六ヶ所村長選挙

※今日のお話はひょっとしたら何か政治的思想に繋がると読んでしまう人もいるかも知れませんが、私にその気は全くございませんのであらかじめご了承下さい。また、この場で核燃推進か反対かといった議論を繰り広げることについても、私としては望んでおりませんし議論するつもりも毛頭ございませんのでご容赦を。

青森県上北郡六ヶ所村。青森県内に二つしかない、普通交付税の不交付団体(すなわち、単独財源のみで村を運営することができる)である。ちなみにもう一つの不交付団体は隣村の東通村。こちらは東通原子力発電所を抱える。

六ヶ所村といえば、核燃料サイクル施設をはじめとする核燃料関連施設の建設、立地が進められていることで全国的にも知られている。万が一にも万が一のことが起きてしまうと、日本全国のみならず、全世界にも波及する大事故に繋がりかねないため、「核燃No!」を声高に叫ぶ人も少なくない。

しかしながら、地元六ヶ所村ではこのことをどう考えているのだろうか。
大学院に在籍していた頃、某村長選挙における住民の投票行動に関する研究を協同でまとめた経験上、今日は少々アカデミックかつ知的に迫ってみようと思う(長文駄文失礼)。


上北郡六ヶ所村は、米軍基地を抱える三沢市の北部に位置し、人口は1万2千人弱。村の人口規模としては青森県内で最大である。かつては多くの村民が農漁業で生計を立てていたようだが、現在は産業構造が変化しているようだ。

六ヶ所村の歴史をざっと振り返ると、国策として進められた「むつ小川原開発」がその根幹に挙げられる。

「むつ小川原開発」?巨大コンビナートの形成。
さながらそれは、かつての南米入植にも似たものがあったのではないだろうか。何もない農漁村に広がる広大な土地に多額の金を注ぎ込んだのは、六ヶ所村とは何の縁故もない都市部の大企業。開発計画が進むことによる土地の高騰を期待した大企業がこぞって土地を買い漁ったのだ。結果、村民は多額の金を手に入れ、そして農地を失った。

しかし、オイルショックにより計画は頓挫。石油備蓄基地が設置されたものの、手つかずの荒野が残されたまま。挙げ句の果てにやってきたのは核燃料サイクル施設。それはさながら、何の資産価値もない荒野を購入した企業を、国策で救って差し上げましょう、という思惑が見え隠れする。そこに村民の意向はない。そして現在もなお、誰のものともわからないような荒廃した土地が広がっている。

僕はかつて、一度だけ六ヶ所村に足を運んだことがある(釣りに興じるため)。
村の入り口はごくありがちな農村風景。立派に舗装された道路には、人影すらない。しかし車が進むにつれ、一種異様な光景が広がってくる。
夜になっても不夜城のように煌々と照らされる灯り。
厳重な警備のため張り巡らされたバリケード。
見たこともないような重機の数々。
村の中心部にある飲食店では標準語や聞き慣れない訛りの言葉が飛び交う。恐らく村民は従業員くらいなのだろうか。
ここは一体何処なんだ?そんな錯覚さえ襲ってくる。

現在六ヶ所村では村長選挙の真っ最中。推進派である現職村長が、村では戦後初めての無投票当選を果たす公算が高いと思われたが、立候補締め切りギリギリになって反核燃を打ち立てる青森市在住の市民が立候補。選挙戦に突入した。

任期満了に伴い二十日告示された六ケ所六ヶ所村長選は、再選を目指す現職の古川健治氏(72)=無所属=と、反核燃運動に携わる青森市のフリーター梅北陽子氏(53)=同=の二人が立候補を届け出、前日までの無投票ムードから一転、核燃サイクル推進派、反対派による一騎打ちの構図となった。(Web東奥)

これは六ヶ所村に限ったことではないが、青森県には「第四次産業」があるという。

第四次産業。
それは、「選挙」である。
六ヶ所村の村会議員の多くは建設業に携わる。そして与野党に分かれた議員は、それぞれ利権を争っているという。(「六ヶ所村奇譚」より)

