帳尻の合う人生を目指して【2019年、ありがとうございました】


2019年も残りわずか。総じてみると今年もあまりいい年とは言えなかった。

というよりも、ここ数年ずっと同じことを言っているような気がするが、今年はいい年だった、と思えた年が過去にどれぐらいあったかを考えてみると、物心ついてから半分以上は「いい年」ではなかったと思う。

一例を挙げるならば、人生の節目ともいうべき結婚をした平成8年は、結婚した直後から単身赴任を余儀なくされたし、市議会議員だった父親の辞職騒ぎもあったし、精神的にかなり参っていた時期で、ジェットコースターにでも乗せられているような大変な年だった。だから、端から見れば結婚そのものは「めでたい話」なのかも知れないけれど、この年は総じて見ると決していい年ではなかった。

50代までのカウントダウンが始まる中、ここ数年は僕自身も身の回りでいろんなことが起こり、大きな転機を迎えている。家族にもいろんなことがあった。この先いつかやってくるであろうと思っていた「介護生活」が少し現実味を帯びていることを実感せずにはいられない、そんな一年でもあった。

人間にとって何が幸福であり、何が幸せなのかは、人それぞれで持っている尺度や指標が異なることだろう。だから、自分にとって他の人が羨ましいと思っても、その人にとっては不幸せなことだってあり得る。

(偏屈っぷりに磨きがかかった。)

心がどれだけ豊かか。これは、人間の幸せを示す大きな指標の一つだと思う。心が貧相だと、幸せを吸着する力がどんどん弱くなっていく。裏を返せば、心が豊かであれば、どんどん幸せが近づいてくるし、些細なことですら幸せと感じることだろう。

自分に当てはめてみると、今年は心を豊かに保つことができなかった。気持ちが張り詰めることが何度もあったし、ひねくれた気分になったことも幾度となくあった。すべては自分に跳ね返って来るだけのことだから、それを跳ね返すぐらいの力量か、包容してしまうぐらいの深い度量が必要だった。しかし、この年齢になってもそれを手にすることはできていないし、ひょっとしたらこの先もきっとその片鱗すら見ることはないんじゃないだろうか。

その中にあって頼りになるのは、結局のところ家族なんだろうな、ということを最近強く感じている。

突如母を襲った怪我は、今までどこか綻んでいた家族の絆みたいなものを考える大きなきっかけとなった。自分一人では何もできないこと、そして家族の支えがどれほど大きいかを痛感させられた。

(隣から父がいなくなって10年以上が経った。)

今年を表す漢字は「令」に決まった。新しい時代、令和の幕開けにふさわしいうってつけの漢字かも知れない。

ちなみに僕にとって今年を表す漢字は、「退」に決定。

これだけを見て、ああ、またネガティブなオーラを発していると思うなかれ。

物事には、一歩「退」いてこそ俯瞰できることがたくさんあるんですよ。

実際に今年はそれを感じることがたくさんあった。
ただ、一歩「退」いたがために、いろんな方々との「和」や「繋」がちょっと希薄になってしまったことは否定できない。

来年は40代最後の年。亥年生まれだからと猪突猛進よろしく向こう見ずでがむしゃらに突き進むような年齢でもなくなって来ているので、慎重を期して石橋を叩きまくることも、時には必要だと感じている。

でも、来年は不「退」転の決意をもって挑戦する、それぐらいの気概を持っていろんなことに臨みたい、なんてことを思った次第。

「人生は帳尻が合うようになっている。」
僕にとっての座右の銘となっているこの言葉は、中学時代からの畏友Tが何気なく発した一言だ。

前述のとおり、総じて見ると物心ついてからのこれまでの人生、「いい年」だったと思ったことの方が遥かに少ない。でも、もしかしたらこの先、心境の変化や様々な経験を経て、「いい年」だと思えることが増えるかも知れない。そのためにも、まだまだ学習しなければならないし、もっともっと経験を積むことも必要だろう。

色んなことに振り回された令和最初の年。

どうやら来年はこれまで以上に大変になるようなので、振れ幅を少しずつ小さくしながら、軸足の置き場を見失わないようにしないと。

さて、ネズミの年は、どんな一年になりますやら。

それでは皆さま、穏やかな年末、そして栄えある令和二年でありますように。

いつもご購読いただき、本当にありがとうございました。

(最高で最強の畏友たちとともに。)


投稿者: のんべ

1971(昭和46)年 青森県生まれ。弘前市在住の青森県職員。 プリンスとビールと豆腐とラーメンを愛する。安いカメラでいかに安っぽくない写真を撮影するかに興味あり。 ブログの内容の多くは、いつの間にか趣味となった「走ること」がメインです。