幻の湾内カーニバル

金曜日の夕方。
滅多に掛かってくることのない携帯電話が突然鳴った。見覚えのない電話番号。恐る恐る出ると相手は、よく一緒に釣行に向かっていたT先生だった。恐らく初めての電話、タガシ先生からこちらの番号を聞いたらしい。

「急で悪いんだけど、明日釣りに行かない?」

このT先生、船舶免許を持ち、中古の小さな船を所有している。
聞くと、お盆前日は湾内がお祭り騒ぎで、型のいい真鯛が次々と釣れたとのこと。
「いやぁ、この間のポイントに明日も行こうと思ってさぁ…。」

一瞬イヤな予感がよぎる。大体、釣れた話を聞いた後の釣果は、散々な事が多いのだ。大体、この間の船酔いショックの傷もまだ癒えていないのに。

一瞬考えたが、特に用事もなかったし、せっかくのお誘いなのでお世話になることにした。

翌日は朝6時過ぎに家を出発。ハンドルを握りながらふと、前回の船酔いのことが何度も頭をよぎる。あの時の船での出来事が、トラウマになってしまったらしい。

途中一人を迎えに行き、その後T先生の家で合流。今日は東からの風で、釣りには厳しいコンディション、とのこと(やっぱり…)。車中で早速酔い止めの薬を飲む。今回、パインジュースは却下(笑)。

船を保管している場所に到着、いざ出港!
ところが、保管場所にある他の船の多くは残ったままで、出港している船はほとんどいない。
「船主仲間による、むつ・下北での懇親会があるらしい…」とか。何じゃそりゃ(笑)

出港してみると、想像通り風がやや強く、船が進めば進むほど波が高くなっているような気がする。

前回「カーニバル状態」だったというポイントは、陸奥湾の西側にある。しかしこの日に限っては、東からの風によって波が打ち付けられるため、近づけば近づくほど波が増幅し、高くなっているのだ。

これはまずいぞ、と思ったのは、周囲が白波でその波形もわからないほど激しい流れとなっていて、船が大きく左右に揺さぶられた時。

俺「こ、これちょっとやばくないですか?」
船長T先生、「う、うん。やばいかも…。」

こうなると湾内カーニバルどころの騒ぎではない。周囲に船は一艘も見えず、湾内アローン状態。右から左から波が渦巻き、船体が激しく揺れている。
氣志團が、頭の中でせせら笑いながら唄っている…。


瞬きもせずに 俺たちは潮の渦に巻き込まれていく
雲の隙間に 照らせ 真っ赤な太陽 照らせ
しぶき瞬くDistance 魚釣り達の伝説さ
湾内カーニバル オェッ オェッ

ふと我に返る。

俺「これ、マジでやばいですよ!早く決断を!」

船長T先生「やっぱり、ひ、引き返しましょう!」

さらに激しく揺れる船体。強風と横波に押されて、舵がうまく効かないらしい。
ようやく激しい波から逃れた我々。
船長の動揺も激しく、右からやって来た大きなフェリーに気づかないくらい、極度の緊張で操舵していたらしい。やっぱり俺って、嵐を呼ぶ男…。

こんな状況でもよく船酔いしなかったものだ…と、ちょっと感激。

しかし相変わらず東からの風は強く、波はうねっている。
仕方がないのでポイントを変えたが、この時点で勝負あり。潮の流れが速く見えるのは上層だけで、糸を垂らすと仕掛けが真っ直ぐ下に沈んでいく。つまり、実際は潮が動いていない状態なのだ。
こうなると釣りにとっては非常に厳しい環境であることは、容易に想像が出来た。

予想通り、糸を垂らし、水深40m当たりで探ってみても、アタリのアの字もない。
時折細かいアタリがあるのだが、獲物が小さすぎるのか、なかなか合わせることができない。

やっとアタリを捉えることが出来たものの、間違いなく鯛のアタリではなく、しかも糸を巻くうちに竿が軽くなった。
引き上げた仕掛けの先についていたのは、シャコの足だった…。
どうやらイソメと戯れていたのは、シャコらしい。

その後も小さなアタリはあるものの、真鯛のアタリはまるでなし。
やっと魚が釣れたと思ったら、15センチのハゼ…。何だよ、これ。

しかも、これが最初の1匹で、あとはA先生に体長60センチのサメが釣れたのみ…。

あとは何をやっても全く釣れる気配がなく、湾内カーニバルところか魚はいなくなったんじゃないか?と勘ぐりたくなるくらいアタリもなく…。

相変わらず東からの風は強く、白い波が所々に立っているような状況の中、7時間も粘った挙げ句、釣れたのはこの2匹だけ。

陸に戻って理解したこと。他の船は、最初から東風で釣りにならないと判断して出港していなかったのだ!嗚呼、何という読みの甘さ!

噂に聞いていた湾内カーニバル、どうやら我々は開催日を間違えて出港したらしい…。

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