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うみねこ爆弾を避けながら #八戸うみねこマラソン

5月16日、八戸市で開催された「八戸うみねこマラソン」に参加してきた。
地元で開催される「弘前・白神アップルマラソン」にはここ3年参加していないのに、こちらの大会は3年連続。その理由は簡単。大会前日の飲み会が楽しいからだ。あはは。

今年も前日に八戸入り、以前職場で苦楽を共にした元同僚らとの懇談。すっかり調子に乗り、翌日大会があるにも関わらず23時過ぎまで飲み続けた結果、翌朝は久しぶりの二日酔いだった。

3年前のハーフに出場した時、ゴール後に熱中症のような症状に見舞われ、フラフラになったまま弘前まで電車を乗り継いで戻ったという恐怖体験から、ハーフに対する禍々しい思いが芽生え、昨年から10㎞の出場に切り替えた。

まともな練習もしておらず、体力も気力も明らかに低下している自覚もあったので、10㎞だったら何とかなるだろう…なんて甘く考えていたけれど、結果的には見事に足元を掬われることとなった。10㎞でも舐めたらあかんのですよ。

会場となる八戸港の館鼻岸壁周辺は、この大会に子供からそれ相応の年配者まで出場することもあり、例年大混雑する。7時過ぎには宿所を出発し、7時半過ぎには岸壁の一角に駐車場所を確保、そこから1時間ほど車内で惰眠を貪っていた。何せ自分が出場する10㎞のスタート時刻は10時42分。3時間近くも時間があるのだ。

酒は抜けていたものの、頭痛と気怠さは残ったまま。脱水症状にならないように、水分補給だけは怠らなかった。
それほど風もなく穏やかな天気で、走るにはちょうど良さそうだ。

9時に3㎞コースの号砲が打ち鳴らされ、10時にはハーフの選手たちがスタートしていった。

気合いを入れて大会に参加していた以前とは異なり、気負うものもなければ緊張感もない。

昨晩一緒に酒を飲んだ八戸消防の某氏が、今年も応援に来てくれた。

頂いた冷たいゼリー飲料を口にしながら10時のスタートを一緒に見送り、談笑していた。
ところが、10時のスタート直後から急に風向きが変わったのを感じた。海からの東風が徐々に強くなってきたのだ。

スタート地点に一人で向かう。同じランニングクラブのメンバー若干名が参加しているはずだけれど、結局誰とも会わなかった。

10kmスタート直前

10時42分、スタートの号砲が鳴った。
なぜこんな中途半端な時間に設定されているのかは、わからない。
さっきまで談笑していた某氏に手を振りスタートラインを超える。
旧知のチームのメンバーが目ざとく僕を発見、声援を送ってくれた。本当にありがたい。

まだ余裕をブチかましていたスタート前

最初の1㎞こそ5分半を要したが、2㎞までは4分40秒までペースを上げた。大して苦しくもなく、このままのペースでしばらく押していけるかな、と思ったところに落とし穴が待ち構えていた。世の中そんなにうまく行くはずがない。3km過ぎで右脚のふくらはぎが悲鳴を上げたのだ。
…といっても予兆はあった。

以前から左膝に不調を感じていて、それを庇いながら走った結果、右脚に思った以上の負荷がかかっていたのだ。脚が攣る感覚ではなく、ピキッと剥がれるような感覚。突然の出来事に、慌ててペースを落とすしかなかった。騙し騙し5分ちょっとのペースで走り続けたが、それも1㎞と持たず。

5㎞付近の給水所で完全に足を止め、痛みを確認する。
いっそここで競技中止、DNFという選択肢もあったのだが…。

江の島が見えてきて俺の家も近いと唄っていたのはサザンオールスターズ。
こっちは蕪島が見えてきて俺のゴールが一番遠いところにいるのだ…。

だったら歩こうが走ろうがゴールを目指して進むしかない。タイムや順位なんてどうでもよかった。
往路があるということは復路がある。往路で声援を受けたということは復路でも声援を受ける。

