40年の重み(1)【The Songs of Surrender / U2】

音楽は、時として清涼剤となり、良薬ともなる。しかし一方で音楽は、時としてとてつもなく心を傷つけ、そして暴力的、猟奇的な一面を見せることもある。

このような感じ方は全て、聴く側、音を受け入れる側の精神状態や気分、体調によって変わってくる。
…というのはアタクシ自身の単なる持論。気の持ちようの変化によって、音楽に対する受け入れ方や見方も変わってくるものだと思っていたのだが…。

U2の音楽をちゃんと聴くようになったのは、1987年に発表された「The Joshua Tree」から。「War」や「焔」といった代表作は、ちゃんと聴いていない。

U2に対してのイメージといえば、正直何だか面倒臭そうというか、政治思想や社会批判めいたアプローチというか、そういった音楽的な指向に理解が及ばず、聴かずじまいのままだった。とはいえ「The Joshua Tree」にもそういった要素は孕んでおり、逆に言えば、ようやく自分の耳や感性が、そういう音楽を聴くところまで追いついた、ということなのだろう。

U2が1980年にデビューし、結成から40年目を迎えた時には、世界中で新型コロナウイルス感染症がまん延。更には各国が露骨に反目し合うという情勢が如実に露呈し、世界が混迷の一途を辿る中、遂にロシアとウクライナとの衝突に発展。日本を取り巻く状況を取って見ても、北朝鮮や中国などによる諸々もあり、全くもって落ち着く気配がなかった。

完全生産限定盤の40曲入りデラックス盤。シールが付いてきた。

そんな中、2023年3月にU2が発表したアルバムは、新しい解釈による過去の楽曲のリテイク。まあ、見方によってはいわゆる「セルフカバー」ということになるが、そこが単なるセルフカバーにとどまらないのがU2。むしろ、この状況においてU2がどういう形で反応を示し、音楽で表現するのか、興味津々だった。

アルバムのタイトルは「Songs Of Surrender」で、収録曲数は40曲。パッケージとしては16曲入り「スタンダードエディション」のほか、20曲入りの「デラックス・エディション」、更には前述の40曲入り「スーパー・デラックス・コレクターズ・エディション」(10曲ずつ各メンバー名義のディスクに収録)の形態で発売されているが、40曲入りのデラックス盤は、既に欠品となっているようだ。

さて、収録曲をざっと眺めてみると、ギターのエッジ、ベースのアダム、ドラムのラリー、そしてボーカルのボノが選曲した各10曲が並んでいるが、「One」で始まり「40」で終わるという並びに、思わずニヤリ。また、ライブで人気のあるナンバーばかりが並んでいるというわけでもなく、単なる「ベスト盤」という括りともちょっと違う。そういう点では、個人的には「Elevation」が収録されていなかったのが、ちょっと意外だったが。

直近で発表されたアルバム「Songs Of Innocence」や「Songs Of Experience」ともタイトルは似ているものの、中身は全く異なる。さらに、これまでとは全く異なるアレンジが施された楽曲も数多くあり、前述のとおり、単なるセルフカバーとは一線を画した、「新作」といっていいだろう。

正直、アルバムに先駆けて配信された数曲を聴いた時、あ、これはちょっとあまり好きにはなれないアルバムかも知れない、と思った。
全体を通じてアコースティック調にアレンジされた楽曲の奥に秘められた、ここ数年の世界情勢をなぞるような陰鬱な光景が浮かび上がってくるような、そんなどこかネガティブな雰囲気を感じ取ってしまったからだ。

それは、僕自身が人生の中でも3本の指に入るほどの落ち込みを感じていたとき、人に会うことが億劫になり、何をしても身が入らない、そんな精神状態に苛まれていた頃、George Michaelの「OLDER」を初めて聴いた時に感じた「荒廃した殺風景」というか、「境界のぼやけた灰色の光景と鈍色の空」みたいな、どこか「悲観的な感情」が再び沸き上がる、そんな感覚が蘇ったからなのかも知れない。

U2の公式サイトに有料登録したら送られてきたライブ盤。

同じタイミングで、これも同梱されていた。写真集とCD。

ただ、思い返せば、今回のこのアルバムが発表されたタイミングというのは、自分自身が心身ともに耗弱するぐらいに疲弊していた時期だった。

ようやく徐々に落ち着きを取り戻しつつある今(いや、実のところ落ち着く状況にはないのだけれど)、改めてメンバー4人がそれぞれ選曲した10曲を通して聴いてみると、そこに感じ取ったのは、それまで見え隠れしていたネガティブな雰囲気ではなく「優しさ」だった。

こんな時代だからこそ、世界を抱擁するような安らぎがある。相も変わらず世界中は混沌としていて、殺伐とした雰囲気すら感じられるが、U2が届けてきたそれが、気がついたら自分自身にとっての「癒し」となっていることは間違いない。

コロナ禍に手に入れたU2の公式ライブ盤

こちらはSongs of…のライブDVD(オフィシャル)

願わくば、この作品を引っ提げて来日公演を…なんて思ってしまったが、まあ、それはまた叶わぬ願いなのだろう。もっとも、叶わぬ願いだと思った現実が、間もなく訪れるのだが…。それはまた、(2)でお話しさせていただくことにしよう。