわざわざその位置を教えてくれる人がいたのはありがたかった。

気がつくと既に10kmを通過していた。今回は5km毎にペースを刻むこと意識して走っていたので、2クール目が終わったことになる。簡単に言えば、あと6回同じことを繰り返せばいいだけのこと。依然として雨は降り続いていたが、やがて止むはずだ。ほとんど風もなく、走りやすいと考えれば少しは気も楽になる。妙に力んでいた肩の力を抜いて、なるべく無心で、一点に意識を集中させて走る。
決してキツいペースではないつもりなのに、心拍数が跳ね上がっている。二度、大きく息を吐く。

今回はしつこいぐらいある一点に意識を集中していたことが功を奏したようで、20kmまでは何の支障もなくやってこれた。キツいというよりも、この雨だし走るのが面倒だな、ということが頭をよぎったものの、その思いも5kmまでには消えた。
そういえば、降り続いていた雨も止んだらしい。
あと4クール、問題はこの先だ。もう一度気合いを入れ直し、意識を集中させる。水分を含んだシューズの中がカポカポと音を鳴らしていたが、大して気にならない。周囲のランナーのことも気にしない。気にするのは、自分の呼吸音と鼓動とフォーム。このまま頑張れば、自ずと結果もついてくるはずだから、今は自分を信じよう。

…しかし、自分の練習不足はそんな子供騙しのような頑張りを易々と見逃してくれるはずがなかった。20kmから少しだけペースを上げたところまでは良かったが、27kmを過ぎた辺りで、突如右足の太腿に電流が走った。痙攣開始の合図に、慌ててペースを緩める。

万事休す。

続きを読む

タイム度外視の練習レース 第39回 #つくばマラソン (前編)

各地で相次ぐ大規模な災害。仕事柄、ここ数年は毎年のように何らかの災害対応をしなければならないという状況が続いている。練習不足の理由を仕事に押しつけるのはもってのほか、というのは重々承知だが、心身ともに疲労している中で、練習する気も起こらない、という日もあった。

実際、9月以降の練習量を月間の走行距離だけで見てみると、9月ですら150キロに及ばず、10月に至っては80キロ弱、11月も100キロ弱と、とてもではないがフルマラソンに出場するなんぞもってのほか、といった練習内容だった。10月の弘前・白神アップルマラソンでは、ペースランナーの分際で失速したのは先に投稿したとおりだったし、その直後に発生した台風19号を契機とする一連の災害では、本県の被害は大したことがなかったものの、東北地方でも福島県、宮城県、岩手県で大きな被害が発生し、その応援業務に追われることになってしまったことも、先に投稿してましたっけね。

そんな感じで、10月末に開催された「いわて盛岡シティマラソン」は応援業務で宮城県庁にいたため出場が叶わず(いや、出場しても散々な結果だったことでしょう)、今回のつくばマラソンもギリギリまで出場を悩んでいた、というのが本音。

結局今年は1月の勝田全国マラソン、8月の北海道マラソン以外、フルマラソンには出場していない。(ペースランナーを務めた弘前・白神アップルマラソンは別。)
昨年の状況を鑑みて、少し大会出場を自重したところもあったし、春にアキレス腱を痛めてしまったことも、結果として自分の士気を損ねる大きな要因となった。日頃のケアって、ホント大切。

実は昨年のつくばでギリギリのサブ3.5を辛うじてクリアしてから、一気にスランプに陥った感が否めず、その後約1年にわたってサブ3.5を達成していない。
この間、焦りがなかったといえばウソになる。しかし、マラソンは一夜漬けで何とかなるほど甘い物ではない、ということも重々承知。ということで今年のつくばマラソンでのサブ3.5は諦めることにして、まずは今自分がやれる最大のことをやってみよう、と気持ちを切り替えた。

そもそも今年は、30kmを越える練習をほとんどやっていないし、10月のアップルマラソン以降は、20kmを超える距離すらも走っていないという有り様。

だから、今年のつくばはまず結果度外視。30kmまでのペース走、それもキロ4分40秒という設定を組んでみることにした。
…いや、今の自分にはこれが限界なのですよ。両膝に痛みを抱え、未だにアキレス腱が疼き…ってまた言い訳になるのでやめます。

続きを読む

母の決断、息子の優柔不断

既に取引先の方々にはお知らせしているのだが、父と母が立ち上げ、母が代表を務めてきた小さな会社を、年内いっぱいで閉めることにした。

父と母が会社を立ち上げたのは僕が小学校1年の時。以来、父と母とが40年以上に渡って細々と営んできた。

小さいときは朧気ながら「僕はこの会社の社長になるんだろうか」なんてことを思っていたが、年を重ねる毎にそれが決して楽なことではないことを悟るようになり、大学生になった頃には、僕の人生設計からその選択肢は完全に除外されていた。