そこに政争は、ない。
余談ではあるが、僕が研究した某村においては、投票率が97%というとんでもない数字をはじき出したことがある。投票しなかったのは僅か数十人。入院あるいは寝たきりのお年寄りくらいだろうか。県外へ出稼ぎに行っている人たちも、この日に合わせて帰ってくる。そして、自分の投票した候補の当落に一喜一憂する。つまり、この地域において選挙とは「ギャンブル」みたいなものなのだ。

六ヶ所村に目を転じてみよう。
ここでもやはり政策論争はない。既に、「核燃施設ありき」で核燃マネーを巡る争いが繰り広げられているだけなのだ。
事実、与野党問わず村議会の全議員が核燃推進派の現職村長の支援に回るという。つまり、小さな村にあって絶対的権限を持つ村長に盾を突くということは、すなわち自らの懐に入って来るであろう権益(利得)の全てを放棄することにも繋がりかねない、ということだろうか。

これは、「津軽選挙」と呼ばれる青森県N村の村長選挙にも相通ずるところがあるが、あちらは利得争いがハッキリしていて、敗れた候補を応援した者は冷や飯にもたどり着くことが出来ないという噂だから、ちょっと性格が異なる。

たびたび話が逸れるが、実は六ヶ所村では、02年に公共事業をめぐる利権スキャンダルが発覚、連日の警察による事情聴取の挙げ句、前村長が不可解な自殺を遂げ、真相は闇の中に、という事件があった。この時は、背後に黒幕がいたとか、手を下したのは○○だ、などといった様々な憶測、噂が飛び交った。村が抱えている施設を考えると、多額の金が動くことは容易に推測されることもあって、スキャンダルの一言で片付けるには済まされない何かがあり、見えない巨大な力によって黙殺された、そんな空気さえ漂っていた。
その後、後継として村長の椅子に落ち着いたのが、現在の村長である。

六ヶ所村に足を運んでみると、この村は核燃料関連施設があったからこそ、ここまで成長しているということを実感することができる。しかしハッキリ言って、活気は全くと言っていいほどない。

つまり、村民の意志とは無関係のところで核燃料関連施設の整備が進められ、そこから生じる恩恵(すなわちカネ)を受けている村民が、我関せずと生活しているようにも見える。
しかしながら、無関係とは言ったものの、その施設で働く多くの村民がいるのも事実。ここで施設が撤退するということは、彼らの収入源を奪い取るということにも繋がりかねない(これは沖縄の米軍問題にも似ている)。

村民にしてみれば、核燃の危険性に怯えているというよりも、むしろ生計を立て、今を生きていくための最良の手段を選択する、そんな雰囲気さえ漂っている。灯台もと暗し、といったところか。

実際、反核燃を訴えているのは六ヶ所村民ではなく、村外に居住する人が多いように見受けられる。それを裏付ける根拠として、今回の選挙においても立候補したのは村民ではなく青森市在住の人だ(しかも横浜市出身だとか)。

どうやら村内には「物言えぬ空気」が渦巻いていて、反核燃!などと言ったが最後。村八分にされることも覚悟しなければならないらしい。もはや、我々が思っている以上に六ヶ所村には「核燃」が深く根付いていて、それが生活の一部になっているということは、否定できないような気がする。

ここ最近の選挙(村長選、村議選)では、反核燃候補が獲得するのは僅か2ケタの得票だという。村という最小限のコミュニティにあっては、票読みも容易であろう。約9,000人の有権者が、今回はどういった投票行動を起こすか。

今回は、争点が完全にずれていることもあり、有権者の反応は鈍く、選挙戦は盛り上がりに欠いているようだ。現職は、既存の核燃関連施設とともに、どのような村の発展を目指すかを訴える。かたや新人候補は、あくまで「反核燃」を訴える。
もはや結果はあったようなものといった冷めた見方がある中で、双方の陣営ともに、投票率の低下を危惧しているという。

明日日曜日に投開票が行われる六ヶ所村長選挙。
さて、どうなることやら…。

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