なんとも情けない姿を晒しつつ、痛みを感じないポイントを探りながら、残り2㎞で意地を出した。

最初で最後の力走はゴール手前で…腰が完全に落ちている

残り1㎞で最速のペース。何をやっているのか…。
自己ワーストの55分ちょっとでゴール。
右脚を引きずり、覇気を失ったまま会場を後にした。

当日のペースと心拍数の波形

ということで、何でこうなったのか原因は明白。

・練習不足 ・体重過多 ・酒量過多

これしかない。ちなみに次のレースは全くの白紙。これからじっくり考えよう。

完走証は頂いたけれど…

最後に。この大会の直前に旅立ってしまった同じクラブのSさんへ。
僕はもう少し年齢に抗ってみようと思います。
ありがとうございました。いつかまた、ね。

合掌

0518_第44回八戸うみねこマラソン全国大会に出場しました。

5月18日に開催された「第44回八戸うみねこマラソン全国大会」。
昨年、5年ぶりに出場したうみねこマラソンは、ハーフマラソン。熱中症と思しき症状を発症し、ヘロヘロになりながらハーフのワースト記録を叩き出した。

結局2024年は、この大会の出場が最初で最後となった…あ、違うわ。NAHAマラソンがあったね。

2025年を迎え、今年こそは…と気持ちだけは捲土重来だが、まずもってその後もまともな練習ができていない。とりあえず最初の大会となる「うみねこマラソン」にエントリーすべく、八戸市在住の元同僚に声を掛け、飲み会をセッティング。これで退路は断たれた。
しかし今回は、ハーフにエントリーするのは無茶過ぎると判断、10㎞にエントリーした。
調べてみたら、10㎞のレースに出場するのは2018年のAOMORIマラソン以来。
この時は40分34秒だったが、到底今の実力でこのタイムをはじき出せるはずがない。
練習不足に加えて体重の増加。今なら50分を切れる自信もなかったので、あくまでも練習の延長戦と位置付けて大会に出場することにした。

これまでは、大会当日の朝に会場入りし、走り終えたらすぐ帰る、という感じだった(とはいえ大会参加はこれで3度目だけれど)が、今回は前夜に八戸市内に入り、予定通り数年前に苦楽を共にした同志と一献。
美味しい料理、美味いビール、楽しい話に花を咲かせ、記憶を飛ばすぐらいいい感じで酔っ払った。

数年前、苦楽をともにした「同志」

迎えた大会当日。わかっていたことだが、暑い。そして風が強い。酒がまだ残っている自覚もある。
取りあえず会場へ向かい、広い岸壁に車を停め、スタートまでの120分をどうやり過ごすか考える。
そんな時、ふと隣に停まった車を見て目が点になった。
隣の車から降りてきたのは、何と40年近くも会っていなかった従弟。
「こんなことって、あるんだ…」と唖然とする二人。
聞くと、ハーフにエントリーしているという。暑くなることだろう。どうかご無事で。
互いの健闘を祈り、大した会話もせずに別れてしまったことは、ちょっと悔いが残った。

余りにも久し振り過ぎて、どんな言葉を交わせばよいのか浮かばなかった従弟との再会

10時、ハーフのスタートを見送り、10時42分に10㎞がスタート。
前日に同席した仲間が、自転車を漕いでわざわざ応援に来てくれた。

わざわざ応援にやってきてくれた同志とハーフに挑戦する同志

スタート時間がなぜ中途半端なのかはわからないが、一団の中に身を潜ませ、いよいよ号砲が鳴った。沿岸部を南下するコース、岸壁や臨港道路をクネクネと曲がりながら、鮫駅近くで折り返すコース。
往路は追い風が強く、4分30秒~4分45秒程度のペースで淡々と進む。嗚呼、以前であれば4分前後で進んでいたはずだったけれど、そんなペースは過去の話。今はこれぐらいがちょうど良いのだ。
自転車を漕いで神出鬼没とばかりに現れる同志にみっともない姿を見せるわけにはいかないと、気持ちだけで走り続けている感覚。
折り返すと、予想通りの向かい風。あとで知ったことだが、風速8m前後だったらしい。そりゃきついわ。
まあでも、きついのは自分だけじゃないので…。
いよいよハーフマラソンを折り返してきた先頭のランナーに追い抜かれたのを皮切りに、後続のランナーがどんどん追い抜いていく。もう既に15㎞以上走っているのに、皆さんよくもまあこんな体力が残っているものだ…。ああ、でも自分も40代はこれぐらいの勢いがあったかもなあ…。