もっとも、高校時代の成績不振を見かねた父は、高校での三者面談を終えた後、「お前を浪人させる余裕はない。大学落ちたら、行くところはここ。」と静岡県にある会社、それも、一番の取引先である会社案内を提示してきた。
いわば人質のごとくその会社に差し出されることを察知した僕は、その日以来死に物狂いで勉強して、何とか地元の大学に滑り込んだ、という笑えない話がある。

会社(というほどの規模でもなかったが)は自宅の前に事務所を構えていたので、小学校の時は、帰宅すれば専従者だった母、時には父もそこにいるという安心感があったが、事業を始めてから10年ほど経った頃に弘前駅からほど近いところへ事務所が移転、逆にそれまであったものが無くなったことへの一抹の寂しさを覚えたのも事実だった。

自分自身がその仕事とは全く関係のない今の職種に就いてからもなお、直接何かに関わるということはなかったが、やはりそこは僕にとっての生活の一部であったし、今もそうであることには変わりはない。

しかし、事業を立ち上げた張本人であった父が、端くれの一市議として活動を始めるようになってからは、代表としての重責を母が一手に担うこととなった。
もっとも、父に経営能力が備わっていたとも思えず、薄利多売がやがて薄利少売となっていることも感じていたが、結局誰も引導を渡すこともなく、惰性でズルズルと会社を営んでいた、といった感じだった。

社員の相次ぐ退職や取引先の倒産など、語り尽くすには余りあるほどいろんなことがあった。そんな様々な紆余曲折を経ながらも、細々と経営を続けていた中、何と言っても一番の大きな転機は、11年前の父の急逝だった。

この時母は60歳。ここで廃業、という選択肢もあったが、母にとってそれがどういうことを意味するのかは、愚息として強く感じていたところでもあった。

続きを読む

中年に優しいオールスタンディング #佐野元春 #ソウルボーイへの伝言2019

2019年11月16日。青森市のライブハウス「青森Quater」へ畏友Zと足を運んだ。佐野元春 & THE COYOTE BANDのクラブサーキットツアー「ソウルボーイへの伝言 2019」を鑑賞するためだ。

年に数度、いろんなアーティストのコンサートを鑑賞しているが、その中でもライブハウスに足を運ぶのは年に1度あるかないか。だから、今回の会場である青森Quaterに足を運ぶ機会もほとんどないのだが、佐野元春がTHE COYOTE BANDを従えて青森へやってくるようになってからは、このライブハウスに足を運ぶ機会が一気に増えた。実際のところ、青森Quaterで観た半数以上のライブは、佐野元春 & THE COYOTE BANDの公演だ。
でも、考えてみると、かつて横浜スタジアムでライブを行ったアーティストが、500人程度のオールスタンディングのライブハウスで公演を行うって、凄くないですか。好きなアーティストの髪の質感や徐々に汗ばんで紅潮していく顔を至近距離から眺めることができるなんて、なんて幸せな時間なのだろう、と。

公演中に本人が語っていたが、青森での公演は、かれこれ4年ぶりになるらしい。
つい1年ほど前にも観たような気がしていたけれど、調べてみたら確かに4年前の10月、それも弘前・白神アップルマラソンの2日後に同じ会場でライブを堪能していた。前回はツアーが始まる前に発表された「BLOOD MOON」というアルバムを引っ提げての公演となった。
しかし、もう4年も経っていたということが驚きだった。いやはや、加齢とともに月日が経つのがどんどん早くなっていくなあ(苦笑)。

今回のツアー、10月に「或る秋の日」という生産限定のアルバムが発表されたので、そのプロモーションを兼ねてのものなのだろう。

「或る秋の日」は、配信限定の楽曲をメインにした佐野元春のソロ名義でのアルバムだったが、バックで演奏しているのが実質THE COYOTE BANDだったので、きっとこのアルバムを中心とした公演になるのだろうな…と思い、予習を怠ることなくライブに臨んでみたら、これがいい意味で外された、といった感じだった。おお、そう来たか!と。
今回はネタバレなしということで、何を演奏したのかには触れないでおこうと思う。ただ、改めてセットリストを眺めてみても、この辺は徹底しているのかな…という、会場にいた人でなければわからないであろう大きな独り言。

公演時間はアンコールを含めて1時間30分強と、コンパクトにまとめられたなあ、といった感じ。ただ、無駄なものが排除され(いや、ステージに無駄なものなんてないんだけど)、時間が経つのがあっという間だったし、終演の後に時計を見て、え…まだこんな時間なの?と驚いたぐらい。

