5月18日に開催された「第44回八戸うみねこマラソン全国大会」。
昨年、5年ぶりに出場したうみねこマラソンは、ハーフマラソン。熱中症と思しき症状を発症し、ヘロヘロになりながらハーフのワースト記録を叩き出した。
結局2024年は、この大会の出場が最初で最後となった…あ、違うわ。NAHAマラソンがあったね。
2025年を迎え、今年こそは…と気持ちだけは捲土重来だが、まずもってその後もまともな練習ができていない。とりあえず最初の大会となる「うみねこマラソン」にエントリーすべく、八戸市在住の元同僚に声を掛け、飲み会をセッティング。これで退路は断たれた。
しかし今回は、ハーフにエントリーするのは無茶過ぎると判断、10㎞にエントリーした。
調べてみたら、10㎞のレースに出場するのは2018年のAOMORIマラソン以来。
この時は40分34秒だったが、到底今の実力でこのタイムをはじき出せるはずがない。
練習不足に加えて体重の増加。今なら50分を切れる自信もなかったので、あくまでも練習の延長戦と位置付けて大会に出場することにした。
これまでは、大会当日の朝に会場入りし、走り終えたらすぐ帰る、という感じだった(とはいえ大会参加はこれで3度目だけれど)が、今回は前夜に八戸市内に入り、予定通り数年前に苦楽を共にした同志と一献。
美味しい料理、美味いビール、楽しい話に花を咲かせ、記憶を飛ばすぐらいいい感じで酔っ払った。
迎えた大会当日。わかっていたことだが、暑い。そして風が強い。酒がまだ残っている自覚もある。
取りあえず会場へ向かい、広い岸壁に車を停め、スタートまでの120分をどうやり過ごすか考える。
そんな時、ふと隣に停まった車を見て目が点になった。
隣の車から降りてきたのは、何と40年近くも会っていなかった従弟。
「こんなことって、あるんだ…」と唖然とする二人。
聞くと、ハーフにエントリーしているという。暑くなることだろう。どうかご無事で。
互いの健闘を祈り、大した会話もせずに別れてしまったことは、ちょっと悔いが残った。
10時、ハーフのスタートを見送り、10時42分に10㎞がスタート。
前日に同席した仲間が、自転車を漕いでわざわざ応援に来てくれた。
スタート時間がなぜ中途半端なのかはわからないが、一団の中に身を潜ませ、いよいよ号砲が鳴った。沿岸部を南下するコース、岸壁や臨港道路をクネクネと曲がりながら、鮫駅近くで折り返すコース。
往路は追い風が強く、4分30秒~4分45秒程度のペースで淡々と進む。嗚呼、以前であれば4分前後で進んでいたはずだったけれど、そんなペースは過去の話。今はこれぐらいがちょうど良いのだ。
自転車を漕いで神出鬼没とばかりに現れる同志にみっともない姿を見せるわけにはいかないと、気持ちだけで走り続けている感覚。
折り返すと、予想通りの向かい風。あとで知ったことだが、風速8m前後だったらしい。そりゃきついわ。
まあでも、きついのは自分だけじゃないので…。
いよいよハーフマラソンを折り返してきた先頭のランナーに追い抜かれたのを皮切りに、後続のランナーがどんどん追い抜いていく。もう既に15㎞以上走っているのに、皆さんよくもまあこんな体力が残っているものだ…。ああ、でも自分も40代はこれぐらいの勢いがあったかもなあ…。
今日は10㎞にしておいてよかったよ、ホントに。
最後の気力を振り絞って…というほどの距離でないことは重々承知。でも、ここまできたらせめて50分は切らないと情けないぞ!
しかし向かい風の状況は変わらず、ゴールが見えてもペースは上がらない。
結局、辛うじて48分台でゴール。考えてみると、25年前に初めてアップルマラソン(当時はNEWあっぷるマラソンという大会だった)を走った時の時間とあまり変わらなかった。
でも、こうやって無事にゴールできたことが本当に嬉しかったのだ。
年齢じゃない、単に練習不足。こんな状態で大会に出場するということ自体が無謀…ではないな。
…とはいえまあ、思い起こすとこの25年間、色んなことがありました。
(回想)
20代最後の記念に10㎞走ろうよ、と仲間から誘われ、その気になって3~4人でエントリーしたのかな。別に走ることに対する思い入れもなかったし、そもそも自分は未だに親戚の中で語り草にされるぐらい足が遅かったのだ。
なので、20代最後の気の迷いみたいな感じで、その後は走るなんて全く興味はなかったのだけれど、転機になったのは結局、自分自身の不摂生がきっかけだったというオチ。
それからは、成人病になるのは避けたい(そして酒が飲めなくなるのは絶対にイヤだ)という一心だけで運動を取り入れようと思い、ジョギングを始めたのが事の始まりだった。
初めてフルマラソンを完走した時のことは今でもはっきり覚えているし、そこから走ることに取り憑かれたように我武者羅に練習も繰り返した。
40代の頃はいかに速く走るか、どうしたら速くゴールできるか、ということばかりに思いを巡らせ、何度も整形外科のお世話になったけれど、新型コロナに翻弄されたまま50代を迎えた頃には、何だかそんなのは自分にとってはどうでもよくなってしまった、というのが現在の心境だ。
胸を張れる結果ではないかも知れないけれど、色んな人と話もできたし、久し振りに楽しかった。
最後に。
前日からわざわざ時間を割いてくれたかつての同僚(今は同志)、そして関係者の皆さまに心の底から御礼を言いたいです。本当に、本当にありがとうございました。次、どうしようかな…。




