【新作聴いてます】『今、何処』 佐野元春&ザ・コヨーテバンド


昨日のこと、元首相が狙撃され、命を落とすという痛ましい事件が発生した。世界情勢は不安定の一途を辿っていると思っていたが、国内においてこうした事件が起こること自体が信じられず、何度も繰り返し見せられているものが、映画ではなく現実なのだと考えただけで身震いがし、思わずテレビのスイッチを切った。

このご時世において、音楽を通じて社会に警鐘を鳴らす国内のミュージシャンは、どれぐらいいるだろう。ラップやヒップホップ系の表現者も結構過激に(しかも、どちらかといえば偏向気味に)社会批判を繰り返しているようにも思えるが、僕が知る限りだと、70年代のフォークソングには音楽を武器にして社会の不条理を訴えていたものが結構あったような気がするし、その潮流は、80年代以降に活躍し、今もなお名を馳せるアーティストたちに脈々と受け継がれているような気がする。佐野元春はもちろん、桑田佳祐、(故)忌野清志郎、山下達郎などは、時として思わずドキッとさせられるような痛烈な社会批判や世相、時事、政治社会への皮肉、鋭い指摘をぶつけることがあると僕は思っている。その一方で、今回のようなおぞましい事態が起きてしまった今こそ、人々の不安を少しでも和らげ、不安定な状況を安定な方向に導く「言葉」、それは音楽であり文芸であり、が、とても重要なんじゃないかとも思っている。時として「言葉」は人を傷つけ、暴力となることもある。一方で、深いやさしさ、慈しみを持つのも言葉だと思う。好き嫌い様々あるのは仕方がないこと。でも力でねじ伏せる、それも銃器を使ってまで言論を封じ込めるということには、憤りしか出てこない。

またしても前置きが長くなった。

佐野元春の歌詞に魅了されてから長い時間が経つが、今回発表された『今、何処(Where Are You Now)』の歌詞も、相当奥深い。歌詞だけではなく、音も。いや、そんな「奥深い」なんていう単純な一言で済まされるものではないぐらい、重厚な内容となっている。

3月に有料生配信された WEB番組「元春TV SHOW」 では、春と夏にアルバムを立て続けに発表すると公表された。僕もその時の番組を観ていたが、春には10曲で構成された配信限定のアルバムを1タイトル、また7月上旬には14曲で構成されたもう1タイトルの新作アルバムを”パッケージと配信”でリリースするとのことだった。

その時は「7月のアルバムは2枚組になる予定とか?」という振りに「いや、そうじゃない。14曲で構成されたアルバムで、2枚組ではない。」ときっぱりと否定した元春。

しかし、蓋を開けてみると、配信限定だった4月のアルバム『ENTERTAINMENT!』はCD化され、今回発表されたもう一枚のアルバム『今、何処(Where Are You Now)』に同梱された「初回限定デラックス盤」として発表された。

公式ウェブサイトの触れ込みでは「初回限定デラックス盤には、パッケージ盤を望む声に応えて、配信のみでリリースされた『ENTERTAINMENT!』が、正式なパッケージとしてバンドルされる」とあったが、実のところは3月の時点においてこういうスタイルで発表されることが決まっていたのだろう。

ただ、4月にデジタル配信された『ENTERTAINMENT!』に関しては、既発の配信シングルが多数収録されていたこともあり、推測ではあるが、パンデミックな世の中で疲弊する人たちに少しでも早く音を聞いて欲しい、というアーティスト側の配慮もあって、急遽配信を決定したのかも知れないし、そうあって欲しいとも思う。

個人的には、元春が「配信限定」でアルバムを発表すること自体ありえない、考えられないことだと思ったけれど、実際初めて『ENTERTAINMENT!』を聞いた時、自分の気分がどれほど高揚したかは、説明ができないぐらいだったから。

今回の「初回限定デラックス盤」には、前述のCD2作品のほか、9曲のミュージックビデオとコヨーテバンドのメンバーのインタビューが収録されたDVD、更に、ボーナストラック1曲のダウンロードキーと、約100ページに及ぶブックレットが収められている。

デラックス盤だけあって、支えがなくとも自立します。

特筆すべきはこのブックレットで、12名による2つのアルバムそれぞれに対する解説、私見、寸評が掲載されており、読み応え充分。最後には佐野元春本人による「ハートランドからの手紙」が掲載されていて、その中では、この作品が約3年前から構想、制作が始まっていたこと、そしてこの間、戦争や疾病により世界が狼狽したことなどに触れられている。

なので、ここで烏滸がましくも作品に対する寸評じみたことを掲載する必要は全くないと思っているが、パンデミック下においても、ぶれることなく作品を創出し続けた佐野元春本人の「熱い思い」が感じられる。特に『今、何処(Where Are You Now)』に至っては、まさにタイトル通り混沌とするこの社会下における人々の存在意義や自律性、アイデンティティを問うような、一つの短編小説のような作品に仕上がっていると感じたことだけは明記させてください。

パンデミックや世界の混迷に対する、佐野元春による迎撃宣言。

双璧のように対をなす2つの異なる作品が一つにパッケージされたということに対して、最初は違和感を覚えたものの、改めて全体を通して聴いてみると、例えとしては適当ではないかも知れないが、陰と陽、静と動、それぞれが螺旋のように交わりながら昇華し、更に重厚さを増したThe Coyote Bandの「凄み」みたいなものが伝わってくる。

双璧のように対をなす、そう思わせた最大の理由は、『今、何処(Where Are You Now)』のボーナストラックが『ENTERTAINMENT!』に収録されたある曲と全く対をなすものだったから。

久し振りにじっくり腰を据えて作品と対峙する、歌詞カードを読みながら1曲1曲を味わうように堪能する、そういう楽曲が次々と押し寄せてくる。
言うなれば、『ENTERTAINMENT!』は第1章、『今、何処(Where Are You Now)』は第2章。

第1章たる『ENTERTAINMENT!』の最後を飾る「いばらの道」は第2章『今、何処(Where Are You Now)』への伏線。第2章の冒頭を飾るオープニングに続く「さよならメランコリア」はその伏線回収、みたい感じ。その後も、たびたび「魂」に訴えかけてくるのだ。

昨日から、僕はずっとこのアルバムを聴いている。
交錯する「映像」「言葉」の数々から目を背け、やり場のない憤り、隠しきれない動揺を少しでも和らげるために。