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2024年の走り納め #第38回NAHAマラソン(後編)

前編から続く)

10㎞過ぎまでは努めて冷静に、リラックスしながら走っていたのだが、そう簡単に事が運ぶはずもなかった。

【走り方を忘れた?】
15kmを通過した辺りから、足裏に少し違和感を覚え始めた。いつも準備していたワセリンを今回持参していないことに、大会当日の朝になって気付いたという失態。恐らく、終わる頃には足裏に水ぶくれができていることだろう。

前半はずっと上り基調のコース。最高地点は20㎞の手前となる。相変わらず老若男女問わず、たくさんの方々が沿道から声援を送り続けている。17㎞付近でコース最南端に到達し、右折すると上りに入る。この辺りから、少し余裕がなくなってきた。追い越すよりも追い抜いていくランナーの方が多くなってきた。ただ、それすらも別にどうでもいいと思い始めるようになってきた。とにかくゴールさえできれば、今日はそれでいいのだ。ただ、上半身と下半身が連動していない違和感がある。走り方を忘れてしまったのかも知れない。
20km手前の上り、いよいよ息が切れる。集中力が散漫になってきた。ヤバい、と思ったところで沿道から声が掛かる。

「最後の上りです!あとは下るだけ!」

走るペースを落とし、一度歩きながら息を整える。足が止まったわけではない。大丈夫、まだ行ける。

【何とか中間地点通過】
20km通過は1時間50分。ここからしばらく惰性で下り坂を走り続ける。
中間地点の平和祈念公園に差し掛かると、せっかくの日曜日なのに、沿道の小中高生はどこの誰なのかも分からないランナーのために、なりふり構わず声援を送ってくれる。それが何だか嬉しくて、グッと胸が熱くなる。
しかし、22kmを過ぎた辺りでいよいよ足が動かなくなってきた。左の足裏はかなり火照っている。思わず沿道の方からコールドスプレーを借りて両脚に噴射する。
これで少し和らいだのか、再び足が動き始めたが、その効果も短時間だった。

【遂に発見!そして、悪魔の囁き】
25km手前、ひめゆりの塔付近に到達。見つけた大きな私設エイドで思わず足が止まった。
念願の「沖縄そば」だ!3度目にして、ようやくこのエイドを見つけた喜びで、自分の中の悪魔が囁いた。

のんべ
のんべ
ここまでご苦労さん。暑いし、無理するな。

この後はファンランに切り替えようよ、と早くも妥協。

有名なエイドをようやく発見!念願の沖縄そばにありついた25km付近。

28km過ぎ、左手に広がる海に再び足が止まる。スマートフォンのカメラを向けていると、「撮りましょうか?」と声を掛けられる。嗚呼、私は何をしているんでしょう。

28km過ぎ。コースから海を眺めることのできる数少ないポイント。

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2024年の走り納め #第38回NAHAマラソン(前編)

昨年12月、「NAHAマラソン」に出場した。コロナ禍を経て、久し振りのフルマラソンに心が躍った。
結果はともあれ、走り終えた後、実年齢にもう少し抗いたい、声援に最後まで応えたい、そして来年は今年の自分に打ち勝つ、という想いを抱いた。

【“中高年の修学旅行”を口実に】
そんなわけで今年も「中高年(後期高齢者の母77歳を含む)の修学旅行」という大義名分で、2泊3日というショートとなってしまったが、沖縄を訪れる「ついでに」NAHAマラソンに出場することにした。

