タイム度外視の練習レース 第39回 #つくばマラソン (後編)

【前編からの続き】
雨の影響もあってなのだろうか、予想よりもスローペースでスタートした感があった。

それでもガンガン行ってしまう人はもちろん大勢いるわけで、その波に飲み込まれないことが最初のミッションだったが、心配無用だった。だって、そもそもそこまで走れる脚ができあがっていないから。

よし、今日は楽しく走ろう、笑って走ろう。そう思ってスタートラインを踏んだけれど、本降りの雨がどんどんその意思を削いでいく。色づいた沿道の銀杏の樹木から滴り落ちる雨粒も何だか恨めしい。

しかも、突如現れた水たまりに思い切り足を突っ込み、更に気が滅入る。
落ち着け、まずはしっかりペースを保とう。

最初の1kmはアテにならないとして、2km以降はこまめにペースを確認することにした。その後は当初の設定どおり、概ね4分35秒から40秒の間をキープしながら、先に進む。相変わらず路面の水たまりは半端ないが、沿道からわざわざその位置を教えてくれる人がいたのはありがたかった。

気がつくと既に10kmを通過していた。今回は5km毎にペースを刻むこと意識して走っていたので、2クール目が終わったことになる。簡単に言えば、あと6回同じことを繰り返せばいいだけのこと。依然として雨は降り続いていたが、やがて止むはずだ。ほとんど風もなく、走りやすいと考えれば少しは気も楽になる。妙に力んでいた肩の力を抜いて、なるべく無心で、一点に意識を集中させて走る。
決してキツいペースではないつもりなのに、心拍数が跳ね上がっている。二度、大きく息を吐く。

今回はしつこいぐらいある一点に意識を集中していたことが功を奏したようで、20kmまでは何の支障もなくやってこれた。キツいというよりも、この雨だし走るのが面倒だな、ということが頭をよぎったものの、その思いも5kmまでには消えた。
そういえば、降り続いていた雨も止んだらしい。
あと4クール、問題はこの先だ。もう一度気合いを入れ直し、意識を集中させる。水分を含んだシューズの中がカポカポと音を鳴らしていたが、大して気にならない。周囲のランナーのことも気にしない。気にするのは、自分の呼吸音と鼓動とフォーム。このまま頑張れば、自ずと結果もついてくるはずだから、今は自分を信じよう。

…しかし、自分の練習不足はそんな子供騙しのような頑張りを易々と見逃してくれるはずがなかった。20kmから少しだけペースを上げたところまでは良かったが、27kmを過ぎた辺りで、突如右足の太腿に電流が走った。痙攣開始の合図に、慌ててペースを緩める。

万事休す。

僕の2019年の挑戦は、今年もほぼ同じ場所で突如幕引きとなった。
完全に脚が痙攣して立っているのもままならない、という事態は回避したものの、一度ペースを緩めたら、今度はペースが上がらなくなってしまった。そしてその引き換えにやって来たのは、膝痛だった。

嗚呼、ここまで来てオレは何をやっているんだろう。なぜそこで我慢できなかった?
慌ててペースを緩めたことを後悔したが、あとの祭り。30kmも持ち堪えられないぐらいまで脚力が落ちてしまったのか。

不甲斐ないやら悲しいやら可笑しいやら。しかも冷たい向かい風が吹き始め、どんどん身体を冷やして行く。左膝には結構な痛みを感じるようになり、走る距離よりも歩く距離が長くなっていた。いっそのこと35km辺りでリタイアしようとも思ったが、それも癪だと思い、時折冷笑するような雨と風に当たりながら、結局歩くと走るを交互に繰り返しながら、3時間48分50秒でゴールラインを踏んだ。

歩いている途中で数名の仲間たちに声を掛けられたけれど、半分放心状態だったことは、今だから明かします。まともに反応できなかった皆さん、どうもすいません。

この雨も風も走っている全員に降り注ぎ、そして吹きつけたわけで、何も僕だけに辛く当たってきたわけではないということは、言うまでもない。
ゴールしても感動も何もなく、何とも言えぬ空虚な気分だった。練習の一環と割り切っていたつもりでも、込み上げてきたのは、何とかゴール地点に帰ってこれたという安堵感よりも、今回の結果が自己ワーストだという情けなさだった。

いやいや、今日は結果度外視と決めていたのだから、次に繋げる(といっても来春以降だけど)ために、ひとまずやれることはやってみたという自負を抱きつつ、今日やりきれなかったことはしっかり反省をすればいいのだ。そういえばここ最近、失敗レースのPDSCを全くやっていなかった。

正直、つくばはもう出なくてもいいかな、と思ってしまうぐらいのコンディションだったけれど、きっとつくばの借りはつくばで返す、ということになるだろうし、北海道然り、盛岡然り、勝田は…といった感じで、あちこちに借りを作っている状況に陥っている。

今の自分に何が足りないのかは、自分が一番わかっているつもりだけど、肝心なことも忘れてしまっている気がする。そもそも、走るということに対する姿勢からなっていないだけのことか。別に五輪を目指すわけでもなければ競技者でもないわけで、一市民ランナーとして楽しめばいいだけのこと。でも、それだけでは満足できない何かがあるということは、きっと一緒に走っている仲間であればわかっていただけるだろう。

いずれにせよ2019年は、2018年よりも更に酷い、不本意な一年だった。というよりも、やれアキレス腱が痛い、膝か痛い、仕事が忙しくて練習できていないなどと、走る前から言い訳と守勢に回り、攻めに転じたレースは一つもなかった。ネガティヴがネガティヴを呼び込み、走ることがつまらない、と感じる時もあった。けれど、ネガティヴスプリットは一度もできなかった。

このまま加齢を理由に落ちぶれて行くのか、はたまた上昇の機運を掴むことができるのか、それを知るのは自分自身なんだろうけれど。

(左のチョコと醤油は、ゴール直後に配られていたもの。何か得した気分。)

2020年はもう少し楽しく真剣に走ることと向き合うようにしたいな。せっかく自らが感じ得た楽しみを、このまま無にしたくはないから。

…あ、ご心配なく。何か真面目に語駄句を並べているけれど、そこまで深刻に考えてはいませんから。ということで、走る方はしばしの休眠に入るが、いつか復活の狼煙を上げるまで、もう少しもがき苦しみたいと思いますので、2020年もどうぞよろしくお願いいたします。