裏を返せばそれだけ濃厚かつ濃密なライブだったということ。

我々もいわゆる「アラフィフ」と呼ばれる世代に突入しているし、周囲のお客さんはむしろ我々よりも年長の方が多い。超満員とまでは行かなくとも、拳を上げたり手拍子することも憚られるぐらい大勢の観客に囲まれている中で、オールスタンディングで1時間30分以上足踏みをしたり声を上げるのは、結構辛いものがあるのですよ。

…え?お前ランナーだろう!って?…まあ、確かにそうだけれど、午前中にゆるランしていたので、脚と腰には結構疲労がたまっておりまして、ええ。

ということで、ロマンスグレーから更に白髪度を増した佐野元春さま、来年はデビュー40周年ということで、祝ってもらうのではなく、逆にファンに何かを還元するぐらいの気持ちで色々企んでいるようなので、今後の活動にも注目していこうと思う。

心地よい疲労感でストレスが一気に抜けた感じ。終わった後に飲んだ「ハートランドビール」も大変美味しゅうございました。

へば、まだな。

※ツアーグッズが販売されていたテントでは、過去のグッズも売られていた。思わず、15年前のピンバッジを購入してしまった。

甚大化する災害と、ご近所付き合いと。

(本気で考えたいからこそ、長文駄文になってしまいました。原稿用紙換算9枚強、ご容赦を…)

今年の台風は、発生するタイミングが遅滞気味だった。1月に第1号、2月に第2号が発生して以降、6月まで音沙汰なし。

ところが、その6月に発生した第3号がいきなり関東地方をかすめて通過すると、7月からはほぼ毎週どこかで台風が発生することとなり、更には7月、紀伊半島に上陸した台風第6号を皮切りに、毎月のように日本列島に上陸した。

そして、9月に上陸した台風第15号は、千葉県南部を中心に大きな被害をもたらし、間を置くことなくやって来た10月の台風第19号は、信越から関東、東北地方にかけての広い範囲で河川の決壊や浸水の被害をもたらし、更には2週間足らずで本州に接近してきた台風第21号は、秋雨前線や低気圧の活動を活発化させ、更に被害を広げるなど、今年だけでも相当数の台風による、それも過去に類を見ない甚大な被害が発生していることは周知の事実だ。

台風といえばかつては、どちらかといえば南西諸島や九州地方をはじめとする西日本に大きな被害をもたらしていたものだが、昨今では場所を問わず大きな被害をもたらす傾向が強くなっている。
平成30年7月に発生したいわゆる「西日本豪雨」も、台風第7号の接近に伴う梅雨前線の活動が活発となり、11府県に大雨特別警報が発表されることとなった。

今年も特別警報が数度発表されている。裏を返せばそれは、もはや日本国内いつどこにいても大きな災害に遭う可能性があるということを示唆しているといっても過言ではないだろう。

台風第19号の時を振り返ってみて欲しい。あの時、台風は首都圏を直撃し、東京や神奈川といった地域でも大雨特別警報が発表され、多摩川や八王子市内を流れる河川が氾濫寸前まで水位上昇している模様が、何度もテレビで報じられていた。この間、関東甲信越そして東北地方まで広い範囲で大雨特別警報が発表され、警戒レベルは5、既に災害が発生している可能性が高い状況であることから、身の安全を第一に行動するよう繰り返し報じられた。

しかし結果的に甚大な被害が生じたのは、長野県や福島県、宮城県といった、台風の中心から少し外れた周縁の地域だった。思った以上に速度が遅かったことで、関東地方の台風の通過が夜から未明になり、広範囲で被害が発生しているのが明らかになったのは、翌朝になってからだった。どうだろう、関係者以外で事前にこの被害を予測した人は、いただろうか。

台風第21号についても、本州に上陸、直撃することはないという報じられ方をしていたが、実際は台風の進む先にある前線や低気圧が刺激され、台風第19号の被災地では更に被害が拡大し、被害の少なかった千葉市などでも浸水被害が発生するという事態となってしまった。

一つ言えることは、台風の進路に当たる地域はもちろんだが、中心から離れた周縁地域でも絶対に警戒を怠ってはいけない、むしろ台風の進路に当たる地域以上に油断してはならない、ということだろう。
今の人間の力を持ってして、自然災害を軽減することはできるかも知れないが、残念ながら完全に食い止めることは不可能だ。しかし、心構え一つで、自分自身の命や財産を守ることはできるだろう。

発生時期が迫っているといわれる南海トラフ地震や首都直下地震など、地震に対する備えをしっかりしましょう、ということはこれまでも言われてきたが、今回のような台風がもたらした河川氾濫、水害に対する備えへの周知は、果たして希薄だったのだろうか。

続きを読む