禍福は糾える縄の如し ‐第32回田沢湖マラソン(後編)

(大会前日に旅館から見た夕暮れの光景)

※前編はこちらから。

ほぼサブ3ペースを維持したまま、18キロ付近で後続の集団に吸収された。女子2位のランナーを含んだ一団らしい。周囲には5~6人の男性ランナーが追随している。一緒についていこうとしばし並走。いいペーサーになるかな、と思ったけれど、ちょっとペースが速いように感じられた。(1キロ4分10秒前後で走っていたらしい。)

19キロ手前の交差点、右折の時に、僕にサインを送るランナー。ササダ君だった。

「先に行きます」と手で合図を送られたので、無言のまま「行って、行って」と僕も合図。女子2位のランナーにピタリとついたまま、彼を含む一団が徐々に前へ進むのを見ながら、まだ半分にも達していないのに自分は何をやっているんだ!と奮い立たせる。20キロを通過し、いよいよ中間地点へ。前の集団とは既に10m以上差が開いている。

中間地点通過の際、時計に目をやって驚いた。1時間30分。…アホだ。これまでのフルマラソンで通過したタイムより4分以上も早い。いくら何でもオーバーペース過ぎる。
直後にダラダラと続く坂道は、スタート直後に一気に下った坂。これを上り切れば、このコース一番の賑わいが待ち受ける。例年より少ないようにも思われる声援を受けながらもう一度気合を入れ直し、いよいよ田沢湖畔へ…。

ペースは少し落ちてきたのかな。まあいい、このまま行けるところまで押していこう。いや、何とか最後まで押していけるかな?湖畔に入ってから時計を見ていないけれど、もしかしたら、ペース上がっているのかな?(決してそんなことはなかった。)

しかし、この気の緩みや邪念が、しっぺ返しとして降りかかってくるのは、時間の問題だった。

…考えてみると、大会前から既にこの結果は見えていたのかもしれない。
8月の北海道マラソンで今年2度目の自己ベストを更新、自惚れがあったのは紛れもない事実だった。

今日だってそうだ。あわよくば3度目の自己ベスト更新、3時間5分切り、いや、サブ3なんて、今の実力では到底出来もしないようなことを考えていたし…。

程なく、昨日訪れた御座石神社が見えてきた。

神様、本当に申し訳ない。僕はなんて浅はかなんでしょう。自信を過信にしないなんて言いながら、一番過信していたのは自分じゃないか…。

再び強い向かい風が、まるで僕を嘲笑うかのごとく身体に吹き付ける。風に吹かれる木々が一斉に音を立てる。バーカ、バーカ!
前半でほとんど使い果たした気力と体力。先へ進むのを遮ろうとする風に、太刀打ちする力すら残っていなかった。

ジェンガのブロックが一つまた抜けた途端、カラカラと音を立てながら崩れ落ちた。
道端ジェンガ、これにて終了。完全に緊張の糸が切れた。
ちょうど30キロ地点通過。2時間10分。奇しくも、30キロまでのタイムは自己ベストだった。
残りは12キロ。

ここからは、歩いたり、走ったり、歩いたり、歩いたり…。

明らかに歩く距離の方が長く感じられた。

ハリウさんに追い抜かれたのがどこなのかも思い出せないぐらい、滅入っていた。しかし焦りはなかったし、慌てもしなかった。気負い過ぎたのか?いや、気張り過ぎか?考えたところで答えは見つからなかった。

32キロ地点。「たつこ姫」の看板が見えてきた。再びゆっくり走り始める。カメラマンが被写体を見つけたとばかりにレンズを向ける。

程なく見えたスポンジエリアで再び足を止める。カメラの前だけで走るなんて、なんとまあ姑息な奴だ…。

自虐的になりながら、相変わらず走ったり歩いたりを繰り返す。この間、キロ6分前後だろうか。

補食は15キロと25キロで済ませたが、空腹ではないし、熱中症になったわけでもない(実際、補食をしたのはこの2度のみだった)。ただ、脚が棒になって前に進まないだけの話。そういえば2年前もこんな感じだった。時計に視線を送るのはこれが何度目だろう。まだ2時間半しか経っていない。完全なるペース配分のミス。この時、失敗覚悟でレースに臨んでいることすら忘れ、言い訳ばかりを考えていた。ホントにアホだ。

