Category Archives: 事件事故

奈良美智、NYで逮捕

美術家の奈良美智さんNYで逮捕、拘置 深夜に地下鉄駅で落書き
2009.3.10 09:46

にらみつけるような視線の少女の絵で知られる著名な美術家、奈良美智さんが先月末、米ニューヨーク市の地下鉄の駅で落書きしたとして逮捕されていたことが9日、分かった。

ニューヨーク市警によると、奈良さんは2月27日午前3時すぎ、ユニオン・スクエア駅で落書きしたとして駅近くの路上で逮捕された。逮捕の際に抵抗し、4つの容疑で訴追された。

逮捕を最初に報じた米芸術系誌「アート・イン・アメリカ」(電子版)によると、拘置は二日間で、逮捕はニューヨークの美術館で約1カ月間の奈良さんの作品展が始まる前日だった。

同誌は奈良さんの話として、拘置中の食事が「ピーナツバターのサンドイッチと牛乳」だったと紹介。違法行為は「二度としない」としながら、「(拘置されなければ)会えないような人に囲まれ、映画の中にいるような体験だった」と語ったという。(共同)

おいおい、高校の先輩が何やってるんだか…。
というか、なんか字面だけを追うと、全然反省していないように思うんですけど。「拘置されたんだけど、俺ってちょっと格好よくね?」みたいな風にも見える…。決して褒められたことではないし、美化すべき話でもありません。これなら、世界遺産に名前刻むようなヤツと一緒じゃないですか。以前ありましたよね?どっかの女子大生がイタリア・フィレンツェで大聖堂に自分の名前を書き記して大問題になったことが。あれと大して変わりないでしょう。芸術家だから寛容される、というものではないと思います。やったことは悪いことなんだし、ちゃんと非を認めて反省の意思表示をしてくださいね。

重すぎる責任、軽すぎる処分

岐阜市立女子短大生6人、フィレンツェの大聖堂壁に落書き(読売新聞 – 06月24日 20:37)

岐阜市の市立女子短大(松田之利学長)は24日、学生6人が今年2月に海外研修旅行でイタリア・フィレンツェ市を訪れた際、13世紀から15世紀にかけて建設された「サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂」の壁に落書きしたと発表した。
同短大はイタリア大使館と大聖堂に謝罪し、学生6人と引率教員2人を学長厳重注意処分にした。
発表によると、6人はいずれも現在2年生。大聖堂の大理石の壁に縦約30センチ、横約20センチにわたって、日付や自分の名前、短大名などを油性フェルトペンで落書きした。 同3月、日本人旅行者が発見、同短大に連絡して発覚した。6人は「気分が高揚して書いてしまった」などと話しているという。
同短大は修復費用の負担を申し出たが、大聖堂側から「謝罪してもらえば責任は問わない。費用負担は不要」と連絡があったという。
大聖堂のあるフィレンツェ市中心部は世界遺産(文化遺産)に登録され、景観や環境の保全が義務付けられている。

これだから日本人は…と叩かれ、今どきの若者はこれだから…と叩かれ。
ほんの一部の人間による愚行が、その年代どころか、日本人全員に波及しかねない、とんでもないこととなってしまいました。ご存じのこととは思いますが、あちらこちらで物議を醸すと同時に、物凄い拒絶反応が続出しているようです。

かく言う私も、同感でございます。
本当にこれが、学長厳重注意処分といったレベルで済まされる事なのか、今一度よく考えて頂きたいものです。それとも、処分を重くすることの出来ない大人の事情でもあるのでしょうか?
大学側の甘い処分、そして今になっての発表には、どうも隠蔽体質があるようにしか思えません。
「所詮落書き程度」だから、学長厳重注意処分ですか?
公園のトイレに落書きしたのとはワケが違うのですよ。
世界遺産に落書きしたのですよ。
もう、腹が立つのを通り越して、呆れてしまいました。

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やりきれない事件

秋葉原で起きた凄惨な通り魔事件。
事件の衝撃はもちろんのこと、犯人が青森県に本籍を置く人間で、青森高校卒業だということを知った時、何か心に棘を刺されたような、空しく重い気分になった。

