平成7年1月17日午前5時46分。兵庫県南部地震、いわゆる阪神淡路大震災が発生。
阪神淡路大震災を契機に、ボランティア活動の重要性が認識されるようになり、1月17日が「防災とボランティアの日」として、そして1月15日から21日までが「防災とボランティア週間」として制定された。
阪神淡路大震災による発災から30年。もう30年も経ったのか、という想いとともに、この間に自分の中で生じた心境の変化をぼんやりと考えている。奉仕の心は小学校時代から携わったボーイスカウトの頃に培ったつもりだが、大人になってからは「全体の奉仕者」としての振る舞いが求められることとなり、寸暇を惜しんでボランティア活動に取り組むことなんてなかった。ただし東日本大震災以降、ボランティアとしてではなく「業務」の一環として被災地支援に出向く機会が増えたのだけれど。
令和7年1月17日午後0時46分。僕は今、東京へ向かう東北新幹線の車内にいる。昨年暮れに続き、またしても雪にハラハラさせられながらの上京。弘前市内は昨日から今朝までとんでもない量の降雪(12時間で35センチの降雪量を観測。ただし、感覚的には40センチは越えていたような気がする。)があり、今季の最大積雪深を更新したようだ(午前8時時点で126センチ)。大雪警報も発表され、奥羽線をはじめとする在来線は軒並み運転見合わせとなった。ゲリラ豪雨というのは局所的かつ突発的に発生する大雨のことを指すようだが、年末年始の雪は、ゲリラ豪雪というよりも波状攻撃、局所の集中攻撃といった感じだった。「線状降水帯」ならぬ「線状降雪帯」という言葉が、少しづつ市民権を得始めているのもちょっと怖い。
雪の心配もさることながら、地震への警戒、そして明らかに変わりつつある自然現象の状況にも注意を払わなければならない。30年前、所詮は他人事のように捉えていた様々な災害が、他人事としてではなく支援する立場にいる一人として、時には自分事として捉えるようになるなんて想像もできなかったことだ。(ただし昭和58年5月の日本海中部地震を経験し、平成6年12月28日に発生した三陸はるか沖地震では自分も「被災者」だったことは一応書きとどめておく。)
――― 1月11日、今年最初の災害当番のため8時30分から18時まで出勤した。12年ぶりとなる県の豪雪対策本部が設置されたことを受けての当番対応だった。しかし今年度は、当番に当たる回数が例年より多い気がする。もっとも、以前の職場に在籍していた頃は、当番であろうとなかろうとお構い無し、曜日と時間の感覚がなくなるぐらい多忙を極めていたことを思い返せば、こんなのは全然大したことはないはずなのだが、その職場を離れ、業務の一線から一歩引いた途端、その感覚が錆びていった気がする。 ―――
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