小さな心の傷

武富士放火殺人で上告棄却、小林被告の死刑確定へ

2001年、青森県弘前市の消費者金融「武富士」弘前支店が放火され、5人が焼死した事件で、強盗殺人と現住建造物等放火などの罪に問われ、1、2審で死刑判決を受けた無職、小林光弘被告(48)の上告審判決が27日、最高裁第3小法廷であり、上田豊三裁判長は、小林被告の上告を棄却した。
小林被告の死刑が確定する。

判決などによると、小林被告は01年5月、同支店に押し入り、ガソリン混合油約4リットルをまき、「金を出せ、出さねば火をつけるぞ」などと脅したが、支店長らが応じなかったため、火をつけた紙片を投げ入れて逃走。火は混合油に引火し、店内にいた従業員9人のうち、5人が焼死し、支店長ら4人が重軽傷を負った。

あの忌々しい事件から間もなく6年。当時僕は、日本海沿岸に位置する鰺ヶ沢町にある出先機関に勤務。その日は午後から妻の祖母のお通夜が営まれていることになっていたので、午前中で仕事を切り上げ弘前市内に戻る途中だった。


どういうわけか警察の姿があちらこちらに見られる。反対車線で検問を行っている。何だろう。
程なく、友人から相次いで届いたメールを見て、背筋が凍るような思いになったことを今でも覚えている。

「田町の武富士で放火。5人死んだらしい。犯人逃走中。」
「弘前の武富士で放火があったそうです。犯人逃走中とのこと、気をつけて!」
こんな感じの内容だった。

「放火」「5人死亡」「犯人逃走中」

まさか地元でこんな忌々しい事件が起こるとは…。妻の祖母が亡くなったことよりも、ショックを覚えた。

家に帰宅すると、妻は厳重に鍵を掛けていた。

「もう、ホントに怖くて…」

ちなみにこの現場の消火活動には、僕の親友(消防士)も駆けつけており、その後聞いた生々しい現場の惨状は、更に衝撃を深めた。

勿論、今でも何度もあの現場を通る。当時の建造物は跡形もなく消え、今は看板だけが残されているが、時折花束が手向けられている。

最高裁が上告を棄却したことで、一応の決着を見たことにはなる。
しかし、遺族の負った傷は一生癒えることはないだろう。

6年という月日は確実に事件を風化させた。
しかしながらあの日の衝撃は、未だ僕の心の片隅にも残っている。

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