何の関係のない人、それも7名もの命を奪った犯人に対する怒りは、ぶつけどころがない。
歩行者天国にトラックで突っ込んだ後、ナイフで次々と人を刺すという猟奇性はもとより、犯行予告を掲示板に書き込むなど、明確な殺意を持って犯行に及んだことは明らかであり、早い段階での動機の解明と厳罰を望むところだ。

最近、秋葉原を巡っては、無秩序かつ傍若無人で、勝手な素行を繰り返す一部の人たちへの警鐘が鳴らされていたところである。今回のこの事件は、そのこととは何の関係もないと思いたいところではあるが、犯人は秋葉原で歩行者天国が行われていることを承知の上で、静岡県から高速道を利用して、トラックのレンタカーでわざわざ乗り付けたらしく、ひょっとしたらこの事件が発端となって、歩行者天国自体の見直しも図られるのかも知れない。

そんな推測はともかく、亡くなった人たち、そして残された家族の無念さを思うと、察するに余りあるところである。

しかし、こんな歴史上にも稀に見る凶悪な事件が起こっていながら、速報を流すにとどめ、エコ番組を延々と流し続けたテレビ局(番組が、一過性のパフォーマンスで終わらないことを切に願う。個人的にはこの類の番組は、タレントの偽善っぽさが目についてダメ。苦手)。こんな凶悪な事件が起きたのに、現場のすぐそばで行われていたアイドルのイベントやら水着撮影会等、事件との関連性を匂わせながら、全く無縁な記事を掲載したスポーツ各紙(というか、イベント自体を中止にすることなく、時間をずらしてもイベントを普通に行ったというその無神経さを疑いたくなる)。不謹慎とまでは行かないのかも知れないが、本当に伝えなければならない情報、ニュースとは一体何なのだろう。

そして、カメラ付き携帯電話の普及や、ブログという自己主張の場が増えたことで、「にわか報道記者」が増えたことは、今後議論となっていくことだろう。
当時、懸命に救助活動に参加した若者がいた一方、現場に居合わせた人の一部が、当時の状況を動画や画像に撮影し、ブログや掲示板に投稿していたようだ(これは、報道機関が報じるニュースよりも早い「ニュース」となった)。その中でも、被害者の救助に当たることなく、撮影していたことを「楽しんでいた」という発言が、賛否両論を呼んでいるようだ。
(畏友shinyai先生のサイトで知った。>>>「事件現場を撮影することの是非」

僕も2年前、地下鉄表参道駅の入り口に車が突っ込んだ事故の1週間後、研修で表参道を訪ねた時、わざわざその事故現場を見に行ったという経験がある。誰にでも野次馬根性はあるはずだ。ただ、さすがに携帯電話で画像にまで収めようという気はしなかった(もちろんそれは、事故から1週間も経ってしまった、いわば「事故の新鮮さ」が損なわれたということもあったと思う)。

「野次馬」転じて「俄かマスコミ」となる。
誰もが未だ知り得ていない情報を人より早く入手したい。そしてそれを、誰よりも早く万人に知らしめたい。あるいは「話のネタ」として持ち合わせたい。誰もが経験し得ないようなことを経験することで、そのことを自慢したい、という輩もいるはずだ。野次馬とは、所詮そんなものではないだろうか。
僕なんかは、近くに犯人が逃走している状況の中、しかも周囲で被害者が苦しんでいる中で、よくもまあ撮影なんぞできるものだなあ、と思うが、実際、その後のニュースを観ると、各社が「当時の状況」として利用した画像の多くは、その場に居合わせた通行人が携帯電話で撮影したものと思しきものである。

そういう意味でも、「報道の自由」も含めた総体的な報道のあり方、Webの役割など、この事件によって投げかけられた、クリアすべき「問題」は大きいような気がする。

ひとつ望むことは、残忍な事件を引き起こしたから即死刑にしろ、ということではなく、犯人がこういう精神状態に至るまでの背後関係を検証しなければ、奇しくも8年前の同日に起きた池田小殺傷事件の教訓は生かされないだろう(池田小の事件については、結局ちゃんとした動機の解明もされぬまま、被告の死刑が執行されてしまった。)。