NAHAマラソンは、沖縄全県を挙げた年に一度の「お祭り」みたいなもので、その雰囲気を一度味わうと、他の大会に物足りなさを感じるぐらいホスピタリティの充実した大会だ。
大会の前日そして翌日の地元ラジオのネタはNAHAマラソンの話題で持ちきり、さらに大会当日、地元の放送局(琉球放送・TBS系)ではスタート前からテレビで生中継(11時30分まで)、ラジオではなんと7時間半にわたって生放送が行われるのだ。
それぐらい熱量のある大会だし、スタートからゴールまで途切れなく続く沿道の応援を「日本一」というランナーがいるのも頷ける。

【しかし、完走できるのか?】
2024年の月平均走行距離は98.6km。11月は127.5km。11時間40分しか走っていない。
これでも昨年同時期と比べたら月平均で10km以上長く走っている。
走る時間を生み出すのが難しくなっている(というより走る時間を生み出す努力を怠っている)中、計画も何も練らぬまま、ただ漫然と練習に取り組んでいたようでは、結果が出るはずもない。

付け刃ではどうにもならないのがマラソンだ。それは自分が一番よくわかっているつもり。結局、練習不足にも程があるということで、今回は練習を兼ねたレース参加、という位置付けにした。とにかく力まず、リラックスしながら走ることに比重を置いて。
何せ10月の弘前・白神アップルマラソンは直前のケガで出場できず。まあ、今になって思えば出場しても完走すら怪しかったわけで、ようやくケガが落ち着いて練習を再開した頃には、既にNAHAマラソンの開催まで約1か月と迫っていた。
独りで練習することによって甘えも出るだろうし、そんな状況で大会に出るなんて!と思う人だっているかも知れない。でも、それを受け入れてくれるのがNAHAマラソンだ。
直前に抗っても無駄だとは知りつつ、水曜日から酒抜き、木曜日からカフェイン抜き。

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予定調和の出場辞退 – 弘前・白神アップルマラソン

9月27日、突如足に異変が生じた。右足のアキレス腱のあたりに激痛が走り、まともに歩くことすら困難となってしまった。普段通勤で利用している電車から下車し、青森駅から職場へと向かう途中に違和感を覚えた。約10分後、職場に着く頃には完全に異変が生じていた。

これまでも数度発症したことのあるアキレス腱周囲炎だろうと、すぐに察した。以前はステロイド剤を患部に注入し(これがまた例えようのない激痛なのだ)、翌日の大会に難なく出場、という強硬手段に打って出たこともあったが、この年齢になるとそういう無茶もできないし、やはり躊躇してしまう。

とはいえ、出ると決めた以上は練習も積んでおきたい。
基本は週末の空いている時間を練習に充てながら、何とか練習時間を工面していた。
しかし、月間の走行累計距離は100キロ前後。今月は300キロだ400キロだという周囲のランナーの話を耳にしながら、その時間を確保できることに驚きと羨望すら覚えた。いや、その時間を確保しようとする努力が自分には足りなかったのだろう。
…まあいい。人は人、自分は自分だ。
以前であればそういう話を聞いて焦りを感じた自分がいたけれど、そういう感覚がなくなったというか、いちいち人のことを気にしていられなくなったというか。

思い返せば今年は、一度しか21km以上を走っていない。だいたいにしてフルマラソンを走るのは、昨年12月以来だから10か月ぶり。この間、一度だけハーフマラソンの大会(これが今年唯一の「21km以上」)に出場したが、その時も散々な目に遭い、二度とこの大会には出るものか!と思ったぐらいだった。

そして、落とし穴は突然現れた。

30㎞も走っていない中、やはりいきなりフルに挑戦するのはちょっと無謀じゃないか。8月以降、そういった思いがふつふつと湧いてきた。例年であれば余裕だったはずの週末は、なぜか色々予定が入っているという状況。基本的に何もないはずの週末が、父の17回忌だ福山雅治のコンサートだと例外続きとなり、少々焦りを感じ始めていた。
そんな焦りに更に追い打ちをかけたのが、雨。なぜか週末になると降り出す雨。
何もすることができず、悶々と過ごす時間が増えた。
結果、晴れる合間を縫っての練習に勤しむこととなったが、これが余計な負担となってしまったらしい。

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