35キロ地点通過。この坂道を「大したことないな」なんて思ったのはどこのどいつだっけ?
ほとんど歩いたまま坂を上りきる。ジョグペースで一気に下るが、脚の攣る気配はまるでない。
そりゃそうだよね、これだけ歩いていればね。

…とまあこんな感じでダラダラと進み、気がついたら41キロ近くまで来ていた。はぁ…やっと残り1キロか。

「よーし!一緒にゴールするぞー!」

背後から聞き覚えのある声。
振り返ると、そこにはトミーの姿が。
正直、誰か来ないかなあ、と思っていたところに現れた彼の姿を見て、ちょっとホッとした。

何事もなかったかのように再び走り出す。
「は、速いよ!何なんだその余裕!」と、背後から声が聞こえる。
僕は笑いながら、追いつかれないように距離を取る。

「のんべ!遅いよ!」
ふと右前方を見ると、今度は畏友ザワの姿。
「おー!ごめんごめん!」
手を合わせ、思わず謝る。

更に左前方には、ザワの長男坊の姿。
「のんべさん!がんばって!」
精悍なその顔を見て、思わず笑顔になる。

そうだ、彼には先日「頑張って3時間10分切ってゴールするから!」と言っちゃったんだよな…。

「遅くなってごめんね!」

声援に応えながら、ニコニコ笑いながら、後ろから追いかけてくるトミーを煽りながら、残り500m。
そうなんだよね、マラソンを走るって一人じゃないんだよね。自惚れていた自分がホントに馬鹿だなあって。
タイムなんてもう、どうでも良くなっていた。

それにしてもマラソン、やっぱり面白いし難しい!

ようやくゴールにたどり着き、声援を送る皆さんに一礼し、振り返ってもう一礼。
顔を上げると、そこに現れたのはトミーではなくてケンケン!その後ろから、苦悶の表情を浮かべながらトミーがやって来た。
3時間25分10秒、27秒、37秒と、昨日から行動を共にしていた3人が、揃いも揃って25分台でゴール。もちろんスタート時はバラバラだったし、帳尻合わせをしたわけでもなく、偶然こうなっただけの話。

ザワの長男坊が駆け寄ってくる。
「お疲れさまでした!お父さん、もう歩けないって…(笑)」
「いやいや、遅くなってごめん、ありがとうね!ところで、10キロどうだった?」
「はい!46分でした!」
中学生にして、しかもあの激坂を駆け抜けて10キロを46分!素直に凄いと思った。
そんな長男坊に最大級の賛辞の言葉を送り、近いうちの再会を約束して別れた。

15回目にして初めて、失敗を覚悟で攻めた田沢湖マラソン。

前半1時間30分、後半1時間55分。前半はフルの自己ベスト、総じてみると今季ワーストの記録。
傍目から見ると大失敗のレースかも知れないけれど、30キロまでの平均ペースがキロ4分20秒、ここまで攻め続けられたことは唯一の収穫だった。この挑戦を次に生かせばいいだけの話だ。胸の中はこれまでとは違う達成感と幸福感に溢れていた。今回はこれでいいんだ、うん。

しかし、やってみないとわからないことって、まだまだたくさんありますね。

…ちょっと待てよ。今回、は?
田沢湖マラソンはこれで最後にするはずだったのに。

…どうやらもう一回挑戦しなければならないみたいっすね。

ただ、今回のランで一つ言えることは、マラソンは付け焼き刃やノープランで臨んではならないということだろうか。

マラソンにまぐれはない、ということを改めて思い知らされたし、いい経験にもなった。来年の話をしたら鬼が笑うらしいけれど、自分自身が鬼になるのも悪くないかな。鬼になって、皆さんこれでどうですか!って、大爆笑したいですよ。

ということで次は地元で開催される弘前・白神アップルマラソン。年内最後のフルマラソンは、ガチンコではなく御恩返しの意を込めた4時間のペースランナー。役割をしっかり果たそうと思います。皆さん、どうぞよろしくお願いいたします!(おわり)

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