犯人がどういった動機をもって今回の犯行に至ったのか、何故こういった事件を引き起こすような人間が生まれたのか、その背景や要因をしっかりと検証しなければならないのではないかと思う。

改めて亡くなられた方々のご冥福をお祈りします。

「8人遭難」の衝撃

5日早朝に発生した、陸奥湾での漁船遭難事故。
第一報を耳にした時は、え?陸奥湾で?と思わず声にするぐらい驚いたとともに、事故現場の場所、そして船が出港した漁港を見て、言葉を失った。

僕は年に何度か漁港に出かけたり船に乗って海からの釣りを楽しんでいるのだが、今回遭難した船が出港した漁港は、まさにその釣りのポイントとしていた一つだった。

しかも、時々仲間と連れ立って船に乗り、陸奥湾に繰り出しているのだけれど、今回事故のあった現場というのは、まさにそのポイント(それも真鯛だけではなく根魚も狙える一級ポイント)だったのだ。

たかが陸奥湾、されど陸奥湾。
僕自身、荒れた時の陸奥湾の恐ろしさを、一度船上から身をもって経験しているので、天候不順の日(とりわけ、風が強い日)は極力釣りに出かけないようにしているのだが、普段平穏な陸奥湾も、地形の関係からなのか、突然突風に見舞われたり、穏やかだった波が、ちょっと場所を変えただけで突然荒れ出したりすることがある。

「8人遭難、行方不明」の報を聞いた時まず頭に浮かんだのは、救命胴衣のことだった。

今回はどうやら8人とも救命胴衣を身につけていなかったらしい…。

海難事故が起こるたびにいつも思うことは、「救命胴衣を身につけていれば…」ということだ。

海上保安庁でも「抜き打ちで」検査をしているらしいのだが、実際のところは、事前におおよその検査時期が知らされているので、その時ばかりは救命胴衣を着用しているようだ。しかし、それ以外の時は、作業の邪魔になるからなのだろう、救命胴衣を身につけている漁師をほとんど見たことがない。

今回もまた、「救命胴衣をつけていれば…」という事態に見舞われてしまったことを考えると、車のシートベルト同様、船舶での救命胴衣の着用は例外なく完全義務化すべきだと考えるし、船舶免許を与えている以上、その罰則規定も強化すべきではないかと思う。

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何をやってるんだか…

夜に捜索活動視察=石破防衛相
石破茂防衛相は28日夜、海上自衛隊イージス艦と漁船の衝突事故で、行方不明の漁師父子の捜索に当たっている護衛艦「あけぼの」に乗り込み、捜索活動を視察する。防衛省が同日、発表した。
石破氏は、ヘリコプターであけぼのに移動し、衝突事故で問題となった夜間航行時の見張り員などの監視態勢について確認する。吉川栄治海上幕僚長が同行する。

ハッキリ言って、大臣が捜索活動を視察したところで行方不明者が見つかるとは考えにくいし(それとも大臣は何か「不思議な力」でも持っているのだろうか)、今の状況が好転するとは思えない。一体何をしに行くんだろう、というのが率直な感想だ。大臣と海上幕僚長が護衛官に乗り込む、ということだが、秘書や関係者(それも1人2人ではないだろう)が同行することを思えば、そのエネルギー(時間外勤務に係る経費や搬送費等といった公費)を他に費やすことを考えるべきではないのだろうか。

自分のことを棚に上げて言わせて貰おう。
どうも国のお役所連中は自分たちが一番だという意識があって、自分たちが何とかすればどうにかなるという勘違いを、未だに抱いているらしい。
潜水艦「なだしお」と遊漁船との衝突事故の教訓は、20年も経った今となっては生かされるどころか、とっくに忘れ去られてしまったようだ。

中立的な立場で見た場合、連日のように報じられているニュースを見て違和感があるとすれば、毎回出てくる親戚のオバちゃんが、実はマスコミに仕向けられて「言わされている」のではないかということと、漁船に乗り込んでいた親子が、ライフジャケットを付けていたかどうかということは、ほとんど報じられていないということだろうか。

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